アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第24話

蓬莱楽器はもともと楽器の製造と販売を一手に担っていた。

シゲル登場まではそれでよかったのだ。なにせ楽器を買う人間というのは補助金があって尚滅多におらず、音響機材等もさほど需要は無かった。規模的に問題無かったのである。

 

だが、アイドルスターが放送されると、そういうわけにもいかなくなった。

 

音楽関連の商品が、急速に売れ始めたからだ。

 

 

『蓬莱』と名のつくように蓬莱楽器は国営企業。ここにきて蓬莱は音楽関連の商品販売を引き受ける新企業『弁天堂』を立ち上げ、製販分離でもって蓬莱国民の需要に応えんとした。

だが、とてもではないが太刀打ちできなかった。

シゲルのバンドミュージックが蓬莱の人々に与えた衝撃は、それほどすさまじかったのだ。

 

――しかし第一回アイドルスター放送直後に限れば、楽器への需要急増はあくまで常識的な範囲に留まっていた。

 

あの凄まじい音楽は、あくまで英雄だからできることであって、そこらの一般人が出来るものじゃない。そんな風潮があったからだ。

しかし、二回、三回とアイドルスターが放送されるにつれ、次第に潮目が変わっていった。

それというのも、朱里と蒼子が目覚ましい成長を見せたからだ。

 

朱里たち三人は、番組内でガールズバンド『トライアングル』を結成。三人とも名前が『あ』から始まるから、という安直な理由で朱里によって名づけられたトライアングルは、回を重ねるごとにみるみる上達していった。

 

その姿は、蓬莱人に「じゃあわたしにもできるんじゃないの?」と思わせるには充分すぎた。

 

――あの凄い音楽、私にもできるようになるのかな。

――朱里ちゃんと蒼子ちゃんはどんどん上達していってるよ。

――何より、シゲル様は絶対出来るようになるって言ってた。

――じゃあ出来るんでしょ。

――じゃあやりたい!わたしも、あんな音楽をやってみたい!

 

そんな会話が、蓬莱中で交わされるようになった。

 

楽器店には長蛇の列が形成され、楽器や音響機器の代わりに抽選券が配布される。

教本は飛ぶように売れ、音楽雑誌『サラスヴァティ』はもっと売れた。

 

 

そして――ようやく家電を手に入れつつある蓬莱国民に、再び金欠の嵐が吹き荒れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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女子高生・神宮寺真美視点

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お昼休みになって、私たちはいそいそと机をくっつけ合う。特に仲のいい友達同士で、こうやって談笑しながらお昼ご飯を食べるのは、最近になってから始まった楽しい習慣だった。シゲル様が登場するまで、ごはんって言うのは基本的に無言で食べるものだったからね。団らんは食後だった。

礼儀作法に厳格な人なんかは眉を顰めるらしいけど――少なくともうちのクラスにはいないみたい。みんながみんな好き勝手に机をくっつけて、楽しそうに食事中だ。

おしゃべりが好きじゃない女子っていうのは、今となっては希少種だからね!

 

とはいっても、どこのグループでも話題はそんなに変わらない。

 

 

 

 

「じゃじゃーん!これを見よー!」

「おおーっ、ピックじゃん!」

「ティアドロップっていうんだっけ、そのタイプ。なんか洒落た名前だよねー」

「ふっふっふ、教本も買えたから、あとはギターを残すのみなのだ!」

「そのギターの抽選確率が問題なんだけどね」

「ぐっ……」

 

 

「なにがヤバイって蓬莱電器が新型テレビを発売する予定なのがヤバイ」

「あの、なんかごてごてスピーカーくっつける奴でしょ?サラスヴァティに乗ってた」

「そう、あれ」

「ヘッドフォンってヤツの方がコスパ良くない?」

「でもなんか新技術がふんだんに使われてるとかで、『驚きの臨場感!』って書いてあったでしょ?」

「あー、あったねぇ」

「現状シゲル様の生ライブを聴く手段が『昏睡病レベル3になる』しかないんだから、アイドルスターの音質向上するならアリだと思うんだよね」

「……わたしはレベル3患者なんだ……誰が何と言おうとレベル3なんだ……」

「そんな餓狼みたいな目をした昏睡病患者はいないのよ」

 

 

「なんでシゲル様の歌入りカセットテープって販売されないの?」

「大抵の人が自分で作って持ってるからじゃない?」

「でも元がラジオ音源とかでしょー?ちゃんとレコーディングした音を書き込んだらスゴイ差がでるはずだよー」

「それ言ったらレコードでもいいんじゃないの?」

「レコードはプレーヤー自体が絶滅危惧種レベルだから……でも、カセットテープはぜったい売れるはずなんだよなー」

「多分滅茶苦茶売れるわよねぇ。みんな買うもの」

「今作ってるところなんじゃないの?あるいは単純にシゲル様が多忙すぎて手が回らないとか」

「何か政府の方に目論見があるんかもね。今次々と新技術が生まれてるから、カセットよりも良いメディア作ってたりして!」

「……そしたら再生機器も新調でしょ?お金幾らあっても足りないわよ」

 

 

「結局シゲル様ってなにものなんだろう……」

「ご本人はシゲラジで、『音楽星からやってきた』とか『フライングVのV部分から生まれた』とか笑いながら仰ってたけどね」

「じゃあフライングV買ったらシゲル様増えるかな……」

「冗談に決まってるでしょ」

「常識的に考えれば、音楽分野のジェーン・ホワイト、みたいな?」

「天才ってこと?」

「天才って言葉で片づけられるかな……」

「まぁ、でも――」

「うん」

 

「「「ミステリアスなところもステキ!」」」

 

 

金!音楽!シゲル様!

これに食事と仕事と身だしなみをプラスすると、現代蓬莱女性の完成だ。

わたしたちのグループも、当然例に漏れない。

 

 

「さっちゃん、今日も完全食?」

「特売日にまとめ買いする完全食こそが、コスパの王だってわかったの。わたしの昼食は向こう一か月間これだけよ。絶対エレキギター買うんだから」

「すごい。鉄の意志を感じる……」

さっちゃんの覚悟に思わずごくりと喉が鳴る。完全食の味は未だに改善されていない。味覚が正常に戻った今、毎日一食とはいえ完全食で済ませるのは相当の覚悟が必要になる。

まぁわたしもエレキ貯金中だから、気持ちはわかるけどね。あのカッコいい音が自分でも出せるようになるのなら、三食完全食も辞さないよ。

いや、流石にそれは辞すかな……

 

「甘いね……」

「え?」

にやりと笑ったのはロングヘアで長身の友達、ヨッシー。

――去年お母さんがレベル3に進行したときから、ヨッシーの笑顔は随分減っちゃったんだけど――シゲル様の音楽を聴くようになってからは、今みたいにまた笑うようになったんだ。

そうそう、笑顔がなによりだよ。それにシゲル様が治療ライブを凄い勢いでやってくれてるから、きっと近いうちにヨッシーのお母さんも治してくれるに違いない。心の中で拝んでおこう。

 

ヨッシーはカバンから取り出した水筒を机の上に置く。

「これこそが真のコスパの王だよ」

「これこそがって……」

「水筒?なんかスープでも入れてきたの?」

「ふふ」

ヨッシーが水筒の蓋に注いだその液体は完全な無色透明だった。

わたしたちの背筋を、嫌な予感が這い上がった。

……よく見れば、今日のヨッシーの笑顔はどこか虚ろな気がする。

「……ヨッシー。透き通ってるけど、それなに?」

 

「水道水に塩を混ぜたの」

 

「……」

「コスパ最強の完全食よ」

ヨッシーの目は血走っていた。

「目を覚ましてヨッシー!そんなの完全食じゃない!」

「不完全食っていうかただの生理食塩水です!」

「なんだってそんなに金欠になってるの!」

 

私たちの言葉にヨッシーはちょっとうつ向くと、ぽつりと言った。

 

「――当たっちゃったんだ。楽器の抽選」

 

「「「――」」」

 

一瞬の静寂の後、

 

「「「えーっ!?」」」

 

私たちは仰天して、ヨッシーのほうに身を乗り出した。

 

「ほんと!?すごいじゃん!」

「どの楽器も凄い倍率ですよね?!よく当てましたね!」

「エレキ!?テレキャスターとフライングVどっちにしたの?!それともベース?!エレアコ?!ねえ今度学校に持ってきてよー!」

ヨッシーは答えた。

 

「ドラム」

 

わたしたちは静まり返った。

 

でもそれも一瞬のことで、すぐにぎゃーぎゃー声を上げ始める。

「――なんでドラムチョイスしちゃったんですか?!」

「よりにもよって!シゲル様も『あんまり個人で買う楽器じゃあねーな』って仰ってたでしょ?!」

「だって一番好きなんだもんー!それに当たると思わないって!倍率100倍とかだったんだよ?!」

「っていうか貴女の家ってアパートじゃない!」

「シゲラジで言ってたよ、あれ値段もすごいけど音の大きさもすごいって!『集合住宅でドラム練習したら8ビートの壁ドン喰らうぞ』って!」

「『多分近隣住民も壁叩きに来る』とも言ってました!」

「そもそも置くスペースどうしたのよ!」

「無理矢理詰め込んだよ!もうあたしの部屋はドラムが住んでるんだかあたしが住んでるんだかわかんないよ!」

やけくそじみた声を上げると、ヨッシーはテーブルの上の水筒をぐいーっと呷った。

しょっぱそう……!

「――ドラムと水と塩!残されてるのはそれだけ!もう明後日の給料日までこれだけだよ!アハハ、ダイエットもできて一石二鳥だね!」

「そんなのやつれてるだけですよぉ」

「きぇえええ!」

理子ちゃんの冷静な指摘にもヨッシーは奇声を返すだけだ。

 

――わたしは、ヨッシーの言葉を否定してあげる。

 

「――残されてるのはそれだけ?違うよ、ヨッシー。まだ残ってるものがある!」

 

 

え?とこっちを向くヨッシー。

わたしは自分の卵焼きを一つ、裏返したお弁当の蓋に乗せてヨッシーに差し出した。

 

「友情!」

 

「ユウジョウ……」

ヨッシーが呆然と繰り返す。

「じゃあ私も友情です!」

蓋の上に、理子ちゃんがウィンナーを追加してくれる。

「ビンジョウ」

さっちゃんの完全食ブロックが半分だけ追加された。

 

「どしたのヨッシー?あ、金欠?じゃあこれあげるー」

「わたしのもどーぞー」

「自信作の煮豆を進呈しようじゃないの」

「ビンボー淑女は助け合い、ってね」

 

他のグループの皆もあつまって、いつのまにか蓋の上はおかずで一杯になっていた。

 

「う、ううっ、ありがとう、みんな……!あたし、あたし……!」

 

ヨッシーは涙を拭って立ち上がると、

 

 

「給料日になったら、すぐドラムスローン買うから!」

 

 

「「「まずは食費にしなさい」」」」

 

 

――即座に総突っ込みされて、長身を縮こまらせた。

 

 

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