氷川勇樹が宮下愛に出会ったのは、勇樹が高校二年の時だった。
中学時代のトラウマも少しずつ記憶から薄れかけていた頃、勇樹は友人と秋葉原に来ていた。
「ふー、やはりここの空気は素晴らしい」
「同類の匂いがプンプンする」
高校に入り知り合った勇樹の友人、
「勇樹は相変わらずドライオタクですなー」
「俺をそこら辺のキャラ作りオタクみたいに言うな」
ギャルに泣かされて以来、勇樹は逃げるようにアニメ、マンガ、ゲーム、アイドルの世界に逃げた。そこはまさに天国だった。トラウマを植え付けるギャルもいなければ、人を嘲笑うクラスメイトもいない。
意外とオタクの中にはそういう辛い経験から救いを求めてこの世界に入った人もいるのだと、勇樹は感じていた。
「何を言うか。もうすでに勇樹は界隈ではドライなイケメンオタクとして有名だぞ?」
「おいまて、それどこの界隈だ!あと誰がイケメンだって!?てか俺の写真どこから漏れてんだよ」
「先月のアイドルとの集合写真でばっちり最前で映ってたぞ」
「⋯⋯あ」
「それからそれから彼があの「ギャルころ」さんだと知れ渡り、今やネットの無料素材⋯⋯」
「ああああああああ!!」
「というのは半分嘘で」
「え⋯⋯まって、どこから嘘なの?」
ちなみに「ギャルころ」というのは勇樹のネットでのネームだ。意味はもちろん「ギャルをこ〇〇」でネットを始めた時期も中学二年のころのため、トラウマ全開だ。
普通のトラウマならギャルという言葉を見るのも避けたいものなのだが、勇樹が患ったトラウマは若干、復讐寄りな気さえする。
「ところで今日は何買いに来たんだ?」
「勿論、エロゲ―」
「君、いくつ?」
「ふっ、男は女を見たその日から18歳なんだぜ?」
「はいはい、かっこいいかっこいい」
「くぅー、クーデレヒロインを落とすのは難関ですぞ」
「誰がクーデレじゃ」
軽口を叩きながら、目的地に足を進める男二人。
やってきたのは健全なゲーム売り場だ。休日の真昼間なこともあり、訪れる客も相当数いた。中には同じ匂いのする男や、カップルや、親子連れと皆様々だ。
「ふふふこれよこれ、今巷で話題の新作⋯⋯」
景虎が手にした健全なゲーム、通称──ギャルゲー。誰がそんな名前を付けたのかと一時期は呪っていた勇樹だが、最近は恋愛ゲームと呼ぶことで平穏を保っている。
景虎が欲していたパッケージを見て勇樹はそっとその場を離れた。
「(この世界にどっぷり浸かってるけど、流石にロリの良さは未だに分からん⋯⋯)」
景虎が買いに来ていたのは、小さい女の子しか出てこない高校で主人公とヒロインたちがキャッキャウフフするという内容の恋愛ゲームだった。
「まぁ、好きなものはひとそれぞれか⋯⋯てか小さい女の子しかいない高校ってなんだ?それ、しょうがっこ⋯⋯」
その刹那、勇樹にどこからか鋭い視線が飛んできた。勇樹は咄嗟に自分の命が危うくなったことを察して、言い切らずに思考を止めた。考えないほうが幸せなこともあるのだと、勇樹は改めて感じた。
今の事は忘れよう。そう切り替えた勇樹。その目にふと一つのゲームが止まった。
「(純情乙女系ギャルが俺の事を好きになるわけがない⋯⋯?頭に脳みそ詰まってんのか?)」
勇樹は目を疑うようなタイトルのゲームを見つけた。まさに世紀の大発見!絶滅危惧種を超えてもはや都市伝説レベルのその「純情乙女系ギャル」というワードになぜか好奇心を掻き立てられる勇樹。
この世界に入って以来、勇樹は無意識のうちにギャルという生き物を避けていた。ギャルっぽいのがメインヒロインならば即切り、恋愛ゲームでは確実にギャルキャラの好感度は一%すら上げないと徹底していた。
そんな勇樹が今、都市伝説に立ち向かおうとしていた。
「⋯⋯」
数時間後。
「いやーようやく買えたぜ~!」
「それは何より」
目的のものが買えた景虎。そして勇樹はお互いに昼を食べていないことに気がつき、何か食べて行こうという話になった。
「ところで、勇樹もなんか買ってたみたいだが、何を買ったんだ?」
「──っ、そ、そうそう電池が切れてたんだよ。だから買ったのは電池な」
「ほう⋯⋯勇樹も侮れないなぁ、さては良作を見つけたな?」
「なんか言ったか?」
何でもない。と含みを混ぜたトーンで返し、勇樹の先を歩く景虎。釈然としない勇樹だったが、まぁいいか。と切り替える。
そんな二人がたどり着いたのは、もんじゃ焼き屋だった。
「むむむ⋯⋯ここからラブコメの波動が⋯⋯」
「はいはい。バカやってないで入るぞー」
と、この時ほど景虎のバカを信じるべきだったと勇樹は後々思う。
「いらっしゃいませー!二名様ですか?」
「え゛」
「はーい、そうでーす」
「席にご案内しますっ!」
ギャルだ⋯⋯金髪のギャルがいる⋯⋯。
「古風な飲食店に金髪のギャル⋯⋯しかも可愛い⋯⋯やはりラブコメの波動を──ってどったん勇樹」
──純情乙女系ギャル。
ふいに勇樹の頭をそのワードがよぎり、鞄にしまったソレが疼くのを感じた。
これがのちの、氷川勇樹と宮下愛の関係の始まりだった。
◇
「いただきます⋯⋯」
宮下愛はある事をきっかけに氷川勇樹に着いて回るようになったのだが、それはまたのお話。
いつものようにベッドからたたき起こされた勇樹は寝癖で頭を爆発させたまま、愛の作った朝食を味わっていた。
「ねぇねぇ!どうどう?美味しい?」
「ん、5点」
「10点中5点かぁー」
「いや、100点中」
「んだとこらぁ!そーいう意地悪な勇樹さんには私の手作り玉子焼きあげないんだから! べー!」
高校二年になり、愛の可愛さは倍増していた。容姿等々は未だに勇樹のトラウマに触れるが、嫌でも引っ付いてくる愛の前に嫌でも耐性が付いた勇樹。なお、
「はいはい。勇樹さんが悪うございましたよ。相変わらず100点だよ」
「えっへへ~でしょでしょ!」
「あぁ、もうこの味噌汁なんか毎日飲みたいくらいだわ」
「そうそ────へっ?」
勇樹の何気ない言葉に引っかかった愛。氷川勇樹、この男トラウマから逃れるために入った世界で数多くの創作物に触れ、常人ならば赤面するであろうセリフを平然と使えるようになっていた。それはまさに鬼に金棒。トラウマさえなければ股の軽い女をとっかえひっかえできていたかもしれないくらいに容姿に恵まれていた。トラウマさえなければ⋯⋯。
そんな鬼の金棒を正面から食らった愛。もちろん耐性などない。なぜなら乙女だから。
生まれてこの方、彼氏は無し、男友達の影もなく、バレンタインに本命チョコはおろか義理チョコすらあげたことも無い初心なギャルである。
「え、えと⋯⋯毎日飲みたいって⋯⋯」
左右の人差し指をつんつん、と合わせて頬がほんのり赤くなる愛。
「ん?あぁ、どうせなら毎日お前の(味噌汁)飲みたいし」
「ア、アタシの飲み──!? へ⋯⋯へぇ!?」
もはや100人中、99人が結婚してるだろと言いたくなるくらいにはイチャついてる。しかし、100人中残りの一人が正解だとこの後分かるだろう。
「そ、そそそれってあの⋯⋯プロ、プロポーz」
「まぁ、宮下はその容姿がギャルじゃなくて清楚系黒髪ならなー。あとギャル特有の喋り方が無ければ……」
「⋯⋯」
先に説明しておくと、愛は勇樹に「ギャル」と呼ばれるのが嫌だったりする。勇樹本人から直接聞いた訳では無いが、薄々勇樹がギャルが嫌いだということを愛は感じていた。それでも愛は容姿を変えようとも思わなかった。
自分の全てを好きになって欲しい。
それが今の愛にとっての全てだった。だからこそ、勇樹の嫌いな「ギャル」というその一括りにされて呼ばれるのが嫌だった。
要するに、勇樹は完全に爆弾に火をつけたのだ。これが未だに壁となってなかなかくっつかないでいた。あくまでギャルという存在にトラウマを持つ勇樹には壊すのは困難な壁である。
フルフルと肩を揺らす愛。遅れて「しまった」と気がつく勇樹。
「み、宮下さん⋯⋯?」
「あはは⋯⋯うん、なんかごめん。愛さん気にしてないから!うん!」
何かを諦めたような、それでいて相手に気を遣わせないと無理に笑みを浮かべるそのしぐさが、見ている勇樹の心臓をギュッと締め付けた。
「ほんっとにごめんなさい!!」
宮下愛の爆弾は怒りではなく、しおらしくなる爆弾だったりする。
罪の念に囚われた勇樹は、その日とても綺麗な土下座を見せたという。
もしも壁が壊されたその先で、尻に敷かれるのは果たしてどちらか⋯⋯。
「てへぺろっ」
「宮下⋯⋯恐ろしいギャr──もとい、恐ろしい子だよ」