非日常と日常の変わり目とはなかなかに気づくことのできない不思議なものである。
「いらっしゃいませー!あ、おじさんいらっしゃい!んー?あはは、何でもないよ~心配してくれてありがとー♪」
先日まで非日常に身を投じていた彼女──宮下愛は、こうして何事もなかったかのように日常に戻ってきていた。
そして彼女の周りもまた、変わることも無く日常に溶け込んでいる。
「愛ちゃん、これお願いね?」
「はーい!」
一度は自身の部屋に引き籠ることもあった愛だったが、今では店のお手伝いも再び続けていた。一歩遅ければ一生傷として残るかもしれない目にあったにも関わらず、愛は人との関りを断とうとはせずにむしろより深く繋がろうと心掛けていた。
「おまたせ~!」
「ありがとねぇ」
「おばちゃんこそいつも来てくれてありがとっ!」
「ふふっ」
「ん?」
「愛ちゃんまた一層元気になったわね」
「えっ?そうかな~」
ここ最近の愛はその太陽のように眩しい笑顔をさらに明るく輝かせていた。勢いの良いくしゃっとした笑みは、周囲を照らしてみんなの心さえも温めてくれるほどだ。
一度光のない世界に閉じ込められたからこそ、その光は力を蓄えこうして愛の力として振るわれているのだろう。
「もしそうなら、きっとおばちゃんや、みんながいてくれるおかげだよっ!」
「あら、嬉しいわ~ありがとね」
「えへへ~ゆっくりしていってね!」
「すいませーん」
「あっ、はーい!今行きまーす!」
ひっきりなしに接客に追われる愛。それもそのはずで、ある日ネットの書き込みにて『究極の美少女ギャル!彼女の笑顔の接客に胸躍る!?』という煽り文と共に"みやした"が紹介されていたのだ。すると世の男達は血眼になり店を探し、来店するとその話が本当だったとネットに書き込む。さらにそれを見た者が⋯⋯と予想以上に広まり、今では大繁盛間違い無しなほどの客数を誇っていた。
すると必然的に接客担当の愛は忙しくなり、あっちこっちと店内を駆け回り止まっている時間がない程だった。
「あれっ!お兄さん昨日も来てくれたよね!ありがとっ!」
「(うっ⋯⋯眩しい⋯⋯愛ちゃん今日も可愛い⋯⋯!この笑顔があるだけで毎日頑張れる⋯⋯)今日はこれとこれと⋯⋯あとこれもお願いします!」
「おおーそんなに!?⋯⋯よしっ、注文承りました!少々お待ちくださいっ」
どんな相手にも分け隔てなく接してくれる愛に来店する男たちは一撃で落とされ、より喜んでもらおうと見栄を張って多く注文するようになった。その光景はまさに、金を貢ぐファンとアイドルのそれに類似していた。
しかしそんな男たちの間でも絶対に破られないルールが存在していた。
それは決して愛の笑顔を絶やしてはいけないというものだった。それが最初に破られたのは、とある男性客が例のごとく見栄を張って頼んだ『超弩級もんじゃはどんなもんじゃ!』という愛が発案したメニューを食べきれなかった時の事だ。
その物量の前に崩れ落ちた男が敗北を宣言したその刹那、愛は表情を曇らせてしまったが、すぐに「流石に多すぎたよねぇ~」と笑い誤魔化した。が、それを見逃さなかったある男性客によって密告されてしまい結果、一週間の出禁を食らうという事案があった。
余談ではあるが、その場面に出くわした客の話によれば密告した男性客はというと、
──二度も男の手であいちーにあんな顔させちまったらギャルころ殿に顔向けできねぇんだよ三下ァ!
と男を恐喝していたらしい。
そんなこんなで若者男性客の愛への接近及び、対処は慎重にされておりかなり治安は良かった。
しかし、中でも例外中の例外はある。
「よーっす。今日も来たぞー⋯⋯って、めちゃくちゃ多いな⋯⋯」
「──っ!!勇樹さん、いらっしゃーいっ!」
一際眩しい笑顔を愛から向けられる客が一人いた。それが彼、氷川勇樹だった。
「まだ席空いてるか?」
「あーごめんっ、丁度込み始めちゃって⋯⋯」
「そっか、ならテキトーにそこら辺で時間つぶしとく──」
「ああ待って待って!だったら愛さんの部屋で待っててー!」
その瞬間、男性客たちに電流走る。
「え?宮下の部屋?それはお前⋯⋯どうなのさ」
「どうって⋯⋯」
「まぁ、宮下がいいならいいけど⋯⋯別にお前の部屋じゃなくてもリビングとかさ」
「⋯⋯!」
「なになに、宮下はそんなに俺を部屋に上がらせたかったわけ?」
「わああーっ!!」
「あのー⋯⋯注文いいですか?」
「──はーい!すぐ行きまーす!」
追い詰められていた愛だったが、お客からの呼び出しによって水を得た魚の如く飛び跳ねるように勇樹の前から離れて行った。
取り残された勇樹はというと──
「⋯⋯いや、いきなり女子の部屋は恥ずいっての⋯⋯」
ほんのり顔を赤らめて照れていた。
(──乙女かっ!?)
周囲の客たちが一致団結した瞬間だった。
◇
「もー!勇樹さんのせいで恥ずかしかったんだからっ!」
数時間後。お客の出入りも少なくなった頃に勇樹はまたやってきていた。
「あれは自業自得だろ⋯⋯」
「うぅー」
「はははっ、それはぜひとも見たかったな~あいちーの自爆シーン」
「トラトラまでぇ!」
そこには勇樹の姿だけじゃなく、勇樹の友人でもある景虎の姿もあった。
あの後、店を後にした勇樹がゲーセンをふらついていたところ、新しく入荷したというフィギュアを取りに来ていた景虎にばったり出会う。そこからは二人で向かう流れになり、今に至っていた。
「でも勇樹もまんざらでも無かったんじゃねぇの?」
「は?」
「いやいやーどうせあいちーが去った後で「恥ずかしかった⋯⋯」とか真っ赤にしてたぜ~絶対」
「⋯⋯なわけ」
「おっ?今の間は何だろうかな~?」
あまりのテンションの高さに、拳の一つでもお見舞いしてやろうかと拳を握る勇樹。しかしふと視線をずらすと目が合った。
「⋯⋯なんだその目は」
「んー?」
「その期待に満ち溢れた純粋な眼差しを向けんじゃない」
「ん~?」
「⋯⋯っ」
何も言わない愛。目と目を合わせているだけにも関わらず、勇樹の顔はじわじわと赤くなっていく。勇樹の脳裏にはあの日、愛の部屋の前で起きた出来事がこれでもかというほど再生されていた。それと相まった結果、頬を染める赤みのスピードは尋常じゃなかった。
「お、赤くなった」
「──っ!」
景虎に指摘され、さっと顔を片手で隠す。
「ぷっ⋯⋯あははっ!」
「な、なんだよ⋯⋯」
「あはは-!ははっ⋯⋯ふふふ⋯⋯ふっ、あははっ!」
腹を抱えて笑い出す愛。ただバカにされていると感じていた勇樹だったが、真逆だった。
愛にとっては、勇樹の照れる姿がとにかく可愛く映っていた。しかしそれだけではなく、普段のクールな雰囲気からはとても考えられないというギャップによる相乗効果もあってその笑いが止まらないのだ。
「(もうっ、今の勇樹さんヒキョーだよ⋯⋯はー、笑いすぎた⋯⋯こんなに笑ったの久しぶり)」
「勇樹さん可愛すぎだよ。ふぅ、やっと落ち着いた」
「俺は可愛くない」
「そんなだから可愛いって言われんだって」
「⋯⋯」
「あー勇樹さん拗ねないでっ、ほらほら出来上がったよ!」
「いただきます⋯⋯」
むくれながら小皿にもんじゃを盛る勇樹。そこでもまたひと悶着あったが、それでも食事は続いていた。
そんな中、丁度お店にやってきた美里が三人を見つけやってきた。
「あら、勇樹君に⋯⋯えっと」
「⋯⋯勇樹。この美人様はどちら様で⋯⋯」
「えと、こちら宮下の姉⋯⋯のような人で、川本美里さん。で、こっちが俺の友人で黒江景虎です」
勇樹が丁寧にお互いを紹介する。
「初めまして。勇樹君も改めて、川本美里です。愛ちゃんがいつもお世話になってます」
「いえいえ。こちらこそ勇樹共々、妹さんにはお世話になりっぱなしです。会えて光栄でございます」
「あはは!なにさその堅苦しー挨拶。チョーうけるんだけど!」
「景虎お前そんなキャラだったか?」
キリっとした態度の景虎に疑問を浮かべる勇樹。
「あら、愛ちゃんったら、照れ隠し?」
「へっ?な、なに言ってんの、おねーちゃん!」
「ふふっ」
「笑った顔もふつくしい⋯⋯」
「おーい、戻ってこーい」
「勇樹ッ!全速前進DA-!」
美里が仲間に加わった!
ラストって言いましたが、まだ続きます。