反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど 作:コロリエル
「おはよう、亮」
「…………蘭さん? 集合駅前ですよね?」
来たる土曜日。結局蘭に「デートに行く店にあなたのライバルが御来店されますよ」と伝えることが出来ず、当日を迎えていた。
本来であれば集合時間は午前十時に駅前の広場と、たまにはデートらしい待ち合わせをしてみようと話し合ってみたものだ。
しかしどうだ。現在時刻朝九時半。時間も本来の時間から比べても三十分早い。おかしいな、俺のスマホ壊れちまったのかな。
「……別にいいじゃん。会いたくなったんだから」
「んっ……そ、そうか……そりゃあ俺も嬉しいよ……ははは……」
あーはいはい。今日滅茶苦茶甘えたい日なのね。おーけーおーけー、大体わかった。
本来であれば、これは俺にとっては嬉しい話のはずなのだ。あまり外へのデートに行きたがらない蘭がこうも乗り気で、しかも甘えたモード。ここが新国立競技場なら膝で芝の上を滑ってゴールパフォーマンスしてるところだ。ついでにユニフォームも脱いじゃうもんね。
しかし、しかしだ。この後確定で訪れる修羅場のことを考えると、どうしても手放しで喜べない。というか、喜べるわけがねぇ。
「と、とりあえず行くか? 俺としてはもう少しゆっくりしても大丈夫なんだが……」
「んー……でも、亮早く行きたいでしょ? 大好きだもんね、犬」
「お、おう! そりゃあもちろん!」
マジで、俺の恋人天使過ぎるんだけど。
今回に限って言えばその優しさが痛いんだけどね。確かに俺の『愛してる』と俺の『大好き』とが一緒に見れるとか、もう最高に決まってるんだよ。
だけど、今回はもうそれどころじゃない。
「んじゃあ、行くか!」
「……ん」
「……ん?」
何とか気合いを入れて出発しようとすると、何故か蘭が俺に向けて左手を差し出してきた。
思わずしげしげと手を眺めていると、蘭がそっぽを向きながらその手で俺の右手を指差してきた。
「…………手、握って」
ごめん、もう今日この子どちゃくそに甘やかしたいんだけど。いやいつもでろっでろになるまで甘やかしてるんだけどさ?
なんなの今日。なんで今日に限ってそんなに可愛いことするの美竹さん。俺お前の事好きになっちゃうだろ。いやもう戻れないくらい大好きなんだけどさ。
今日じゃなかったらもうでれっでれで蘭の事をエスコートしていたのだろう。なんで今日なんだ。どでかい心配事がある今日に限って外でも普通にくっつこうとしているんだよ。
「……おう。そりゃあ勿論」
精一杯絞り出した言葉は、実にシンプル。俺にとっては、今更手を繋ぐことぐらいなんて事ない。
差し出された手を指を絡めるように握る。女の子らしい柔らかさと指先の硬さが、なんだかとてもちぐはぐだった。
──駅前──
「ごめん亮。ちょっとお花生けてくる」
「……一瞬マジかと思ったじゃねぇか」
常日頃から剣山を持ち歩いている蘭(良い子のみんなは絶対に真似しないように)だから信じかけたが、普通にトイレに行くだけだった。
蘭を見送り、トイレの前の壁に背を預け、一つため息。折角のデートなのに余計なことを考えているせいで気分が上がらない。
はてさて、この状態の蘭にどう切り出せば良いのやら……と、目を閉じ思考を巡らせt瞬間だった。
「あら、奇遇ね。こんなところで出会うなんて」
「こんにちは、葉加瀬さん。絶好のドッグカフェ日和ですね」
「…………へぁ」
気の抜けたウルトラヒーローみたいな声出しちゃった。
顔を上げてみると、まるでこれからライブの本番だと言わんばかりに臨戦態勢の雰囲気の湊さんと、既に体中から幸せオーラを醸し出している紗夜さん。
心の準備なんて出来ていない状態での悩みの種との遭遇。思考は完全に鈍り始めていた。
「こ……んにちは。奇遇……って言っても目的地同じなんだから会いもしますよね……」
「それもそうね。美竹さんは?」
「あー……その、花を生けに」
「こんなところで……?」
「お手洗いでしょう?」
湊さんには通じなかったようで、真面目に腕を組み首を捻らせていた。紗夜さんは流石……というか、トイレの前に居るのだから察して欲しかったものだ。
さて、どうしたものか。内心冷や汗が止まらない。問題の先延ばしだと言われてしまえばそれまでだが、今ここで蘭と彼女たちを遭遇させたくない。
「そうですそうです……多分時間かかるでしょうし、先に行っといていいですよ」
「あら、別に目的地が一緒なのだから待ってても良いじゃない。ね、紗夜?」
「え、ええ……折角お会いしたのに、置いていくというのも心苦しいですし」
──あなたは寧ろ今すぐにでも行きたいでしょうが。今ここに立ち止まってることの方が心苦しいでしょうが。
先程からそわそわしっぱなしの紗夜さん。分かるよ紗夜さん。わんこ、早く会いたいよね。俺だってそうだよ。
しかし、(全く隠せてないが)わんこ好きを隠している紗夜さん。あまり露骨に助け船を出すわけにも行くまい。
どうにかして紗夜さんを誘導しなければ。
「いえいえ、お気になさらず。早く行かないと席無くなっちゃいますよ? 割と人気店みたいですし」
「! そ、そうですね……それでは……」
「紗夜、予約取っていたじゃない。時間まではまだ余裕があるわよ」
「ぐっ……そ、そういえば! あのお店その日の先着十組までに限定ドリンクを提供してるらしいですよ!」
「それは楽しみですね!」
「今もう十時よ。調べてみたら人気店みたいだし、とっくに十組入店済みじゃ無いかしら?」
「え、っと……今蘭腹壊してるから、時間かかりますよ!」
「そ、それは大変ですね!」
「じゃあ今すぐ暖かい物……ココアでも買ってきなさい。それくらい気を回してやりなさい。その方がモテるわよ」
「蘭一筋ですが?」
何なんだよ。なんでそんなにこの場所に固執するんだよ。察せよ。いい加減察してくれよ。俺が先に行ってて欲しいって思ってることにも、紗夜さんが早く行きたいことにも。そんなんだから蘭とよく衝突するんでしょうが。
何気に怒られちゃったし俺。口から出まかせだったとはいえ、正論言われてしまってはどうしようもない。
頼む、まだ出てこないでくれ……そう願って財布を取り出そうとショルダーバッグに手を突っ込んだ。
「そう、ありがとう亮……随分楽しそうだね」
世界の時が止まった。
ゆっくりと振り返ったその先。貼り付けたような笑顔を浮かべる最愛の人の姿が、そこにはあった。