笑ゥゆかりさん   作:ゆでジャガ

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メルクリウスの闇市場(後編)

 

塀も壁も、窓枠まで真っ赤に染められた巨大な洋館。やたらと厳重な警備が施された正門からは、この館に住む者たちの身分が窺える。

 

「あ、千亦様ですか。お嬢様との商談ですね、どうぞお通り下さい」

 

門番がぺこりと頭を下げ、鉄柵で閉ざされた門を開ける。千亦は、長髪をふわりと風にたなびかせ、神様らしい威厳を振りまきながら、館へと歩みを進めた。

 

 

 

紅魔館、白玉楼、永遠亭、地霊殿―様々な邸宅が千亦のために門戸を開き、権力者たちが売買契約のもとで八百万の名品を買い取っていった。その思惑は千亦が知る由もなかったが、千亦は大いに満足していた。

 

きつく言われた通り、千亦は八雲紫という闇の存在との契約を明らかにしていない。世間の目には、千亦はどこからか逸物を集めてくる神秘的な存在に思われただろう。噂は風に乗って広がり、市場の神の威光にあやかって商売を成就させようと、千亦を想って手を合わせる者まで現れた。信仰は、復活しようとしていたのだ。

 

 

 

いつもの河原で暫し涼んでいた千亦に、声をかける者があった。

 

「こんにちは!わたくし、守矢神社の風祝(かぜはふり)をしている東風谷早苗と申します。本尊の神奈子様が、ぜひ千亦様と盃を交わしたいと」

 

守矢神社というと、妖怪の山に居を構え、人妖問わずかなりの信者を集めている神社だ。神同士の信仰がぶつかり合うのもどうかと思い、千亦はあえて守矢神社との売買契約を控えていた。相手から歩み寄ってくれるならば応えたいところだが、同じく妖怪の山をテリトリーとする飯綱丸の存在が気がかりだ。

 

「いいでしょう。ただ…私ちょっと天狗と色々トラブルがあってね…」

 

「ご心配なさらず!わたくし早苗が神社まで千亦様をエスコートします。守矢と結んでいるとなれば、天狗共も手を出せませんよ。空を飛ぶと危険ですから、歩いて行きましょう」

 

自信満々でそう言う早苗の案内で、千亦は人里と守矢神社をつなぐ参拝道を上がっていった。

 

 

 

「…ふぅ…案外遠いなぁ…」

 

自ら参詣をしたことがない千亦は、なかなか急傾斜な石段を上るのに汗を垂らしていた。少し休憩しようと額の汗をぬぐった時、黒い影が視界を覆った。

 

「ッ!?」

 

気が付くと、後から何者かに組み付かれていた。バサバサという羽音と、それに合わせて散る何枚かの黒い羽根。目の前には、あの鴉天狗たちが現れる。そして、自らを組み敷いている存在が耳元で囁いた時、千亦はそれが誰なのかを思い知らされることになった。

 

「久しぶりだな…天弓千亦」

 

「…あ…あなたは…飯綱丸龍!」

 

あまりの事に、理解が追い付かない。千亦は先導していた早苗にすがりつこうとするが、強い力で締め上げられて手足をバタつかせることしかできない。

 

「さ、早苗ぇっ!たっ、助け…」

 

「…すみませんね、千亦さん…先程の話は嘘です。わたくしどもも、天狗と協力しないとやっていけないもので。」

 

「そ、そんな…騙したの…っ!?」

 

早苗の言葉に愕然としていると、飯綱丸は千亦を捕まえたまま、力強く翼を羽ばたかせて飛び上がった。

 

 

 

「わ、私を始末するつもり…?」

 

拉致されて木々の暗がりの下に転がされた千亦は、眼を光らせる飯綱丸と殺気立った天狗たちに囲まれ、神とは思えないほどに怯え切っていた。

 

「そんな無駄なことをするか。天狗は常に合理的で理知的だ…お前をまた利用させてもらう」

 

飯綱丸は不敵な笑みを浮かべ、涙ぐんだ千亦を腰に手を当てて見下ろす。

 

「今お前が手がけている市場の件は、妖怪の山でも噂になっている。だがな千亦。お前と組んでいた私には分かる…お前には市場を支える力はあっても、あんな貴重品を手に入れられるような能力も商才もない。私は、闇市場と関わりのある協力者がいると踏んでいるのだがな?」

 

そう問いかけた時、千亦の瞳がぴくりと動いた。飯綱丸の天狗の目はごまかせない。

 

「図星か。その協力者さえ私の手の内に置けば、闇市場を丸ごと天狗族が支配できる。後はお前の力で市場の秩序さえ構築してしまえば、権力者どもの欲の手綱を握って思うがままに操れるわけだ」

 

飯綱丸は恐ろしいことを口にすると、千亦の顎に手をかけてぐいっと引き上げ、凄まじい眼力とともに脅迫の言葉をぶつけた。

 

「お前に残された選択肢は二つしかない。協力者を我々に差し出して幻想郷の支配者の一員となるか、ここで信仰の根を絶たれて市場もろとも眠りにつくかだ」

 

これは殆ど詭弁だった。この状況で取りうる選択肢など、前者しかありえない。千亦はカタカタと震えながら、飯綱丸の軍門に下るほかなかった。

 

 

 

 

妖怪の山にほど近い峠の麓。夜更けに千亦に呼び出された八雲紫は、怒りを露わにした。

 

「…千亦、これはどういう事?」

 

桃色の傘を差した手に力を込めながら、紫は千亦を睨みつけた。紫と千亦の周りを天狗たちが取り囲み、そのうちの飯綱丸は口元に笑みを浮かべている。

 

「…市場の利権すべてを飯綱丸に引き渡せば、私も紫も生き延びられるの。それしか道はない…分かってよ」

 

紫の美しく輝く眼は、憤怒の煌めきを抱いていた。その瞳が飯綱丸の方を向くと、飯綱丸は落ち着き払ってこう言い放つ。

 

「天弓は私に屈服した。後はお前が首を縦に振るだけで、万事うまくいく。どうだ?」

 

その刹那、いきなり叫び声が山麓に響いた。

 

「キャアッ!?」

 

一同が叫び声の方を向くと、そこに立っていたはずの鴉天狗が消えている。ただ彼女が立っていた地面には奇妙な断裂が生じ、紫色の歪な空間がぽっかりとその口を開けていた。

 

「あら…案外簡単に吸い込めるものね。天狗ともあろう者が、この程度の妖術にすら太刀打ちできないのかしら」

 

天狗たちは直ちに臨戦態勢へ入り、手に持つ矛や槍を紫へと向ける。飯綱丸は紫を見据えたまま、余裕の面持ちで啖呵を切った。

 

「面白い…幻想郷最速の我々天狗族に楯突いたこと、後悔させてやろう!」

 

 

 

 

 

「ハァッ…ハァッ…」

 

千亦は息を切らせながら、人里の宿屋近くに辿り着いた。天狗たちと紫の戦闘が始まるや否や、千亦はわき目もふらずに逃げ出したのだ。元々戦闘経験が乏しい千亦だったが、あれほど壮絶な果し合いは見たことがなかった。弾幕の嵐の中を必死でかいくぐり、一心不乱に飛び続け、何とか逃げおおせたのである。

 

(…恐ろしい…幻想郷って一体何なのよ…っ)

 

家屋の壁にもたれかかりながら、千亦は頭の中で絶望をぐるぐると振り回した。

 

(もう嫌…こんな事になるなら信仰なんて…でも信仰を失ったら、神は…)

 

千亦は息を整えながら、考えも少しずつ整理した。市場というものは、大きくなればなるほど欲や邪念が渦巻いてくる。神としての権威や信仰を求めてそれに巻き込まれるよりは、今までのように茣蓙敷の行商人として静かな余生を送った方がずっと良い。

 

(もう…あいつらとは金輪際関わらないように…とにかく誰も知らないところへ落ちのびて…)

 

 

 

「ここに居たのね、千亦」

 

 

「……えっ」

 

千亦が振り返ると、宵闇に沈んだ夜道に、見覚えのある桃色の傘を持つ妖怪の姿が浮かんでいた。傘や服には多少の土埃こそついているが、その持ち主には一切の傷は見られない。

 

「…ゆ……紫…!」

 

唖然とする千亦の前で、紫は空を切るように腕を振るい、上空に亜空間のポータルを開く。開けた異形の次元の口から、服も体も傷だらけの飯綱丸がドサッと低い音を立てて土の上に倒れ落ちた。

 

「ひっ……!?」

 

紫が言葉を発さぬまま歩み寄ってくると、千亦は腰を抜かして許しを請った。

 

「……いっ…飯綱丸に脅されたの…!ゆっ、許して、命だけはっ…!!」

 

すると、紫は素っ頓狂にこう返した。

 

「そう。じゃあ許してあげるわ。報復は趣味じゃないし…もう市場からは手を引くけれどね」

 

そして、人差し指を千亦に向ける。

 

「ただ、貴方の商売相手は…許してくれないと思うわよ」

 

 

 

 

「「「「ネクロ・ファンタジアァァァ!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの闇市場の噂、知ってる?取り扱ってた品が全部化かされた葉っぱだったんだって!」

 

「化け狸め、うまく嵌められた…市場の神が噛んでるから信頼できると思ったのに…!」

 

「市場の神の正体も狸だったって事?でも、狸ごときが神に化けられるものかね」

 

「あの神くずれと化け狸が組んで企んだことに違いないわ。捕まえてじっくりと問い正さないとね…」

 

「天邪鬼に続いて二人目の指名手配犯か。神様が指名手配ってのも、縁起が悪いな」

 

「飯綱丸様の仇だ!何としてでも千亦を捕らえろ!」

 

 

幻想郷中の権力者やその配下が、千亦を血眼になって探している。千亦はどこへ行ったのだろうか?市場も信仰も失い、蒸発してしまったのかもしれない。はたまた、どこかに隠れ住んで、追っ手に怯えながら暮らしているのかもしれない。少なくとも、千亦に神としての明るい未来は、ない。

 

 

 

「幻術を解いてやったぞ。今頃、世の大妖どもは’’だいぱにっく’’じゃろうなぁ…久しぶりに完璧な化かしが出来て良かったわい。有難うな、紫どの」

 

上機嫌で酒に酔いながら、化け狸の頭領・マミゾウが紫に語り掛ける。

 

「あら、この楽しみの代償は大きいわよ?貴方の所にも殴り込みが来るかもしれない」

 

「なぁに、化け狸は騙しのぷろじゃ。うまく言いくるめれば何とかなるじゃろ。とにかく今夜は酒がうまい!ものども、宴じゃ~!」

 




刹那的な楽しみに酔いどれる狸たちを尻目に、紫はその場を後にした。

「商売は化かし合い…一本取った方が勝つのよ…フフフ」
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