笑ゥゆかりさん   作:ゆでジャガ

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動き出す大図書館(後編)

 

幻想郷の空を曇天が覆い、少し早く夜が降りてきた、そんな日。

 

紅魔館の面々は、普段と変わらぬ日常を過ごしていた。妖精メイドたちはメイド長の指示でバタバタと駆け回り、メイド長は主人たる吸血鬼令嬢へのお茶出しに移り、吸血鬼令嬢は出された紅茶に数粒の角砂糖を落とす。

 

そして紅魔館地下の大図書館でも、パチュリーがいつものように大机で本を開いていた。

 

古びた魔導書のページをめくる手を止めて、パチュリーは思い立ったように机の引き出しを開ける。その中から取り出したのは、あの魔道具であった。

 

(…『グリモワール・オブ・アリス』、確か大昔に手に入れていたはず)

 

魔道具を手に持つと、パチュリーの手から伝わった微弱な魔力が共振し、魔道具が煌めきを放つ。空中に現れた魔法陣を、パチュリーは慣れた手つきで操作した。

 

(『Grimoire of Alice』、と…)

 

間もなく、魔道具から一つの紙屑が吐き出される。くしゃくしゃに丸まったその紙を開いてみると、図書館の地図の中に赤い点がくっきりと示されていた。

 

一連の動作を、小悪魔は興味津々な様子でじっと見つめていた。

 

「小悪魔、この地図の場所にある『グリモワール・オブ・アリス』を取ってきなさい」

 

「は、はい!」

 

地図の指し示す通りに小悪魔が本の海の中を進むと、一つの棚に行き着いた。

 

(…と言っても、一つの棚に何百冊も詰まってるんだよな…)

 

すると、地図上の赤い点がぼうっと浮かび上がった。同時に、本棚がホログラムのように立体図として表示され、その一部分に赤い点が止まった。なるほど、これならば本棚のどこにあるかも一目瞭然という訳だ。

 

小悪魔が長梯子を上った先には、確かに『グリモワール・オブ・アリス』が書棚の一スペースに陣取っていた。

 

 

辞書のような厚みの古書を差し出すと、小悪魔は感激のあまり口を開いた。

 

「本当にすごい魔道具です!これなら、もう本探しに迷うこともありませんね」

 

「これからはあなたの仕事も減るでしょ。このチャンスを活かして、図書館の大掃除でもやってみたら?」

 

「そんな~!私だって読みたい本が山積みなんですー!勘弁してくださいよ~」

 

大きな図書館の片隅で、二人の少女が微笑み合った。

 

 

 

 

 

 

読みたい本をすぐに読めることが、これほど有難いことなのか。昼も夜も不自由なく読書に専念できるようになったパチュリーは、その素晴らしさを改めて実感していた。

 

そして、こうも思った。

 

(…この魔道具、図書館にはない本でも検索できるのかしら)

 

今のパチュリーが打ち込んでいる研究は、強い推進力で人や物を宇宙まで打ち上げられる装置、つまるところロケットの建造である。当初は箒で空を飛ぶのと同じ原理を用いようとしたのだが、重量の大きいロケットを動かすには、何人もの魔法使いが何時間も魔力を注入する必要がある。飽き性の魔法使いが大半の幻想郷では実現できないだろう。そうなると、まったく新しい推進力の発想が必要になる。

 

(…『ミミチア非統一原理書』)

 

頼りにできる魔術書の当てはあった。かつて、異世界から幻想郷に訪れた学者が遺していったと伝えられる、比較物理学の論文集。可能性空間移動船だの、核動力のメイドロボットだの、魔女ですら理解が及ばないとされた奇怪な研究成果が記録されたのが、『ミミチア非統一原理書』である。その中の一つに、強力な推進力を持ち飛んでいくロケットの構想が記されていたようなのだ。

 

パチュリーは幻想郷随一の大魔法使いとして、件の書物に関してはある程度の情報を握っていた。しかし、『ミミチア非統一原理書』はあまりに内容が奇異であったため正規ルートでは出回らず、今ではどこの誰が所有しているのか見当もつかない。

 

しかし、今のパチュリーには、そんな本すらも探し出してくれる魔道具がある。

 

(もし、手が届く場所にあるなら…)

 

パチュリーは駄目元で、魔道具に書物の情報を入力した。

 

(…!)

 

魔道具は、意外なほど早く紙を吐き出した。机上に転がった紙を素早く手に取ると、パチュリーは紙いっぱいに描かれた地図を見つめる。

 

(これは…人里の地図?赤い点が示しているのは…)

 

幻想郷の地図録を参照してみると、赤い点がある位置にはいたって普通の民家があるだけらしい。地図に魔力を込め、立体図を表示させてみる。すると何と、本は家の軒下に埋まっているようだ。

 

里に住む普通の人間が『ミミチア非統一原理書』を隠し持っているとは考えにくい。恐らく、本を手にした誰かが隠しておくためにこの地に埋めたが、そのまま忘れられて放置され、しまいには上に家が建ってしまったのだろう。

 

パチュリーは、暫く地図を眺めながら考えを巡らせた。

 

(この本さえ手に入れられれば、研究は上手くいく…この本さえ…)

 

暫くして、パチュリーは地図を傍らに机を離れた。図書館を後にし、地下の闇の中から地上の灯りの中へと進んでいく。

 

「咲夜ぁー?紅茶に入れる砂糖がないんだけど」

 

メイド長の名を呼びながら能天気に角砂糖の在処を探していたレミリアは、階段から上って来たパチュリーの姿を見て少々驚いたようである。

 

「あら、パチェったらどうしたの?自分から上に来るなんて珍しいじゃない」

 

パチュリーはレミリアに地図を手渡すと、手短に要件を告げた。

 

「…レミィに、探してきて欲しいものがあるの」

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁっ!!おい、何するんだっ!」

 

人里の一角で上がった悲鳴に、群衆がどよめく。一人の若い男が騒ぎ立てる先では、彼が何よりも大事にしている家が、咲夜とその配下のメイド妖精によってガラガラと崩されていた。

 

「何をするって、さっきから言っている通りです。この家の下に埋まっている本を取り出します」

 

「そんなの知らねぇよ!本のために家を壊すなんて、あんまりだろうがッ!」

 

男の慟哭にも、咲夜は頑として応じない。彼女は忠実に主の命令を遂行しているだけなのだ。

 

騒ぎを聞きつけたのか、この里で生粋の御意見番こと、寺子屋経営者の上白沢慧音が飛んできた。

 

「コラッ!何をしているんだ、君たちは!」

 

「家を壊しています」

 

「…何が目的なのか知らないが、これ以上人里を荒らすようなら、只では済まさない!」

 

慧音は物おじせずに啖呵を切り、寺子屋で子供を叱りつける時のような迫力で咲夜に迫った。

 

その時、慧音の後ろから声が掛かった。

 

「ふーん…里の妖怪風情が、随分と威勢の良いことを言うじゃないの」

 

慧音が振り返ると、紅色の日傘を差した少女が、コウモリのようなどす黒い羽根を羽ばたかせながら歩み寄って来た。

 

「…殺 さ れ た い の か い ?」

 

鋭い牙を覗かせながら笑う少女の正体は、レミリアであった。

 

 

 

 

夕焼けに沈む人里。本来は子どもが集まってくるはずの寺子屋には、誰の影も見えない。

 

「あのね、せんせーがね、やられちゃった」

 

里の外れに佇む氷の妖精は、魂が抜けたような声で言霊を連ねる。

 

「あたい、これからどうしよう、どうしよう…」

 

その妖精を憐れむように見下ろしていた妖怪―八雲紫―は、諭しながら問いただす。

 

「大丈夫よ。先生はきっとまた元気になるわ」

 

長く美しい金髪をゆらめかせながら、紫は穏やかな口調で氷の妖精に問うた。

 

「―それよりも、先生をやっつけちゃったのは誰か、教えてくれる?」

 

その口元は、いびつに歪んでいた。

 

 

 

 

 

「はいパチェ。例の本、取って来たよ」

 

レミリアから『ミミチア非統一原理書』を手渡されるや、パチュリーは驚いた顔で何ページかを流し読んだ。そして、その中身がまごう事なき本物であるのを確信した時、パチュリーの口元が緩む。

 

「凄いわ…こんなに良い状態のまま手に入れられるなんて」

 

レミリアも、満足げな表情を浮かべる。

 

「良い暇つぶしになったわぁ。また何か欲しい本が有ったら遠慮なく私に頼んでよ。それじゃ、そろそろティータイムだから」

 

 

 

上層に戻るレミリアを見送ったパチュリーは、司書室で昼寝をする小悪魔に毛布をかぶせると、大机に戻った。

 

閑静な図書館の中に、パチュリーただ一人。パチュリーは、手元に携えた『ミミチア非統一原理書』と魔道具を交互に見て微笑む。

 

(この魔道具さえあれば、どんな本でも手に入れられるわ…たとえどこに有ろうと、誰が持っていようと…)

 

 

 

そんな邪な思いを抱いたその瞬間、パチュリーの耳に聞こえるはずのない誰かの声が届く。

 

「…貴方、約束を破ったわね」

 

声のする先を見ると、そこにはあの八雲紫の姿があった。

 

「その道具を使うのは図書館の中だけに留めておくよう、忠告したはずよ」

 

紫に鋭く指摘されてもなお、パチュリーは机に向かったまま、不遜な態度を崩さない。

 

「…私は本をあるべき状態に戻しただけ。本は人に読まれるためにある物でしょ。ただ地中に埋もれてばかりじゃ、本も泣くに違いないわ」

 

そんなパチュリーの言葉に、紫はなおも冷徹な口調で返す。

 

「本が泣くなんて事、ある訳ないでしょう」

 

またも比喩を正論で返され、パチュリーは口をつぐんだ。紫は立て続けに言葉を並べる。

 

「本ごときの為にあんな騒動を巻き起こして、道理も何も無いじゃないの。欲しいモノの在り処が分かるのに手が届かない、そんなことになれば狂う輩も出てくる。それを危ぶんで忠告したのだけれど…貴方には無駄だったようね」

 

紫は呆れたように、振り返ったパチュリーの顔を人差し指で指し示した。

 

「な、何をするつもり…!?」

 

「その魔道具は返してもらうわ。その代わり、魔道具が無くても図書館を快適に使えるようにしてあげる」

 

ぴんと伸びた人差し指。そこから放たれる妖気とも知れぬ''何か''が、パチュリーを呑み込んで―

 

 

「「「「ネクロ・ファンタジアァァァ!!!」」」」

 

「むきゅうぅぅぅぅぅぅんっ!!??」

 

 

 

 

 

「むきゅ…う…?」

 

どうやら気絶させられていたらしい。紫の行方を追おうと、パチュリーは頭痛を抑えながら重い身体を持ち上げ、本の海へと身を投じ…ようとした。

 

「……えっ……!?」

 

本の海は、''干上がっていた''。震えるパチュリーの視界に映る並び立つ本棚という本棚は、すべて空っぽ。地から天まで空っぽ、手前も奥も空っぽ。空っぽ、空、空…

 

「……う…そ……で…しょ……」

 

あまりの光景にただ唖然としていたパチュリー。事態を直視した瞬間、視界が揺らぐ。

 

パチュリーは身を崩し、床へと倒れ伏した。

 

ドサリ、とパチュリーが倒れる音だけが虚しく響く。地下図書館…いや、単なる地下空洞に。

 

 

 

地に臥したパチュリーを踏み越え、紫は空の本棚の中にただ一つ残った本を手に取った。

 

『黒い雌鶏』という本である。

 

紫はにやりと笑って呟く。

 

「これで、探しやすくなったわね」

 

 

 






「『黒い雌鶏』には、財宝を見つける黒い雌鶏の創り方が書かれているらしいわ。その製法を求めて、多くの人間が血眼でこの魔術書を探していたそうよ。最も、そんなに都合の良い儲け話なんてある筈無い訳だけれど。彼らにとって、ただのホラ話が書かれた紙の塊も、また財宝だったのかもね…あぁ、強欲は罪だわ」

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