真夏の太陽に照らされて、外歩く人々もじりじりと焼かれ続ける。
路駐している車下の日陰を伝って野良猫たちが行進を始め、日の当たらない路地裏へ日陰を求めて走る走る。
旬な野菜をここぞとばかりに店先に出し、売上を伸ばそうと奮闘する八百屋に集まる奥様方。
三人組の小学生たちは学校という檻から抜け出し、自由の身になったことを主張するかのように人の通りをあっという間に自転車ですり抜けていく。
活気あふれるこの街並みの隅っこで、今日も今日とてお祭り騒ぎなお店があった。
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
明るく、ヒマワリのように元気な笑顔で応対する彼女は、宮下愛。
『もんじゃ"みやした"』の看板娘であり、お店を営む店主のお孫さんである。
「に、二名です」
「二名様ですね! テーブルにご案内します!」
やってきたのは二人組の男性客。女の子慣れしていない彼らには、愛の笑顔はとてもまぶしく、直視できないものだった。
愛は、そんなのお構いなしとばかりに席への案内を始める。
「おばーちゃん! ご新規様二名入りまーす!」
「はいよ」
店内は既にたくさんのお客で賑わっていた。席数はざっと40席。畳と テーブル席に分かれていて、畳には小さな子どもを連れた親子が。 テーブル席は常連から観光客でほとんどが埋まりつつあった。
「こちらにどうぞ! 注文が決まりましたら声かけてください!」
席へと二人を案内した愛は、ぺこりと一礼してまた別のテーブルへと向かって行った。
「な! めちゃくちゃ可愛いだろ!」
「確かに」
「やっぱあの書き込みは嘘じゃなかったなー」
去っていく愛の後姿を眺めながら会話する二人組。
とある人物が繁盛のためにと、ネット上にお店についてや愛について書き込みをしたことがきっかけとなり、彼らのように愛を目当てに来る客や単純にお店のもんじゃが食べたいとやって来るお客たちが出始めた。それからお店のホームページを作成したこともあってか、効果は未だに健在である。
「愛ちゃん、今日も美味しかったわぁー」
「おばちゃんいっつも来てくれてありがとね!」
「ここのもんじゃと愛ちゃんの笑顔がおばちゃんの元気の源だからねぇ」
「ならもっと元気になってもらわなきゃ! えへへっ」
「おっ! 愛ちゃーん、わしにも笑顔の注文させてくれー」
「こーら、おじちゃんそんなこと言ってたら、またおばあちゃんに怒られちゃうよ!」
「そ、そいつは勘弁だぁー」
情けない声を演じる常連と愛の会話にお店の中の空気が柔らかい空気へと変化した。
誰かの笑いにつられて、次から次へ笑いが伝染していく。
それはまさに愛を中心とした笑いの輪っかだった。
「やっぱいいよなぁー」
「分かる。いい奥さんになってくれそう」
「なぁー」
夢見る男たち。幸せな妄想を浮かべ、悦に浸ってる最中、終了の合図は突然やってくる。
「お? そういやー愛ちゃんのボーイフレンドは今日来てないんか?」
バキッ。
常連のおじちゃんの何気ない一言により、お店内で一部のお客から何かが壊れる音がした。
「ちょ! ちょっと! いきなり何言ってんのさ! おじちゃん! 勇樹さんは、そんなんじゃ……」
バキッバキッ。
突如として想像もしてなかった甘いオーラをふんだんに纏い始めた愛により、お店内で一部のお客から以下略。
「愛。すまん、ちょい遅れたわ……って、おおぅ、今日も繫盛してるなぁ」
パリーンッ。
明らかに話に出てきたボーイフレンド臭を漂わせ、とどめの一撃とばかりに愛を呼び捨てにする男が現れたことにより、お店内で以下略。
「ゆゆゆ、勇樹さん!? どしてここに!」
「どして……って、お前が”夏は忙しくなるから手伝って”って、言ったから来たんだろ?」
「あっ、あははー愛さんうっかり忘れてた」
勇樹さん、と呼ばれるこの男、氷川勇樹。
少し前までは、どこかスッキリとしないぼんやりとした表情をした青年だったが、ある日を境に一転して爽やかなそこそこな男の表情に変わっていた。
「よぉ、にいちゃん! まだ愛ちゃんモノにしてないのか?」
「おっちゃん……さてはもう酔ってんのか?」
「酔ってないわい!」
勇樹もそこそこの常連になってきたからか、愛同様に常連との付き合いも生まれていた。
「ったく、聞いてくれよ。あいつ、いっくらアピールしてもすぐヘタレて逃げるんだよ。 どう思う? おっちゃん」
「なっ、なな……!」
「そりゃ、お前……何度も何度も追いかけて想い伝えるしかねぇだろ」
「おっちゃん……」
「へへっ、わしもそうやって捕まえたからなぁ」
テーブルに座って向かい合う男と男。二人は言葉を発することなく、互いに手を差し出しあい、固く握手を交わした。
「俺、絶対捕まえて見せるから!」
「おうっ、嬉しい報告待ってるからな!」
「ううぅ……もうやだぁーあっつくて死にそう……」
「ん? どした。急に」
「へっ?」
愛は、まるで不思議なものを見るかのような目を勇樹に向けられたことに困惑する。
「だ、だって勇樹さんが急に捕まえるとか……なんとか」
「ん? ああぁー、ポ○モンGOのことか?」
「ほれ、みてみぃ。この間、色違い捕まえたぞ」
「嘘だろ! しかも伝説じゃないか……へへっ、おっちゃんやっぱすげぇわ」
「ポ、ポケ○ン……ううぅ! 勇樹さんのばかぁ!」
ぷいぷい、と可愛い音を立てて厨房に入っていく愛だった。
「なんだったんだ……?」
◇
あの日、買い物に愛と出かけに行ったあの日のあの後、俺と愛は何も無かったのように毎日を過ごした。
あれ以来、佐藤に会うことはなく、その後どうしてるのかは俺も知らない。
ただ一つ分かることがあるとすれば、
「愛〜、いい加減機嫌直せって」
「つーん!」
「だーめだこりゃ」
毎日が楽しくなっているということだ。
自分でも不思議なくらい前よりも笑うようになった。どこか体も軽くなったような気がする。登山家がリュックサックを降ろす時はこんな感じなんだろうと、味わったことは無いがそんな感じがした。
「また痴話喧嘩やってんのか、勇樹」
「景虎……こういう時はどうすればいいんだ?」
「俺に聞いてどうするよ。そこはやっぱ同じ女性の──」
「えー愛ちゃんそんなことあったの?」
愛の姉的存在である美里さんを頼ろうと景虎が提案しかけたところで、愛の方に話を聞きに行かれていた。敵に回ってしまった事を悟ったのか、俺に満面の笑みを向けてきやがった。ムカつく。
「……ドンマイ!」
「はぁ……」
「話聞いた限りはお前が悪いのは明白だし、ここはやはり土下座だな」
今回の一件に関しては、俺が100悪いのは自覚してる。自惚れだと言われればそれでおしまいだが、明らかに愛から好意を向けられてるのは俺でも分かる。
実際に明確化したのは、佐藤に一発言ってくれたあの時だ。
"大好きな人"なんてハッキリと言われてしまっては、聞こえなかった振りなんてできるわけが無い。
それから、嫌でも愛を意識するようになった。今、告白してしまえばすぐにOKを貰えるんだろうなーなんて自惚れまくってはいるが、それがすぐ出来るほど度胸があるわけが無い。
今日だって、向こうを焚きつけようと、わざと紛らわしい話をしたし、我ながらやり方が姑息だと思う。
「勇樹くーん? こっちにいらっしゃーい」
「ほら、呼ばれたぞ」
「……逝ってくる」
「健闘を祈っておる」
逃げるための道はずっと歩いてきた。
これから歩んでいく道は、どんなに分岐点が沢山あろうとも、それは逃げるための道じゃない。
逃げる事を極めたのなら、
あとは進むことを極めるだけだ。
「大変申し訳ございませんでしたぁー!!」
◇
春風が心地よく髪を撫でる。
男の目の前で揺れ動く金色の髪が、祝福の金箔のように舞い散った。
「ほらほらー! 写真撮るよ〜」
「いやいや、ここは俺がカメラ係だろ」
「ううん! ここはやっぱお父さんとのツーショットからでしょ!」
「そういってお前小学校の入学式でも俺に最初譲ってたろ。次はお母さんから先だ」
「もー! パパでもママでもどっちでもいいから! 早く済ませてよぉー! 恥ずかしいんだからぁ」
"入学式"と綴られた看板の前では、あーでもない、こーでもないと騒ぐ二人の親。そしてそれを呆れ気味に見守る子。
「こうなったら
「え、えぇ!?」
「もちろんお父さんだよねっ!」
「お母さんからだよな!」
「なんでお互いがお互いを勧めるのさ……あーもうっ! すいませーん!」
二人から離れ、近くの人に声をかけ始めた女の子。するとすぐに二人の元に戻ってきた。
「二人とも、この人が撮ってくれるから。これで三人一緒に撮るこれでいいでしょ! いいよね!」
そう言い切る女の子の目の前には、明らかに小さくなった二人の親がいた。女の子に呼ばれやってきた人は、苦笑を浮かべながら借りたスマホを手に取る。
「それでは撮りますよー」
そして撮られた写真には、ぎこちない笑みを浮かべる父親と、満面の笑みで歳を感じさせないヒマワリの笑顔を見せる母親と、その二人に囲まれながら優しい笑みを浮かべる子どもの姿があった。
"ギャル嫌いな俺の隣に
最後まで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございます。
途中で投げ出しかけましたが、
始めたのなら、貫き通すまで。
ですね。
次回作は未定です。
最後に改めて、ありがとうございました。