反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど 作:コロリエル
「いや、不公平なんですよ」
「急ね。あなたが急なのは今に始まった話ではないけれど」
何度目かのCiRCLE前のカフェテリア。今回もいつものように蘭の練習が終わるのを待つ俺と、メンバーが揃うのを待つ湊さんがばったり出会い、二人で相席していた。
俺と彼女が相席となったのなら、会話の内容なんて一つしかない。むしろそれ以外なんて話すことほとんど無い。しょうがないよね、学校も趣味も趣向も全部違うもんね。
まぁ、その趣向が百八十度逆だからこそ、俺と湊さんは会話するのだが。
「俺は猫カフェに行きました。蘭を引き連れて色々と一悶着ありましたけど、それでも楽しんできました」
「あら。それではようやく猫派の方が犬派よりも優れていると認めてくれるの?」
「──でも、その理論で言ったら湊さんもわんこカフェに行くべきだと思うんですよ」
俺の指摘に、湊さんはふむ? と顔を傾げると、テーブルの上のコーヒー(砂糖飽和済み)を一口。そんなに甘いもの好きならいっその事ジュース頼めばいいのに、と思いながらも話を続ける。
「俺はにゃーんちゃんカフェに行った。湊さんは行ってない……この不平等のまま話を進める訳には行かないんですよ。お互いに敵を知った上で語る方が、よっぽど建設的では無いでしょうか?」
「ふむ……一理あるわね。確かに今の現状が釣り合っていない、というのは事実ね」
納得したのか、湊さんは俺の言葉を肯定しつつ、更にコーヒーに角砂糖を追加していた。それ以上はもう溶けずに形が崩れてそこに溜まるだけでは?
ほらもう、スプーンで混ぜる時じゃりじゃり音鳴っちゃってるもん。およそコーヒーカップから聞こえていい音じゃないよ。
リサさん、どうにか彼女とモカの食生活を見守ってあげて下さい。このまま行けば二人は糖尿病一直線です……いや、モカは大丈夫か。モカだし。
「では、私もわんこカフェに出向くとしましょうか。それで? どこのわんこカフェに行けばいいのかしら? 駅近のmohumohu? それとも三丁目のわんちゃん探究伝?」
「あぁ、それは今度オープンする新店舗のですよ。オープンセールってことで半額セールしてるんですよ」
ほらこれ、と俺は用意していたスマホの画面を見せる。つい三日前に開店したばかりのそこは、オープンからしばらくは半額セールを実施していた。俺も既に四回お世話になっていた。三連休毎日行ったけど、天国とはあそこの事を言うんだろうね。
しかし、と俺は先程抱いた違和感に首を捻りつつ、俺のスマホを見てる湊さんに目を向けた。
「ああ、ここね……」
「……知ってるんですか? というか、やけにこの辺のわんこカフェに詳しくないですか?」
「……そうかも、しれないわね」
抱いた違和感は、どうやら間違いではないらしい。
意外というどころの話ではない。彼女はあれほどにゃーんちゃんこそ至高、そのためなら私は狂い咲けるとまで豪語していた我が宿敵、湊 友希那。
そんな彼女が、敵の本拠地と言っても過言でもないわんこカフェに詳しい……これはとんでもない一大事である。どれくらい一大事かと言うと、俺がにゃーんちゃんカフェに行くぐらいの一大事である。
「湊さん……そんなにわんこカフェに行きたかったなら、早く言ってくださいよ。そしてさっさと堕ちてしまえ」
「本音が漏れてるわよ……別に、私の知り合いにやたら詳しい人が居るのよ……あなたもよく知ってる人よ」
はて、そんな人居ただろうか。
腕組みして交友関係を思い出す。俺と湊さんの共通の知り合いで、俺と同じわんこ好きの人。
そもそも、俺と湊さんの共通の知り合いという時点でほぼ確定でガールズバンド組なのだが、そんな人が居ただろうか。
「お待たせしました、湊さん。あら? 珍しいですね、葉加瀬さんが湊さんと一緒に居るなんて」
「噂をすればなんとやら……お疲れ、紗夜」
「こんにちは、紗夜さん」
なんとも図ったようなタイミングで、俺と湊さんの共通の知り合いにして俺と同じわんこ好き……『サッドネスメトロノーム』氷川紗夜。
最近さらに羽沢珈琲店への来店回数が増えてきたともっぱらの噂である。いい加減さっさとくっついちまえ、と片思い歴十年だった俺が偉そうに言ってやります。
それはさておき、この湊さんの反応を見る限り、湊さんの言っていたわんこ好きは紗夜さんということなのだろうか。
しかし、彼女がわんこに狂ってるところ、見たいといえば見たいが見たくないといえば見たくない。
彼女は律儀に俺と湊さんに頭を下げ──湊さんが手にしていた俺のスマホの画面に目を向けていた。
「あら? ここは……このまえ開店したばかりのドッグカフェじゃないですか。珍しいですね。湊さんがドッグカフェを調べてるなんて」
「これは彼のスマホよ。彼が自分だけにゃー……猫カフェに行っているのは不公平だというので、今度ここに行こうかと検討している所よ」
「……なるほど。では私もお供しましょうか? 知らない店に一人で出向くというのは不安でしょう。日程さえ合わせていただければ、いつでも行けますよ」
──あ、この人自分のわんこ好きを周囲に隠してるつもりになってるタイプのわんこ好きだ。
さりげなく、といった感じで自らもついていくという提案をするあたり、どうやらなかなかのやり手らしい。頭のキレは相変わらず素晴らしいの一言だが。
「あら、それは助かるわ。では、今週……は、少し忙しかったわね。来週の土曜日はどうですか?」
「分かりました。予定を開けておきますね」
「……え、来週の、土曜日? 湊さん、スマホ返してもらっていいですか?」
湊さんが提案した日時に、俺は思わず聞き返し、そして湊さんの手に握られていたスマホを返してもらってカレンダーアプリを起動。
俺の記憶が間違いでなければ、その日は……。
「あー……その日、俺と蘭がそこにデートしに行く日ですね」
偶然というのはかくも恐ろしいものだ。どうやって蘭へ言い訳しようか、それとも当日まで黙ってて偶然を装うか。
うんうんと頭を悩ませる俺が『デートの場所を変えればいい』という至極単純で全てを解決する一手に気付いたのは、デート終了後の夜、風呂に浸かっている時なのであった。
──次回。
美竹 蘭、キレる。