笑ゥゆかりさん   作:ゆでジャガ

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秘伝のタレ(後編)

 

紫からタレを譲られてから一週間後。ミスティアの屋台は、見違えるほどの人だかりで溢れていた。濃厚なタレと絶妙に絡んだ鰻のかば焼きが絶品だと、口コミが広がったのだ。

 

「はい、かば焼き一丁上がり!」

 

「待ってました!いただきまーす」

 

かば焼きのことが文々。新聞に載ってからというもの、売り上げは留まることを知らない。閑古鳥が鳴いていた今までが嘘のような賑やかさである。

 

「ミスティアちゃんのかば焼き美味しいね!」

 

「今度は仲間の妖精たちも呼んで来ようかなぁ」

 

そんな声が響き、ミスティアは嬉しさのあまり感涙するのだった。

 

 

 

今日の屋台営業も、大盛況に幕を閉じた。気が付けば、壺の中にギッシリ詰まっていたタレも残り僅かである。そろそろ補充が欲しいな、そうミスティアが思ったとき、彼女の背後の空間に亀裂が生じる。気配を感じてミスティアが振り返ると、そこには紫が立っていた。

 

「タレの補充に来たわよ。店の調子はどう?」

 

「もう最高ですよ!紫さんのタレのおかげです」

 

良い反応を返され、紫は満足げに笑った。そして思い出したように言葉を続ける。

 

「ただしミスティア、一つだけ約束事があるわ。絶対にタレに何かを混ぜないで頂戴」

 

「え?」

 

「そのタレは完璧な配合で作られているわ。その均衡が少しでも崩れると、折角の風味が台無しになるのよ。分かったわね?」

 

ミスティアが頷くと、紫は壺に補充のタレを注ぎ込み、そのまま亜空間に出戻っていった。

 

 

 

 

後日、相変わらずミスティアの店は賑わいを見せていた。そんな中で、客の妖怪の一匹がこう呟いたのを、ミスティアは聞き逃さなかった。

 

「確かに旨いんだが、『旨い』だけっていうか…アクセントに欠ける気がするな」

 

その妖怪の連れは食通気取りなどするなと笑って聞き流していたが、ミスティアの脳裏にはその言葉がくっきりと焼き付いた。その日の営業時間が終わると、ミスティアはペロリとタレを舐めてみた。やはり絶品であることは間違いないし、『旨い』のだが、言われてみれば抑揚がない味のような感じもする。

 

(ただ美味しいだけじゃ、そのうち飽きられちゃうよね…)

 

いずれ店の人気が落ち着いた時、今のタレだけの味付けでお客はついてきてくれるだろうか?話題に上るためには、新しい味が必要かもしれない。そう思ったミスティアは、屋台のテーブル下に塩が仕込んであったのを思い出した。味付けに醤油を使っていたころ、味が物足りないというお客の要望に応えて設置していたものだ。

 

(この塩をひとまぶしすれば…)

 

小さじで一すくいした塩と、タレの壺を交互に見ながら、ミスティアは少し考えた。暫くの静寂の後、ミスティアは思い立って、塩をタレにさっとかけた。塩はみるみるタレの中に溶けて、消えていった。

 

「ミスティア。」

 

突然背後から名前を呼ばれ、ミスティアはびくんと跳ね上がる。恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには去ったはずの紫の姿があった。

 

「約束を、破ったわね?何も混ぜるなと言ったのに」

 

ミスティアの頬に冷や汗が垂れる。しかしミスティアは反駁した。

 

「…しかし、一つの味だけではこの業界でやっていけないんです!それにこの店の主は私ですよ!店の味を変えるのは私の勝手でしょう!」

 

紫は顔を紅潮させながら必死の弁論を試みるミスティアを、沈んだ目で視ていた。まるで憐れむような、蔑むような…。

 

「借り物の味で借り物の人気を集めておいて、今さら我流を貫こうというの?そんなに自己流が好きなら、自分の味を自分で味わう事ね…」

 

紫はスッと右手を上げた。ぴんと伸びたしなやかな人指し指は、ミスティアの顔を指していた。呆然とするミスティアの目の前で、紫は美しい声を張り上げ、叫んだ。

 

「「「「ネクロ・ファンタジアァァァ!!!」」」」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

もうすぐ日付が変わろうかという時刻。寒がりのミスティアは、いつも寝るギリギリまで屋台には炭火を灯している。今日も十分に暖を取り、火を吹き消そうとした刹那。一人の妖怪がのれんを上げた。

 

「あ、すみません。もう今日の営業は終わったんです」

 

「貴方の店の評判を聞いて、太陽の畑から遠路はるばる此処まで来たのよ。何も食わせずに帰すっていうの?」

 

緑色の短髪を蓄えた目つきの悪い妖怪は、ぎっとミスティアを睨みつけた。ミスティアはすくみ上がる心地だったが、さっさと鰻を一枚焼いて振舞えば済む話である。ミスティアは炭火をうちわで扇ぎ火力を調整すると、いつもの調子で鰻の開きを金網の上に乗せた。工程の全てを怖い妖怪に凝視されているのが瑕だが、精神を落ち着かせて何とか焼き上げた。後はタレをかけるだけだ。

 

(あれっ?)

 

タレの壺の蓋を取ったミスティアは不審に思った。透明感のある小麦色だったはずのタレが、どんよりと暗い色に変わっている。しかしもう夜も更けたことであるし、辺りが暗いせいだろうと割り切り、ミスティアはそのタレをかば焼きにかけ、妖怪に差し出した。

 

「それじゃ、頂きます…」

 

大丈夫。美味しいと言ってくれる。そんなミスティアの期待は、かば焼きを齧った妖怪の顔が歪んだ怒りの顔に変わった時点で打ち砕かれた。妖怪は口に含んだかば焼きをペッと吐き捨てると、ミスティアの胸倉を掴んでまくし立てた。

 

「何よ、この生ゴミみたいな味は…。バカにしてるの?」

 

「えっ!?そ…そんな、ちょっと塩を入れただけなのに…」

 

思わずミスティアがこぼしたその言葉が、命取りとなった。

 

「『塩を入れただけ』?ふぅ~ん…つまり貴方は、私が食べるかば焼きのタレに妙な細工をして、その反応を楽しんでたって訳ね…」

 

「!? いっ、いえっ、そんなつもりは…」

 

「いい度胸じゃない。貴方も貴方の屋台も、全部壊してあげるわよ」

 

もう、全てが遅かった。胸倉を掴まれたまま屋台から引き出され、ミスティアは転がされた。ミスティアが顔を上げた刹那、鬼のような形相をした妖怪は、振り上げた傘に精いっぱいの妖力を込めて、ミスティアめがけて振り下ろした。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 







「名立たる画家や彫刻家の素晴らしい作品でも、良かれと思って後世の人間が修復したら見れたものではなくなった…。よく聞く話よね。素人ごときが一級品を手にしたところで、自分自身が一級になるわけじゃないんだから…フフフ…。」



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