アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第11話

かつて帝という存在は、神と交信することができたという。

太古の昔は神の声を聴いた帝が民を導くことで、様々な災いから逃れることができた――というのは、殆ど神話の話だ。

帝の神性は薄れて久しい。現代においては蓬莱の象徴として、国事行為や式典に参加することが主な役割となっている。

しかし、今もなお蓬莱人の畏敬を集める存在であることは間違いない。

なにしろ蓬莱は二千年という歴史の中で、一度たりとも帝の血を絶やしたことがないのだ。少なくとも、記録の上では。

だが、その二千年の重みをもつ血脈は、今や風前の灯火となっていた。

 

 

 

 

 

容態の急変した帝の為に、御典医が呼ばれてから数時間。

ようやく夜御殿から退室した御典医は、暗く沈んだ様子で女官長の命子といくつか言葉を交わすと、肩を落としてその場を後にした。

俯いて唇を噛みしめる命子に、高位女官の史が静かに近づいて問う。

「御典医は、何と?」

「――レベル3の後期昏睡病症状に酷似している、と」

血を吐くような命子の言葉に、史はゆらりとふらついた。

「おいたわしい……まだ十にもならぬというのに」

「どうにも症状が特殊で……奇妙に進行が早く、このまま目覚めないとしても何の不思議もない、とのことじゃ」

「なんという……」

史は涙があふれるのを自覚したが、すんでのところで流れるのを堪えた。

早逝した先代帝に代わって、母親のように帝を育てていた目の前の命子が、必死に涙をこらえているからだ。

「……女官たちには?」

「伝えねばなるまい。誰か外に出ているか?」

「今日は宮子が外出届を出しておりましたが、確かそろそろ帰宅する予定の筈です。残り十人の女官は、みな局にいるかと」

「うむ。では――」

 

「――命子さま!」

 

慌ただしい足音と共にやってきたのは、高位女官の最後の一人、東であった。

はしたない所作に命子は眉を顰める。

「東、何事じゃ。夜御殿の前にあるぞ」

「もっ、申し訳ありませぬ!緊急事態ゆえ!今しがた、駿河の使いと名乗るものが参りまして!」

「駿河の使い?文部次官の駿河凛か?……その者は、名を名乗らなかったのかえ?」

「不思議なことに、そうなのです。色眼鏡とマスクをして、まるで顔を隠すような風体をしておりました。とはいえ、文科官僚の鈴木涼子に間違いないように見えましたが……」

「ふむ、面妖な。それでその者が如何したと?」

「こ、これを届けに!」

東が持っているのは、一本のビデオテープであった。

「ビデオテープですか?」

「は、はい!信じがたい話なのですが、なんでも『昏睡病に効果のある映像』が収められていると!」

「昏睡病に、効果……!?」

「なんと、まことですか?!」

 

その言葉に一瞬色めき立った命子と史だが、すぐに肩を落とす。

悄然とした様子の二人に狼狽えた東は、慌てて口を開く。

「どうなされました!早う帝にこのビデオをお見せせねば!」

「――嘘か誠か分かねども、眠りに就いたままではビデオは見れまい」

「そんなもの、不敬を承知でもお起こしし――」

言いさした東の脳裏を、先ほどすれ違った御典医の姿が過った。

蒼白な顔でとぼとぼと歩いていた、その姿が意味するのは――

「まさかっ」

「帝は、もう目覚めぬ可能性があると」

「おおお……」

東はへなへなとその場にくずおれた。

沈黙が辺りを支配しようとしたが、命子は眉根を寄せながらも口を開いた。

 

「――御典医は帝の症状は特殊じゃと申しておった。もう目覚めぬと決まったわけでもない」

 

御典医の言う『特殊』が『重篤化の速度が特殊』であるということを理解しつつも、命子はそう口にする。

仮初でも希望を持っていたかった。二人の高位女官も気持ちは同じなのか、静かに頷く。

「命子さまの仰る通り。我々が諦めて何とするのです」

「は、はい。その通りですとも!」

東が空元気を出しながら立ち上がる。

その東がまだつかんだままのテープに、命子は懐疑的な視線を向けた。

「……それにしても、昏睡病に効果のある映像とな?にわかには信じられぬが」

「わたしも同感ですが、先方は確かにそう申しました」

「外連では?」

「駿河は信頼できる官吏ぞ。『効果のある可能性』ではなく『効果のある』と申したのであれば、そこには確信があるのじゃろう」

「一体どんな映像が収められているのでしょう」

「先方はかなり急いでいたようで、詳しい話を聞く間もなくとんぼ返りして行きました。――ただ、」

「ただ?」

「櫻崎シゲルなる人物が映っていると、それだけは」

「ふむ?存じておるか、史」

「いえ、寡聞にして……しかし何にしろ、この宮廷には再生機器がございません」

「む?確か寄贈品のテレビとビデオが居間に――あ、壊れておったか」

「はい。使うものもおりませんで、そのままでございます」

「むぅ。早急に修理を頼まねばなるまいな。帝が目覚められたら即座にお見せせねばならぬ」

「手配しておきましょう」

 

「あ、ビデオと言えば――宮子なのですが」

 

ぽんと手を打ち、不意に史が切り出した。新たに宮廷女官として迎えられたばかりの娘の名を聞いて、命子は首を傾げた。

「あの娘がどうした?」

「何やら先日ビデオがどうこうと申しておりませんでしたか?」

「ああ――うむ。何やら自室でテレビとビデオが使いたいから、屋根裏の配線を弄ってもよいかと尋ねてきおった。許可は出したぞ」

史が眉を顰める。

「や、屋根裏の配線?それは電器屋の仕事ではないのですか?」

「相変わらず謎の行動力がありますね、あの娘は。ですが素人の配線工事など危険なのでは?」

「別段資格の必要な行為ではないらしい。とはいえわらわも心配になった故、後ほど様子を見に行ったのじゃが、『万事うまくいきました』とのことじゃった。案外器用なようじゃのう」

「その器用さを仕事にも活かしてもらいたいものですが……」

史の言葉に、緊迫していた空気が微かに和んだ。命子は僅かに口元をほころばせる。

「確かにあれは粗忽者じゃが、不思議と人を和ませる空気を纏っておる。長い目で見てやれ」

「はい」

史も目元を和らげて頷く。

そこで東が、あ、と声を漏らす。話題の女官を、先ほど見かけたのを思い出したのだ。

 

「……そういえば、先ほど玄関先に宮子を見かけたのですが、何やら一抱えもある大きな荷物を背負って――」

 

東がそんな話を口に上らせた時であった。

 

 

 

 

 

 

「――だれか、おるか」

 

 

 

 

 

 

夜御殿から、声が響いたのは。

 

 

「「「!?」」」

 

三人は弾かれたように顔を見合わせると、慌てて夜御殿へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

深く静かな声が聞こえる。

 

『――眠れ』

 

いつもの声だ。

美しい声色の背後に、人智を超えた圧倒的な存在感がある。

 

『穏やかに』

 

今は亡き母の声を聴いているかのように、心が安らぐ。

純白の虚無に揺蕩っているこの瞬間が、ずっと続けばいいとすら思う。

 

 

『――とこしえに』

 

 

逆らう気は、起きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どっこいそうはいかないのよね!』

 

 

 

 

――突如、声が増えた。

 

わらわは面食らう。

声が聞こえるようになって二年が経つが、別の声が聞こえたのは初めてだった。

『――貴様!どうやってここに!』

『おーほほほほっ、芸術の神なめんじゃないわよ!二百年もあれば、依り代に語り掛けるくらいの信仰パワーは集まっちゃうのよね!』

『相次ぐ横紙破り……!最早許されぬぞ!』

『あんたにだけは言われたくはないわ!』

 

二つの声が喧嘩を始める。

 

『大体ネチネチネチネチしつっこいのよあんた!あの男はこの世界にはいないんだから、人の子を巻き込むんじゃありません!』

『ほざくな!わたしは神としての責務を果たしているだけだ!』

『なーにが責務よ!ただの八つ当たりでしょ!』

『八つ当たり、だと……!』

 

大変な大声の口喧嘩だった。

 

『ええい、こんな女の言うことに耳を貸してはならん!眠れ人の子!』

『眠っちゃだめよ人の子!起きてれば楽しいこといっぱいあるわよ!』

『いい加減なことを吹き込むな!――人の子よ、浮き世は地獄だ。私の声に従い、眠りにつくのだ!』

『そんなことないですぅー!人の子、送られてきたビデオ見てみなさいビデオ!すっごいの映ってるから!今しがたそこに届いたから!』

『邪神の言うことに惑わされてはならんぞ、人の子よ!』

『だぁーれが邪神かっ!こうなりゃ徹底的に邪魔してやるんだから!ほぉーらじゃんがじゃんがじゃんがじゃんが!』

すごく騒々しい琵琶の音が聞こえる。

『やめよ、やめぬか!ええいやかましい!人の子よ気にせず眠れ!眠るのだ!』

『眠っちゃだめよ!』

二つの声は平行線だ。

どちらの声にもただならぬ神気が漂っている。どちらに従えばいいのかわからない。

だが――

 

「あの、申しわけございません。うるさくて眠れませぬ」

 

姦しい口論に加えて琵琶の音。

どちらが正しいのかはともかく、眠りにつくのは不可能だった。

 

『――あ!』

『あ、そりゃそうよね!や、やったぁ作戦勝ちー!やーいばーかばーか!』

『ぐ、ぐぬぬぬぬぬ!』

 

二つの声が、だんだんと遠ざかっていく。

目が覚めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「――だれか、おるか」

 

 

見慣れた天井を見上げながら声を上げる。

随分久しぶりに声を出したような気がする。掠れていたが、どうにか聞こえたらしい。慌ただしい足音と共に三人の高位女官が入室してくる。

 

「おお、おお!」

「帝――!」

「お目覚めになられましたか!」

 

三人とも目に涙を浮かべている。

密かに親のように慕っている命子が泣いているとこちらも悲しくなってしまう。涙の理由を問いたいところだったが、わらわは夢の中の出来事を思い出していた。

 

あのただならぬ神々しさの女性は、何と言っていたか。

 

 

――そう。たしか――

 

 

 

「びでおはどこか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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