ギャル嫌いな俺の隣にギャルがいる   作:イチゴ侍

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過去と今
トラウマ/今


 ギャルなんて嫌いだ。

 氷川(ひかわ)勇樹(ゆうき)がそう心に決めたのは、中学一年生の時だった。

 その日、勇樹はクラスの日直だった。その日行った授業を纏めたり、次の授業の前に黒板を消したり、欠席者や早退者を日誌に書き込む。最後にその日あった出来事を感想として書くのが主な仕事だ。

 

 その日は、保健体育のノート提出日だった。不幸にも勇樹はその日に日直で、生徒の間では保健体育のノート提出日にだけは当たりたくないという思いがあった。

 

 

「今日はノートを提出してもらう。今日の日直は誰だ」

 

 威圧感駄々洩れの鋭い視線で周囲を見渡す担当教師。彼はこの学校では体育教師兼、生徒指導係として有名だった。その担当にはもちろん保健体育の授業が含まれていた。

 全世代において体育教師は怖く、やんちゃな生徒にとっては邪魔な存在だろう。そんな先生にクラスメイト全員のノートを集め渡しに行かなくてはいけないともなれば避けるのも頷ける。

 

 勇樹もまた例外ではなかった。

 

「(よりにもよって今日なの⋯⋯? 最悪だ⋯⋯)」

「おい、誰だと聞いているんだ。早く返事をしろ!」

 

 びくりと勇樹の肩が上下する。名指しされたわけじゃないにもかかわらず、まるで自分に真っ直ぐ向けられているかのようだった。さらにはタイミングが酷く、勇樹が手を上げようとした瞬間だったため勇樹は勢いに負け、その手を下ろしてしまいかけていた。

 

 しかし、そんな時だった。勇樹の隣からふらふらと手が上がった。

 

 

「あーもう、はいはいアタシでーす」

「っ⋯⋯佐藤か。呼ばれたらさっさと名乗り出ろ」

「ごめんなさーい。わっかりましたー」

 

 金色に染まった髪の毛、耳にはピアス、短すぎる学校指定のスカート。佐藤(さとう)(あい)は、がっつりギャルだった。見た目的にやんちゃなのかと疑われるが、佐藤愛は意外と真面目だった。それ故に先ほどの佐藤愛の態度に不服ではあるが、怒るに怒れない先生だった。

 

「放課後、俺の所に持ってくるように⋯⋯以上で授業を終わる」

 

 先生が去った途端に、彼女の傍にダムが決壊したかのように人が寄ってきた。

 

 

「さっすが愛。あのゴリラ相手によくあんな態度取れるわー」

「まぁね! ゴリラの飼育方法は知ってっしー?」

「よっ、自称優等生」

「自称は余計っしょ!」

 

 ゲラゲラと男女混じって高笑いしている。その様子を横目に、勇樹はいそいそとノートの回収に動いた。そう、ペアで行う日直担当、勇樹ともう一人は佐藤愛だった。

 

 

 

 そして放課後。

 なんとかノートを集め終わった勇樹は、日誌を書き終わるところだった。その横には退屈そうにネイルをいじっている佐藤もいる。

 

 

「あの、佐藤さん」

「ん」

「さっきはごめん。俺も日直だったのに⋯⋯」

「あーいいよいいよ。あいつ怖いの知ってっからさ。てかあいつ、いちいち声デカいんだよね。聞こえてるってーの」

「あはは⋯⋯」

 

 勇樹は、自分とは違い物怖じしない佐藤の様子に呆気に取られていた。

 

 

「あ、そだ。アタシがノートあいつのとこ持っていくよ」

「え⋯⋯でも」

「あんたは日誌届けて、ほとんど書いたのあんただし。ほらあんたのもちょーだい」

 

 そう言うと佐藤は、勇樹が机に置いていたノートを奪い取り、返事も聞かぬまま集めたノートを運び出した。

 

 

「あ⋯⋯行っちゃったし」

 

 一人取り残された勇樹。ほんの少し勇樹は佐藤に憧れを持った。男が女に憧れるなんて間違っている、なんて頭の固い人は言うだろうが、それでも勇樹にとっては確かに憧れだった。

 

 

 ◇

 

 

 翌日、勇樹は先生に呼び出された。

 

 

「⋯⋯失礼します。あの、氷川勇樹です」

 

 呼び出された原因がわからず、勇樹は恐る恐る教官室に入る。

 

 

「呼び出された理由は分かってるな?」

「へ? い、いやあの全く心当たりが⋯⋯」

「俺はノートを提出しろ、と言ったよな?」

「は、はい⋯⋯」

「なら何故、お前は提出していない」

「⋯⋯は?」

 

 勇樹は一瞬先生の言葉の意味が分からなかった。それもそのはず、勇樹はしっかりと自分のノートも集めたノートと共に提出しているはずなのだ。

 

 

「で、でもちゃんと出しましたよ!」

「なら何故ないッ!!」

「──っ!」

 

 先生のデスクに振り下ろされる手のひら。勇樹は声を上げる事さえできなかった。口を開かない勇樹に呆れたのか、勇樹を射抜くかの如くその眼をより一層細くした。

 

 

「もう一度聞くぞ? お前はなぜ、ノートを出さなかった?」

 

 勇樹の顔は酷く青ざめていた。頭が痛い、焦点が合わない、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い──。

 

 

「⋯⋯ノートを、書いて⋯⋯いませんでした」

 

 勇樹は嘘を付くしかなかった。

 

 

 

 それから勇樹は、あの後どんな話をされどんな風に戻ってきたのか記憶が曖昧なまま、教室に戻ってきた。

 さっきまでの光景が夢だったかのように、いつもと変わらない空気が教室内を流れている。

 まるでその日常から一人切り離されたかのような孤独感を勇樹は感じていた。

 

 勇樹はクラスメイトの隙間を静かに通り抜ける風のごとく抜けていき、自分の席にたどり着く。

 

 

「──ぇ」

 

 あまりにも小さな、果実の搾りカスのようにか弱く勇樹は声を漏らした。

 

 

「お、氷川じゃん。ねね、あのゴリラに怒られた? ねぇねぇ!」

「⋯⋯な、んで⋯⋯」

「ん? ()()()()()()()なんか見てどしたの」

 

 まるで当たり前にそこにあったかのように勇樹のノートは置いてあった。あの日、佐藤の手に渡ったノートが。

 

 

「ど⋯⋯どうして、俺のノートが」

「だって、アタシ出してないもん」

「⋯⋯は?」

 

 こいつは何を言っているんだ。勇樹の頭の中はぐちゃぐちゃにかき混ぜられていた。

 

 

「いやーあんまりにも氷川がゴリラのこと怖がってたからさ、ちょっちイタズラしちゃったっ」

「うっわ~愛、鬼畜すぎ~」

「氷川君かわいそ~あはは」

「お前も佐藤にからかわれたのか⋯⋯その気持ちすげぇわかるぜぇ⋯⋯」

「あんたのは自業自得じゃんか」

 

 ゲラゲラと男女混じって高笑いしている。

 なにがおかしい、なぜ笑える、イタズラ? からかわれた? 誰が? 俺が? 誰に? 佐藤に? そんなわけがない。

 勇樹は必死に状況を理解しようとするが、できなかった。

 

 

「そ・れ・で? 氷川、どうだったのさ? んん?」

 

 

 さっきまでの俺を嘲笑うかのように俯く俺の顔を覗いてくる佐藤。

 俺は泣いた。

 

 

「え、ちょ! 氷川がん泣きなんだけどー!」

「ぷっ、愛に泣かされちゃった~」

「おいおい、女に泣かされてんじゃねぇよ氷川~」

 

 本気で涙を流す勇樹を横目に軽いノリでやいやいと騒ぐ周り。佐藤は腹を抱えて笑っていた。

 

 

「はぁ~、氷川あんた面白すぎっ! 最高だったわ~さんきゅー」

 

 

 その言葉を最後に、勇樹の頭の中から女の名前は消え去った。そして最後に残ったのは──

 

 

 ギャルなんて嫌いだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 あるアパートの一室。目覚まし時計がけたたましく鳴り続けていた。

 

 

「⋯⋯あと五分」

 

 時計が止められた。しかしその仕事を全うすることはできず、起こしたかった相手はゆっくりと眠りについてしまった。

 あと五分。そう言い残した男──氷川勇樹の願いは、彼女によって断ち切られるのだった。

 

 

「おっきろー!!」

 

 勇樹を包んでいた布団は、勢いよく剥ぎ取られた。温かな感触を失った勇樹は、ゆっくりとその閉じた眼を開き、ある一点を睨みつけた。

 

 

「宮下⋯⋯何してる」

「勇樹さん、おはよ!」

「おはよう⋯⋯で、何してる」

「ん~勇樹さんを起こしに来たよ?」

「見れば分かるな」

「うん。あと朝ごはんもできてるよ」

 

 えっへんと両脇に手を当てて鼻を伸ばす金髪のギャル。

 

 

「そうか。それじゃ、おやすみ⋯⋯」

「はいはーい、ってなわけないじゃん──かっ!」

 

 勇樹が取り返したはずの布団は、またもや彼女の手に渡っていた。

 

 

「だぁぁぁぁぁ! 返せ! 俺の安眠を返せぇ!」

「いーやーだー! 勇樹さんが言ってたんじゃん! この時間に起きなきゃだって!」

「昨日の俺は昨日の俺、今日の俺は今日の俺だ!」

「あー大の大人が屁理屈だぁー!」

「俺はまだ大学生だぁ! 勝手に大人にするな!」

「え、だって愛さんより年上じゃん」

「えぇ⋯⋯そこで素に戻ります? 普通」

 

 氷川勇樹、大学二年。彼女無し、通い妻(仮)あり。

 宮下(みやした)(あい)、高校二年。彼氏無し、通い妻(仮)で高校生アイドル。

 

 

 これはギャル嫌いな男と、ギャルな女の不思議な話である。

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