これがいつもの朝
あれから時は経ち。
「⋯⋯おっきろぉ~!!」
「だぁぁぁぁぁ!」
美里の提案により始まった宮下愛の通い妻計画は、見事に完遂され今もこうして関係は続いていた。そして、勇樹への気持ちがはっきりとした愛。その仲も劇的に変化したのだろう──
否、そんなことは無かった
この二人、未だあの時から何ら変わりは無く勇樹は大学二年、愛は高校二年へと進学していった。何度も言うが、その間に二人の仲が急接近する出来事があったわけでも、命がけのデスゲームに参加させられたなんてことも無く、平々凡々と毎日を過ごしていた。
「宮下ぁ⋯⋯」
「勇樹さんおはよっ!」
「今日、何曜日か知ってるか?」
「ん?土曜日だよ」
何を当たり前の事を、という様子で首を傾げる愛。
「あのなぁ、平日ならまだしも土曜だ。そして俺は今日大学に行かなくていいんだ。つまり朝早く起きる意味なんてないわけでだな⋯⋯」
「ほらほらいい天気だよ勇樹さんっ!」
「人の話を聞けこら!」
寝起きで荒々しく振る舞う勇樹。
一方の愛は、部屋の窓を全開に開け放って空気の入れ替えを行っていた。
「こーんなに気持ちいい朝なのに寝てるなんて勿体ないよっ」
「いるよなぁ⋯⋯『ええ!?そのアニメまだ見てないの?見てないなんて勿体なさすぎるわ!終わってるぅ~』みたいなパワハラ気味に押してくるやつな⋯⋯」
とある映画史に残る社会的ヒット作品を思い浮かべる勇樹。
「別にそんなんじゃないもん」
「いーや、そうだね。現にこうして俺は、休日の早朝から叩き起されてんだ!」
「それはだって、どっか一緒に遊びに行きたかったから⋯⋯」
「うっ……」
唐突にしおらしくなる愛に、勇樹は顔をしかめていた。二年以上経った今ですら、愛にこれをやられるのが勇樹は苦手だった。
「どうしても遊ぼうと言う気か?」
「もちろん」
「俺は外には出たくない。だから宮下の頼みは聞いてやれないんだ……ってわけで、今日はあきら──」
「なら家の中で遊ぼう!」
食い下がることのない愛に対して「外に出たくない」という確固たる意志を見せつけた勇樹だったが、愛は「外に出ないで遊ぼう」と食い下がることによって、勇樹の投げた球を気持ちのいいくらいに弾き返したのだった。
場外ホームランを打たれてしまっては、勇樹が球を取りに行くことなど不可能。よって勇樹は渋々と受け入れる他なかった。
「はぁ……分かったわかりましたよ。俺の負けだ。今日はお前に付き合ってやる」
「よっし! えへへ〜どこ行こっかな!」
愛は携帯を取り出し、勇樹が横になっていたベッドへと腰かけた。
「え、場所決めてなかったのかよ……」
「うんっ、勇樹さんと決めたかったんだもん。勇樹さんは行きたい所ある?」
「……お前、さっきまで家を出たがらなかった奴にそれ聞くか」
「あ、そっか」
舌をペロッと出しながら「てへへ〜」と、照れ笑いを浮かべる愛。
「……っ」
「ん? どしたの」
「いや……」
愛に視線を向けていた勇樹は、不自然に顔を背けた。詰め寄る愛だが、勇樹は口を固く閉ざしていた。
「(……一瞬ちょっとでも可愛いと思ったのが悔しい)」
出会った当初こそ、愛のその容姿にトラウマが重なり距離を詰めようとしなかった勇樹。
それとは裏腹に、勇樹に不思議と興味を抱いた愛は、事ある毎に勇樹と積極的に触れ合おうとした。
やがてその愛の行動が幸をそうしたのか、勇樹は少しずつ愛を見る目に貼ったトラウマというフィルターを剥がしていき、ある事件をきっかけに"友達"だと自ら宣言できたのだった。
しかし、それでも根に残ったものが取れるわけでもなく"友達だけど負けたくない奴"という認識が新たに勇樹には埋め込まれていた。
「ねぇねぇ」
「……なに」
「こっち向いて」
「……断る」
「むー」
ベッドに並んで腰かける二人。近所の公園で体操を終えてきたお年寄りたちの世間話がやかましくなってきた。
愛はその両手を伸ばし躊躇なく勇樹の顔をがっしりと挟むと、無理やり振り向かせた。
「な、なにすんだよ」
「やーっとこっち見た!なんで背けるのさ」
「別にそういうわけじゃ⋯⋯って近い近い近い」
「ちゃんと話してくれるまで愛さんはこの手を離さないっ!」
「⋯⋯っ、ああもう!そういうところだって!」
勇樹は力任せに拘束から逃れると、ベッドから離れ愛と向き合う。
「いつも思ってたけど、距離が近いんだよ」
「⋯⋯そうかな?」
「そこで疑問にすらならないのある意味凄いわ⋯⋯」
「⋯⋯」
しかし、そんなことは無かった。
「(──わあああああああ!!)」
愛は愛で、先ほどまでの自分の行いを振り返り、声にならない叫びを上げていた。
「(確かにおねーちゃんから、さりげないスキンシップは大事って言われてたけどさぁ!でもあれは恥ずかしってー!勇樹さんおもいっきり距離取っちゃったし⋯⋯)」
先ほどまで勇樹の座っていた辺りを名残惜しそうに撫でる。
そんな何気ない愛の仕草にまたもや熱くなるの勇樹は感じていた。
「あんま、男にやるんじゃねぇぞ⋯⋯一回痛い目あってんだから」
そう言い捨てると勇樹は、タンスを開けて着替えを取り出し自室を出て行った。
「⋯⋯勇樹さん以外にしないし⋯⋯」
足をぶらぶらとさせながら、部屋を抜けて行った勇樹の後ろ姿を想像してそう口にした。
「うっし、乙女愛さんモードは一旦おしまいっ!待ってろ~勇樹さんの胃袋ぉ!まずは朝ごはんでゲットだぜっ!」
少し成長⋯⋯?した乙女ギャルだった。