鷹取と追いかけながら帰ったその翌日。
この日は何事もなく学校にたどり着くことが出来た。
途中で木に登ったままの女の子に会ったり、どこか寂しげな表情を浮かべる後輩に鉢合わせたりもしなかった。
気ままに向かう先はやっぱり屋上で……教室に向かうよりも、フェンス越しに登校する生徒を見ているか、仮眠をしているくらいがオレにはちょうど良かった。
屋上から見える景色にも慣れてきたところで、冷たいアスファルトに寝転がる。
バイト明け特有の締め付けられるような頭部の痛みをあえて無視して無理やりに瞼を降ろす。
鼻孔から感じる朝の匂いは爽やかで、俺の心を落ち着かせてくれた。
「そうか、もう冬になるのか」
誰もいない屋上で一人呟いてみる。
今年で受験生とはいえ、勉強する気も動機も何も湧かなくて困る。
たとえ勉強が出来ても可愛い、とは口が裂けても言えないが……後輩が出来たとしても、視界に映る世界はどうも味気なくてモノクロだ。
それならいっそのこと、こうして瞼を降ろしたまま何も見ないで日々を過ごしていたい……。
そこまで考えたところで、オレの思考はまどろみの中へと落ちて行った。
「先輩?おーきーてーよー」
揺さぶられているのを感じる、いつもだったら鷹取が声を掛けてくれるのに今日はなんだか乱暴だ。
この日は曇りだった為に眩しくなかったが目をこすりながら顔を上げ、起こしにきた人物に目を向ける。見覚えがないが確か鷹取の話だと……天童悠希が立っていたのだった。
雲間からの日差しを浴びて、真夏の向日葵のように快活な笑顔をオレに向けてくる。
「あー、おはよう。天童……で合ってる?」
鷹取以外に見られているのでややバツが悪そうに答えてしまう。
どうしてこんなところにいるのだろうか……確か面識はなかったはずなんだけど。
「はじめまして、だね!あたしは天童悠希、舞花先輩から話は聞いてると思うけどこれから仲良くしてよね?」
「寝起きに仲良くしてって言われてもな……」
立ち上がってみると意外と背が低いこの子と仲良くして欲しいなんて言われても困るばかりだ。
ちょっと前に廊下か何かでぶつかったくらいの間柄なのに。
「そんなこと言わずにさ!とりあえずは下の階に行こう?舞花先輩も待ってるって」
「ええ、今かよ……」
文句を垂れつつも彼女に手を引かれて屋上から階下へと向かっていく。天童はかなり強引な性格らしい。鷹取に散々連れ回されているから慣れると思っていたが、女の子特有の肌の柔らかさとか温かさに眩暈がしそうになる。
階段を降り切ると、そこには鷹取が仁王立ちで待ち構えていた。
「先輩!いつまで待たせる気っすか!」
「勝手に起こしてるのはお前達だろ」
「それとこれとはベツっす!」
「そーだ、そーだー!」
若干怒ってるように見える鷹取と膨れっ面の天童。
二人が並んでいると後輩というよりかは仲のいい妹たちに見えるから不思議だ。
もっとからかってても面白いんだが、そろそろ授業に向かわないとな。
「はいはい、わかったわかった……授業行ってくるからお前たちも早く行け」
その言葉を聞いて満足したのは鷹取達はそれぞれの教室に戻っていった。やけに清々しい顔をしているが、そんなにオレが授業をサボると思っていたのだろうか。
それでも、アイツら……特に鷹取のお陰で最近の授業にも身が入り始めているのも確かだ。今までだったらテストさえやってればいいと考えていたが、授業を受ける事自体は拒否をするまで無駄な事ではないとは感じ始めている。
「おいシン~、今日もちゃんと受けるのかー?」
「うるせー」
そう拓実に言い返してやって授業に集中することにした。
とは言っても、授業内容をノートに書き連ねてはぼうっと窓を眺めるだけだ。
「……鷹取にシュシュ、渡せてなかったな」
今でも鞄の中には包装紙に包まれたプレゼントが眠っているのだった。
***
放課後、バイトの時間もあるからとオレは鷹取達にも会わずにそそくさと帰路に着く。
オレがやっているバイトは少々特殊なもので、やってること自体は家庭教師の様なモノなのだが、相手はひとつ年下の女の子だ。
麻色の髪のおとなしげな少女で、中学生の頃に酷いイジメに遭ってからというもの、逃げ込む様にして入学した秋島高校だったか……その高校にも馴染めずに半年ほどで家に閉じこもってしまったらしい。
そんな込み入った事情を承知の上で、オレはその子の面倒を見ている。
高校と家のちょうど中間距離に、その少女の家はある。
オレから見ればかなり広い家に見えるが、世間からの認識だと中流階級ほどの『普通の家庭』なのだろう。
「お邪魔しまーす」
渡された合鍵を持って家に入る。
すると、玄関先で買い物カゴを持った奥さんと鉢合わせる。
「あらいらっしゃい、娘なら部屋にいるわよ」
いつもにこやかな母親……オレには記憶はないが、きっと本当のお母さんがいたらこんな優しい人に違いない。
家庭教師をした後は、毎回夕食をご馳走して貰うのだが……普通に1人分を用意してくれるので申し訳なくなって来る。
「こんにちは……今からお出掛けですか」
「そうなの。夕飯食べていくのでしょう?」
「……はい、ご馳走になります」
その会話を交わした直後、やや駆け足で玄関のドアをくぐっていった。
……近くのスーパーでセールでもやっているのだろう。
奥さんを見送った後に、オレは学生服のまま他人の家の階段を登っていく。
相手は少々特殊な娘とはいえ、同年代の異性の部屋に入ることはこの一年ほどで唯一慣れないことでもあった。
ノックをしてから部屋に入る。
時間の十分ほど前だったが、シャーペンを動かして問題を解いている。
「熱心だね。それじゃあ、ちょっと早いけど始めようか」
「あ、は……はい!」
一房の髪に白色のリボンをクロスさせていた。
幸薄そうな少女……六石陽菜との授業をこれから始める。
「その……よろしくお願いしますね、シンさん」
「……その呼び方なんとかならない?」
***
家庭教師としてのアルバイトと言えば聞こえはいいが、要するに高校に通えない彼女のために勉強を教えてほしいというのが仕事の内容なのだった。
その仕事の中には、オレ自身の話も含めることになる。
高校のこと、後輩のこと、オレの両親がいない事……そんなプライベートな話を持ち込んだ上で勉強を好きになって貰える様な工夫が必要だった。
「今日もありがとうございました。また……来てくださいね」
寂し気に言われて、頷くことしか出来ないオレ自身に罪悪感を感じる。
だがそれでもオレが六石家を出る頃には、夕飯をご馳走になったことで二日ぶりにお腹いっぱいになったのだった。
「お邪魔しました。また来ます」
そう言ったものの、慌てて出たことで忘れ物をしていたらしい。
陽菜さんが包装紙に包まれたシュシュを届けてくれた。
「それ……誰かにあげるものなんですか?」
「あ、ああ……実は気になってる子が」
ドサッ
何か袋が落ちる音がして、オレはその方向に顔を向ける……するとそこには驚きの表情のまま固まる鷹取の姿があった。
オレは慌てて鷹取の元へ駆け出そうとするが、無言で走って行ってしまった。
地面には、近くのスーパーで買ってきたのか食材の入ったレジ袋が置いたままになっていた。
咄嗟に袋を掴んで後輩の姿を探すが……既にもう見失っていた。
あのバカのことだ、変な勘違いをしたのだろう……なんて気の利かないことは言わない。
レジ袋の重さに指が食い込む。
それでもオレは歩き出す……鷹取が走っていった方向へ。
***
それから一時間ほど鷹取を探し回ったが、見つけることが出来なかった。
オレは鷹取の荷物を何とかして家に持って帰ると冷蔵庫に詰め込んでおいた。
「……はあ、オレは何をやりたいんだろう」
ボロアパートのせんべい布団に寝転がりながら考える。
居なくなった両親のこと、バイト先の女の子のこと、これからの将来のこと。
そして……鷹取のこと。
どれもはっきりとは答えは浮かんでこなくて、オレはいつものように浅い眠りのついたのだった。
明日は四時に起きて新聞配達の仕事がある……多分、寝る直前はそんなことを考えていたに違いない。
***
「怒らせちゃったよなぁ……先輩のことだし、うーん」
弟たちの世話をして、買い物をまるっきり忘れたことによって怒られたあと、舞花は自室のベットの毛布にくるまいながらそう呟いた。
「先輩の彼女さん……なのかなぁ、でもそれってなんかイヤっす」
独り言が続く。
どうしても、見知らぬ女の子の家から先輩が出てきたという事実が舞花を苦しめる。
もやもやする気持ちは何なのだろう。
考えても考えても、答えはひとつしか見つからなかった。
「そっか……自分、先輩のことが好きなんだ」
淡い恋心を舞花は知ってしまったのだった。
こうして二人のそれぞれの夜が過ぎていく。
少年は焦燥感を抱えながらも床について眠り、少女は不安に押しつぶされそうになりながらいつの間にか眠ってしまっていた。
まほろ「こうなってくるとちょっとまほろにはキツイかも……」
千紗「ちょっとした修羅場だし」
まほろ「ねえ千紗、これなんとかならないかな?」
千紗「そ、そうね……舞花と先輩も可哀想だし、折角なら……」
まほろ「……っと、危ない危ない。仕事だけはしないとね」
千紗「そ、そうね!」
まほろ「次回、ウタタネ・スタッフアップ」
千紗「次からはオクジョウ・インタラクトじゃないのね……」
まほろ「ま、そこは大人の事情って事で」