「おはようございま…」
「あ、おはようございます」
「なにしてるんですか!ダメですよまだ起きちゃ!」
俺は寝巻きのまま起きて、ベットから出て適当にその辺にあった本を読んでいた…、まぁ文字がわからないから眺めてるだけだが。
「ん、いや大丈夫ですよ、パチュリーさんがさっき来て包帯も全部取ってくれたんで」
「…そ、そうなんですか?」
「はい、どうも「あなたの魔力を借りれば怪我の治療なんてすぐ出来たのになんで気づかなかったのかしらね」って」
そう、それこそついさっきまでパチュリーさんはいたのだけれど不思議な光る魔法陣が急に足元に出てきたと思ったら次の瞬間にはもうこの部屋に居ないんだもの。
なんですか魔法使いかなんかですか、そうか魔法使いか…。
「でも…あれだけの傷を一気に治すならそれこそ魔力量も…、いくらパチュリー様でも…」
「なんか俺の魔力量が多いって、さっきパチュリーさんが」
「な、なるほど…」
すると咲夜さんは、どこか納得したようなしていないような表情のまま部屋を後にして…。
「あ!」
「どうしたんです?」
何かを思い出したかのようなリアクションで、扉を開けて部屋を後にしかけていた咲夜さんは動きを止めてこちらへ向き直る。
「本題を話すのを忘れていました…」
「なんです?」
「朝食です、確か利き腕は生えてる方ですよね?」
「咲夜さんもうちょい言い方考えてください、なんかえぐいです」
「す、すみません…」
生えてる方て、まぁたしかに間違っちゃいないけれど、間違っちゃいないけれど!。
「白夜さん、朝食どうなされますか?」
「…頂きますよ、世話になってる以上は、施されたら遠慮はしないのが俺です」
「記憶ないのにそんな事も分かるんですか?」
「適当に言っただけです、気にしないでください」
「では私は、待っていますのであちらに用意してある服に着替えていてください」
見るとそこには言うところの執事服のようなものが置いてあった。するとそこには執事服の他にも目に留まったものが置いてあった。
俺はそれを手に取り、抜き取る。つまるところそれはナイフだった、護身用という表現がぴったりな。刃の長さは肘から手首までの長さくらい、暑さは3ミリ程で念入りに手入れがしてあるのか両刃の刀身がキラキラと光を放っていた。
「これは…?」
「護身用です、お嬢様が渡しておきなさいと仰ったので」
「お嬢様?」
「当屋敷の主、レミリア・スカーレット様です」
「レミリア・スカーレット…?」
何から何まで初耳だ、確かにこんなバカでかい屋敷に咲夜さんとパチュリーさんだけとは思ってなかったけど。まさかお嬢様なんていう聞くからに立場の偉そうな方がいるとは。
「この幻想郷では、何が起こるかは分かりませんからね、知能のある妖怪ならまだしも知能のない妖怪に出逢えばまず助かりませんから、一般の人間でも人里の外へ出る時は必ず護身用の武器、または防具を身に付けるのが通例となっています」
「へぇ…」
俺は手に取ったナイフを軽く手で回してみる、するとナイフは空を切る音を響かせながら回転し俺が上にひょいっと投げると、それは逆の手で持っていた鞘にスポりと収まった。
「驚きました、記憶はないのに…」
「俺も驚きました」
恐らく体が覚えている、というやつなのだろう、ナイフを握ったら身体が勝手に反応した。回転時の微調整も特に意識すること無くできたから、恐らく俺の記憶がある以前は相当の心得があったのだろう。
俺は鞘にしまったナイフを置き、咲夜さんの方を見る。
「とにかく、ありがとうございます」
「では、私は待っていますので」
そう言って咲夜さんは部屋から出ていった。
俺は執事服になるべく急いで着替えて、左の二の腕にナイフの鞘と置いてあったそれを固定するベルトを付けて部屋を出た。
「あの…」
「なんですか?」
「この屋敷って一体どれくらい広いんですか?」
「詳しくは知りませんが、外見ほど小さくは無いですよ?、パチュリー様のいる大図書館は空間魔法を使って広くしていますし…」
そう、咲夜さんの先導でかれこれ三分ぐらいは歩いているのだがまだつかない、近づいてるのは少しずつ濃くなる美味しそうな匂いで分かるけれども、にしても広い。
4階とか5階とか言うレベルではない、ビルならまだしも、屋敷でこれだけの階層があるのは見た事も聞いたことも無い。
先程通った回廊の下を覗いてみると下がかなり遠くに見えたし、空間魔法で広くしていると言ってはいたがここまで広くできるもんなのかと半ば呆れを通り越して感心する。
「まぁ、そのうち慣れますよ」
「はぁ…」
「着きましたよ、ここが当屋敷の食事場です」
「まだ、誰も居ないんですね」
「えぇ、屋敷の全員が朝に揃うことはほとんどないですよ、お嬢様だけは毎朝来られますが」
「パチュリーさんは?」
「…パチュリー様は魔法の研究に勤しんでいるため、滅多な事がない限りは大図書館から基本は出てきません」
「引きこもりじゃないですか…」
「パチュリー様には専属の召使いの小悪魔がいますので、彼女が基本的には身の回りの世話をしています」
「あの人のイメージが少し変わりました…」
「まぁ、でもパチュリー様はすごい人ですし、この屋敷はパチュリー様無しには成立しません」
「確かにそうだろうと思いますけど」
まぁ、空間魔法なるものが全てパチュリーさんによるものだとすれば、確かにこの屋敷はあの人なしでは成立しないのだろう。まぁ咲夜さんの説明に悪意はないだろうけどどうしてもそこかしこの説明の仕方に悪意を感じざるを得ない。
「では、白夜さんはそこで座って待っていてください」
「え、いや…なんか手伝いますよ」
「いや、片腕ないじゃないですか、いいから待っててください」
「あ…そういえばそうでした」
あんまりにも違和感なかったけど、俺今片腕ないのすっかり忘れてた。
確かにこれじゃ、料理どころか配膳すらまともに出来ないだろう。
「という訳ですので、待っていてください、朝食はもう出来てますし、あとは配膳だけですので」
「そうですね…、お言葉に甘えます」
「まぁ…」
と、その瞬間に先程まで何も無かったはずのテーブルの上に皿に盛り付けられた料理が二人分並べられていた。
「私は時を止めれますので、大丈夫です」
「あ…はい」
この世界で、いや、 この屋敷でおこる不思議な事にもう絶対驚かない。これ以上のビックリな事なんてあってたまるか。
ため息をつきながらも俺は長いテーブルの一番端に座った。
「では、少し待っていてください、お嬢様を呼んで来ますので」
「あ、はい」
咲夜さんは俺が返事をした瞬間にはもう姿を消していて、広々とした空間の中に俺だけが取り残された。
「ふぅ…」
俺は部屋を見渡す、今更この部屋にどんな魔法が仕掛けられてようとも驚きはしないが、先程の咲夜さんの時間停止には驚いた。実際に見たのは二回目だが、あの時は目覚めたばかりで朦朧としていたからあまり覚えてはいない。
だがいざはっきりとこの目で見ると現実味が薄い、紛れもなく現実ではあるのだけれどその現実は非常に受け入れ難い。この世界は普通ではない、それだけは分かった。
俺は不意に部屋の中央右にあるベランダが気になった。
咲夜さんが来る様子は…というか、時を止めていつでも来られる以上様子を伺っても意味は無い。とにかく少し見てくるだけのつもりで、俺は席を立ち、ベランダの戸を開け、そこから見える景色を見上げた。
辺りには霧が立ち込めていてほとんど何も見えない、だが外から見てこの屋敷がどれくらい広いかはだいたい分かった。
そして上を見上げると霧と雲の狭間から太陽がチラついていた。
そうして、霧は晴れていく、雲も晴れていく。まるで夜の終わりを告げ、新しい一日の始まりを告げるかのように。
そうして太陽はその全てをさらけ出し、この屋敷を照らす。屋敷の周りは森に囲まれていてその森の先は暗くて何も見えない。だが上を見ればそこは不気味なほどに蒼く澄み切った青空だ。まるで今いるここ周辺だけを別の世界から切り取ったように、俺が今いるこの森と屋敷とは雰囲気が違う。
「白夜さん、白夜さん…」
「あ…すみません」
ふと気づくと後ろには咲夜さんが居たようだ。すっかりボーッとしてしまっていたようだ。
「すみません、少しボーッとしてました」
「いえ、お嬢様の準備が出来ましたので、朝食を」
「分かりました、すぐ戻ります」
そう言って、俺はベランダから離れ戸を閉め、振り返る。
そして、固まった。
「…」
単刀直入と見た目はどストライクだった、僅かではあるが容姿的には明らかに自分よりは年下だ。そして何より目を引くのは背中の黒い羽根。そしてちらりと覗く尖った歯。これはまさしく、吸血鬼というやつではなかろうか?。
その思考に至った瞬間俺はそこからやや後ずさりをしてもう一度吸血鬼の方を見据えた。その反応を分かっていたかのような表情でこちらを見つめる吸血鬼はふぅとため息をつきながら言葉を発した。
「そうね、驚くのも無理はないわ」
「…咲夜さん、えっとこの人は?」
「この御方が当屋敷の主、レミリア様です」
そうして咲夜が言うと吸血鬼はこちらへゆっくりと歩み寄ってきた、恐らく…敵意はない。だけれど自分の中でまだ目前の事象を正当化出来ていない。その心情が俺に僅かではあるものの畏怖の感情を芽生えさせた。
「私からも言うわ、私がこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」
「…レミリア・スカーレット」
「察しているだろうけれど、私は人間ではないわ、吸血鬼よ」
「…」
「白夜さん?」
「大丈夫、ちょっと心を落ち着けるので」
一呼吸置いて、俺は言葉を紡いだ。
「レミリアさん、一ついいですか?」
「レミリアでいいわ、あと敬語もなしよ」
「それはそれでやりづらい気も…、いや…レミリア、聞きたい事がある」
「何かしら?」
「俺は…何をすればいい?」
「…どういう意味かしら?」
一瞬、強まったプレッシャーに押し潰されそうになったが俺は落ち着いて目前のレミリアを見つめて言葉を続けた。
「俺は自分の名前以外何もわからない、なぜ俺はボロボロだったのか、なぜ俺は記憶が無いのか、とにかく分からないことだらけで…何をすればいいかが分からない」
「…」
レミリアはただ、黙って聞いていた。だがそこに呆れや侮蔑の感情はなく、ただ純粋にその少年の必死の訴えを聞いていた。
「だから教えてくれ、俺は何をすればいい?、高望みはしない、代替案でも構わない、今の俺には生きる理由がない」
「…」
「頼む、会ったばかりの奴にこんな事頼むのは生意気だっていうのは重々承知だ、それでも頼む」
「 今の俺に、生きる理由を…目的をくれ!」
「………そう」
少し長い沈黙の後、レミリアは反応を示した。
「私にはね、未来が見えるのよ、自分の」
「…未来?」
「未来といってもそこに至る過程全てが見える訳でもなくて、運命を見る能力だから断片的なものだけれど、でも私は今日の夜に見たわ」
「…何をだ」
「貴方が私を守り、そして死んでゆく夢」
「…っ!」
「だから私が言えるのはこれだけよ」
「…言ってくれ」
「白夜、あなたを我が紅魔館の用心棒とします。命令はただ一つ」
そうして優しい目で俺を見つめ、レミリアは言った。その光景に一瞬見とれてしまっていた。
「強くなりなさい、白夜」
「…分かった」
俺は確かにそう言葉を返し、誓を立てた。