空は快晴、空飛ぶ鳥たちも喜びの舞を踊る。木々はよそよそしく揺れ動き、木から離れていった葉を風が運ぶ。青空の下、たくさんの人が言葉を交わし笑い合う。
絶え間なく人と人とが交わるこの中──
一人の男は、それら全てと真逆の心情とオーラを放っていた。
(……来ない)
未だ眠気が取れず、どんよりとした表情で広場のベンチに腰掛ける勇樹だった。
土曜の朝という、学生にとって最高の時間であるそれを太陽の如き笑顔で焼き払った元凶が待ち合わせ場所に来ない。その現状に周りが思わず距離を取るほどのオーラを放っていた。
(だいたい、宮下のやつなんで一回帰ったんだよ。そのまま行けばいいのに……)
勇樹が叩き起された後、愛は朝食と待ち合わせ場所を用意して家に帰っていった。その時まではその行動に対して疑問にならなかった勇樹だが、待たされている事で不満が漏れていた。
「勇樹さーん!ごめんっ、遅れちゃった」
勇樹がそろそろ携帯に手をかける……というタイミングで、遠くで待ち人が声を上げていた。愛は顔を上げた勇樹と視線が合うと、傍まで駆け寄り謝罪の言葉と共にぺこりとお辞儀した。
「ほんっとにごめん……待った?」
「めちゃくちゃ待った」
「そこは嘘でも「今来たとこ」って言って欲しかったかも」
「流石にそれは無理があるぞ……」
だよね……と肩を落とす愛。女の子の心情としては憧れのシチュエーションであるのだが、自分でも無理がある事は重々承知していた愛は諦め半分、不満半分という表情だった。
「……あ」
「ん? どしたの勇樹さん」
「朝見た時と違うな」
改めて愛の姿を捉えた勇樹。言葉にした通り愛は、朝していたポニーテールではなく、髪を下ろした状態だった。
「あー髪型? うん、学校ある時以外ではこっちの方が多いかな」
「いや、それは知ってるって。かれこれ2年くらいは一緒だし」
「あ、そうだった……えへへ」
2年くらい一緒……と、長い間自分と居る事をしっかり認知してくれている勇樹に密かに喜ぶ愛だった。
「それじゃ、服かな? 新しいの買ってみたんだ!どう?」
「似合ってる」
「でしょ! 見かけた瞬間ビビっと来たんだぁ〜」
上半身はフリルのついたオレンジ色が特徴的なオフショルダーで、下はショートパンツ。肩出し、へそ出しと露出が高めで目のやり場に困るギャルファッションだった。
愛はその場でクルッと回ると、勇樹に向けてはにかむように笑った。
無邪気そうな中にほんのり大人の色気に近い雰囲気を醸し出す愛の様子に、勇樹は逸る鼓動を抑えていた。
(またちょっとドキッとしちまったぁ……)
愛が高校へと進学したあたりからというもの、勇樹はそれまで平気だった愛の言動に嫌という程意識させられていた。
それ故に、朝のような急接近には滅法弱くなっている。
それは勇樹にとって、宮下愛という個人に誤って被せてしまった過去の記憶を着実に取っ払う事が出来ている証拠でもあった。
「てか……俺が言いたいのは髪型とか服装とかじゃなくてだな……少し化粧してきたのか?」
「──へっ?」
「朝見た時はしてなかったよな? あんま濃くしてないから合ってるか分かんないけど……」
「あ、当たり」
勇樹の家を去った後、愛はすぐさま着替えに向かった。
勇樹に少しでも可愛いと思ってもらいたい、という一途な気持ちからの行動だった。そこへ一日店を手伝えない愛の代わりにやってきた美里がやってきて、愛は化粧をしてもらうこととなった。
その化粧で美里がこれもダメだあれもダメだ……と本気になった結果、遅れたというのはまた別の話。
「す、すごいね……」
「そうか? 分かるだろそれくらい」
愛はそれほどガッツリと化粧をしているわけではなかった。美里による細かなメイクだったため、気がつくには相当見ている必要があった。
(……ネットで見たけど男の人ってあんまり細かい化粧とか気が付かないって見たことあるけど、勇樹さん気がついちゃうんだ……キュンっと来ちゃった)
愛の中では触れられないだろうと思っていた箇所なため、それを指摘された事は何より嬉しいものだった。
「か、感想とか……聞いてもいいかな?」
「感想? えと……めちゃくちゃきれ……良いと思うぞ」
「……っ」
めちゃくちゃ綺麗、と言いかけたところで言い直した勇樹だったが、めちゃくちゃ良い、とほぼ変わらない事を言っていることには気がついていなかった。
そして勇樹の言葉に愛は思わず笑みが止まらず、漏れるところだったが、下を向くことでなんとか堪えていた。
(やっべ……化粧の事とか込みで今の気持ち悪かったかな。宮下のやつ下向いちゃったし……これはドン引きレベルか)
その結果、勇樹が後悔することになるのだが愛は知らない。
「……」
「……」
お互いに言葉を発しなくなり、遠くで走り回る子ども達の声がやけに響いている。
「なぁ……」
この空気に先に耐えきれなくなったのは勇樹だった。
「このままここにいてもなんだしさ、一応行くとこ決めてきたんだろ?」
「……う、うん!」
「だったら、早く行こうぜ。どーせ宮下の事だし、一日ぎっしり予定詰めてきてるだろうからな」
よしっ、と重い腰を上げて立ち上がる勇樹。そしてそのまま歩を進めていく。
「おーい、お前が先導してくれないと困るんだがー?」
「──うん! ……って、さっきの「どーせ」ってどういう意味さぁ!」
「そのままだろ。修学旅行とか行きたい所全部連れてかれて班のヤツら瀕死になってそうだし」
「偏見だよ!」
「どうだかなー」
「むー!」
少し大人びた愛だったが、根は変わっていなかった。
◇
「ねぇねぇ!勇樹さん!これとかどーかな?」
勇樹達が最初にやって来たのは、都内でも大きいショッピングモールだった。そして現在二人はよく分からないブランドのよく分からない英語の名前の服屋にやってきていた。
「ゼブラ柄……? 激アツじゃん」
「ゼ、ゼブラ?じゃなくてトラだよ!トラ!」
「ほぼ一緒じゃん」
がおーっと、愛くるしくトラの真似というよりもライオンに近い真似をする愛。その手には派手派手なトラ柄のTシャツがぶら下がっていた。
結局どれでもいいんかい、とツッコミたくなる勇樹。
「で、どうかな?」
「すまん……正直言ってそれはダサい」
「え゛」
「トラ柄自体はそんなに悪いとは思わないんだが……そのTシャツだけはダサい……」
ハッキリと伝える勇樹。そしてどこか手応えを感じていたのか、愛はその上げていたTシャツを持つ手を下ろすと、元の場所に戻していった。
「あー、えと……俺的にはこっちの方が合ってるかもと思うんだが」
愛の姿を見ていられなかった勇樹は、フォロー気味に近くにあった服を取って愛に見せる。
突きつけられた愛はというと、目を見開いていた。
「勇樹さんはこういうのが好きなの?」
勇樹が咄嗟に取ったのは、ヒョウ柄のブラウスだった。カーディガン調でゆったりとしていて、柔らかい印象を感じさせていた。
「好きというか……なんとなく宮下に合いそうな気がしたからさ」
「そっか」
「
「…………ぷっ」
「ん?」
「『ひょっとして』と『ヒョウ』……ぷふっ」
え、笑われた……と落ち込む勇樹だが、自分が愛のツボをついていた事には気付いていなかった。
「気に入らないなら別にいいん──」
「ううん!! あたしこれ買ってくるっ!」
「は?ちょ、試着とかしねぇのかよ!」
その後、服は試着していきそのままお買い上げとなった。