「に、にゃー」
次のシーンではそれがなかったように済まされるギャグ漫画の世界だったら良かったのに。真摯にそう思いながら俺は猫に徹していた。
理由はかんたん。こわいから、かなり。白石さんが。
「なにか言うことはあるかな?」
俺を持ち上げたまま質問、もとい尋問が始まる。
位置的に後ろにいる形になるので彼女の顔色を窺うことができない。
とにかく洗いざらい経緯を話すしかない。
「……ふうん? それで?」
「えっと……全部だけど」
事の経緯を説明して、いつものノリということを理解してくれたら解放されるはず。
「どうして宮野さんは泣いているのかな?」
「あー……」
淡い期待叶わず。
抱き枕と犬扱いがそんなにショックだったのか、宮野さんはシクシクと泣いていた。
「えっぐえっぐ」
「田中くん?」
「いや、これにはやむにやまれぬ事情が……ぐえっ」
支えられていた力が抜け、地面へと自由落下する。自由落下ってなんか落ちたくて落ちてるみたいな感じがする。そんなことないか。
「宮野さん、大丈夫? 田中くんになにをされたの?」
「うぇ……た、田中くんに……乙女の純情を踏みにじられましたああああ! 私はどうしたってレディには扱われないのですー!」
涙腺が崩壊しオイオイと白石さんにすがりつく宮野さん。
「田中くん、これでなにもしてないっていうのは信じられないかな」
さっき説明するときに俺の失言には触れなかった。だとすれば白石さんには俺がウソでこの場をやり過ごそうとしているように見える事だろう。
彼女の目は敵を見るそれだった。
好きな人に、大切だと自覚したばかりの人にそんな目を向けられてきちんと喋れるわけもなく、事態はどんどん悪化する。
「田中くんに抱かれました!」
まるで氷のひび割れがその場に響いたような衝撃が訪れる。おい宮野それはないだろ。
「えっと、半分くらい合ってるんだけどいろいろ誤解でさ……。まあ宮野さんがこんな感じに泣くのはいつものことなんだけど……」
とにかくこの空気と宮野さんの言葉はマズい。なんとか言い訳でもなんでもしてごまかさないと。
俺が手をこまねいていると、ありがたいことに空気は壊れる。まったく、望んでいない形で。
何かが破裂するような音がした。それは場の空気だったのか、白石さんの堪忍袋の緒だったのか。
その音がどこから発したのかはすぐに見当が付いた。遅れて左の頬がジンジンと痛む。
俺は、殴られたのか。
「べつに抱いたって、襲ったなんて信じてないよ。でも……女の子が泣いてるのに、そんな言い方ってない!!」
「え、あ……」
「宮野さん、いつも泣いちゃうけど、だからって軽く扱っていいなんてこと、絶対にない」
俺の喉はかすれ、声も上手く出ない。なにが起こっているのか、まったく理解できない。なにを言えばいいのかさえ分からない。
「あ、あのっ。確かに私泣いちゃいましたけどそのっ」
「大丈夫だよ宮野さん。部屋もどろ?」
あまりの衝撃に涙を引っ込めた宮野さんが、弁明をしてくれるけど彼女にもはや聞く耳はない。
何か言わないといけない。そうしないとこのまま全てが終わってしまうのを直感で理解した。
「白石さ」
「来ないで」
だというのに、睨まれた俺はその場に立ち尽くし、二人は去っていく。
でも、なにもできなかった俺は俺を肯定したい。
怒って、泣いてる女の子にどうやったら話しを聞いてもらえるかなんて、分かるわけがないじゃないか。
そして修学旅行の日程を残しながらも俺と白石さんが会話をする事はなくなった。
「あああああ、あ、あのっ! 白石さんっ! 私はそこまで気にしてないし、田中くんと仲直りをっ!」
手を引く宮野さんはまるで綱引きのように私の腕を引っ張るけど、あえてそれに取り合わない。
「たしかに田中くんには抱かれ……あああこの言い方じゃなくって!」
「大丈夫だよ宮野さん。そこは分かってるから」
どう拗らせたって気だるげの権化の彼がそんな若さ全力の行動をするとは思えない。
「でしたらなんで!!」
悲痛な目で訴える彼女をみて、胸が痛む。かわいい子というのは実に卑怯だ。好きな人を引っぱたく怖い女には到底真似できない。
「ごめんね」
何に対しての言葉だったのか。誰に対しての言葉だったのか。突然ポツリとこぼれた言葉は涙と同じで、勝手に落ちて消えていった。
「もう、一人で戻れる?」
「え……でも白石さんが」
「じゃあ、おやすみ」
身勝手にあの場から連れ出した彼女にさえ、大した言葉もかけずに私はその場から逃げ出した。自分がなにを考えてなにをしたのか。そのことから逃げ出し、悪さをした子どものように布団を頭から被り、眠れない夜が明けるのだった。
違うんです田中くんも白石さんもほんとにいい子たちで良い子過ぎるが故なんでああああああああああ
更新までもーーーーーーーーーしばらくお待ちください……