小説とは短期間で集中して書かないと、ブレてしまう。
という言葉をネットで見かけたのですが、耳が痛いどころかちぎれそうです。
「なんでみんなあんなに人の話が好きなんだろ……。どうでもいいと思うんだけど」
だれもいない夜の暗いロビーをぼやきながら歩く。
俺は白石さんと二人だったのを男子達(とくに志村)からの質問攻めから逃げてきたのだった。
「ジュースでも買おう……」
奴らが寝静まるまで、少し時間を潰さないといけない。かなり眠いけど今にも好きな人の話で徹夜しそうな奴らの元には戻りたくない。青春よ、滅びよ。
「好きな人、か」
なんの意味もなくつぶやいた言葉はロビーの闇へと飲み込まれる。
少し歩くと自販機が見つかる。
この暗い中で、ぼんやりと光るそこはなんだかとても落ち着ける空間だった。ひょっとしてパワースポットだろうか。
しかしそうじゃないことはすぐに気づく。いや自販機だからとかじゃなくて。
ぺた。ぺた。と人の歩く音が響く。
薄暗い廊下を点々と照らす非常口のライト。廊下全てじゃないにせよ、目が悪い人でもどこになにがあるか分かる程度のほの暗さ。だから人が来ればすぐに見えるはずなのに──なにも、見えない。
ぞわり。全身の毛が逆立ち、足が震える。
いつかテレビで見たような恐怖体験。やらせだと嘲笑したそれが形となって現れた。
声を上げればいいのか、逃げればいいのか。なにをしたらいいのかわからない。
「うわっ」
震える足が絡まり、その場で倒れる。
すると得体の知れない「なにか」は好機とみたのか足音を早めてどんどん近づいてくる。
「──っ」
なにもできなくて、ギュッと目を瞑る。
でも、なにも起こらない。それどころか足音が消えた?
ゆっくりと目を開けるとそこには小さい女の子がいた。
「ししょー? なにしてるんですか?」
「……あ、宮野さんだったの。なんかごめん」
「なにがです?」
非常口のライトが照らしているのは廊下の端の方。つまり真ん中の下は真っ暗に近いということ。
思わず幽霊と子ども扱いしたことをなんとなく謝っておく。
「いや、ちょっと動くのが面倒くさくなったから一休みを」
「自販機の前で座るなんてやさぐれてる感じでかっこいいです!」
「ぐれてはないからね?」
でも今回ばかりはそういうことにしておこう。
「宮野さんはやっちゃだめだよ」
「どーしてですか!?」
補導されるか誘拐されるから。とは言えなかった。
「でも座るならあっちにベンチがあったはずです。行きましょう!」
そう言うと、俺の手を引っ張っていく宮野さん。
ベンチに並んで腰を下ろして一息つく。
こんな風に宮野さんと二人になるなんて珍しい。
「それで、こんな時間にどうしたの?」
「ちょっと友人が不甲斐なくて、怒りのあまり金髪になりそうだったので出てきちゃいました」
「宮野さんって地球の人だよね?」
スーパー宮野とか絶望的に似合ってないからやめてほしい。
ていうかこんな極楽とんぼの人に不甲斐ないとか言われるなんて、どんな人なんだろうか。
「時に田中くん。白石さんと「その話題、お茶かけられてもする勇気ある?」なんでもありません!」
物わかりのいい子でよかった。
それきり話しは途絶え、ジュースを飲む音だけが響く。
「……そんなに気になるもんなの?」
思わず聞いてしまった。普段回っていない俺の頭が、夜でさらに回っていない。
「とっても!」
「理由を聞いてもいい?」
「それはもちろん師匠のことですから。ええとですね……太田くんとえっちゃんが手を繋いで歩いていたら気になりませんか?」
「なるね」
「それですよ。だれだって人の恋愛沙汰は気になってしかたないもので」
「あ、そうじゃなくてね」
「ふえ?」
一人で納得しそうな宮野さんを制して会話を止める。別に流してもよかったけど、内容が譲れないものだった。
「俺が気になるのは太田の浮気事情だから」
宮野さんがポカーンと顔文字が作れそうな表情になってしまった。いや大事でしょ。
「まあ今回の場合は相手が白石さんだからね。いやでも注目集まるか」
「そうですね。みんな野次馬ですから。私もですけど」
「田中くんは白石さんの事をどう思っているんですか?」
思わず目を見開いた。
「お茶、かけてもいいですよ」
微笑む彼女の瞳には優しさと、真剣さの両方があった。
「周りが騒いでうんざりしちゃう気持ちは分かります。でも、それで自分の気持ちにフタをしてしまうなんて、絶対、絶対にだめです」
後悔してほしくないんです。そうつぶやいた彼女はどこか寂しげに見えた。
「宮野さん、もしかしてそんな経験があるの?」
「ありません!」
立ち上がって、声高らかに吠える姿はなんだかとてもかっこいい。……いやないのかよ。
「実際、告白して付き合えたらって思いません?」
「なんで好きでしかも告白する事が確定なのさ」
「さあ、なんででしょう?」
クスクスと笑う宮野さんに脱力する。今日の彼女には勝てる気がしない。さしずめスーパー宮野か。
なら俺が負けてしまうのは道理だ。
「そんな想像をしなかったと言えばウソになるね」
ていうか大半の男子は身近な女子で絶対にするから、妄想。
「でもね宮野さん。俺には無理なんだよ」
「……どうしてですか?」
「万が一に付き合えたとしてその後はどうするのさ」
「普通に付き合えばいいだけじゃ?」
「俺が普通に見える? 登校すら太田頼みの俺がどうやって異性と付き合うのさ」
「…………」
「デートだって途中でめんどくさくなるかもだし、そんなの女の子からしたら絶対いやじゃん」
俺は男子として決定的かつ致命的にアレだ。だからそんな事が起きてもそれは最初の一日くらいでその後からは絶対に相手が嫌気を刺すに違いない。ならいっそのこと最初から異性と付き合わない方がいい。
「なるほど……」
「分かってくれた?」
小さくため息を吐く。ここまで言えばいくら宮野さんでも理解してくれるに違いない。我ながらけっこう頑張ってしまった。だれか褒めてほしい。
「田中くんって、ヘタレ。なんですね」
「は……?」
褒められるどころか貶された。
「だってそれビビってるだけじゃないですか。相手を愛する覚悟も愛される覚悟もない。それじゃあ確かに誰とも付き合うことができませんね」
もはや、言い返す事ができない。
「でも悪いことではないんです」
手が優しく握られて、宮野さんと目が合う。
「だれだって怖いですよ、そんなの。相手の気持ちも分からないし自分の気持ちだって分からなくなってくる。でも、そんなとても怖いのを乗り越えた先に、本物の愛があると思いませんか? みんな恋愛してもいいんですよ」
見つめる彼女の瞳はどこまでも純粋で真摯で、言い訳を許さない力強いものだった。
「ましてや、ずっと面倒を見てきてくれた白石さんですよ? なに今さら? って話じゃないですか」
「それは……そうなんだけどさ……」
「ぷっ。ふふふふ」
「え、なに急に」
俺が返事をしないでいると突然宮野さんが笑い出した。目を白黒させている間も彼女はずっと笑い続ける。
「いえ、ずっと大人だなと思っていた田中くんが今はずごく子どもっぽく見えて。なんかかわいいなって」
「やめてよ」
思わず顔を背けてしまうけど、ぐいっと引き戻されてしまう。
そして小さい手で俺の顔を固定したまま、彼女は言う。
「私のししょーなら、これからかっこいいところ、見せてくれますよね?」
「弟子認定した覚えないけどね」
「ていうか田中くん」
「今度はなに?」
この状態は男子にいじられるよりも辛い。だからこれで最後と思いながら話しを促す。
「認めちゃってますよね? 白石さんのこと」
「……」
「ししょー?」
宮野さんの呼びかけがすごく遠くに聞こえる。耳鳴りがする。息が、苦しくなる。
「ちょっ!? どうしたんですか!?」
気づけば俺は彼女の手を振りほどいて走っていた。走るなんて自分が苦手とする最たるものなのに。
でも今はそうしなきゃいけなかった。
何かが自分の中で沸き立つのを感じる。
知らない。こんなもの俺は知らない。
逃走も長くは続かなくて、次第に足の速度は落ちて、とうとう止まる。
「はぁはぁ」
胸が、心が痛い。顔が熱い。心臓がうるさい。手も足も震える。
なにか良くない病気にかかってしまったんだろうか。自分の身体がありとあらゆる悲鳴を上げている。
「なんなんだよ、これ……」
もう足は止まっているのに胸はどんどん苦しくなる。
部屋に戻り、布団に潜り込む。ありがたい事に、みんな寝静まって静かだった。
暗闇が俺を包む。いつもなら落ち着けるその空間も、温かい光で満たされている気がして落ち着かない。
闇に飲み込まれたはずの言葉が、光に照らされていた。
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