田中くんはけだるげをやめない   作:早見瞬

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どうしよう、キャラクターたちが僕の想像を遥かに超えていく…………。


田中くんの因果応報

 一度気づいてはもう目を逸らすことができないそれは、悪魔の囁きのようだ。こういう世の中に数多くある誘惑に耐え抜いている人たちには尊敬の念を送りたい。自分を律することは本来とても難しいことなのだ。

 まあ非常ベルの誘惑に負けるやつは少ないだろうけど。

 押せば誰かはここに来るだろう。これだけ思案しといてなんだけど、高校生にもなってそんな人様に迷惑をかける事なんてしないんだけどね。

 ……でも待てよ? 俺が誰かに迷惑をかけるなんて今さらじゃ? 

 いやいやいやいや───うーん。

 

 

 試しにちょっと手を伸ばしてみよう。

 違うから。我が身可愛さに夜半にホテルをベルの音で包むつもりなんてないから。ただ本当に火事になったりするとこんな姿勢になってしまう可能性は少なからずあるだろう。そんな状態からでもベルを押す事ができるか知っておいて損はないはず。

 誰に聞かれる訳でもないのに心でいらない言い訳を重ね、俺はゆーっくりと手を非常ベルに伸ばす。いやこれ伸びの記録に挑戦してるだけだから。うっかり何かのボタンを押しちゃってもそれはきっと俺のせいにはならない。なぜなら事故なのだから。

「どうしたんですか? そんなところで」

 身がビシリと音を立てた。

 伸ばした手と同様にゆーっくりと振り向く。廊下といい人物といい、昨日のリプレイかのようだ。

 今日は幽霊仕様でない普通の宮野さんがそこにはいた。

 

 

「どうしたんですか? そんなところで」

「……ちょっと伸びをね。ほら、明日筋肉痛になったらよくないじゃん?」

 我ながら苦しい言い訳だった。救助のために非常ベルを押そうとしたなんて口の軽いこの子には絶対にバレたくない。みんなに言いふらされた挙げ句、事態を理解しない彼女だけには褒め称えられそうで怖い。

 まあこの子は単純そのもの。大して捻る必要もないだろうけど。 

「今日たくさん動きましたもんね! あ、太田くんなしだとししょーの行動範囲最高記録じゃないですか!?」

 うわ信じた。

 

 

 胸にチクリと罪悪感を抱くも、この絶好の機会を逃すわけにはいかない。

「宮野さん、そんな訳でお金貸してくれないかな?」

「どんなわけですか!?」

「財布忘れちゃってさ」

「なるほど分かりました! ししょーのためならどんとこいです!」

 あっさりと承諾した彼女はポケットから可愛らしい小さな財布を取り出す。この子いつか悪い大人にだまされそう。今は言わないけど。

「本当にありがとう。ついでなんだけどボタンを押してもらっていい?」

「わかりました! どれにします?」

「一番上のゼリーのやつを」

 よし、これでどうにか体力を回復させることができる。

「届きません!」

 んーっ!と背伸びをするけど彼女の手はまったく届いていなかった。

 仕方ない。それくらいは自分でやろう。

「あ」

 ぴ。がこん。

 限界まで伸びようとした彼女の身体は、自販機に向けて体重がのり、そのままボタンを押してしまう。

「ごめん。それ後で払うから」

「いえ大丈夫です!」

 宮野さんはそう言い切るけど、流石に俺の怠惰で出費をさせてしまうのは申し訳ない。

「なのですが……」

 いつもうんざりするほど元気な彼女がどうしたことか、歯切れが悪い。叱られるのを怯える子犬のようにシュンとしている。

 

 

「謝ることなんてないよ。ほら俺も立てたし、またお金を入れてくれれば」

「それが、そのおー……お財布の中にもう50円しか……」

「そっかそっか。大丈夫だよ宮野さん」

「ししょー」

 彼女の肩をポンと叩き、俺はこう告げる。

 

 

「これは神さまが、けだるげな俺に与えたけだるげ試練なんだ……。でもさ、試練ってそうそう乗り越えられるもんじゃないよね?」

 なんとか立とうとするけど、中腰の変な姿勢から動けなくなってしまった。

「し、ししょー?」

「時には乗り越えないことを選択することも大事じゃないかな。だから俺は明日誰かに発見されるまでここで朝を迎えることにするよ。じゃ」

 さすがに宮野さんも受け入れられないのか、なにやら叫ぶけど俺にはもはやそれを聞く体力さえ残っていない。ぐらりと体が崩れ、重力という万物が逃げられない法則に従い地面に吸い込まれる。ていうか普通にこけた。

「きゃんっ!」

 しかし俺の知る地面はぶつかったら痛い音がするはず。決して赤ちゃんの靴のような音は鳴らないはずだ。

 

 

「……そんなところにいると危ないよ」

「倒れてきたししょーに言われるのはとても心外です! あと重いです!」

 その理由は明白。地面と思って俺が突撃下のは宮野さんだったからだ。俺の腕力はとっさに自分の体を支えることなんてできないから、ホントの意味で下敷きだ。

 けど、女子と密着してる割にドキドキ感が薄い。

 ほどよい大きさといい、柔らかさといい、女の子の要素としては十分なはずなのになんでだろう。どころかほんの少し懐かしい気さえもする。これはいったい──あ。

「ねえ宮野さん」

「な、なんでしょうか?」

「俺の抱きまくらに就職しない?」

 太田が嫁で宮野さんが枕。最高なんじゃないだろうか。

「ほあたー!」

 お気に召さなかったのかべちっと、グーパンチが俺を襲う。痛くない。

「女の子押し倒して言うことがそれですか!? ししょーあんまりです!」

「だって、ちょうど良い大きさでさ……」

「あちょー!」

 またも頬からべちっと可愛らしい音が響く。

「もー! 早くどいてください! こんなところ見られたらさすがにまずいです!」

「そうしたいんだけどね、もう動けないんだよ。ごめんねパトラッシュ」

「うわーん! 乙女心傷つけられたうえに犬扱いされてどいてもらえませーん!」

 オイオイと泣き出す宮野さんはともかく、俺だってこの体勢はさすがに罪悪感がある。

 なんとかしなければならないとは思う。このままでは宮野さんと朝チュンすることになる。

 好きな人を認識した途端に別の女の子と同衾って、ギャルゲかよ。そんなゲームないよ。

「考えると体力が……」

 意識すら遠のいて、どんどん眠りへと落ちていってしまう。

 

 

「何してるのかな?」

 ぞわり。

 背中が冷や水を浴びたように跳ね上がる。

 すると体が重力を忘れたように浮き上がり、宮野さんと離れる。

 いくらなんでも身体が浮くなんておかしい。空腹の末にとうとう超能力が芽生えたなんて……。

「何してるのかな? 田中くん?」

 ことはなく、間違っても片手で首根っこを持ち上げて、こちらを色のない瞳で除き込んでる白石がやったなんてことあるはずがない……あってほしくないからセーブポイントからやり直させて……。

「に、にゃー……」

 とりあえず今の姿勢的にはそう答えるしかなかった。

 

 




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