反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど 作:コロリエル
今回は、普通です。はい。多分。
商店街の一角に存在する、近隣住民の憩いの場、羽沢珈琲店。
昔から存在している繁盛店で、何度かメディアの取材を受けていた事もあり、知る人ぞ知る名店として愛されている。
そんな羽沢珈琲店の看板娘、『大いなる普通』こと、羽沢つぐみ。
ガールズバンド『Afterglow』所属のキーボード担当。
頑張り屋で真面目で健気な女の子。どれくらい頑張り屋かと言うと、頑張りすぎて倒れるくらい。うん。それ、全然普通ちゃう。そもそも、周りのバンド仲間にぶっ飛んだ奴らが多いだけで、つぐは全然普通じゃない。
相対効果でまともに見えてるだけで、つぐも中々中々だ。
しかし、それでもつぐの癒し性能が高いのは間違いない。
話し相手のことを前向きにさせようと言葉を選ぶ姿に癒され、パタパタと忙しなく動く姿に癒され、グッと気合いを入れ直す様子に癒され。
Afterglow内でつぐは、『守るべき対象』とされ、それはそれは大事に大事にされてきた。そうしないとすぐ倒れるし。
「……つぐ、今日も張り切ってるなー」
「……そうだね」
つまり、今俺と蘭がしている事は、つぐが店の手伝いでツグってないか見守っている、という訳だ。
決して、決して癒されに来た訳では無い。アニマルセラピーならぬ、つぐみセラピーをしに来た訳では無い。物〇シリーズ感強いな、つぐみセラピー。
喫茶店に住む怪異。見たもの全てを癒す力がある……座敷わらしかよ。いや、あれは幸せにするんだっけ? 覚えていない。
「もうっ、亮くんに蘭ちゃん……そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「おお、すまんすまん。今日も頑張ってるなって見てただけだよ。ちょっとお客さんの数も落ち着いてきたか?」
俺達が見ていた事に気付いたつぐが、俺と蘭が座っているテーブルまでとてとてと苦笑いしながら歩いてきた。朝十時はあまりお客さんが多くない事もあり、のんびりとした雰囲気が店に流れていた。
つぐの親父さんお袋さんも、のんびりと掃除をしたり手入れをしたりしていた。つぐも手に布巾を持っていて、テーブルを拭き回っていた。
「うん。あっ、二人とも、おかわりいるかな?」
「そうだね、お願いしようかな。あたしはブラック」
「んじゃ、俺も」
「分かった! ちょっと待っててね!」
テーブルの上の伝票と俺たち二人のカップを手に取り、トレーに乗せる。そのままニコッと笑顔を見せたかと思うと、そのままキッチンの方へ歩いていった。
その様子を見て、俺と蘭は柔らかい笑顔を浮かべていた。ほんと、癒される。
「……つぐってさ、ちゃんと休んでるのか?」
「最近はあたし達であんまり気を張りすぎないように見てるから、大丈夫だよ。ほら……つぐみの『大丈夫』って、悪いけど信用出来ないからさ」
「あー……それはそうだな」
具体的に言うと、ペンギン連れたトレーナーの女の子が言う『大丈夫』位には信用出来ない。全然関係無いけど、当時はあの青白電気ネズミ全然思い入れなかったけど、数年後にあの世界大会決勝見たら、もう『さん付け』よね。四天王のお姉さんの言葉が刺さるよホント。
兎も角、いい子なんだけど自己評価が低くて、その分の無いような差を埋めようと頑張りすぎてしまう。
それが羽沢つぐみ。目が離せない女の子だ。
「まぁ、良くない話なんだけど、それも『いつも通り』なんだよね」
「……いつも通り、ねぇ……」
『いつも通り』。
Afterglowを象徴するセリフ。Afterglowが存在する理由の全て。『いつも通り』を守るために、彼女達は音楽を奏でる。
だからこそ、俺は二年近い間、蘭に告白せずに居た。
俺と蘭の関係が変わることが、彼女達の『いつも通り』を大きく変えてしまうのでは、と考えていたから。
俺だって、彼女達と離れてしまう、という事が寂しかったと言う思いは確かにある。だが、今の関係が崩れてしまう事に対する恐怖が大きかった。
それを取り払ってくれたのが、つぐみだった。
「……なぁ、蘭。今のこの関係は、『新しいいつも通り』になってるのか?」
「……正直、まだちょっと浮き足立ってるかな」
ずっと片想いをし続けていた相手と、漸く結んだ新たな関係。
それを、それすらを『いつも通り』に。
──私達に気を使って成り立つ『いつも通り』なんか、そんなの嫌だよ!
他人のために流す涙は、こんなにも美しい物なのかと思った。
それを俺なんかのために流してくれることが嬉しかったし、それを流させてしまった事を恥じて、その日の内に蘭に告白した。
だから、つぐは俺と蘭にとっては正しくキューピット。心臓に矢を放った訳では無いが、そう言っても問題ないだろう。
「だけど……この忙しない感じも、ちょっとはいいかな」
そう言って何かを懐かしむように微笑む蘭が、本当に幸せそうだった。胸の中に、何とも言えない暖かい感情が溢れかえる。
彼女のこの笑顔を見れる。それだけで、あの時勇気を出した甲斐があった。
恋人の幸せ以上に望むものは何も無い。
それを守るため、俺はこの先生きていくのだと、心に決めていた。
「お待たせしました! ブラック二つと……これは、サービスだってお父さんが!」
俺達のキューピットは、今日も張り切る。誰かの心臓を撃ち抜く訳ではないが。
ちらりとキッチンの方を見ると、つぐの親父さんがにこりと俺たち二人に口パクで何かを伝えてきていた。
『おしあわせに』。
……言われなくとも。
俺の口パクは、彼に届いただろうか。
「……ありがとな、つぐ」
「どういたしまして!」
込められた想いに、つぐは気付いていないよう。
ありがとうごめんなさい、この二つをきちんと言えるような人生を進んでいきたい。素直に面と向かって言うのは多少恥ずかしいかもしれないけど、きっと、それだけで多少楽になるのではないか。
つぐを見ていたら、そんな事を考えてしまう。
「つぐみ、あんまり無茶しないでよ? 何かあったら大変だから」
「そうそう。体壊しちゃったら大変だからな」
「あはは……うん。ちゃんと休んでるよ。ありがとう、二人とも」
つぐは、すこし申し訳なさそうに微笑む。頭では理解しているし、その結果周りにどれだけの心配と迷惑を掛けるかキチンと理解しているのだろう。
……それでも、中々染み付いた癖というのは抜けないものだ。恐らく、いつかまた無茶してしまうのだろう。
その時は、俺達で叱ってやろう。それもまた『いつも通り』だ。あまり褒められたものでは無いけれど。
「そう言えば……さっきのお客さんから、こんなの貰ったんだよね」
と、何やらガサゴソとポケットの中から何やら一枚の紙を取り出すつぐ。それを俺達に見えるように、机の真ん中に置く。
そこに書かれていたのは、何やら名前と、SNSのユーザー名、電話番号。
「……なにこれ」
「えっと……『後で遊びに行かない?』って……大学生くらいの人だったかな? 見た目優しそうな人だったけど……」
──プツン。
そんな音が、俺と蘭の頭から聞こえた気がした。
そこからの行動は早かった。
まず俺がスマホを開き、SNSのユーザー名を打ち込み確認。ご丁寧に実名らしきものと、顔写真がアップロードされていたのを確認。
蘭が立ち上がり、つぐの親父さんに何やら耳打ち。サッと顔を青くした親父さんは、すぐに裏に下がって行った。
脳内には、『ユーやっちゃいなよ』という男の人。軽い。滅茶苦茶軽い。しかし、もし手遅れになったらどうしようもないのは事実。
行動したからこそ得たものもある俺としては、彼の言葉には思う所があった。
「行っちゃダメだぞ?知らない人に着いていかないってのは、常識だしな。何されるか分かったもんじゃない。皆が皆、商店街の人達みたいに良い人じゃないからな」
「……その紙、どうするの?」
「いやぁ、特に何も?」
続いて、先程とは別のSNS内の『羽沢さんとこの娘さんを守る会』と言うグループに、盛ったお猿さんの顔写真と、電話番号等を載せ、一言。
──血祭りに上げろ。
「はいこれ、捨てとくなりしといた方がいいよ。一応個人情報だしな」
「うん……でも、その人またうちの店来るよね……その時が怖いなぁ……」
「あーうん、多分大丈夫」
腸が煮えくり返るような気持ちだが、ここはぐっと我慢。つぐに勘づかれてしまっては、大変な事になる。あくまで普通に、普通に。
ちらり、とスマホを覗いてみると、普段は気のいい人の多い商店街の皆様方が、とてもでは無いが聞くに絶えない罵詈雑言を吐いていた。
「ま、つぐは心配しなくてもいいよ。何かあったら、ちゃんと相談してくれよ?」
「そうそう。溜め込んじゃったらどうしようもないからね」
「? うん、分かったよ!」
何も知らない彼女の笑顔は、とても眩しかった。
ちなみに、その大学生が商店街に再び訪れる事は、ただの一度も無かった。
ご閲覧ありがとうございます。この世界線での商店街の皆様は、戦闘民族です。看板娘達を守るため、日夜パトロールに励んでます。怖ぇよ。
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それでは、また次回。
追記
アンケートのご協力お願いします(めっちゃ感想で聞かれちゃったので……)