犬転 〜引きこもりの彼女が再び大学に通うまで〜 作:lane
どうやら俺は犬になったらしい。そんな馬鹿なことがあるか、と思うかもしれないけど、本当なんです。助けてください。
新築のまだ、木の匂いが残る綺麗な二階建ての一軒家に差し込む明るい陽光とは裏腹に家の空気はどんよりしていた…
「優衣菜は…今日も出てきてくれないね」
俺を連れてきたこの男はどうやらパパさんらしい。
「えぇ…もう1か月も顔を合わせてくれないの」
こっちはママさんだ。それにしても二人とも若いなー…この若さだったらその優衣菜って子は小学生ぐらいなんかね?
「大学も留年しちゃったし」
「ワフッ!?」
大学生かよ!?思わず声出たわ!犬生初めての驚きを持ってかれたよ。こんちくしょう!
「勇気、どうしたの?ご飯かしら?」
ママさんが立ち上がり、俺を見下ろし撫でる。あっ…気持ちい…じゃない!!
俺はぶんぶんと首を振り、一鳴きする。
「くぅ〜ん…」
物悲しい鳴き声が部屋に響き渡る。どうだ!犬らしい感情表現だろう!?犬になったからには犬として勤めさせていただく…あっ、今の仕事っぽい。勤めるじゃなくて務めるだね。失敬。
「…ははっ、犬は賢いとは聞くけれど、この子はすごくお利口さんみたいだねぇ」
パパさんにもわしゃわしゃと撫でられる。お、俺は男なんぞに…!負けんぞ…!あ…
「ふふふっ、あの子が顔を合わせないうちに家族が1匹増えていたらどんな顔するか。見てみたくない?」
「ふっ…それは名案だね。少し驚かせてあげよう」
何やら悪い顔で企む2人を横目に見つつ、俺は素直に優衣菜に感心していた。
実家住まいで引きこもりたぁ…中々やってくれるじゃねぇか…と、謎の上から目線で考えつつ自分ならそんな勇気は多分ないだろうな。と思う。なぜなら逃げるのにも勇気は必要だ。そして一人暮らしならいざ知らず実家なら…親とのいざこざもある。俺は下宿してたから出来ただけで実家なら…そういえば今って俺が死んでからどれぐらい経ったんだろう…
最後まで何も打ち明けられず死んでいった俺に対し両親はどう思っているのだろうか。心配してただろうなぁ。死んだら、色々調査されるよなぁ…俺が大学行ってなかったって知ったら…やめだやめ。これ以上はダメだ考えるな。
とにかく、どの口が言ってるのかと思われるかもしれないが、引きこもりにメリットなんてゼロだ。勇気があろうがなかろうが停滞すればするほど元に戻りにくくなってしまう。何の気力も湧かなくなれば自棄になるだけだ。
ここまで考えて、なんで俺はこんなにやる気になっているのか疑問に感じた。前世では何もしたくないとばかりに死に散らかしたが、あれでスッキリしたからか?それもあるが…多分これは…
親近感、だろうなぁ…
留年、引きこもり。どれも身近にありすぎた。まるで解放されたかのように犬になった俺だが、視野が広くなったのか、諦めがついたのか、俺の中の劣等感は消えていた。いや、犬になってる劣等感は…と考えてみたが何もしなくても養ってもらえるこの環境はあまりに甘美すぎた。なら俺は対価を出さなければならない。家族として迎えられるなら尚更だ。
とどのつまり、素直になんとかしてやりたいと思う気持ちとただ飯ぐらいは申し訳ない、ということだ。
「ワンワン!」
俺に任せて!とでも言わんばかりの声に2人は微笑む。くくっ…犬としての初任務。引きこもりの娘をそれはもう驚かせてそのまま両親と顔を合わせてやろう。
ここに3人(1匹)の同盟が出来上がった。最初から四面楚歌だが、敢えて言おう。貴様はもうこの家で四面楚歌なのだから!
「トイレとかお風呂とかの時間に絶対あの部屋から出てくるから宜しくね〜」
俺を部屋の前で待機させる算段で、ドアを開ければ可愛いワンちゃんだよー作戦だ。
ちなみに俺のトイレはなんかお盆みたいなやつ。へっ、躾なんていらねぇよ。しかし、犬生は中々人の価値観には合わないようで、ぶっちゃけ手間をかけることになって申し訳ない。
学習ってことでいつか普通にトイレを使ってやるぞ…!
そして、夜中になった。
ガチャ…とドアが開き、暗い廊下に音が響き渡る。ついに来たか、驚かしてやるぞ…!いきなり叫ぼうか、それとも… ん、何か水が。
俺は上を向いた。そこには嗚咽を上げて泣く女の子が居た。
「っ…ぐすっ…」
ぐずりながらも、どうやらお風呂場に行くようだ。というかめっちゃ声かけ辛いんだけど…これは手を変えよう。こんな状態で驚かしても良いことなんて一つもない。辛い時は、ただ、隣に居て大丈夫?って優しく声をかけてくれるだけで抑えていた感情が全部勝手に出ていくんだ…
とはいえ、これは好機。なぜならドアが半開きだからだ。とりあえず入ってしまえば後は流れでどうにかしてやる。
俺は人生初の女の子の部屋を犬足で入り込んだ。まぁ当然電気はついていないが…テレビには深夜アニメが映っていた。そうそう。引きこもると昼夜逆転になるよね〜。しかも暇だし。そんな時テレビを付けたらアニメがやってて、それが面白くて…ってこれ死んで見逃したコオロギの鳴く頃にの8話じゃねーか!めちゃくちゃ気になってたんだからな!?
正直俺は見入っていた。だからこそ気づかなかった。後ろでお風呂を終えた彼女の存在に。
「えっ…?ワンちゃん…?」
Oh…どうやら先手を奪われてしまったようだ。
俺の存在に気づいた優衣菜は慌ててドアを閉め電気を付ける。
「ど、どうしてワンちゃんが家に…?なにか食べられそうな物あったかな…?」
俺の前に膝をつき、溜め込んでいるだろうお菓子袋を開きあれでもないこれでもない、と袋を漁っている。おう、多分チョコレートはだめだぞ。
それにしても改めて優衣菜を見やる。一ヵ月どこにも行かずにダラダラ過ごしていたからか、少しだけふくよかではあるが、ピンク色のパジャマにフワフワの栗色のロングヘアー、少し癖毛なのか、所々ウェーブしており、大きな翡翠色の瞳はすごく綺麗で、顔立ちは童顔でかなりの美少女だ。今はお風呂上がりだからか頬が上気しており、なんとも健全な艶かしさを感じる。そして中々の物を持っている…何とは言わないが。おまけに部屋の中はピンクやら水色やら、the女の子って感じの部屋だ。すごく良い匂いもする。
ってそうじゃない。何餌付けされてんだ俺。彼女さっき泣いてただろうが。とりあえず、目標は部屋から出て両親とお話してもらうことだ。よし、そうと決まれば、まずは段取りだ。何事も目標と段取りを付けないと、何やればいいかわからなくなるし、効率も悪くなるからな。とは当時大学8回生のありがたいお言葉だ。
彼女の信頼を得る→彼女の悩みを聞く→彼女を勇気づける
大体この流れだ。まずは第一段階。信頼を得る。それに加えて俺は動物。人間様の話し相手として愚痴やら何やらは比較的聞きやすいはずだ。いつになるかはわからないが、なるべく数日中には彼女の悩みを聞きたいな。
「こ、これ…食べる…?」
彼女の手には干し芋があった。おじいちゃんか。
なんとも微笑ましい気持ちになる…折角のご馳走だ。芋なら別に食べても大丈夫だろう…ということで。彼女の手に顔を近づけ干し芋をぱくぱく食べる。いや、俺は犬だ。何もやましいことはない。というのに、何故かあーんされてる気分になるのは一体なぜでしょうか?
「ふへ…可愛い…♪」
蕩けた表情でこっちを見てくる優衣菜ちゃん。可愛いのはあなたの方です。
その後はこっそりと優衣菜ちゃんと遊んだ。といっても夜中だし運動するわけにはいかないので彼女に抱きしめられたり、撫でられたり、一緒にアニメ見たりまぁ役得ってやつかな?
…気づけばすぅすぅと船を漕いでる優衣菜ちゃん。彼女を引っ張りベッドに寝かせる。ふっ、このぐらいは朝飯前よ。しかし、俺と犬とでは決定的な違いがある!そう、電化製品の使い方が分かる!これにより俺はただでさえ頂点なのに数多の犬の頂点に位置することができるのだ!
テレビを消して電気を消して俺は部屋を出た。いや…流石に一緒に寝るわけにはいかないからな。犬といえど元人間。今日知り合った女の子と寝るなんて恥知らずな真似は出来ません。そこ、ヘタレとか言わないの。
居間にはパパさんが居た。どうやら気になって起きたらしい。まぁ電気も付いてたしな。
「どうだったかい?勇気」
その問いかけに俺は、まぁ友達にはなれたよ。後はおいおい…って感じなことを身振り手振りで伝える。ふっ、一流の犬リストは飼い主に分かるように表現するのだ…犬らしさを失わずにな!
「明日もお願いね」
任された!
私は夢でも見てるのかなぁ?と頬をつねってみる。痛いや。お風呂から上がると部屋には一匹のワンチャンがいました。どこから、とか、なんで?とか色々あったけれど、とりあえずまずは初対面…あまり積極的にいかず干し芋を開けてワンちゃんの動きを待ちます。すると近づいてきてくれて食べてくれました♪可愛い…!
ワンちゃんは驚くほど大人しく無抵抗でした。最初はそーっと撫でて、慣れてきたら抱きしめちゃいました。その後も暖かく私のそばで一緒に居てくれました。なんだか、私のことを心配してくれているようで、それがすごく嬉しくて安心しちゃって…普段はあまり眠れないのに気付けば私はすごく眠たくなっていました。
寝落ちるまえに、優しくベッドに寝かせられた気がしますが流石にそれは考えすぎですよね…?