ギャル嫌いな俺の隣にギャルがいる   作:イチゴ侍

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小さな一歩/腐れ縁

 高校2年、友人の景虎と何気なく入ったもんじゃ焼きの店で、勇樹は過去のトラウマと類似する偶然の産物と出会うこととなった。

 

 

「あ、あのー大丈夫ですか?お兄さん」

 

 金髪のギャル──もとい宮下愛に呼びかけられる勇樹。昔のあれやこれやが突風のように脳を駆け巡り、脳からの伝達が体に届いていなかった。愛から見ればずっと自分を見つめる不思議な男に疑問を浮かべるのは当然の事だ。

 

 あまりにも勇樹からの返答が無かったため、愛はそっと肩を揺すろうと近寄る。

 その時、勇樹の本能が危険を察知した。

 

 ──パンッ。

 

 え、と愛の困惑の声。そして愛の伸ばした手を振り払う勇樹の手のひら。一瞬の静寂がその場を支配した。

 

 

「あ、あの……ごめんなさい」

 

 振り払われた手を胸元に引っ込める愛。彼女の声に、はっと、我に返る勇樹。なんとも言えないその胸の内をさらけ出さぬようにとぐっと堪えるように拳を握った。

 

 

「……こっちこそ、ごめんなさい。ちょ、ちょっと気分が晴れなくて……当たってしまいました」

 

 決して愛の方を見て話すことはなく、あくまで俯きながら、それでも自分の都合で見ず知らずの彼女を傷つけてしまったという後悔をボソボソと語る勇樹。

 

 

「おーい、勇樹。どうしたんだ? あ、もしかしてもんじゃの気分じゃなかったか?」

「景虎……いや、そんなことないよ。めちゃくちゃ好きだし」

 

 助かった。と勇樹はいつも以上に友人の存在に救われていた。自分のせいで暗くしてしまった空気にほんの少し穴を開けてくれた事で、勇樹はいつもの自分の表情を取り戻すことが出来ていた。

 

 

「お兄さん!だったら是非とも、うちの食べて行って! お兄さんの悩みとか吹き飛んじゃうくらい美味いから!」

 

 愛も戻りつつある空気を感じ取り、明るく振る舞う。

 一方勇樹は、そんな簡単に消せるもんか、とやさぐれていたが、あまりにも子供っぽいと気づくと静かに堪えるのだった。

 

 

 

 

 それから席に案内された勇樹と景虎。

 周りの席には老若男女様々な人が笑みを浮かべていた。もちろんその中心では、愛が忙しく駆け回っていた。

 

 

「(あの子が言っていたこと、あながち間違ってないのかもな⋯⋯)」

 

 愛が勇樹に言い放った「悩みを吹き飛ばす」という言葉。それが確信に変わる景色を勇樹は見せつけられていた。

 誰もが皆、笑みを浮かべて、ただの一人ですら暗い顔なんてしていなかった。

 

 

「おいおい、勇樹さんや」

「ん」

「あの子可愛いよなー」

「⋯⋯」

 

 勇樹は素直に頷くことはできなかった。

 確かに彼女は可愛い。それもかなりの美少女だ。それでいて誰に対しても明るくふるまい、見ているだけで元気になれるその様は、まるで太陽みたいな子だと勇樹は感じていた。

 

 しかしそれは、勇樹のトラウマというフィルターを外した際の感想である。そのフィルターをひとたび当てれば、彼女が例え別人であろうとも勇樹にとっては恐怖の象徴でしかなかった。

 

 景虎が愛に見惚れている間に、愛が二人の席にお冷を運んで歩いてきた。

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

「あ、えっと」

 

 完全にどこかに視線が行ってる景虎の代わりに勇樹がメニューを開く。

 

 

「じゃあ、俺はこの、もち明太子チーズもんじゃで」

「俺はカレーもんじゃ!」

「かしこまりましたー!少々お待ちください!」

 

 注文を聞き終わった愛はそそくさとその場を離れて、厨房へと向かって行った。

 

 

「なんか嬉しそうだったな」

 

 勇樹が注文をしたその際、愛はあからさまに喜んでいた。漫画などの表現を借りるなら、顔の周りがキラキラと輝いているそんな様子だった。

 

 

「ん、おお!これじゃないか?『宮下愛オススメ!もち明太子チーズもんじゃ』だってさ」

「⋯⋯ってことはあの子がこの宮下⋯⋯なのか?」

 

 愛、と言いかけたところで何かが勇樹を止めた。原因の分からない事象に困惑する勇樹だが、特に気にするまでもないと切り替えて思考を流した。

 

 

「ふむふむ⋯⋯店に入ってからというもの何かと不思議な空気感を発生させているが、まさか裏で繋がって⋯⋯?」

「なわけないだろ。第一、ついさっき会ったばかりだし知り合いでもない」

 

 ついでにギャルだし。と心の中で付け足しておく勇樹。

 

「なら運命ってやつじゃね?」

「バカなこと言うな。そっち系のゲームやりすぎなんだって」

「いやいや、現実には実際に赤い糸というものが存在してだな⋯⋯」

「絶対にないね」

 

 完全に否定しきった後で、しまった。と勇樹は後悔した。

 

「⋯⋯何故にそこまで頑固に否定する?ますます怪しくなってきたな」

 

 にやにやと何を期待しているのか、勇樹は自分から面倒くさい方へと進ませてしまった事を自覚する。今のは完全に疑われるきっかけであった。

 勿論、景虎には勇樹が経験したトラウマについては話していない。それを話してしまえば、自分が情けなく負けてしまったという事を話さねばならないためである。もちろん、勇樹も景虎がそれでからかってくるほど悪人ではないことくらいは周知の事実だ。

 なら何故か。簡単に言えば、勇樹のプライドだった。

 

 もしこれを自分から話してしまえば、それはきっとあの忌々しいギャルに完全敗北したことを認めることになるからだ。

 

 自分は負けていない。

 自分は負けてなんていない。

 

 あの日から呪文のように繰り返してきたそれを完全に破壊してしまう。だから、勇樹は友人である景虎にすらギャルが嫌いだという事を話せずにいた。

 

 

「お待たせいたしました-!もち明太子チーズもんじゃとカレーもんじゃでーすっ!」

 

 ナイスタイミングとばかりに注文の品を持ってきた愛。勇樹は素直に感謝していた。景虎の方も具材の方に夢中で既に対象が切り替わっていた。

 

 

「待ってましたー!」

 

 やけにテンションの高い景虎。勇樹がさりげなく宥めようとしていると、愛がそっと注文外の品を持ってきた。

 

 

「⋯⋯アイスクリーム?」

「えっへへ~お兄さんがあたしのオススメ頼んでくれたからサービスですよっ」

「でも⋯⋯悪いよ」

 

 メニュー欄には付いてくる等々は書いていなかった。愛が持ってきたそれは完全にサービス精神だという事だ。

 勇樹は受け取らないという意思を首を横に振ることで表すが、愛はそれでも食い下がることは無かった。

 

 

「ううん!受け取ってください!」

「頑固だな⋯⋯」

「それに、お兄さんにはさっき悪いことしちゃったから」

「そ、それは⋯⋯!」

 

 それは自分が悪かったんだ、君が謝ることじゃない。そう口にしようとした勇樹だったが、愛によって止められてしまった。

 

 

「もちろんそれだけじゃなくて、その、お兄さんには笑って欲しかったから!」

 

 笑ってる⋯⋯勇樹は、その時初めて彼女の顔をきちんと見た。あの日、無様な自分を嘲笑っていた周りの奴らなんかとは全く違う。背中をそっとさすってくれる優しい笑みだった。

 

 勇樹は店に入ってからというもの、本当の意味で笑えていなかった。しかし今ならと──

 

 

「⋯⋯って、あ、あたし何言ってるんだっ!?あ、あの!サービスなので!これからも来てくれたら嬉しい⋯⋯です⋯⋯って、あっ──嬉しいって言うのはそう意味じゃなくて!えと、えと⋯⋯」

 

「ぷっ⋯⋯」

 

「えと⋯⋯えと⋯⋯──えっ」

 

「⋯⋯え」

 

 愛と勇樹の声が重なった。

 

 

 その日、勇樹は初めて愛に笑みを見せたのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 あるアパートの一室に、一組の男女がいた。

 

 

「勇樹さん!忘れ物ない?お弁当持った?」

「持ったし忘れ物もない⋯⋯てか、俺のおかんかお前は」

 

 勇樹の借りているアパートと愛の家は予想以上に近く、愛が学校へ向かう途中で寄れる場所にあった。それにより、今のような愛の通い妻(仮)化が進んでいったのだ。

 そして現在、勇樹の朝食は愛の手作り。昼は愛の手作り弁当。そして夜は愛の自宅でご馳走になるという食生活となっていた。

 

「今日のお弁当はかなり自信作だからね!」

「愛で溢れてやがる⋯⋯」

「愛さんだけに?」

「なんつって」

 

 ──パンッ

 

 どちらからともなくハイタッチする勇樹と愛。一年やちょっとの付き合いでは既にない二人だからこそのコンビネーションだろう。

 

 

「んじゃ、行くか」

「おお!」

 

 これが二人の平日の始まりだった。

 

 

「はぁ⋯⋯お前らのそのイチャつきは何年経っても変わらないのな⋯⋯」

「おっ、おはよ。景虎」

「ちーっす!トラトラおはよっ!」

「おーっす、あいちー、おはよ。ふふふ⋯⋯あの日から三人揃えばいつも俺は空気⋯⋯はは」

 

 乾いた笑いを漏らす景虎だが、しっかりと挨拶は返していた。

 

 

 あの日、偶々寄ったもんじゃ焼き屋で出会ってから、ここまで長い付き合いになるとは三人とも思ってもみなかったのだった。

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