アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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下っ端宮廷女官・神宮寺宮子視点


第12話

 

 

日曜日。

目の前にでーんと鎮座する17型のテレビデオを見て、わたしは口元を緩める。

まったく危ないところだったと言わざるを得ない。昨日から街中の電器屋を総当たりして、ディスプレイ用の一つを必死の説得で売ってもらえたのは最後の一軒だった。

電器屋さんいわく飛脚便はここ二日地獄を見てるとかで、宅配を頼んでも届くのはいつになるか分からないとのことだった。当然そんなの待ってられないので、わたしはタクシーを使って自分で持ち帰った。

賭けてもいいが、テレビの品薄は当分続く。買おうと思っても買えない日々が蓬莱淑女を待っている。これは予想じゃなくて確信だった。

それくらい、櫻崎シゲル様の存在は大きい。

木曜日、あの運命の日――私物を取りに実家に戻り、そのまま夕食後までだらだら残っていたのはまさに神懸り的といえた。そのおかげで、ほんの僅かだけ他の人より先を行くことができたから。

職場兼住み込み先である帝居にも寄贈品の大きなテレビはあるのだが、半年前に故障してから直していないらしい。見る者がいないのに無駄な出費をする必要はない、というのが理由だそうだ。宮廷はしぶちんである。

ともかく、何も映らないデカい箱になんて興味はない。

わたしにはコンパクトでもビデオデッキ内蔵のこの子がいる!

うーん、機能的なフォルム。ステキ。

テレビデオというのはかさばるテレビとビデオデッキを一体化させた画期的な商品なんだけど、いくつかの問題があって普及には至らなかった代物らしい。割と致命的だったのは、ビデオデッキが壊れて修理に出そうとすると、その間テレビも見れなくなってしまう点だと電器屋さんは説明してくれた。

 

――しかし!わたしにはそんなの関係ない!

 

何故なら、修理中は実家にテレビを見に行けばいいだけだから!

職場と実家が近いというのは正義なのだ。

 

さて、お気に入りの家具には名前を付けるのが宮子流だ。

帝居の居間にある壊れたテレビに比べれば随分小さいその姿を見ていると、すぐに名前が思い浮かんだ。

「命名!ちっちゃいし、ティーヴィーだから、チビちゃん!――これからよろしくね、チビちゃん」

チビちゃんを撫でて、わたしはにんまり笑う。

さぁ、これで準備は整った。

女官長様に許可を取り、昨日のうちに屋根裏の映像ケーブルには分配器を取り付けてある。本来電器屋さんに頼むものだけど、それだといつになるか分からなかったので、わたしは自分で施工した。

電気工事のような真似がわたしに出来るかは不安だったけど、燃え盛るシゲル様への愛が不可能を可能にした。というか電器屋さんの説明通りやってみたら案外難しくなかった。

分配器から自室の押し入れ上まで持ってきた映像ケーブルは、今テレビの傍らまで伸びている。

わたしはケーブルをテレビに、電源プラグをコンセントに差し込むと、いよいよテレビのスイッチに手を伸ばす。

緊張の一瞬だ。

「さぁて、ちゃんと映ってねー!」

 

ぽちっとな!

 

とスイッチを押した瞬間、凄い勢いで自室の襖が開かれた。

 

えっえっ、何その機能?!テレビのスイッチって襖と連動してるの?!

とか思ったけど、単に女官長様が襖を開けただけだった。

だけど普段冷静沈着の四字熟語が服着て歩いているような命子様は、今は目を血走らせていた。

礼儀作法の権化たるお方が、声もかけずに襖を開けるというのもおかしい。

切れ長の眼を今は限界まで見開いている命子様は、がぱっと口を開いて声を発した。

 

「てれびは、ここかぁ!」

 

金切声だ。

えっ、ちょうこわい。何なの?!

「こっ、これは良いテレビですよ!?」

ただならぬ殺気に、わたしはチビちゃんを背後にかばってそう口走る。

しかし女官長様は聞く耳を持たない。迷いのない足取りでずんずん近づいてきて、私の前でぐわっと両手を広げる。

アリクイの威嚇のポーズだ……!

「のけ、宮子!そのてれびに、蓬莱の未来がかかっているのじゃ!」

「えっ!?な、なんで!?チビちゃんそんなの荷が重いです!」

変なもん背負わせないで!こんなに小さな子なんです!

「いいからのけい!」

「だっ、ダメですよ!この子に乱暴する気なんですね?!」

恐るべき力で迫りくる女官長様をこちらも必死に押し返す。

すると、襖から新たな人影がひょっこり顔を出した。

極めて小さな頭。背中まで伸びた長い黒髪。

人形のように整っているが、長患いで頬から肉の落ちてしまったそのご尊顔は、まごうことなく――

「帝ぉ!?」

我らが女官の主であった。

高位女官二人に介助されながらも、帝は自らの脚で立ち、歩いている。

「うわあっ!?帝が起きて歩いてる!?おっ、おはようございますっ?!」

「おはよう」

あわわ帝の生声聞いちゃったよ?!

帝は私が研修を始めたころには既にレベル3の昏睡病に似た症状に陥っていて、自ら食事をとることすらできず、一日の大半を眠って過ごしていた。勿論声を聞いたことなどない。というかほとんどの蓬莱人はラジオを通してしか帝の声を聞いたことはないだろう。

ふふふ、これは真美ちゃんに自慢案件!

――なんてことを考えてる場合じゃなかった。

レベル3の昏睡病患者が自発的に言葉を発するなんて奇跡なのだ。原因は不明だが、今帝の病状は上向いている。この機を逃してはならない。

「女官長様、一大事ですよ!テレビにかまけている場合ですか?!早くご典医を!」

「一大事だからこそてれびにかまけるのじゃ!この駿河より託されたびでおを、帝の意識のあるうちにお見せせねばならぬ!」

「ええっなんですかそのビデオ?!」

「知らぬ!だが、櫻崎シゲルなるものが映っていると――」

 

「特効薬じゃん!」

 

わたしの手が鞭のように伸びてビデオを掠め取った。

呆気にとられる女官長様を放置し、チビちゃんにビデオをセットする。

スムーズにビデオを飲み込んだチビちゃんが、その小さな画面いっぱいに一昨日十回繰り返し見たシーンを再生する。

 

『唄子の部屋』最終回だ!

 

「そっかー!そうだよね!誰よりもまず昏睡病患者に見せるべきだよ!」

わたしは一人頷きまくる。駿河から託された、っていうのは文部次官の駿河凛さんのことだろう。なるほど、文科省ならテレビ番組にも精通してるわけね。

それにしても流石エリート中のエリートだ。シゲル様のことを知って即座に昏睡病の治療に結びつけるなんて!

わたしはシゲル様のことで頭が一杯でそんなこと考えもしなかった!

一ミリも!

「ほらほら早く座ってください!すぐ歌が始まるんですから!」

呆然と立ち尽くす四人を八畳の自室に引っ張り込む。

あ、座布団が一個しかない。帝に使ってもらおう。

「はい帝。お座りになってくださいな」

「うん」

帝は素直に頷いて、座布団にぺたんと座り込んだ。可愛い。

頭を撫でたくなるけど我慢しよう。女官長様の鉄拳が飛んでくる気がする。

わたしも腰を落ち着けると、いよいよシゲル様の歌が始まるところだった。

まずは『ロケット』!テンポの速いわくわくする曲だ。

置いてかれないように気合いれてかなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

四人が呆気にとられていたのは僅かな時間だった。

 

一曲目で頬を紅潮させ。

 

二曲目で目を輝かせ。

 

三曲目で黄色い歓声を上げ。

 

四曲目で騒ぎを聞きつけた他の女官たちが集まって――

 

十曲目が終わるころには私の八畳間は熱狂に包まれていた。

 

 

 

 

 

「すっごい!なんていうかもう、すごい!とにかくすごくて――ごっ、語彙が溶けてく!」

「こんな男性がこの世に存在したのですか?!夢ではありませんの?!」

「宮子ちゃん、もう一回もう一回!」

「ええい、静まらぬか!シゲル様の声が聞こえぬであろう!!」

「めいこ、おぬしもうるさい」

「宮子早く巻き戻してよ!出来るんでしょ?!」

「あーはいはい」

 

 

 

 

 

 

 

この日、女官たちと帝の症状は劇的に回復したけど、チビちゃんは過労死するところだった。

 

 

 

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