アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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この話は時間を少し遡り、唄子の部屋最終回当日から始まります。わかりにくくなっちゃってすみません。



第18話

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新番組メインキャスト予定・緋崎朱里視点

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ぼくには弟がいる。

緋崎樹っていう、五つ年の離れた男の子。

生まれたときから天使のように愛らしかったけど、二歳くらいになると更に磨きがかかった。

母さんはその頃にはレベル3になっちゃって特療にいたから、ぼくは家政婦の伸子さんと一緒にいっくんの面倒を見た。

いっくん、と呼びかけると、にこっと笑ってよちよちよ近寄ってくる。歌を歌ってあげると、ぱちぱちと手を叩いてもっともっととせがむ。

こんなに可愛い生き物がこの世にいたのかと思った。

当時七歳だったぼくの手伝いなんて、できることは限られていて、ままごとみたいなものだったけど――いっくんを喜ばせるために、一生懸命色んなことを覚えた。

だって、ぼくはお姉ちゃんだから。

 

 

 

 

 

 

……男性っていうのは貴重だ。

何せ現代じゃ二十人に一人しか生まれないし――

 

昏睡病の進行速度は、女性の比じゃない。

 

だから――男の子が元気でいられる時間というのは、本当に僅かなんだ。

 

 

 

 

 

「ただいま、いっくん」

家に帰ったぼくは、いつものようにいっくんに声をかける。

この間十歳になったいっくんは、ぼんやりとした視線をこちらに向けて、あるかなしかの笑みを浮かべたように見えた。

いっくんは現代男子の例に漏れず、同年代の女の子よりも線が細い。触れたら壊れてしまいそうな華奢な身体は、ベッドの上だとより儚げに見えちゃう。

「お帰りなさい、朱里さん。樹さんは、今日はお加減が良いようですよ」

いっくんの傍らに立つ家政婦の伸子さんの言葉に、ぼくは「そうだね」と返す。

最近は、ぼくの呼びかけに反応を見せることも少なくなってきたから。

 

「いっくん。お姉ちゃんのテレビ出演、来週に決まったよ。新番組で、歌を歌うんだ」

 

いっくんがぼうっとぼくを見る。ぼくの言葉、ちゃんと伝わっているかな。

 

 

 

『――お姉ちゃんの歌を、もっとたくさんの人に聞いてもらいたいな』

 

 

 

 

一年前、いっくんはぼくにそう言った。

 

ぼくが歌を趣味にしたきっかけは、赤ん坊だったころのいっくんだ。幾らあやしてもむずかるいっくんに、ぼくが歌を歌ってあげたことがあった。そうしたらいっくんは途端に泣き止み、にこにこと笑いだしたんだ。

それから、いっくんをあやす時は歌が定番になった。いっくんはいつまでたっても飽きる様子もなく、ぼくの歌を喜んでくれた。

とはいえぼくの歌は、そんなに大層なものじゃない。

専門的に勉強したわけじゃないし、趣味のレベルを超えてないと思う。将来歌手になろうなんて考えてもいなかったし、いっくんが聞いて喜んでくれるなら、それで充分だった。

だから、蓬莱テレビが新しいテレビ番組のオーディションをやる、と知っても、別段参加しようとは思わなかった。

 

――レベル2の昏睡病になってしまったいっくんに、その言葉をかけられなかったら。

 

もっとたくさんの人に聞いてもらいたい。そう言ったいっくんは、後に続く言葉を飲み込んだように見えた。

 

『自分の代わりに』って。

 

――昏睡病はレベル3にもなれば、音にもほとんど反応を示さなくなる。そうなってしまったら、音楽を楽しむなんて不可能だ。

 

ぼくは、いっくんの願いを叶えたいと思った。

それがどんな願いだろうと構わない。弟の願いを叶えるのは姉の役目で、ぼくはずっとそうしてきた。

だから、ぼくはオーディションに応募したんだ。

 

 

 

 

 

結果。

倍率千倍ものオーディションを、ぼくは奇跡的に突破した。

ぼく以外に受かったのは二人。年齢こそぼくとあまり変わらないけど、どちらもすごい芸の持ち主だった。

なんでぼくが受かったのかはイマイチわからなかったけど、これでいっくんが喜んでくれると思うと嬉しかった。

――正直な話、その時のぼくは、新番組に対する情熱というものをほとんど持っていなかったと思う。いっくんにさえ歌を聞いてもらえれば充分だったから。

だけど――レッスンを受けているうちに、だんだんと考えが変わっていった。

番組に関わっている人たちは、誰もがすごい本気だった。

お役人さんもテレビスタッフも、悲壮ともいえる覚悟をもってこの計画に望んでいたんだ。

プランは綿密に、一分の隙も無く。レッスンには超一流の面々を集めて、それぞれの芸のクォリティを限界まで高めていく。かかっている費用は莫大だ。

そして皆が皆、全身全霊をもってそれぞれの仕事に臨んでいた。

 

――皆、なんとなくわかっていたんだ。今この時が分水嶺で、この計画が失敗したら後は無い、って。ここで昏睡病に歯止めをかけないと、もう取り返しのつかないことになる、って。

 

新番組の名称は『アイドルスター』に決まった。ぼくはそこに、蓬莱政府の願いが込められているような気がする。

 

アイドルスター。

 

偶像の、星。

 

 

 

――神様は存在するか、と尋ねられたら、ぼくは『いない』って答える。帝の存在を考えれば不敬かもしれないけど、でも、そう答える。

だって二世紀もの間、苦しみぬく人類に神は手を差し伸べてはくれなかったんだ。

昏睡病こそ神の下した罰なのだ、っていう人もいるけど――そんな神様なら、こっちから願い下げだ。世界中で宗教への関心が薄れてきているっていうのも、無理はないと思う。

 

――だから蓬莱は、人々の心の拠り所を自分で造り上げることにしたんだ。

 

それがアイドルスター。

 

一年近くのレッスンを経て、ぼくは心から皆の力になりたいと思うようになっていた。

皆というのは、番組関係者だけじゃない。番組を見るであろう、蓬莱に住む皆だ。

 

――例え偽物であっても、いっくんだけじゃなくて、皆の願いを乗せる星になりたい。

 

今は本当に、そう思う。

 

 

 

ふと時計を見れば、丁度『唄子の部屋』の最終回が始まるところだった。

 

唄子さんには、レッスンで随分お世話になった。天才の呼び名は伊達ではなくて、その歌唱力たるや蓬莱どころか世界一なんじゃないかと思った。基礎から優しく教えてもらったぼくの歌唱力も、大分向上したと思う。唄子さんは指導者としても一流だったんだ。

 

でも、その唄子さんも、昏睡病には勝てなかった。

 

この間レベル2になってしまった唄子さんは、もうレッスンには来てくれないらしい。

 

寂しかった。

 

 

 

――こうやって、櫛の歯が抜けるように、大事な人が段々いなくなっていくのかな。

 

 

 

つい、弱気が顔を覗かせる。

 

――違う。

 

ぼくは拳を握りしめた。

 

――そうさせない為に、ぼくたちは頑張るんだ!

 

「いっくん、一緒にテレビ見ようか!唄子の部屋はじまるから、さ」

 

悪い考えを振り払うように、ぼくは大きな声でいっくんに語り掛けた。

恩師である唄子さんの番組は毎回欠かさず見てるし、録画してるんだ。ビデオデッキはレッスン用に蓬莱テレビ局がくれたからね。

「――」

いっくんは声を返してはくれなかったけれど、微かに頷いたように見えた。

テレビとビデオのスイッチを入れて、あっという間に準備は完了。

 

唄子さんのバストアップから、いつも通り番組が――

 

――あれ?

 

――えっ。

 

――えっえっ。

 

――ちょっと待って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

……

 

 

…………神様は存在するか、と尋ねられたら、どう答えるかって?

 

 

ぼくは『いる』って答えるよ!

だってテレビで見たもん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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神さまを目撃してから一週間後。ぼくは蓬莱テレビ局に呼び出されていた。

アイドルスターに関しては、唄子の部屋最終回の翌日、マネージャーの鈴さんから『蓬莱テレビが修羅場と化しました!アイドルスターの件は少々お待ちを!取り合えずまた連絡するまで自主レッスンをしていてください!』って電話が入って、それからなしのつぶてだった。

まぁ修羅場と化すのは当然かなー、とか思う。なんでも唄子さんはシゲル様をサプライズで登場させたとかで、番組放送後連絡がとれなくなっちゃったらしい。シゲル様となんとかコンタクトを取るために、蓬莱テレビはあらゆる手段を使ってるんじゃないかな。

ぼくは歌の自主練――もっぱらシゲル様の歌を真似っこで歌ってただけだけど――をしたり、いっくんと一緒に例のビデオを見たり、何だか妙においしくなった伸子さんの料理を感謝しながらもりもり食べて日々を過ごしてた。考えてみたらここんとこずーっと張りつめていたから、こういう穏やかな日々は至福の時間だった。

で、ようやく電話がかかってきたのが今朝がた。

後ろでラジオがどうのこうのという怒号のような声が飛び交う中、鈴さんは『今日十時に局の第五会議室に来てください!』とだけ言って、慌ただしく電話を切った。

よくわかんないけど、修羅場はまだ継続中みたい。

 

 

 

 

この一年何度も使った会議室に入ると、もうメンバーが集まっていた。

椅子に座っていたのは二人の女の子。

 

 

一人は藍葉蒼子ちゃん。

ぼくより一つ上の16歳。170センチの長身で、きりっとした顔立ち。クールに見えるけど、ほんとはとってもあったかい。

蒼子ちゃんの特徴は、なんといってもその運動神経!身体を動かすことならなんでもござれ。アイドルスターではスポーツやダンスを担当するはずだった。リズム感も良いんだよね、青子ちゃんって。

 

もう一人は、金枝浅黄さん。

ぼくより三つ上の18歳。金枝財閥っていう世界有数の大財閥の娘さん。やや垂れ目の、可愛らしい顔立ちをしていて――すごく穏やかで、気品にあふれてる人なんだ。礼儀作法や茶道や華道に精通してて、ピアノもすごく上手!コンクールで賞をとったこともあるんだって!アイドルスターでは芸道を披露するだけじゃなくて、ぼくの歌にピアノ伴奏をつけてくれることになってた。

 

一年間一緒に頑張ってきただけあって、もうみんな親友だった。一つの目標に向かって、皆で歯を食いしばって頑張ってきた。

辛いことも苦しいこともあったけど、皆で助け合って乗り越えてきたんだ。

 

一生の友達。

 

二人ともきっとそんなふうに思ってくれてる。だって、ぼくがそうなんだもん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ぼくは今、一週間ぶりに会ったその生涯の友達と――

 

 

 

 

 

 

「もう、何回言わせるんだよ!『マッハカナブン』が最高なの!以下反論不要っ!」

「ハァ?!一曲だけ選べっていうならどう考えても『ロケット』でしょ!」

「『君だけを見つめてる』以上にどきどきする曲はないと思うんですけどねー。子供にはちょっと分かりにくいのかしらー」

「子供だってぇ!?」

「聞き捨てならないわねっ」

「あの良さがわからないうちは子供ですよー」

 

――教義の違いから、聖戦を起こすところだよ!

 

 

「――いいかしら!『ロケット』はね、シゲル様が一番最初に奏でられた曲なのよ!?一番自信のあるものを一番先に持ってくる――小学生でも判る、単純な理屈でしょ!」

「それはおかしいと思いますよー。だってフルコース料理でも、一番最初に出てくるのはオードブルじゃないですか。物事には順序があって、メインは一番盛り上がるであろうタイミングに出すものですよ?」

「誰が何と言おうと『マッハカナブン』なの!だってあれが一番カッコいいっていっくんも言ってたし!ぼくもそう思うし!」

「あのねぇ、カッコよさだけで曲の善し悪しが決まるわけじゃ――え?誰が?いっくん?」

「え?うん」

「いっくんって、弟の樹さん?」

「そうだよ。忘れちゃった?」

「よく覚えてるわよ。でも――後期レベル2の昏睡病、だったわよね?」

「――!そう!そうなんだよ!聞いてよ!いっくんね、いっくんね、シゲル様の音楽を聞いたらなんだか眼がキラキラしてきて――またお話ができるようになったの!」

今朝なんて、「行ってらっしゃい、おねえちゃん」って言って送り出してくれたんだ!にっこりとほほ笑みながら!

蒼子ちゃんが目を丸くした。

「えーっ!?ほ、ほんとに?!えっと、その、なんて言ったらいいかわからないけど――とにかくおめでとう!」

「まぁシゲル様でしたら、そのくらいの奇跡は起こせますよねー。おめでとうございます、朱里さん」

「ありがとー!」

「今度樹さんに会いに行ってもいい?」

「あ、わたくしもご一緒したいですー」

「もちろん!いっくんも喜ぶよ!」

以前二人をうちに招いたこともあるけれど、その時いっくんはもう大分昏睡病が進んでたから、反応らしい反応もなかった。

でも今なら、天使みたいな笑顔で二人を骨抜きにしちゃうだろうな!

 

 

 

そんな感じにいっくんのお蔭で話がそれて、とりあえず聖戦は回避された。

 

 

 

「――でさ。今日ぼくたちが呼ばれた理由って何だと思う?」

ぼくが尋ねると、蒼子ちゃんは「あー……」といって気まずげに目を逸らし、浅黄さんは困ったように微かな苦笑を浮かべた。

「あれ?なんか察しがついてる?」

「うーん……普通に考えると、番組打ち切りの通達じゃないかしらー」

「うん。その可能性は結構あるよね」

「えっ?!そうなの!?」

二人の言葉に、ぼくは目を丸くする。

「だって、考えても見てください。私たちのやりたかったことって、シゲル様が一晩で達成しちゃったじゃないですかー?」

「正直、そうなのよね」

「あ……」

浅黄さんの言葉に、ぼくも頷かざるを得ない。常識的に考えて、ぼくたちがどんなに頑張ってアイドルスターをやっても、レベル2の昏睡病を治してしまうような効果はないと思う。

「番組を始めるまでにすごいコストがかかってますけど、今打ち切ってしまえば被害は最小限ですからねー」

金枝財閥はアイドルスターのメインスポンサーだ。浅黄さんはそこの娘さんだから、言うことにも説得力がある。

――そっかぁ……レッスン、すごく頑張ってきたんだけどなぁ。

ぼくはほんのちょっとだけ落ち込んでしまう。

でもその感情は、あっという間に、こみ上げる喜びに上書きされちゃった。

 

だって、これってとっても幸せなことだよ!

 

泣きそうな顔で頑張ってきた皆の願いを、神さまが叶えてくれたんだもん!

 

「――ぼく、自分が『用無し』になることが、こんなに嬉しいなんて思わなかったよ!」

 

ぼくのその言葉に、蒼子ちゃんは何故だか目を丸くして――なんだかすごく優しい眼差しで、ぼくをみた。

「――そうね。シゲル様に感謝を。……それにね、朱里。これまでやってきたレッスンは、きっと無駄にならないわ。今後の人生に役立っていく筈よ」

「その通りですよー。――でも、そうなると私たちは今後の身の振り方を考えないといけませんねー」

浅黄さんの言葉に、ぼくはなるほどと思う。お仕事見つけて、今後の人生のプランもしっかり立てなきゃいけないよね。

 

だってきっと――人生は長いから!

『おばあちゃん』になった時のことも、考えておかないとね!

 

「そうね。その辺りも鈴さんから話があるかも。……朱里は、今後どうしたいって考えてる?」

青子ちゃんの言葉に、ぼくはちょっとだけ考えて、結論をだした。

「……うーん。ぼくは、できればテレビ業界に残りたいなぁ」

「あら?ちょっと意外ですね。朱里さんはテレビ業界自体にはそんなに興味が無いと思ってました」

「うん、その通りだよ。でも――多分シゲル様って今後もテレビに出るでしょ?」

「そりゃーそうでしょうね。局長があらゆる手を使ってでも依頼すると思うわ」

「だからさ、ぼくたちもテレビの仕事してたら――いつか局内で会えちゃったりして!」

ぼくの目論みに、ふたりは口元をほころばせた。

「あはは、なるほど」

「ふふ、それは夢のある話ですねー」

 

ぼくたちが穏やかに笑い合った瞬間だった。

 

だだだだだっ、っていう猛烈な足音が会議室の外から聞こえて――扉の前までくると、どがんっ、とすごい音が響いた。

 

「うわあ?!」

「何かしら」

「ノックにしては随分派手ですねー」

もちろんノックのワケが無い。勢いあまって扉にぶつかったような音だ。

一瞬の間を置いて、ドアノブががちゃっと音を立る。すぐに飛び込んできたのは、小柄な人影――ぼくたちのマネージャーの鈴さんだった。

鈴さんは、部屋に飛び込んでくるなり派手にすっころんで、顔面を強打した。

 

――鈴さんは普段ちょっとそそっかしいところがあるけど、さすがにこれは異常事態。ぼくたちは呆気に取られて鈴さんを見る。

 

鈴さんははもつれる足でなんとか立ち上がりながら、ぶるぶる震える手でずり落ちた眼鏡の位置を正し、開口一番言った。

 

「おっ、おおっ、落ち着いて下さい!!」

 

鏡をもってきてあげたくなるセリフだった。

 

「鈴さんこそ落ち着いて?!」

「何があったんですか?!」

「あらあら鈴さん、鼻血が……」

浅黄さんがティッシュ片手に鈴さんに近づく。鈴さんは受け取ったティッシュを慌ただしく鼻に突っ込むと、声を張り上げた。

 

「お、お待たせしました皆さん!ちょっ、ちょっとだけ残念な話と!信じられないくらいハッピーな話があるんですが、どっちを先に聞きますか?!」

 

ぼくたちは顔を見合わせる。

なにか異常事態が起こってるのは一瞬でわかった。今の鈴さんは、さながらコンロにかけられたまま忘れ去られたヤカンだ。

いずれ火が出るよ。

 

「じゃ、じゃあちょっとだけ残念な話で」

すこしでもクールダウンしてもらうために、ぼくはそっちを選んだ。

 

「分かりました!えー、アイドルスターですが、放送延期が決定しました!放送は来月になります!」

鈴さんの言葉にぼくたちは驚く。ちょっと予想外の展開だ。

「えっ?延期ですか?」

「放送中止じゃなくて?」

「はい、延期ですっ!」

「なぁんだ、それじゃあいいニュースじゃないですか!」

「本当ね。レッスンの成果を発揮できるのは、素直に嬉しいわ」

「うふふ。私たちの目標は、もうシゲル様が達成してくれたけど――娯楽なんて、いくつあってもいいものねー。テレビの前の皆さんの、楽しみの一つくらいにはなりませんと」

「そうだね!ちょっとでもみんなの幸せの足しになるように、頑張ろうよ!」

「「おーっ!」」

と、皆で声をそろえたところで、ぼくはふと不安に駆られた。

「あれ?ってことは『ハッピーな話』のほうは逆に悪いニュースだったりして……?」

「そんなわけが!そんなわけがないじゃないですか!!」

「す、鈴さん、ちょっと興奮しすぎですよ。ホント落ち着いてください」

「簡単に落ち着け落ち着けいいますけどねっ!これ聞いて落ち着いてられる人いたら大したもんですよ!多分その人は死人ですよ!」

ヤバい。鈴さん目の焦点が合ってない。

「鈴さんが良くないエキサイトをしていますねー」

「なんだか知らないけどこのままじゃ脳の血管キレちゃうよ。一度当身で落とす?」

蒼子ちゃんの思い切ったセリフに、鈴さんが完全に据わった眼を向ける。

「落ち着いてもいられないですが、落ちてもいられないんですよ!!いいですか、信じられないくらいハッピーな話しますからね!」

「う、うん。どうぞ」

とにかく全部吐き出してもらって落ち着いてもらわなきゃ。鈴さんほんとに頭から湯気出てるし。

 

 

「来月から始まる!アイドルスターは!その形態を大幅に変更し!」

 

「は、はい」

 

圧が凄い。

 

「――『バンドミュージック』を取り扱う、音楽番組として!!」

鈴さんはそこで言葉を切って、息を荒らげて心臓を押さえた。

小休止が必要みたい。

話の中に聞きなれない単語があったので、ぼくは浅黄さんに尋ねる。

「浅黄さん、バンドミュージックってなに?」

「バンド……楽団のことですかねー。今は随分下火ですけど、オーケストラのこと、かしらー?」

「参ったな。私楽器はできないわよ?」

「ぼくだってできないよ。あ、ぼくたちがそれを覚えていくところをテレビにするんじゃない?」

「需要あるの?それ」

「さ、さぁ……」

 

「お静かにーっ!」

 

復活した鈴さんが一喝する。ぼくたちは素直に黙った。

いまの鈴さんに逆らうのは得策じゃない。

鈴さんは一言一言に渾身の力を込めるようにして続ける。

 

「えー、音楽番組として!」

 

「あなたたち三人と!」

 

「――あの『櫻崎シゲル』様を、メインパーソナリティに据えることとなりました!!」

 

 

 

 

「――はい?」

 

今、なんて?

 

 

 

 

――。

 

 

 

――えっ。

 

 

「シゲル様を、メインパーソナリティとして?」

 

「そうです!」

 

「ってことは、毎週?」

 

「そうです!」

 

「会えるのですか?シゲル様に?」

 

「そのとーりですぅ!!」

 

 

 

 

 

 

 

会議室の中に爆弾が炸裂した。

 

爆発したのは三人分の喜びで、爆音は歓喜の怪音波の三重奏だった。

 

 

 

 

ぼくたちは自らが死人でないことを証明してから、喜びの余りしめやかに失神した。

 

 

 

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