笑ゥゆかりさん   作:ゆでジャガ

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バカにつける薬(後編)

 

 

明くる日、お尋ね者のサニーミルクが霧の湖に再び姿を現した。といっても、チルノに謝罪しに来た訳ではない。遊び仲間のスターサファイアにルナチャイルド、そしてチルノに恨みを抱くリリーホワイトや何とかラルバ…もといエタニティラルバを引き連れ、殴り込みに来たのである。

 

「チルノってのもバカよね…私たちに復讐するつもりが、かえって敵を増やしているんだから」

 

「その上、性懲りもなく家を建て直すとはね。おかげでまた壊す手間が増えて面倒だよ」

 

そんなルナチャイルドとスターサファイアの会話に、妖精一行の親分サニーミルクが割って入る。

 

「その最強気取りのバカを叩きのめすのが今回の旅路の目的でしょ?あいつは強さだけが取り柄だけど、私たち5人で一斉に襲えばひとたまりもないだろうね」

 

サニーミルクには絶対の勝算があった。なにせ相手はバカで有名なチルノである。相手が何の策も講じられないバカである以上、力でねじ伏せればよいのだ。

 

「この機に二度と私たちに手が出せないよう、完全な敗北を刻み込んであげようじゃない。そして妖精勢力の実権は、私たちが握るのさ」

 

「ついでに私の名前も二度と忘れないように、奴の脳裏に刻み込んでやる!」

 

エタニティラルバがそう叫ぶと、妖精たちは幼子のような小さな体を震わせながら笑い合った。すると間もなく、再建されたチルノの家が一行の視界に入る。全面が厚い氷で造られた、チルノお手製のかまくら式住宅。しかし妙なことに、家は壊される前の倍ほども大きいドームの様相を呈していた。

 

「なんだありゃ。えらく大きいけど、元からあんなだったの?」

 

リリーホワイトが不思議そうに尋ねる。一人暮らしでそれも再建したとあっては、あんなに巨大である必要はないだろう。あの大きさは、まるで何人も招き入れるための設計のような…隠れた意図を感じたサニーミルクだが、取り敢えず家を覗いてみることにした。

 

「バカ家主は留守のようね…ん?あれは…」

 

ルナチャイルドが指した先、家の中心部の床の上には、小さな小箱があった。瞬間、一行の脳裏に期待が走る。恐らくは、チルノの金庫であろう!バカだから、鍵もかけていない家のど真ん中に放置しているのだ。妖精たちは目を丸くして、すぐさま小箱を取り囲んだ。

 

「それじゃ中身を失敬してやろうじゃない。それでは御開帳…」

 

サニーミルクが仰々しく小箱のふたを開け、妖精たちの眼差しは小箱の中に注がれる。しかし拍子抜けなことに、中には一枚の鏡が入っているばかりであった。不思議に思った妖精たちが鏡を覗き込むと、鏡面の下の方に書いてあった文字が視界に飛び込んできた。

 

『バカの顔』

 

「なっ…!?」

 

その刹那、妖精たちの頭上で何かがひび割れるような音がした。恐る恐る一行が上を見上げた瞬間、何という事であろうか、粉砕された家の天井が妖精たちめがけて崩落してきた!

 

「うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

―天井の下敷きとなり身動きが取れない妖精たちに、声をかけた者が一人。この罠を仕組んだチルノである。

 

「アタイのトラップに嵌った気分はどう?どっちがバカか、これではっきりしたね!」

 

勝ち誇るチルノに何の反抗もできず、妖精たちはただがっくりとうなだれた。

 

 

 

 

 

妖精一行を見事返り討ちにしたチルノは、その後も聡明な頭脳を駆使して楽しんだ。文字ともミミズとも分からぬモノがびっしりと書き連ねてある「本」という物体をチルノは毛嫌いしていたが、頭脳明晰となってからふと読んでみると、中々に面白かった。神羅万象すべてを小さな紙の中で表現しようという試みに心を奪われたのか、チルノはつい貸本屋で時間を忘れて立ち読みに耽った。

 

「何々…世の中には『チェス』っていう遊びがあるのか。水切りや鬼ごっことは全然違うみたいだぞ」

 

本を読み漁る中で、チルノは新しい遊びを発見したようだ。ポーン・ルーク・ビショップなどの洒落た名前の駒に、何頁にも渡り解説される細かいルール。チルノはそれらを全て記憶すると、「チェス」を誰かとしてみたくなった。一番の親友である大妖精に声をかけたが、どうも彼女は頭を使う遊びが苦手らしい。暫く遊び相手を探し回った末、チルノは高潔な吸血鬼令嬢レミリア・スカーレットがチェスの名手であると聞きつけた。

 

 

 

 

「うっ…ぐぐぐ…」

 

「はい、チェックメイト!」

 

紅魔館最奥、主の部屋にチルノの嬉しそうな声が響く。部屋に集まったメイド長はじめギャラリーたちは、消沈するレミリアを不安そうな目で見つめていた。なにせ、これでもうチルノの5連勝。一方、チェスにかけては右に出る者なしと自称していたレミリアは、ろくに攻め込めもしない始末である。

 

「何だか歯ごたえがないなぁ。紅魔館の主ってのもこの程度?」

 

チルノの嘲りにとうとう感極まったか、レミリアは恐ろしい形相でチルノを睨みつける。次の瞬間にはチルノを惨殺してしまいそうな殺気だ。しかしチルノは落ち着き払って、こう返した。

 

「悔しいなら、チェスで勝って見返さなきゃ。ここでアタイを力任せに殺したら、自慢のカリスマに傷がつくよ」

 

到底バカには思いつかないような言葉運びに、レミリアの従者たちは放つ言葉もない。完全な正論をぶつけられ、レミリアは俯いたままである。

 

(あぁ、頭を使うってこんなに楽しいんだ!あははは…あは…は…?)

 

チルノは違和感を覚えた。今まで透き通っていた頭の中が急に曇ったような、妙な感覚である。先刻まであれほど楽しんでいたチェスも、どう遊ぶものかよく分からなくなっていた。

 

「…何をしているの。もう一回再戦よ…次こそは勝つわ」

 

「あっ…いや、その…えーと…ちょっとアタイ用事があるから!」

 

チルノは開いていた窓から外に飛び出した。後方から聞こえてくる「勝ち逃げするな、卑怯だ」という叫び声など、チルノの耳には入らない。チルノは今、自分に何が起こったのかを理解できないまま、飛び続けた。

 

 

 

眩暈(めまい)さえ感じたチルノは、霧の湖に何とか降り立った。頭がくるくると空回りしているような気分に苛まれ、思わず地面にへたり込んでしまう。

 

(一体、どうなってんの…)

 

ふと背後に気配を感じたチルノが振り返ると、そこには雨でもないのに傘を差す、あの妖怪が立っていた。

 

「アンタは…おかか!」

 

「私の名前は紫よ」

 

早速この前会った者の名前を忘れているあたり、相当に頭の調子がよろしくないようである。

 

「なんか頭の調子が変なんだけど、どういうことさ!」

 

「さぁ。今までろくに使ってこなかった頭を無理に動かしたから、またバカに戻ったんじゃない?」

 

チルノは愕然とした。バカに戻れば、もう本を読んで楽しむこともできない。頭を使って得たあの快感を味わうことは、永遠にできないのである。

 

「そ…そんなの嘘だ!紫、もう一回あの丸薬をちょうだい!」

 

「駄目よ。『頭を使いすぎるな』と忠告したじゃない…約束を破った貴方が悪いのよ」

 

「だって…だってアタイは、頭を使えて楽しかったんだ!妖精どもを懲らしめたし、本だって読めたし、チェスだって…だから、だから!」

 

涙ぐみながら吠えかかってくるチルノを、紫は表情一つ変えずに見下ろしていた。

 

「…井の中の蛙が大海を知ったら、もう井の中には戻れないのよ」

 

「えっ…?」

 

知恵を失ったチルノは、もうその言葉の意味を理解することはできなかった。紫は以前チルノと戦った時のように、すらりと伸びた右手の先をチルノの顔に向けた。思わずチルノは息を呑む。

 

「再びあの頭脳を手に入れたいのなら、ひたすらに勉強するしかないわ…ずっとずっと、果てしなく…」

 

 

 

「「「「ネクロ・ファンタジアァァァ!!!」」」」

 

 

「のわああぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

 

 

 

 

 

人里の寺子屋。既に放課の時刻、殆どの子供たちは帰路についたが、粗末な木造の校舎にはまだ大人びた声が響いていた。声の主は上白沢慧音、この寺子屋の経営者兼、教師である。

 

「じゃあ、次は『幻想郷縁起』というのを読んでみよう。本書籍は幻想郷における妖怪の分布域・生息環境・行動パターンなどを観察して綿密に記録したものだ。かの有名な稗田阿一が著したことで知られているけど、原本がそのまま伝わっている訳ではないのさ。稗田家の歴代当主によって校閲や改定がなされてきたというが、現在の当主たる稗田阿求に至るまでの系譜を辿れば…」

 

少々熱が入った講義を行う慧音の目の前に座り、ぽけーっと口を開けて座しているのは、チルノである。

 

「…ふむ。理解が追い付いていないようだが安心したまえ。君はこの寺子屋に住み込みで勉強するのだから、時間はたっぷりあるぞ。毎日十時間、百年ほど勉学に費やせば、人並みにはなるさ」

 

間もなく講義が再開したが、もはやチルノの頭には何も入ってはこなかった。理解できない勉強など放棄して、寺子屋から逃げ出すという手もあっただろう。しかし、今のチルノにはそれを思いつくだけの発想力も残っていない。ぐるぐると吐き気がするほど頭は空回りし続け、ただ机に座っていることが精いっぱいだった…。

 

 

 





「バカと賢人は紙一重とは言うけれど、賢人の殆どは、努力したからこそ賢人になりえたのよ。『学問に王道なし』なんて言葉もあるように、地道に努力を重ねなくてはね…フフフ…」

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