反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど 作:コロリエル
やまぶきベーカリー。
それは我らが商店街の一角に店を構える、街に人気のパン屋さん。
その人気に見合ったクオリティのパンは毎日売り切れ御免。我が家の朝食に出てくるトーストも、この店のものだ。
一番人気は……なんだろうか。チョココロネか? しかしあれは約一名が恐ろしい程買い占めていると言う方が正しいので、売り上げ数的には上位だが……兎に角、不明。だが、どれを買ってもハズレはないという事だけは言える。
そんなわけで休みの日の朝。蘭と共にやまぶきベーカリーを訪れていた。目的は、部屋で食べるための間食用のパン。
その中で俺が目を付けたのは、やはり大好物のメロンパン。
外のサクサク感の残るクッキー生地部分の確かな甘さに、パンそのもののふわふわ感。
はっきり言ってしまおう。この世で一番美味しいメロンパンは、やまぶきベーカリーのメロンパンだ。
「という訳でよぉ……青葉のとこの嬢ちゃんよ……そこをどいて貰おうか……」
「ふっふっふー……やまぶきベーカリーのメロンパンの美味しさに気付いたということは褒めてあげよー……だけど、ここは譲れないかなー」
残り一個のメロンパン。その前に立ちはだかる、幼馴染の一人、パン狂いこと青葉モカ。手には既に大量のパンが乗っているトレーとトング。
……いや、譲れよ常識的に考えて。
「……お前の手に乗っているパンの数を数えろ! どんだけ乗ってるんだよそれ!」
「りょーくんは今まで食べたパンの枚数を覚えてる?」
「数えりゃ分かるもんに対して使うセリフじゃねぇよ!」
「あたしは覚えてないよー?」
「そりゃそんだけ食ってたら把握出来ねぇだろうな!」
相変わらず掴みどころが無さすぎる幼馴染。パンに関しては強欲すぎる彼女にとって、このメロンパン一個すら食べたいと思っているのか。
……いや、面白がってるだけな気がする。
だって、モカだよ? ゴーマイウェイだよ? 流石にそこまで非常識ではないだろうし、からかっているだけなはずだ。
いや、既に食べようとしているパンの量が非常識だが。
「ちょっと、二人とも……沙綾困ってるでしょ」
「あ、あはは……相変わらず仲がいいね」
俺とモカの茶番劇を、呆れたように見つめる蘭と、やまぶきベーカリーの看板娘の山吹 沙綾。
蘭やモカのバンド仲間の一人で、ガールズバンド『Poppin’Party』のドラマー。
巴とは違う、頼れるお姉さんと言った感じの女の子だ。
余談だが、商店街の看板娘の女の子達には、全員つぐと同じような『守る会』が存在している。もし沙綾に何があろうものなら……考えただけでも恐ろしい。あのつぐをナンパしようとした大学生は無事なのだろうか。SNSのアカウントすら消えてたんだけど(『過保護の赤メッシュ』参照)。
「そうだよー。あたしとりょーくんは仲良しなのですー」
「あーはいはい。それでいいよ……メロンパンよこせ」
「やだ」
「コイツ……!」
普段の間延びした声ではなく、はっきりとした否定。
もしかして、本当にメロンパンが食べたくて食べたくて震えてるのか? 蘭が俺に会いたくて会いたくて震えるのと同じように。
パンはモカの恋人と言っても過言ではない。それ程までにパンの事を思っていてもおかしくは無い。
俺はチラリと、トレーの上にぽつんと一個だけ置いてある、メロンパンを見る。
「……なぁ、メロンパン……お前はどっちに食べられたい……?」
「おー、りょーくんえらーい。自分達じゃなくて、メロンパンにどっちに食べてもらうか決めてもらうんだねー?」
「何言ってるの……?」
メロンパンの声を聞こうと、耳をすませる俺とモカ。お互いにそれぞれ蘭と沙綾に、持っていたパン用のトレーを渡し、メロンパンに耳を近付ける。
傍から見たらかなりやばい状況だが、そもそも俺達の存在が既にやばいので、最早今更だろう。
さて、俺の愛しのメロンパンは、何を言っているのだろうか?
『二人とも、喧嘩はやめて!』
「「!?」」
突然、少年のような声が響く。周りを見ても、男の子の姿はどこにも無い。
まさか、本当に目の前のメロンパンが喋っているのか……?
俺とモカは顔を見合わし、目の前のメロンパンに再び目を向ける。
「め、メロンパン……? 今の声は……メロンパンなの……?」
『そうだよ! 君たちのボクを食べたいっていう強い思いのおかげで、ボクの声が届くようになったんだ!』
「おー……こんな体験、モカちゃんも初めてだよー」
どこか嬉しそうに微笑むモカ。もしかして、パンと話してみたいと思っていたほどパンのことが好きだったのか?
確かに、好きなものと触れ合えたり喋ったり出来たら嬉しいものだ。俺も蘭と触れ合ったり喋ってりすると嬉しい通り越して幸せだ。謎の島で栽培されている草を使わなくても『しあわせ』だ。あれ、ホントにCERO『A』なのか?
『二人とも! もう少ししたらボクの仲間が沢山応援に来てくれるんだ! そうしたら、焼きたてメロンパンがいっぱい食べれるよ!』
「! それは本当か!?」
『うん! だから、もう喧嘩しないで! ボクのために喧嘩なんて、嬉しくないよ!』
俺とモカに電流走る。ちなみに麻雀で好きな役は七対子。
今まで、パンの気持ちなど考えたことがなかった。確かに、自分のために争いを起こされても、嬉しいわけがない。
蘭だって、自分のために俺と誰かが戦っていたら……嬉々として俺のとこに来そう。
「そうか……そうだよな。ごめんなメロンパン。お前の気持ち、全然考えてなかったよ」
「そうだねー。ごめんね沙綾……」
「ううん、全然いいよ……あ」
茶番は終了だと言わんばかりに、棚の後ろにしゃがんでいた沙綾に声を掛けるモカ。
思わず素の声で返事をしてしまった沙綾は、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤く染める。意外とイタズラ好きの子だ。
「あはは……バレてた?」
「流石にねー。メロンパンが喋るわけないし……喋ったら面白そうだけど」
「あのさ……本当に邪魔になってない? 大丈夫?」
「大丈夫だよ蘭。そこまで忙しい訳じゃないし、暴れ回ってた訳でもないしさ」
呆れ切った蘭の声に、沙綾は笑いながら答えてくれる。
はぁ……と盛大なため息をしながら、俺達三人を見る蘭。若干不満そうなのは気のせいではないだろう。
すると、俺の隣に立っていたモカが、非常に悪そうな笑顔を浮かべる。
この笑顔は間違いない。なんか蘭を弄る気だ。後でなぐさめるの俺だから、程々にしといてください。
「あれれー? もしかして蘭、ほっとかれて寂しかったのー?」
モカの指摘に、蘭はピクっと、小さく肩を震えさせる。
あー、うん、そうだよね。蘭ちゃんが今のやり取りでほっとかれて、寂しがらないはずないもんね。
兎ちゃんだもんね蘭。寂しいと死んじゃうもんね。年中発情はしてないけれども。
「べ、別に……寂しくなんか……」
「それじゃあ、蘭ー? 蘭がメロンパンになって、どっちに食べてもらうか決めてよー?」
「は、はぁ!? なんでそんなことしなきゃいけないの!」
「……やらねーの?」
「……やるよ! やればいいんでしょ!」
ちょっと俺が不安そうに見れば、蘭はすぐに乗る。はいそこ、チョロインとか言わない。蘭がチョロいのはごく一部の親しい人間だけだ。
ちなみに、知り合いの人間ほぼ全員に対してチョロいのは内緒だ。身内に甘すぎる。
蘭は沙綾が隠れていた棚の後ろに移動し、スっとしゃがむ。俺とモカ、移動した沙綾からはその姿は見えない。
『……や、やぁ……め、メロンパンだよ……』
「少年声蘭可愛すぎない??」
「落ち着いて」
普段は聞かない蘭の男の子っぽい声に心臓が撃ち抜かれそうになる。あ、元々撃ち抜かれてたわ。
なんて馬鹿なことを考える。どんな声が気になる人は、眼帯とマントを付けた雷巡の声をもう少し低くした感じと思ってくれていい。
「それでー? メロンパンちゃんはどっちに食べて欲しいのー?」
モカがいきなり本題に入る。これ以上引っ張っても蘭が恥ずかしがってしまうだけだし、さっさと決めてもらおう。
もう少し蘭の少年声を楽しみたかったが、致し方ない。
『えっと……その……りょ、亮……』
「はいよ。ま、分かりきってたけどな」
俺とモカを天秤に掛けた時、どっちに傾くかは意外と五分五分。
今回の場合は、モカのトレーの上に置いてある大量のパンが決め手だったのだろう。公平なジャッジありがとう。タッチアップの誤審は許してないからな。
『あー……その……』
しかし、メロンパンをトレーに取ろうとトングに手を伸ばしたところで、蘭がまだ何か話そうとしていた。
俺はその手を止め、蘭の二の句に耳を傾ける。
『り、亮……ボクを、食べて?』
電流走った。股間に。
「……ごめん、持ち帰るわ」
トレーを置き、棚の後ろの蘭を抱き抱える。体育座りしていたので、そのまま膝に腕を通して、お姫様抱っこ。
そのまま、やまぶきベーカリーを後にし、蘭を俺の家まで持ち帰った。蘭はポケーっとしていて、気が付いたのは俺が思いっ切りぎゅーっとしている最中だった。
結論から言うと、味見する前に二人で昼寝しちゃった。食べるのはまた今度にしよう。
なお、後に商店街中&バンド仲間中に蘭のお姫様抱っこ姿の写真が出回ったのは、最早言うまでもない。よく撮る時間あったなモカ。
ご閲覧ありがとうございます。前回の話に引き続いて、亮君暴走回です。ちなみに、蘭の少年声のイメージは、言うまでもなく木曾です。
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それでは、また次回。