アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第19話

蓬莱での初ライブの後、シゲルはギターひとつだけを担いで、

「準備万端だ!世界一周と洒落込もうぜ!」

と言い放ったが――さすがにそれは拙速すぎた。そもそも国内でレベル4直前になってしまっている患者を優先して治療しなくてはならないし、法整備や各国との折衝抜きに事を起こすわけにはいかなかったからである。シゲルのライブは国内の施設で行われるにとどまった。

その代わり、蓬莱での治療実績と共にシゲルのビデオは各国に配布された。

『蓬莱の奇跡』と呼ばれることになるこのビデオは、全世界で爆発的にダビングされ、順調にレベル1と2の昏睡病を駆逐した。

 

当然のように世界中で凄まじいシゲルフィーバーが起きることになる。シゲルはあっという間に『ワールド・ヒーロー』の名を冠することとなった。

 

 

――しかし、ビデオにはレベル3患者を治療する効果はない。

 

 

そして、一度レベル4になってしまえばその患者はもう手遅れなのだ。

一刻も早くシゲル自身が世界に打って出る必要があった。非効率的であろうが、各国のレベル4直前の患者の元へ優先的に赴いて対処をする必要がある。二度手間、三度手間になってしまうのは避けられないだろう。とにかくあらゆる国と国を行ったり来たりしなくてはならない。

移動時間のせいで救えない患者も出てくるだろう。そしてその患者の数は、手をこまねいているうちにどんどん増えるのだ。

 

にもかかわらず、様々なしがらみのせいでシゲルは動くことができない。

人々は歯噛みし、各国がなりふり構わず超法規的措置を決断しかけたところで――

 

――やきもきする人々を、とある情報が救うことになる。

 

それは世界中の多数の施設において、『この一か月の間、レベル4へと進行した患者が一人も出ていない』というものだった。

各国政府はすぐさま調査に乗り出し、あっという間に答えを得た。該当する医療施設は、どこも同じ行動をとっていたのである。

 

それらの施設は藁にも縋る想いで、重度レベル3患者に『シゲルの高画質ビデオを定期的に視聴させていた』のだ。

 

このことで、新たに驚くべき事実が判明する。

 

――櫻崎シゲルの存在は、それが機械越しであってもレベル3の深刻化を食い止める効果がある。

 

この情報は即座に全世界に共有され、各国の再生機器製造ラインはさらなる修羅場に陥った。

 

無論、その効果が永続的なものかは不明だ。明日にでもレベル4になる患者が現れるかもしれない。

だがその最初の一人が現れるまで、各国に猶予期間が生まれたのも事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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アステカにおいて、前例のない規模の工事が行われていた。

工事の目的は首都の数か所にとある施設を作ることだ。しかしその為だけに、各現場には職人だけでなく、もはや数えることすらできないほどのボランティアが詰めかけている。

 

『アステカの威信にかけて!この箱物を速攻で完成させるッ!』

 

『『『うおおおおッ!!!』』』

 

怒号のような賛同の声が返ってくるのに、とある現場の監督は満足げに頷いた。

現場の士気は最高潮に達していた。職業として現場に入っている者は勿論、ボランティアとしてその手伝いをするものも、テンションは上がり切っている。

 

全ての人間が、持てるポテンシャルを限界以上に発揮し、工事は凄まじい勢いで進んでいく。

 

――この一連の流れは、各地の工事現場全てで同時多発的に進行していた。

 

 

蓬莱からビデオを届けられてから、僅か一か月。しかしもはやアステカの民の中に櫻崎シゲルを知らないものはいない。アステカは持てる国力を駆使し、驚異的な速度でシゲルのビデオや、その歌声が収められたカセットテープを無償配布しまくったからだ。

 

近々届けられる予定の『アイドルスター』なる番組のビデオは、アステカ政府主導の元即座にダビングされて医療機関に配布されることが通達されていた。同じものは市場にも安価で卸される予定で、ビデオのある家庭であればどこでも楽しむことができる。

ワールド・ヒーローの名は、今や大国アステカにおいても神聖視されていた。

 

――そのヒーローが、レベル3患者の治療の為に世界各国へ旅立とうとしている。もちろん、その各国の中にはアステカも含まれている。

 

この情報を聞いて、アステカ国民の心は一つになった。

 

――少しでも力になりたい、と。

 

 

 

『ヒーローだけに働かせるな』

 

 

 

それがアステカのスローガンだった。

アステカが造り上げているのは、レベル3患者の大規模収容施設である。医療施設でありながらコンサートホールの併設されたこの建造物は、ひたすらに『櫻崎シゲルの負担を減らす』ためだけの存在だった。

各地に散らばった施設を巡って、精々数百名の為にライブを行い続ける――それが実に非効率的なのは言うまでもない。だが予め患者が大量に集まっていて、そこに大きなコンサートホールもあれば、手間は大幅に省ける。

そんなわけで、アステカは今公共事業としてこの建設を行っているのだった。

 

――アステカとしては、こういった施設をいち早く完成させれば、シゲルがいの一番にアステカを訪れてくれるのではないか、という思惑もあったりする。

 

 

 

こういった動きはアステカのみならず、世界中で進行していた。シゲルを迎え入れるための準備は各国で着々と進んでいたのだ。

 

 

 

――しかし唯一、シゲルを『送り出す』為の準備をしなくてはならない国家があった。

 

いうまでもなく、蓬莱である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ジェーン・ホワイトを治療に参加させたのは、もし治療できるのであればセンセーショナルなニュースとなるだろう、と凛が判断したからだ。世界の至宝といってもいい天才を治療した英雄ともなれば、シゲルが世界を巡る際に各国は下にも置かない歓待を見せるだろう。蓬莱人だけでなく外国人にも効果があるということを証明できるのも大きかった。

無論ジェーンはアステカの至宝だ。治療が済めば即座にアステカに返還するはずだった。

 

はずだったのだ。

 

凛の目の前にあるのは、無線電話の前で溌溂とアステカ語を話すジェーンの姿。

相手方はアステカ外務大臣のキャサリン。流石に先方の声は聞こえず、ジェーンの生き生きとした声だけが室内に響いている。

 

『だから言ってるでしょ。昏睡病昏睡病。うん、蓬莱の極めて画期的な治療のお蔭でレベル1にまでさがったんだけど、まだ完治はしてないのよねー。え?嘘つけ?何の根拠があってそんなこと言うのよ。全部ホントよホント。だから治療の為にまだ蓬莱にいなきゃならないのよねー』

 

『え?未定よ未定。昏睡病に聞いてよ』

 

『し、診断書出せって……?ななな、なによ、私を疑うのキャシー!?酷いわ酷いわ!あー、今キャシーの心無い言葉で昏睡病が一段階進行しました!レベル2、レベル2です!おめでとうございます!』

 

『――正論はやめなさいよ!』

 

『うるさいわね!しょうがないでしょ、シゲル様は蓬莱にいるんだから!シゲル様がいないアステカが悪いのよ!』

 

叩きつけるようにしてジェーンは電話を切った。

 

振り返ったジェーンは、凛と目が合うと、にっこりとほほ笑んで片言の蓬莱語を口にした。

 

「――オーバーステイの件、カンペキにセットクできましタ」

「そうは聞こえませんでしたが!」

 

冷や汗を垂らす凛は、ジェーンの肩を掴んでがたがたと揺さぶる。

「み、ミスジェーン!事は外交問題に発展しつつあります!はよ帰って!」

「チョットくらいダイジョウブでース!ワタシもうチョットだけホウライに居たいですヨー!」

「ちょっととはどれくらいですか!」

「ホンの五十年くらいでース」

「ダメに決まってるでしょ!ちょっと誰かー!誰でもいいから手を貸してー!この娘飛行機に縛り付けてでも返品――もがむが!」

声を張り上げる凛の口を、ジェーンの手が慌てて塞ぐ。

「お、お願イですヨー!グリーン・カード下さいヨー!ワタシホウライ語もできますシ、とても役に立ちまス!」

必死の懇願だった。ジェーンは涙目だ。

ジェーンの手を引きはがすと、凛は少しばかり気の毒そうに口を開く。

「……シゲル様の傍に居たい、という気持ちはわかりますが、こればかりは……」

「傍にいるだケ、違いまース!ワタシ、シゲル様の力になれるでス!」

「力に?」

どういうこと?と首を傾げる凛に、ジェーンは胸を張って言う。

 

「グリーン・カードをくれるなら、タブレットの解析に手を貸せまス!」

 

凛は息を呑んだ。どこからタブレットの情報が漏れたのか。

シゲルによって快く提供されたタブレットの解析は遅々として進んでいなかった。変圧器自体は即座に開発できたのだが、そこから先はどうにもならなかったのだ。シゲルから操作方法を教えてもらったものの、当然一点ものを分解など出来るわけがない。自然とタブレットの操作もシゲルに教えてもらったものに留まっていた。

シゲル自身がタブレットなどのデバイスに精通していないこともあり、今のところ解析班は前世のシゲルのライブ映像を見て、失神したり黄色い悲鳴を上げるだけの装置と化している。

ごくつぶしである。

しかし、この稀代の天才が手を貸してくれるというのなら話は別だ。

タブレットはまさにオーパーツ。一朝一夕にコピーできるとは到底思えないが、中にとんでもないお宝が収められている可能性は高かった。何せ、この世界にとっては未知の技術の塊だ。映し出される美麗すぎる映像がそれを裏付けている。

前世のシゲルのライブ映像に収められている音声は、そもそもは相当の高音質であるらしい。しかるべきスピーカー群に接続すれば、『驚きの体験ができると思うぜ』とシゲルは太鼓判を押していた。

高画質な映像と、高音質の音声。それは昏睡病の根絶にも関わる重大な案件である。

そしてこのタブレットは、その二つを兼ね備えたデータを、小さなボディに収め切っている。

 

映像、音質、記録媒体。どれか一つだけでもいい。その製造法に近づくヒントがあれば。

 

高画質なシゲルの映像。あるいは高音質なシゲルの音楽。それを個人で楽しめるようになれば――シゲルが蓬莱を離れている間、国民の活気を保つための鬼札となるかもしれない。

 

葛藤する凛に向かって、ジェーンは更に言葉を重ねる。

「……グリーンカードくれないなラ、ワタシの昏睡病進みまス。仮病使って病院から一歩も動かないでス」

「そんなことしてもアステカがベッドごと飛行機に乗せますよ」

「そしたらアステカでボイコットでース。ホウライに戻すまで仕事しないって主張しまス」

凛の顔がひきつる。この天才を遊ばせておくのは人類の損失であるのだ。

「アステカと軋轢が……」

「ダイジョーブダイジョーブ。ホウライはタブレットを独占しようとはしてないんでしょウ?成果さえ共有できるのなラ、アステカは文句無いハズでース」

「う、うぐぐ」

凛はしばし頭を抱えると、やがて大きなため息を吐き、ジェーンが叩きつけた電話とは別の電話へと手を伸ばす。

国内用の電話だった。

 

――ごめん、外務省の皆。しばらくの間えらいことになると思うけど、差し入れはするから。

 

心の中で謝罪しながら、凛は外務省の番号をプッシュした。

アステカとの話し合いは、さぞ胃を痛めることになるだろう。

丸投げするつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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解析班と面通しを済ませたジェーンは、あっという間に研究室の主導権を握っていた。

何せ世界にその名を轟かす天才である。研究者にとっても憧れの存在だ。

「オーウ、これ確かに現代じゃ作れませんネー」

未知なる機械に目を輝かせたジェーンは、物怖じせずにタブレットをいじくりまわす。

「取りあえず情報を得まース。アイコンをタップタップネー」

「だっ、大丈夫ですか?!データが消えてしまったりしたら――」

はらはらする解析班だが、ジェーンは意に介さない。

「そんなこと言ってたら何も出来ませーン。シゲル様はゴラク用と言っていたのでしょウ?表示されるテキストさえちゃんと読めばチメイ的な操作には繋がらないはずでース。分からないホウライ語があったら聞きますネー」

ジェーンは大胆にタブレットをタップし、解析班が見たことも無い画面を出し続けている。

「フンフン。webブラウザ?インターネットにセツゾクされていません?んー、分かりませんネ。こっちのアイコンは――ああ、下のレイヤーにリンクしてるですカ?ナルホド、一つの画面に収まるアイコンは限りがありますからネー」

ジェーンはあっというまに解析班が見たことも無い画面にたどり着くと、あるアイコンを見て不意に指を止めた。

 

「――みなサン。これ、なんて書いてあるですカ?」

 

「は、はいっ。ええと――」

 

「電子書籍リーダー、と書いてありますね」

 

ジェーンの碧眼が、鋭く細められた。

天才の直感が『お宝』を嗅ぎ分けた瞬間だった。

 

 

 

 

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