「――どうだった?」
最後の音を鳴らし終えたシゲルが問う。
三人娘は興奮に頬を紅潮させ、鼻息荒く前のめりになっていた。
「――最高でしたっ!!最高の、最高でした!!」
「わたし、今死んでも悔いはありません!」
「さい、こう、でし、たー……!」
「あっ、浅黄さんがついに持ちこたえた!」
「三回目の演奏にしてようやく……」
朱里と蒼子の言葉に苦笑いを浮かべたシゲルが、カメラ目線で説明を始める。
「あー、多分カットされてるから視聴者の皆に伝えておくぜ。こいつら最初に『ロケット』聴いた瞬間気絶しちまってな!感想を聞くために蘇生を繰り返して――今三回目やり終えたところだ!」
「お手数をお掛けしてしまって、ほんとうにごめんなさい、シゲル様!」
「すみませんでした!」
「うう、わたしが悪いんですー。二度目もサビで失神してしまいましてー……」
「気ィ失うほど喜んでくれたのは、まぁ嬉しいけどな。ちょいと大げさだぜ」
シゲルは照れくさそうに笑ってから、話を続ける。
「――たった一曲だけどよ、『バンド』の魅力は伝わってくれたか?」
三人の返事は、頭がちぎれんばかりの首肯だった。
シゲルは「ありがとよ!」と幸せそうに言うと――楽器群に指を向けた。
きょとんとする三人に、シゲルは告げる。
「よし!じゃあ選べ!」
と。
「「「はい?」」」
揃って首を傾げる三人に、シゲルは良い笑顔で言い放った。
「――これから三人でバンドを組んでもらう!」
突然のシゲルの言葉に、三人娘は『えーっ!?』と声を揃えた。
「色々考えたんだが、それが一番いいかと思ってな!プロデューサーにも許可はとってあるぜ?」
「き、聞いてないですよ?!」
「し、シゲル様の『バンドミュージック』を伝えるための番組ではなかったのですか?」
「だからだよ。バンドは一人じゃできねえだろ」
「い、いえ、先ほどの『ロケット』を拝聴するにお一人でできてましたー!リズムセクションは確かに録音でしたけど、音質は驚くほど良かったですしー!シゲル様の歌とギターは完璧にリズムに乗ってましたしー!」
「そうです!ぼくたちが真似っこしても、とてもテレビの前の皆に届けられる音楽になるとは思えません!あんなにカッコいい音楽に追いつこうと思ったら、まず輪廻転生を極める必要がありますよ!――だって浅黄さんはともかく、ぼくたちは楽器に触ったことなんてほとんどないんですよ!?」
「そ、その通りです!」
「――だからいいんじゃねえかよ!」
三人の言葉に、シゲルは力強く答えた。
「テレビの前の皆だってそうさ。楽器を触ったことがある人のほうがすくねえ」
そこで一旦言葉を切ると、シゲルはカメラへと視線を向けた。
「音楽ってのは聴いてるだけで最高なもんだ。だから、この番組を『聴く』ためだけに見ていてくれる人、本当にありがとな!これからも色んな音楽をどんどん紹介してくからよ、今後も見てくれると嬉しいぜ!」
「でもよ、『音楽を自分でもやってみたいな』って思ってくれる人をちょっとでも増やしたいってのが、俺の目論見の一つでもあるんだ。俺はこのアイドルスターが、そのきっかけになればいいと思ってる!」
「素人だっていいんだ。だれでも最初は素人。歌ってみたら、音を出したら、なんか楽しい。それでいいんだ。楽しけりゃ、それが最高の音楽なんだよ」
「どんな楽器でもいい。調子はずれの歌でも上等だ!騙されたと思って、俺の口車に乗ってみてくれ!」
「――きっと、楽しいからよ!」
紡がれるシゲルの思いに、スタジオの誰もが口を閉ざして聞き入っていた。
「……っと、力み過ぎたな。まぁそんなに大袈裟な話じゃねえんだ。楽器でも歌でも、やってみると案外面白いぜ、って、それだけさ」
言葉に熱がこもり過ぎていたことに気付いたシゲルは、ちょっと気まずそうに頭を掻くと、
「ま、成長してったほうがもっと楽しいのも事実だけどな!だからお前さんたちも、番組のなかでちょこっとずつ上達していこうぜ!一曲でもセッションできるようになった日にゃ、そりゃあもう天国味わえるからよ!」
そう言って、照れくささを誤魔化すように笑った。
その子供のような笑顔は、三人から『断る』という選択肢を奪い取るには十分すぎた。
「「「――わかりました!」」」
示し合わせたように声を揃えた三人は、上達の決意を込めて、力強く頷いた。
シゲルはそれを嬉しそうに見て、再度楽器群を指さす。
「よぉし!じゃあ第一印象でいいから、どの楽器をやりたいか教えてもらえるか?」
シゲルが再度問う。
「「「はい!」」」
返答は早かった。
三人娘は一斉に、即座に同じ楽器を指さした。
「「「ギターです!!!」」」
――シゲルの抱えるエレキギターを。
「こうなるんじゃねえかと思ったんだよなぁ……」
シゲルは頭を抱えた。
しかし即座に立ち直ると、声を張り上げる。
「色んな楽器の良さを伝えようって番組なのにギター三人でどうする!ギターは禁止だ禁止!フライングVちゃんは俺のだ!これまだ一本しかないし!」
「「「ええー……」」」
三人はしょんぼりと肩を落とした。
「――で、でも、そもそもギターの旋律抜きで曲が成り立つんですか?」
ふと顔を上げた朱里が、不安そうに言う。
ギターのメロディは、シゲルの弾き語りを散々聞いてきた者からすれば必要不可欠の要素に思えたからだ。
しかしシゲルは当たり前のように頷いた。
「おうよ。お前さんたちに組んでもらうのは、ずばりキーボードトリオだ」
「キーボードトリオ?」
「ベース、ドラム、キーボードで構成されるバンドだな。まぁギターが入ることもあるんだが」
そこまで聞いて、浅黄がぽんと手を打った。
「あっ、なるほどー!ピアノ――キーボードが主旋律を担うんですねー?」
「正解。そういうことだな」
「うーん……でしたらわたしはキーボードを担当したいですねー。初心者にこそ楽器に触れてもらいたい、というシゲル様の思惑には添えないかもなのですがー……」
「そういや浅黄ちゃんはピアノ弾けるんだったな。大いに結構だぜ。初心者担当は二人もいるからな!――へへ、それにな。クラシックピアノの経験者って、結構バンド組むと躓いたりするんだぜ?リズム隊と息を合わせるってのは、また別のテクニックが必要になるからなー」
少しだけ意地悪そうに言いながら、シゲルは心底楽しそうだ。
「お、脅さないでくださいませー」
浅黄は顔を赤くしながらうつ向いてしまう。
「――さて。残るはベースとドラムだが……」
シゲルの言葉に、朱里は蒼子と視線を交わすと、そっと手を上げた。
「ちょ、ちょっと話をさせてもらってもいいですか?」
「その、できれば二人で……」
「おう、もちろん。じっくり悩んで相棒を決めてくれよな!」
二人はシゲルの言葉に曖昧な笑みで応えて――
顔を突き合わせるや、視線から火花を散らした。
「ぼく、ベースがいい」
小声だが、断固たる口調で朱里が言った。
「私もそうよ。ギターと似てるから、将来ギターをやる時にもテクニックが役立ちそう」
同じく小声で、蒼子は譲らない意思を表明する。
「……」
「……」
不退転の視線が互いを射抜く。
「「じゃーんけーん!!」」
小躍りしながらベースを手に取る朱里と、ドラムセットの前で露骨に肩を落とす蒼子を見て、シゲルは苦笑する。
「なんかドラムが不人気みてえだが、打楽器ってのも魅力的な楽器なんだぜ?」
「そ、そうは申されましても!できればシゲル様のギターと同じ弦楽器を触ってみたかったのが本音でありまして!」
「はは、まぁそう言ってくれるのは嬉しいが――どれ。本職には敵わねえが、ちょいと楽しいとこ見せてやる」
「え?」
「んー、イントロに使うソロでいいか」
そんなことを言いながら、シゲルはドラムスローンに座り込むと、軽くスティックを握り――軽妙にドラムを叩き出した。
シンプルなフレーズだ。キックのダブルから、スネア、ハイハットへ。それがタム回しに挟まっている。
しかしそのシンプルなフレーズは、一瞬でスタジオ中の心を鷲掴みにしてしまった。
ドラム。ギターやキーボードとは違って、ひたすらリズムを刻むだけの楽器。
だがメロディの存在しないこの楽器が奏でているのは、間違いなく音楽だった。
――それも、とびっきりの。
何かひどく期待感を煽るリズムが、しばしの間鳴り響いて――不意に止まった。
「――どうだ、楽しそうだろ?これ実は結構簡単なんだぜ!キックだけちょいとコツが必要だけどな」
「「「シゲル様ぁーっ!!!」」」
三人娘の黄色い歓声があがって、シゲルは照れくさそうに手を振った。
全身を使って演奏する楽器というのは、見た目のインパクトからして満点であった。おまけに長い手足を操っているのは絶世の美男子なわけで、ドラムセットはまさに『格好良さ』の権化と化していた。
「ぼ、ぼくドラムやるよ!」
「ダメよ!さっき決まったでしょ!」
ずずいっ、と詰め寄る朱里に、蒼子は両腕をクロスして応戦する。
「落ち着け落ち着け。当然ベースも最高の楽器だから安心しろ。大当たりしかないクジ引けたんだから幸せモンだぜ、お前さんたちは」
そう言いながら、シゲルは今度はベースの魅力を伝えるべく、朱里へと近づいていった――
朱里はシゲルのベースソロを聞いた後、二度と離さないと言わんばかりにベースをかき抱いていた。
四弦の重低音は、朱里の心を鷲掴みにしていた。
「か、カッコいい……こんなカッコいい楽器がこの世に存在したなんて……!」
その言葉に、シゲルは我が事のように喜ぶ。
「だろぉ?!最高だよな、ベースも!『マッハカナブン』なんかも、やっぱりベースがねえと――」
「ま、マッハカナブン、ベースがあればもっとカッコよくなるんですか!?」
興奮状態の朱里が食い気味に尋ねると、シゲルはサムズアップで答えた。
「おうよ。エレキとベースとドラムがあれば、カナブンが空飛ぶぜ!」
「か、カナブンが空を飛ぶなんて……!」
朱里は愕然とつぶやく。
「カナブンは飛ぶものでは……?」
「飛びますよねぇ……」
蒼子と浅黄の突っ込みも聞こえないほど舞い上がった朱里は、シゲルの「来週のアイドルスターで『マッハカナブン』の完成形を聞かせてやるよ!」というセリフに収録を忘れてはしゃぎまわり――
次のカットでは、申し訳なさそうな顔で椅子に座っていた。
悄然とする朱里の肩を、蒼子がぽんと叩く。
「大丈夫よ朱里、生放送じゃないから。興奮で鼻血だして、少々撮影がストップしたことはバレないよ」
「それ言ったら意味ないでしょ!弟も見てるんだからね!?」
歯をむき出して怒る朱里に、蒼子が含み笑いを漏らす。
シゲルは苦笑いを浮かべた後に、やれやれといった風に肩を竦めると、
「――そういや、折角だからキーボードの良さも伝えてぇな」
そんなことを口にした。
三人の目が期待に輝く。またしても超絶技巧を披露してくれるのか、と。
だが、シゲルはキーボードに近づく前に、まず浅黄に近寄ると、
「――ってことで頼んだ!浅黄ちゃん!」
「うえっ?!」
素っ頓狂な声を上げる浅黄の手を取り、問答無用でキーボードの前へと連れてきてしまった。
「ちょいとタッチは違うが、元はピアノさ。一曲やってみてくれよ!」
シゲルの『頼み』を断れる蓬莱淑女は存在しない。
「は、はいぃ」
浅黄は震える手を鍵盤に乗せ、恐る恐る押し込む。
「ででで、では、僭越ながらー、良く弾く曲の一部をー……」
キーボードがぎこちなく音を紡ぎ始める。
――しかし、浅黄が震えていたのは最初のうちだけだった。
浅黄の指が、広い範囲の和音を完璧に奏でる。しかも、ただ音階を正確になぞっているだけの演奏ではなかった。
その調べは、キーボードの電子音にもかかわらず、実に『感情的』だった。
いつしか、浅黄の顔には緊張の色ではなく微笑みが浮かんでいた。「自分の好きな曲を、みんなに聞いてもらえて嬉しい」――言外にそう言っているような表情で、浅黄は精一杯の演奏を披露している。
――とはいえ無論、シゲルの前世であればもっと優れたピアニストは山ほどいる。シゲル自身も、今の浅黄には恐らくテクニックで勝ててしまうだろう。
だが、この演奏に、シゲルは目を輝かせた。ピアノの演奏が終わるまで、リズムに小さく頷きを合わせながら微笑みを浮かべ――演奏が終わるや、『今日これ以上嬉しいことはなかった』とでも言いたげに、立ち上がって拍手を送った。
「最ッ高だったぜ!!上手いじゃねえかよっ!今のは何て曲なんだ?!」
手放しの大絶賛に、浅黄はもじもじと指を絡めながら答える。
「あ、ありがとうございます。畏れ多いですー。……曲名は『雨音戯曲』と申しまして、一番好きなピアノの曲なんですよー!」
「へぇー!いやいい曲だな!中盤の、和音が広がってちょっとずつクレッシェンドになってくところ、痺れたぜ!」
「嬉しいです!うー、でもちょっと歯がゆかったですー!まさにそこなんですけど、うちのピアノならもっと表現できるのに、って思いましてー!」
「ははは、分かる分かる!クラシックだからなぁ……まぁキーボードの性能が上がっていけば不満もちょっとずつ解消されてくだろうから、勘弁してくれよな!たまったフラストレーションは、家にいる相棒でたっぷり解消してくれ!」
「もう帰ったら早速弾いちゃおうと思います!」
音楽談議に花を咲かせる二人をよそに、朱里と蒼子はちょっとした衝撃を受けていた。
「浅黄さん、そんなにうまかったっけ……?」
「うん。浅黄さんのピアノは聞きなれてるはずだけど、今のちょっと感動したよ」
二人の賛辞に、浅黄は表情をほころばせる。
「ふふ、ありがとうございます。最近、確かに自分自身ステキな表現ができるようになったとは思うんですよー」
「へぇー!でも、急にそんなにうまくなるものなの?何かきっかけが?」
朱里の質問に、浅黄はシゲルに視線を向けながら答えた。
「――それは勿論、シゲル様ですー」
「……俺か?」
きょとんとするシゲルに、浅黄は嬉しそうに両手を合わせた。
「はい!シゲル様の音楽を聴いてから、私自身音楽が、ピアノが楽しくってしょうがなくてですね――次第に、今まで理解できなかった発想標語がなんとなーくわかるようになったんですー!」
「発想標語?なにそれ?」
「ピアノの楽譜にかいてあるんですよー。『活き活きと』とか、『表情豊かに』とか、『勝手気ままに』、とか」
そこまで説明すると、浅黄は一瞬遠い目をして、
「――きっと二世紀前までは、それが普通だったんでしょうねー」
僅かに寂しそうに言った。
しかし朱里はそんな浅黄の様子には全く気付かない。目を輝かせて口を開いた。
「へぇー!じゃあ『これから』は、もっといろんな発想標語が増えるかもね!」
と。
――その言葉に、浅黄は一瞬だけ目を丸くして、
「ふふ、そうですね。わたし、ピアノを――『これから』は、もっと楽しめそうですよー!」
その日一番の笑顔で、胸を張った。
二人のやり取りを見て、シゲルは眩しそうに目を細めた。
「で、その発想標語を理解できるようになったおかげで、とっても上達したってことでいいのかな?」
朱里が確認すると、浅黄は曖昧に頷いた。
「うーん、表現力はちょっとアップした、とは思うんですけど――」
しかしそこまで言うと、浅黄は首を傾げてしまう。
「――でも、技術的にそこまで上達した、って気はしないんですけどねー」
「んー、でもぼくはとってもうまくなったように聞こえたけど」
「――聞き手の問題かも」
蒼子がぽつりと言った。
「聞き手の問題?」
おうむ返しする朱里に、蒼子は自らの考えをまとめるように話し出す。
「えっとさ、皆言ってるじゃない。『シゲル様の音楽を聴いてから、ごはんがとっても美味しくなった』って。――これってもしかして、他の分野にも――例えば音楽にも適用されるんじゃないかと思って」
その言葉に、スタジオは静まり返った。
注目を集めていることに気付き、蒼子は慌てて手刀を切る。
「す、すみません、素人のつまんない憶測です!ここカットしてください!」
しかし、待ったをかけるものが居た。
「いや!蒼子ちゃん、良いこと言ったぜ!」
やおら立ち上がったシゲルである。
「そう。そうなんだよ!いいか、テレビの前の皆!今ならきっと、前よりずっと前向きに音楽を楽しめるはずなんだ!」
「俺は『どんな楽器でもいい』って言ったよな?あれってよ、もちろん今日ここに紹介した楽器に限らねえんだぜ!」
「世界にはこの番組では紹介しきれない楽器や音楽が山ほどある。そりゃ皆よく知ってるだろうが――このタイミングで、ちょっともう一回見直してみてくれねえか?昏睡病なんてのがなけりゃよ、その楽器とか音楽の魅力ってのがもっともっと伝わってくるはずなんだよ!」
「何かこないだシゲラジに届いたハガキにあったんだが――『もしギターが販売されたら、ヴァイオリンをやめてギターを始めようと思います』ってヤツ。――俺はよ、そりゃちょっと待ってくれ、って言いてえ!」
「色んな楽器や音楽に触るのは、そりゃ楽しいから結構!でも、それまでやってた音楽を止めるこたねえんだよ!」
「もう一回落ち着いて、自分の相棒を見直して――ちょっと演奏してみてくれよ。きっと今なら、ソイツの新しい魅力が伝わってくるはずだぜ!」
シゲルの『新しい音楽』の宣伝であるはずの番組で、シゲルは以前からある楽器や音楽について熱弁しだした。
本来予定に無いハズの展開だった。収録を見守っていたプロデューサーが焦りを見せる。
収録時間には限りがある。何せシゲルは多忙を極めている。蓬莱での治療ライブはまだまだ終わる様子を見せていない。今日のアイドルスターだって、リハーサルの時間すらとれなかったくらいだ。
創刊される音楽雑誌に寄稿もしなくてはならない。量産前の新楽器の最終調整もある。これがただの人間の肉体であれば、とうの昔に過労で入院しているだろう。
その点、シゲルの肉体は神の手によるもので、頑丈さは折り紙付きであり、常軌を逸したハードワークをこなしながらもまだまだ健康を維持していた。
その頑丈さにものを言わせ、シゲルにはこの収録の後も治療ライブの予定が入っていたのだ。遅刻させるわけにはいかない。
「――えっ?何?巻け?ちくしょう、この話はシゲラジでもしてやるからな!」
シゲルは尚も思いの丈をぶちまけようとしていたが、プロデューサーがペコペコ頭を下げながらハンドサインを出してくるのを見て、渋々腰を下ろした。
その後、番組はテンポよく進んでいく。
幾つかの宣伝があった。
今日紹介された楽器が、来月には販売されること。簡単な教本も同時に販売されること。音楽、楽器の紹介などを行う世界初の月刊音楽雑誌が創刊されること。
ポジティブな話題だらけのアイドルスター第一回は、最後にシゲルの新曲『終わらない旅』が披露されて終幕となった。
――テレビの前に、無数の失神者を量産して。
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女子高生・神宮寺真美視点
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『次のニュースをお伝えします。』
――はっ!?
覚醒したわたしの目に飛び込んできたのは、おなじみのニュースキャスターの顔面だった。
「へっ!?あ、アイドルスターはどうしたの?!」
思わず大声が出てしまう。
何が起こっているのかさっぱりわからないわたしは、狼狽えて辺りを見渡して――私の大声に身体を起こした母と姉、そして『9時15分』を刺す時計を見つけた。
――は?
九時十五分って――九時十五分ってこと?
あ、あわわわわわ!!
こ、これってつまり――!
「じ、時間が、時間が消し飛ばされてるぅ!!」
わたしがのけ反りながら叫ぶと、お姉ちゃんは両こぶしを握り締めて立ち上がった。
「なっ、何か超常の力が働いているよ!わたしわかるもん!女官だから!」
「にょ、女官ってすごい!だけど何の解決にもなってない!」
そんな感じにぐるぐる目のわたしたちがあわあわしていると、静かな声が響いた。
「……現実を見ましょう。気を失っていたのよ、私たちは」
母さんが見たくない現実を突きつけてきた。
そう。うっすらと覚えている。ロケットのイントロに、シゲル様がエレキギターっていうのをかき鳴らして――
そうだ。あまりの衝撃に、破壊力に、わたしたちは意識を飛ばされたんだ。
――そりゃそうだよ!ロケットに跳ね飛ばされて気絶しないで済む人間がいたらお目にかかりたいよ!
シゲル様!素晴らしい音楽をありがとうございます!でもロケットの操縦はもう少し慎重にしていただきたかった!せめて事前に気つけ薬を用意しておくように注意していただければ、完全食を口に含んだまま聞いたのに!
「うっ、ううっ、うぐぅううぅっ……!」
嗚咽が漏れる。後悔の念が後から後から押し寄せてくる。
……なにもかも後の祭り。過ぎ去った時間は戻らない。
わたしは顔面蒼白になって、自然と四つん這いになってしまう。
「見っ、見れなかったってことだよね……シゲル様の、新番組が……」
お姉ちゃんからも、母さんからも、答えは無かった。
死んだような沈黙の中、ニュースキャスターの声だけが虚しく響く。
やがて、母さんがぽつりと呟いた。
「――辞職しよ」
母さん?!
ヤケになっちゃだめだよ!
でも慰めの言葉すら思い浮かばない。そんなの私がかけてもらいたいくらいだ。
――だけど、捨て鉢になっちゃった母さんを、
「ちょっと待って!――ビデオは?!録画!」
そのお姉ちゃんの一言が救ったのだった。
「「あっ!!」」
私と母さんはハッとして、ビデオデッキに目を向ける。
――二年前にプレゼントしてもらったビデオデッキは、誇らしげに『REC』のランプを点灯させていた。
「あああああ!信じてたよわたしのビデオデッキ!ありがとうジェーン・ホワイト!!」
「あの曲聴いて失神しないとは見上げた精神力だよ!あとで名前を授けてあげるからね!」
「えらいわね、本当にえらいわね!いい子いい子!」
母さんが聞いたことも無いような猫撫で声を出してビデオを撫でまわしてる。
とにかく望みは絶たれていなかったんだ!リアルタイムで見れなかったのは少々残念だけど、もともと生放送でもないし些細なことだよ!
私は直ぐに録画を停止すると、巻き戻しボタンを押した。
「さあ二回戦だよ!今度こそ新曲の正体を掴むんだから!」
「「おーっ!」」
――即座に始まった二回戦目、やっぱり私は1ラウンドKOされた。
でも、その程度でくじける私じゃない。
この夜、我が家から明かりが消えることは無かった。
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翌朝・神宮寺宮子視点
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早朝、わたしは大きな欠伸をしながら局へと続く廊下を歩いていた。
結局一家全員でまた徹夜してしまった。翌日に差し障るからなるべく徹夜はやめようと誓っていたのに、その約束は濡れティッシュよりも簡単に破られてしまった。まぁ、あんな音楽を聴かされちゃったらしょうがないよね。多分今日は蓬莱中が寝不足だよ。
それにしても真美ちゃんは大丈夫かな。「エレキギターに吹っ飛ばされた脳みそがどこ探しても見つからない」とかぶつぶつ言いながら朝ごはん食べてから心配だ。通学路にでも落ちてればいいけど。
――お、女官の二人組を発見。美奈子と真名美の仲良し二人組だ。わたしの局から出てきたってことは、多分今の今までビデオを見ていたね。
わたしが「おはよー」と声をかけると、二人は揃って振り返って挨拶を返してくれた。
「おはよう……」
「おはようございます……」
――その頬を、真っ赤に腫らした顔で。
「うわっ!二人ともほっぺすげえ!どうしたのそれ?!」
「いや、昨日ちょっと突発的にほっぺつねり大会が始まって……」
「なっ、なんで?!そんな愉快そうなイベント聞いたことないよ!」
私もいたらよかった!参加はしないけど見るだけ見たのに!
私の疑問に、二人は気まずそうに俯いて答える。
「『ロケット』の出だしで失神を免れたものが、失神した人のほっぺをつねって起こして……でもそうすると今度はつねってる人が失神するから、他の人につねられて……」
「最後の『終わらない旅』も皆でそうやって乗り切ったの」
「アクロバティックな乗り切りかたしたね……」
ほかに方法はなかったんだろうか。
っていうかどうせ録画はしていたんだろうから、後で見たらよかったのに。
「みんな冷静じゃなかったのです」
「大体貴女はどうなのよ。初見の時、実家でちゃんと落ち着いて見れたわけ?あんな凄まじい音楽を。蘇った死人がまた死ぬよ、アレ」
「そりゃもう、うちは冷静沈着。みんな静かなもんだったよ」
失神してたから。
私が疑いの眼差しを向けてくる女官たちから目を逸らしていると、
「む、宮子か」
背後から命子さまの声が響いた。
びくーん、と私の背筋が伸びる。
振り向けば、なんと高位女官のそろい踏みだ。
「おっ――おはようございま、す……?」
反射的に振り返って挨拶を返した私は、思わず目を丸くしてしまった。
だって――
「うむ、おはよう。――宮子、おぬしは少々外出が多すぎるぞ。許可を出したのはわしじゃが、今後は少々控えるがよい」
「口うるさくはしたくないのですが、『ちょっと実家に帰りたいから』くらいの理由での外出があまりにも多すぎますからね」
「昨日の外出理由に関しては察しがついていますが――あまり音楽にばかりうつつを抜かさず、仕事に励むのですよ」
えらそうなことを言って去っていく三人のほっぺは、赤く腫れていたから――