笑ゥゆかりさん   作:ゆでジャガ

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本日のお相手:寅丸 星(1672) 虎妖怪/毘沙門天代理


かけがえのない宝物(前編)

「―全く、何度言えば分かるのかねぇ」

 

灰色の髪をした鼠妖怪は、呆れ顔でため息をついた。その視線の先に見据えるのは、金髪の虎妖怪である。

 

「いや、私も無くすつもりで無くしているわけでは―」

 

そこまで抗弁したところで、虎妖怪は口ごもった。鼠妖怪の軽蔑の視線が、一層強くなったように感じたからだ。

 

「何を当たり前のことを言っているんだい。無くすつもりで無くされてたまるかっての」

 

「はい…。」

 

虎妖怪はしょんぼりと肩を落とした。虎妖怪は、鼠妖怪に無くし物について叱責されているようだ。これでは窮鼠猫を噛むどころか、鼠が虎を噛む状況である。

 

「今回は私がたまたま見つけたからいいけれど、次は見つからないかもしれないよ。そうなったらどうするの、ご主人?」

 

―ご主人。そう、建前上は虎妖怪が鼠妖怪の主人であるのだ。しかし、実際の力関係はご覧の通り全くの逆で、虎妖怪はことあるごとに鼠妖怪に叱られていた。そんな威厳のない虎妖怪の名前は、寅丸星。命蓮寺のご神体として妖怪たちの羨望の的になっているが、実際には多忙な毘沙門天の代理役に過ぎない。彼女自身はただ人が良いからという理由で代理役に抜擢されたのだが、あまりの空回りぶりを見かねた毘沙門天が、鼠妖怪、もといナズーリンを監視役として使わしたという訳だ。

 

「このままだと私の監督責任まで問われるんだから。勘弁してくれよ」

 

そう言うと、ナズーリンは手に持った仄かに輝く仏具を手渡した。これは宝塔といい、毘沙門天の代理役としての必需品だ。ところが忘れっぽい星は、これをすぐに無くしてしまう。行幸に出かける度になくすので、一時はナズーリンが外出禁止令を出したほどである。最も、代理役の職務のために寺に居座ってのんびり暮らすことの多い星には、大した効果を発揮しなかったが。

 

「分かっています。金輪際、宝塔は無くしません。誓いますから」

 

「くれぐれも、妖怪と炉端で話し込んでそのまま置き忘れるなんて馬鹿らしいことが無いように」

 

部下から主人へのものとは思えない説教を受け、星は心の中で猛省した。次こそは何が何でも無くすまい。

 

「それじゃ、私は出かけてくるよ。住職(聖白蓮)は他の僧と一緒に説法に出たようだから、留守をよろしく」

 

ナズーリンの言葉を耳にして、星はふと空を見上げた。陽はもう落ちかけている。結局、こんこんと1時間は説教されてしまったようだ。星は自分の不注意さを戒めつつ、久々に自分一人の時間を得られると内心喜んだ。

 

「留守番とは丁度良いですね。宝塔を無くすこともないでしょうし」

 

「…外へ出たら無くすってのかい?」

 

「あっ、いえ、一言余計でした。では失礼」

 

浮かれすぎて、うっかり口が滑った。星はきまりが悪そうに履物を脱ぐと、早々に寺の中へと退散した。その何となく頼りない後ろ姿に、ナズーリンは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「やれやれ、あんな方が毘沙門天様の代理を務めているとは。世の中は分からないものだねぇ」

 

その独り言を言い終わらないうちに、ナズーリンは虚空に向かい飛び立った。宝塔探しよりももっと重要な、財宝探しという副業に精を出すために。

 

 

 

 

 

 

 

「…………無い」

 

座布団の裏、松明台の上、門の下、歯磨きついでに口の中。どこを探せど、宝塔が見つからないのである。つい先ほど、饅頭を口に投げ入れた時までの記憶はあるが、それから宝塔をどこへ置いたかが思い出せない。食後の散歩などするべきでなかったと、今更ながら後悔の念が襲ってくる。星の頬を、一滴の冷や汗が伝った。

 

(ナズーリンにこの事が知れたら、カンカンに怒るだろうなぁ)

 

塩を塗った爪楊枝で歯と歯の間をこそぐ手を止めて、星はナズーリンが激昂するさまを想像した。今度は何時間説教されるか分かったものではない。何としても、自分の手で探し出さなければ!星は爪楊枝を屑籠に入れた。

 

(そういえば、大昔に聖が言っていた。誰かに語り掛けるときは、まず相手と同じ目線に立てと)

 

星は身をかがめ、四つん這いになった。視点がぐっと下がり、背丈が饅頭の皿を乗せた机と同じくらいに感じられる。こうして目線を下げれば、足元にある宝塔を見つけやすいという訳だ。星はそのまま周囲を見渡したが、宝塔は影も形もない。星は四つん這いで部屋から部屋へと移動しつつ、箪笥や戸棚の中や隙間を覗いてみた。しかし、宝石の入った小箱や布施の管理録など、つまらないものしか見つからなかった。

 

(………?)

 

星は妙なものを見つけた。2本の細い柱のようなものが、ベールに覆われている。柱に触ってみると、肌のように温かい。星は、四つん這いのまま柱が伸びる先を見上げた。そこには、薄笑いを浮かべる妖怪の顔があった。

 

「うわぁっ!?」

 

思わず星がのけ反ると、妖怪の全貌が明らかになった。星と同じ金髪だが、ロングヘアで髪色もどことなくくすんでいる。屋内にもかかわらず差していた日傘を閉じると、妖怪はすっと手を合わせ、言葉を放った。

 

「これは有難い。こうして合掌すれば、毘沙門天のご威光も少しは賜れるかしら」

 

すっかり忘れていたが、自分は毘沙門天の代理であった。そんな毘沙門天の代理が、一匹の妖怪を目の前にして地に手を突いている。自分が不都合な状況にあることに気が付いた星は、取り乱しつつも起き上がる。そして、平静を装って咳払いをし、妖怪の問いかけに応えた。

 

「勿論です。祈る者が拒まれることはありませんから」

 

「では遠慮なく…。どうか、貴方の無くした宝塔が見つかりますように。南無南無」

 

「…え!?」

 

あまりに色々なことが突然に起きるので、星の理解は全く追いついていない。なぜこの妖怪は宝塔を紛失したことを知っているのか?そもそも、この妖怪は誰なのか?どうやってこの寺の中に音もなく入ってきた?

 

「何だか不安そうな面持ちだけれど、本当にご利益はあるのかしら」

 

いつの間にか合掌を終えていた妖怪は、星の心を見透かしたようにそう言って笑った。

 

「…あなたは、一体…何なんですか!」

 

そう叫ぶと、星は堰を切ったように妖怪を質問攻めにした。星がナズーリン以外にここまで動揺した相手など、この妖怪以外に居なかった。

 

 

 

 

「…なるほど。つまり、あなたは心にスキマがある者の近くに現れるスキマ妖怪であると」

 

「仰る通り。そして、そのスキマを埋めるのが私の仕事よ」

 

八雲紫と名乗るその妖怪は、何もない空間に手を伸ばし、まるで菓子折りを開くように容易く空間を引き裂くと、その中から宝塔を取り出した。

 

「…あぁっ!?それは…」

 

「外に松明台があったでしょう。あの台の根元の草陰に立てかけてあったわよ。まさに灯台下暗しね」

 

星は思わず、差し出された妖怪の手からひったくるようにして、宝塔を取り上げた。

 

「…すみません。これは私にとって、命よりも大切な宝塔ですので…」

 

「そんな宝塔を、腹ごなしの散歩中に置き忘れて、雨ざらしにしていたのは誰かしら?」

 

こういう正論をぶつけられては、いくら冷静沈着な面持ちで取り繕っても意味をなさない。星は観念したのか、気張ったような態度をやめ、ナズーリンに接するかのような砕けた口調で話し始めた。

 

「私はいつもこうなんですよ。毘沙門天様に代理役を頼まれた時は、これほど粗相をすることは無かったのですが…。やはり千年万年と生きる妖怪と言えども、寄る年波には勝てません。職務に慣れてきたこともあるのでしょう。この1週間で、宝塔を無くすのは5回目です。正直に言うと、自分の不甲斐なさに苛立つことも多いのです。私はこれからどう人々の信仰に応えていけばいいのか、分からない…。」

 

星は、今まで誰にも打ち明けられずに蓄積してきた心情を、開けっぴろげに吐露した。まるで妖怪たちが聖に告解をする時のように、弱弱しい声で―。

 

暫く取り留めもなく悩みを話してから、星はハッと気づいた。こんな弱音を一般妖怪相手に白状してどうする?もしこれが噂になって広まれば、毘沙門天への信仰にも差し障りがある。つくづく自分の気の抜けた性格を恨みながら、星は再び行儀よく居直ろうとした。しかし紫は、星の言葉に思いもかけない反応を示した。

 

「その無くし癖、何とかしてあげましょうか」

 

そう言うと、紫は星の眼前に人差し指を向けた。またしても星は訳が分からなくなった。この妖怪は一体何をしようとしているのか。

 

 

「「「「ネクロ・ファンタジアァァァ!!!」」」」

 

「うわぁぁぁぁーっ!!??」

 

幻術の類だろうか、星は眼前に広がったこの世の物とは思えない光と色にたじろいだ。しかし、ぱちぱちと瞬きをすると、光と色は霞のように消えてしまった。

 

「ッ…な、何をしたんですか!」

 

「ちょっと驚かしただけよ。悪いけれど、花を摘みに行かせてくれる?」

 

「…(かわや)ならそちらの長廊下の先です」

 

紫の真意が全くつかめない星はただただ圧倒され、紫が部屋を出ていくのを見送る気にもなれなかった。こんな妖怪には出くわしたことがない。

 

その刹那、何か声が聞こえた。

 

(助けて、星…助けて…)

 

誰の声とも言えないが、どこか聞き覚えのあるような声。しかし現実の者の発声ではない。テレパシーのように、星の頭に響いてくる。その共鳴は、星の背後から伝わったような気がした。

 

(星…ここよ…ここよ…)

 

「あっ…!?」

 

声のする先に振り返った星の目には、宝塔を後ろ手に持つ紫の姿が映った。慌てて手元を見ると、紫から取り上げたはずの宝塔がない!星は慌てて、紫を呼び止めた。

 

「あなた、いつの間に宝塔を!」

 

「フフッ、聞こえたようね…宝塔の声が」

 

宝塔の声?きょとんとする星に紫が宝塔を手渡すと、星が感じていた声は消えた。

 

「貴方が宝塔に抱く思いを、宝塔に乗り移らせたのよ。付喪神(つくもがみ)と同じような原理だと思ってもらえばいいわ」

 

「つくもがみ…長く使われた琴や三味線に心が宿るという、あれですか」

 

「貴方の宗教観とは相容れないかもしれないけどね。でも、これで貴方はもう宝塔と一心同体。貴方の手から宝塔が離れれば、宝塔が直接貴方に語り掛けて教えてくれるわ」

 

星は、宝塔をまじまじと見つめた。いつもと変わらず使い込まれた宝塔であるが、どこか温かみがあるようにも感じた。確かに、先程のように宝塔が持ち去られようとしても教えてくれるのなら、例えどんな場所に置き忘れようとも、すぐに気づいて取りに戻ることができるだろう。

 

「宝塔の声はどんな状況でも絶対に貴方に届く。そして貴方はその声に応えればいい。簡単な話でしょう」

 

妖怪が自分に助け舟を出してくれたことに気が付いた星は、ただ感心するばかりであった。

 

「いやはや…何と言いましょうか…私の不徳をこんな方法で治すなんて…あなたは一体…。」

 

「大したことは無いわ。これで貴方の心のスキマが埋まれば幸いよ…それじゃ」

 

再び空間を割いて寺を後にしようとする紫を見て、星は大事なことを言い忘れたのに気づいた。

 

「あ……紫さん、でしたか。本当にありがとうございます!」

 

ぺこりと頭を下げた星に、紫は柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「よしなさい、ただの妖怪に頭を下げるなんて。威厳ある姿を取り戻さなきゃ」

 

「…はい!」

 

星は紫に向き直った。その瞳からは紫と会ったばかりの不安げな曇りが消え、毘沙門天のごとき透き通った眼がそこにあった。

 

「さっきも言ったように、宝塔は貴方の分身のようなもの。絶対にその語り掛けを無視してはダメよ」

 

紫は付け加えるようにそう言うと、空間の裂け目の中に消えていった。星は再び手に取った宝塔を見つめると、ぎゅっと胸元で抱きしめた。

 

(大丈夫。もう離さないからね…)

 

 




「あの純真な瞳…彼女の宝塔を想う気持ちは本物ね。でも、その純真さが、かえって仇になるかもしれないわ。何事も起こらなければ良いのだけれど…フフフ…」

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