国立魔法大学付属第一高等学校。通称、第一高校。魔法士の養成を目的として設置された魔法科高校の中でも、優秀な魔法士を多く輩出するエリート校。
西暦2095年、この第一高校に異質な兄妹と共に、一人の劣等生が入学した。姓を十六夜、名を咲夜。幻想の舞台において、吸血鬼に仕える瀟洒なメイドである。彼女もまた兄妹と共に、時代の荒波に飲み込まれることになる。
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きっかけは突然だった。現代における西暦2094年の秋の満月の夜。夕食の席で、主であるレミリア・スカーレットが口火を切った。
「咲夜、突然なんだけど学校に行く気はある?」
これには、完璧と言わしめる咲夜も驚いた。紅魔館が幻想入りをして数年、自分はもうレミリアに仕えるメイドとして十分な教養を会得していると思っている。
「疑問点があるのですが、発言してもよろしいでしょうか?」
食事をするレミリアの背後に立ち、レミリアに確認を促す。紅魔館で発言力のあるメイド長とは言え、この身はレミリアに仕えるメイドである。食事も無論共にはしない。
「構わないわ。私も急に言ったと自分でも思うし、咲夜が疑問に思うのも間違いではないわ。」
「では、単刀直入にお聞きしますね。何故私が学校、幻想郷においては人里にある寺子屋になりますが、そこへ行かねばならないのでしょうか?紅魔館で働く、そしてお嬢様に仕えるメイドとして必要な教養や常識、知識は身につけているはずだと思いますが。」
現代のような中学や高校と言った学校は幻想郷には存在しない。幻想郷において、学校を表すものは、小さな子供が通う寺子屋を意味する。
「あーごめん。咲夜に色々欠けてるから学校に行けって言ったわけでもないし、学校と言っても寺子屋に行けってことじゃないのよ。」
「では、学校とはどこに向かえば良いのでしょうか?幻想郷の学び場と言えば寺子屋だと思ったのですが。あと思い浮かぶものだと、永遠亭に薬学を学ぶことくらいしか思いつかないのですが。」
永遠亭。迷いの竹林の中に位置する屋敷の総称である。薬学の知識を持つ八意永琳が住んでいる。
そんなことを咲夜が思い出している中、沈黙を貫き食事をしていたパチュリー・ノーレッジが呟いた。
「外のの学校のことじゃないのレミィ?」
「パチェの言う通りよ。咲夜が良ければ幻想郷の外の学校に通ってもらおうと思っているの。」
「外の世界、すなわち現代入りをするということですよね?何故このような話しになったのか伺ってもよろしいでしょうか?」
幻想郷と外の世界は、博麗大結界によって通常は自由に行き来できないものである。幻想郷から外の世界へ行くことを幻想郷では現代入り。外の世界から幻想郷に来ることを幻想入りという。
「まず第一に、幻想郷ではできない学校生活というものを咲夜に送って欲しいからね。咲夜は高い教養や常識は持ち合わせているし、今の状態でも何の不満もないのよ。でもね、咲夜の人生を考えるのであれば、咲夜には学校生活というものを送って欲しいわけ。幻想郷だと、寺子屋があるけどあそこ小さい子供ばかりだしね。霊夢や魔理沙も昔はあそこに通っていた聞くわ。」
幻想郷では通常、人里に生まれた子供の多くは寺子屋に行き教養を習わされることになっている。しかし咲夜は、レミリアに拾われた身であり、幻想入りした時にはメイド長として活躍しており学校に行くという経験はなかった。
「だからね、誰もが送る人生というものを貴方に送って欲しいから貴方に学校に行くことを進めたのよ。霊夢や魔理沙以外に人間の友達って数少ないでしょ?普通は学校で友達を増やすらしいわよ?咲夜には、もっと多くの友人関係を持って欲しいのよ。」
レミリアはワインを飲み、振り返って咲夜に述べる。その顔を見て、話を聞いている咲夜は感極まり涙を流していた。
「お、お嬢様、私のことをその、ありがとう ございます。」
「そんなに気にすることじゃないわよ。ほら、涙を拭きなさい。ハンカチはある?」
あたふたしながらも主人に相応しい態度でレミリアは、咲夜に涙を拭くように促す。食事風景としては異様だが、テーブルを囲むパチュリーや紅 美鈴、小悪魔、そしてフランドール・スカーレットが一様に笑顔。それでいて静かな空間が広がっていた。
「あ、ありがとうございます。ハンカチは自分のものがありますのでお気持ちだけ受け取っておきます。」
ハンカチを用い涙を拭う咲夜。その何気ない所作を一つ取ってみても、完璧と言わざるを得ない所作である。少し間をおき咲夜はいつもの調子を取り戻した。
「外の世界の学校の件についてですが、私自身あまり乗り気はしません。お嬢様がどうしてもと仰るのであれば話は別ですが・・・ 学生以前に私は紅魔館のメイド長という立場にある身です。お嬢様や妹様の日々の生活に支障をきたしてしまいます。」
「そこはまぁ・・・ 咲夜が抜けても大丈夫なようにするわ。対処としては、先代メイド長である居眠り門番をメイド長に復帰させるわ。咲夜もこれなら安心でしょう?」
「そうですね・・・ 美鈴がいればまぁ・・安心できるでしょう・・・」
「何ですかその間は!? 咲夜さん、私だってやるときはやるんですよ!?」
狼狽えながら美鈴が発言するが、普段の勤務態度を見る限り、食事をしているほとんどの者は信じてはいなかった。それだけ美鈴の普段の勤務態度が悪いというわけだ。
そんな狼狽える美鈴を面白そうに見ながら、レミリアは咲夜に改めて問いかける。
「というわけで、紅魔館の運営その他諸々については大丈夫なのよ。だからね、咲夜が学校にいくためにメイド長を降りても大丈夫なのよ。貴方も美鈴が本当は働きものなのは知ってるでしょ?だからね咲夜、学校に通ってみないかしら?」
これには咲夜も了承せざるを得ないだろう。主人が自身の人生についてこれだけ考えているのだ。
「分かりました。お嬢様のお気遣い通り、外の世界に出て学校に通ってみたいと思います。」
咲夜の学校への入学については、昨夜が入学を希望するということで終幕した。
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「それで?咲夜を外の世界の学校に通わせる本当の理由はなんなのかしら?」
食後の深夜、咲夜が勤めを終え就寝した後。パチュリーは、自らの根城である図書館にレミリアを招き問いただした。
深夜という時間帯、起きているのはおそらくレミリアとパチュリーだけであろう。幻想郷に来て以来、夜に機能していた紅魔館は失われた。朝に起きて、昼に活動し、夜に眠る。吸血鬼も随分と人間らしくなったものだとパチュリーは思っていた。
「勿論、咲夜のためを思ってのことよ。」
間髪入れずにレミリアは答えた。なるほど、咲夜のためを思っての行動ということは本心なのだとパチュリーは確信した。
「ええ、それは分かっているわ。レミィは咲夜が何歳になっても甘々だもの。」
レミリアが咲夜に甘々なのは、紅魔館では周知の事実である。咲夜は捨て子であり、レミリアはそれを拾って現在まで育てた親代わりである。いやもう、親と言ってもいいだろう。いつまでも娘に甘く、子供離れできないママ。それが紅魔館組の咲夜に対するレミリアへの印象である。
「レミィが咲夜のためを思って外の世界の学校を勧めたのは分かるわよ。でも理由はそれだけじゃないのよね?」
確信しているようにパチュリーはレミリアに問いかける。
「ご明察。やっぱりパチェは気づくわよね。そうね、確かに咲夜を外の世界の学校に通わせるのは咲夜のためというだけではないわ。」
「やっぱりね。咲夜は特に気にしてなかったけど、美鈴やフランは少し疑問を抱いているようだったわよ。」
魔女であるパチュリーや吸血鬼であるフランドール、そして妖怪である美鈴は長い時を生きている。十数年しか生きていない咲夜と違って洞察力も持っている。疑問を抱くのは当然であろう。
「それで?咲夜を学校に通わすのは本心としてもそれはついでではないの?本来の目的は何?」
「そうね。スキマにも無理に秘密にしなくても良いって言われてるし。パチェなら魔法にも通じているしね。分かったわ話すわ。」
思案した顔から一転、少しだけ肩の荷が降りたような顔つきになったレミリアは、小悪魔が入れた紅茶を一口飲み干してから話し始めた。
「咲夜を学校に行かせる前に、外の世界の現状を話さなければいけないのよ。」
「外の世界の現状?守谷神社とその神が転移してきたように、外の世界では、科学の進歩によって神や妖といった存在が忘れ去れつつある世の中じゃないの?」
「まぁ、確かにそうね。守谷神社が幻想入りしてきてから少し経つけど当時はその通りだったらしいわ。神という存在を信じなくなった人間は科学を進歩させ文化的にも進化しつつあったと聞いたわ。」
「だった、あったとレミィが言った通り、それはもう過去のことってこと?だとしたら、咲夜を通わせる理由は外の世界の様子の調査なのかしら?スキマの名前が出てきたこともあるけど。」
スキマ妖怪八雲紫。幻想郷の調停と平和を願う賢者の一人である。表向きの評判は素晴らしいものだが、彼女の醸し出す空気がどうにも胡散臭いせいで信頼されていない不憫な妖怪である。
そんな八雲紫から提案されたような言い方をするレミリアにパチュリーは疑問を覚えた。
「パチェの推察通りね。スキマの言ってたことだけだ、今、外の世界では私たちの想像以上に進歩しているらしいのよ。科学技術の更なる進歩に伴い、人類はある一つの能力にたどり着いたのよ。それをスキマは『魔法』と呼んでいたわ。」
「科学技術による進歩が魔法?それはありえない話よ。外の世界の人間は魔法という概念を持たずに進化した結果、科学技術にたどり着いたはずよ。私たちの使用する魔法と似て非なるものではないの?」
パチュリーは確信を持ったように発言する。生粋の魔女であるパチュリーは、魔法の深淵を探究する魔女である。故に魔法が廃れた世界である外の世界において、魔法といった神秘が再び蘇ることはないと結論づけていた。
神秘という不可思議から目を背けた結果、科学技術の進歩を促進させた。故にパチュリーは外の世界で発生した魔法を、自分たちの使用する魔法と違うと言いたかったのである。
「9割は正解ね。外の世界の魔法という概念は、私たちが魔力を用いて使う魔法とは違うものだわ。科学技術の進歩により発見された外の世界の魔法。それは、いわゆる超能力の類ね。個人によって発動できるものの得意不得意があり、中には特定の個人にしか使えないものもある。そんな超能力をスキマは『魔法』と呼んでいたわ。」
「超能力ね。それってつまりレミィやフランが持っているような能力に通じるものでもある可能性がある。・・・なるほど、だから9割なのね。魔法を扱う超能力者がいる可能性もあると。」
納得のいったという顔をするパチュリー。幻想郷においても、ただの人間でありながら、後天的に魔法を習得したものもいる。魔法を扱う程度の能力を持つ霧雨魔理沙が代表例だ。
ならば、超能力として魔法を使う人間が外の世界にいてもおかしくない。納得いったという表情でパチュリーは、レミリアの話の続きを促した。
「そう。だから問題なのよ。どの程度の超能力なのかがね。もしかしたら、フランやスキマのような超能力を持った人間もいるかもしれない。そうなることがスキマにとって悩みの種だと思うのよ。
「なるほど、全て理解したわ。スキマの懸念していることは博麗大結界の崩壊。レミィが提案を受け入れたのも納得できるわ。私たちにとっても他人事ではないわけだしね。」
博麗大結界。幻想郷と外の世界を分断する重要な結界である。
「そういうこと。相変わらず理解が早くて助かるわ。咲夜の外の世界への入学は確かに咲夜のためでもある。加えて外の世界の調査も兼ねている。簡単に言えば今回の論点はこの二つね。」
「私も外の世界の魔法については調べてみたい。何より重要な書物もいくつかあるはずよ。咲夜の代わりに私が行くっていうのも手よ?」
「パチェ、あなたが咲夜の代わりに入学なんかしたら学生生活は全部図書館でしょ。却下よ。」
外の世界の本を想像し期待に満ちた顔のパチュリー。だが、レミリアはそれを無視して話を進めるのであった。パチュリーは本の虫である。真面目に対応していては埒があかないことは紅魔館の常識でもある。
「冗談よ。半分だけど。それで?いつから咲夜を学校に通わせるの?」
「一年後の入学式からを予定しているわ。戸籍とか個人情報云々はスキマが用意してくれるとして、咲夜には外の世界の常識を身につけてもらわないとね。またスキマに頼むのは癪だけど、こればかりはしょうがないわね。」
「咲夜のためだもの、スキマに頼むのは仕方ないと思うわよ。紅魔館だけじゃなく幻想郷代表として外の世界へ行くのだから咲夜には不自由がないようにさせてあげなさいよレミィ。」
「当たり前よ!私を誰だと思っているのかしら?紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ!主人である私が従者を不自由にさせるわけじゃない。話は終わりよ。私はもう行くわ。」
紅茶を飲み干してから、話は終わりだ!と言うように椅子から立ち上がり、図書館の出入り口に向かうレミリア。咲夜のことを話している時はポンコツでカリスマの破片もないが、今はそんなこと破片も感じさせない。あれは、従者のことを想う主人の姿だ。
そんなことを考えながら、次に読む本について思考を巡らせながら咲夜について考える。あの子はあれでもレミリア至上主義だ。本当の意味での友達は幻想郷でも数少ない。外の世界で楽しい学生生活を送れるだろうか?
冷めた紅茶を飲み干し、小悪魔に取りに行かせた魔導書を開く。願わくば、あの子が笑える生活が送れますよう。
そんなことを考えながらも、魔導書を読み出すと思考は魔導書のことだけに集中していった。
今作の博麗大結界について。
・・・空間を隔てるだけでなく時間経過をかなり遅らせる。そのため、外の世界よりも幻想郷の時はゆっくり進んでいる。