「くぁあ……ねむいな」
オレは欠伸を噛み殺しながら家を出て、高校へと向かう。
足取りは割りかし軽い……授業が億劫な訳でもないし、適当に過ごしたらまた屋上に行くか。
多少覚束ない足取りで道中を歩いていると、同じ高校の制服を着た生徒が、木に登っている。
それだけだったら、変わってるやつも居るんだな程度だったがその生徒は紛れもなく女性であり間接的にだが顔を知っていた。
「えっと……月居、さん?」
先日廊下ですれ違った、月居ほのかという生徒。
……鷹取と同級生らしいが、思わずさん付けしてしまう。
「すみません!これ受け取ってください!」
頭上よりも高いところから投げ出されたのは、高校指定のスクールバック……それを慌てて受け取る。
眠気があった頭は今の状況を理解しようとフル回転していく。
月居さんが木に登っていて、鞄を受け取っている……か。
朝から巻き込まれたと考えた方がよさそうだな。
「よし……良い子、ほらここに……」
木の上からはそう言う月居さんの声と、猫の鳴き声が聞こえて来る。
どうやら、木に登って降りれなくなった猫を助けていたらしい。
チラチラとはためくスカートから目を逸らしながら終わるのを待つ。
ストッキングすら履いていない生足は、朝から見るのは少々刺激が強い。
「終わりましたよ」
その声を聞いて顔を上げると、いつの間にか月居さんが木から降りていた。
そっと猫を逃して嬉しそうに佇んでいる。
「ありがとうございました……その、どうしてカバンを受け取めてくれたんですか?」
「鷹取と知り合いみたいだからな。深い意味は無い」
木の上から声を掛けられて、たまたま受け取っただけ。
オレ以外が同じ状況になっていても、きっとカバンを受け止めていたはずだ。
「ふふっ……ありがとうございます」
自らの鞄を受け取ると、月井さんはお礼を言いながら笑顔を浮かべている。
すっきりとした青空みたいな笑顔だ。
「……朝から人助けも悪くないな」
「何か言いました?」
何でもない、そう答えてその場を立ち去ろうとする。
そんなオレの行動を遮るようにして進行方向……高校の方面への道を塞いでくる。
「待ってください、その制服……神瑞ですよね?一緒に行きませんか、これも何かの縁ですし」
「いいけどさ……オレに用事でも?」
「さっき言ってた……鷹取って、うん。舞花の事ですよね。たまに話してくれたんです、あなたの事」
自分には変な先輩がいる……そう言ってオレのことを話していたらしい。
月居さんから話を聞いてみると、やや誇張されて噂をしているらしくあることない事を吹き込んでいるようだ。
あの後輩……今日会ったら懲らしめてやろう。
そう心の中で固く誓うオレだった。
それから月居さんとは他愛もない話をし、校門に着いたところで質問される。
「そういえば……先輩ってどんな名前なんですか?」
「ああ、言ってなかったっけ。オレは……」
そこまで言ってふと意地悪をしたくなった。
「みんなからはシンって呼ばれてる、名前は秘密ってことで」
「本当に変わってますね、シンさんって」
そう言って月居さんは笑いだしてしまい、オレもつられて笑い出す。
その笑い方はもちろん苦笑いだ。
「あれ、ほのか~朝練は良いの?」
校舎のすぐ近くから月居さんと同じ二年生らしき子が手を振って声を掛けてくる。
陸上部の知り合いか何かだろう。
「月居さん、部活頑張って」
「はい、それじゃあまた!」
最後にスッキリとした笑顔を浮かべて去っていった。
朝からドタバタしたけど、あの笑顔が見れたからいいか。
最近だと特に……あれほどの屈託のない笑みは珍しい。
校舎に入って下駄箱に向かいながら、ふと思い出す。
「そういえば鷹取も、いい顔で笑うんだよな」
あの後輩は、良いことがあると自然と笑ってしまうような奴だ。
月居さんの笑顔もよかったけど、オレは鷹取の方が……って何考えてんだ。
三年生フロアである二階に向かいながら、オレは思考を振り払った。
「よっシン!珍しく朝早いな」
自分の教室に入って早々に絡まれる。
コイツの名前は拓実。
小学生からの付き合いだが、ぼさぼさの髪に綺麗な緑色の瞳が目立つ奴だ。
それなのに……やたら女の子にはモテる。
「あー拓実か。おはよ」
「反応薄いな、毎日大変だろうけど元気出せよー。今度昼飯おごるし」
「……ホントか?」
奢りと聞いたら反応してしまうのは、サガみたいなものだった。
「てかさ、シン……お前最近、明るくなったか?」
そう聞かれて、特に意識をしていなかったが考え方が以前よりもよくなっていることに気が付く。
原因は多分……そう、あの後輩だ。
「なあ、拓実。後輩に何かプレゼントしたいんだがオススメってあるか」
女でもできたのかー?と言いながらも何個かアドバイスらしきものをくれる。
「んー、ありがとな。参考にしてみる」
何かお返しとか、軽く感謝の気持ちを伝えるだけでもいいかも知れない。
あの後輩……鷹取に。
しばらくしてからお昼となり、暇つぶしに屋上へと向かう。
秋風が頬を撫でてきて心地いい。
「先輩!朝から屋上にいたんすか!?」
後ろから後輩の声がする。
オレは少しにやつきながら、後ろを振り返った。
「さっきまで授業を受けてたよ。昨日ぶりだな、鷹取」
今が一番楽しいと言わんばかりの表情でオレを見つめる鷹取が、そこにはいた。
オレには眩しすぎて、その笑顔から目を背けることしか出来なかった。
***
それから、放課後になって鷹取と並んで帰る。
最近は一緒に帰ることが多くなったな……とぼんやり考える。
「なあ鷹取、何か欲しいモノってあるか?」
「欲しい物っすか……うーん、ゲームソフトとか」
顎に手を当てて悩ましげにしている後輩の姿は、プレゼントを悩む子供のように真剣だった。それにしてもゲームソフトって……オシャレとかはしないのか?
「やっぱり遠慮しておくっす……先輩、無理してますよね?」
「無理はしてないぞ……うん」
「そもそも、自分の欲しいもの聞いて何するんすか」
「……それは言えないけど」
それなら……と、鷹取はニヤリと微笑む。
「先輩、これから追いかけっこっすよ」
「は?何言って……」
そこまで言ったところで、鷹取は走り出す。
鞄を肩に担いで、笑いながら駆け出していく。
「あはは!先輩〜!捕まえたら自分が何欲しいか教えてあげるっすよー!」
夕焼けに染まった髪がキラリと光る。
風にはためくスカートと揺れるポニーテールが眩しい。
勿論、目を背けた笑顔も。
「捕まえてやるよ!鷹取!」
困った後輩を柄にもなく追いかける。
どちらも帰宅部だからか、オレは鷹取にすぐに追いついてしまう。
少し躊躇って制服の裾を掴む。
「捕まえたぞ、鷹取」
「……なんか、セイシュンってやつみたいですね」
青春……そうか、すっかり忘れていたが、鷹取にとってはこういうのも青春の1ページなんだよな。
「なあ鷹取」
「なんすか?」
「……やっぱ何でもない」
何を言おうとしていたのか分からない。
それでも、コイツともっとこれからも過ごしたいと思った。
「変な先輩っすね」
うるさいと答えて、そのまま笑い合った。
鷹取の家まで送って、オレは一人帰路につく。
バイトに向かいながら、せっかくだと思いシュシュを買う。
いつかのタイミングで渡そう、そう思ってラッピングを頼んだ。
鷹取の……可愛い後輩の喜ぶ顔が目に浮かんだ。
千紗「ほのかも本格的に出てきたわね……」
まほろ「この世界線では陸上部なんだ、まほろはやったことないなー」
千紗「その、ちょっと眩しかったかも。先輩と舞花が帰り道で追いかけるところなんて青春って感じがした」
まほろ「まほろたちにはもう、そんなこと出来ないって?」
千紗「そうね」
まほろ「学校の帰り道は流石にできないけど、声優なんだから仕事で同じような場面もあるかもじゃん」
千紗「まあそうね」
まほろ「さて、それじゃあ次回」
千紗「オクジョウ・インタラクト -3- でしょ?」
まほろ「正解。次回は舞花に何かあるかもよ」
千紗「まほろなにを知ってるの?」
まほろ「それには答えないよ」