アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第26話

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文部次官・駿河凛視点

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ライブや収録をしていない間も、シゲル様の仕事は終わらない。

昼食を終えた後、シゲル様は即座に机に向かって書き物を始める。

シゲル様が凄い速度で書き上げているのは、タブ譜と呼ばれる楽譜だ。ギターやベース用の、普通の楽譜よりも分かりやすい楽譜らしい。

「これがあれば俺がいない間にも練習ができるだろ?」と言って笑うシゲル様には、もうただただ頭を下げるしかない。確かにシゲル様の楽譜があれば、蓬莱人の音楽への情熱は更に燃え上がるだろう。

――あの音楽を自分でもやれたらいいな、って思っている蓬莱人は、山ほどいるから。

 

おっと、仕事仕事。

 

「シゲル様。大変遅くなりまして申し訳ございません。こちら、シゲル様の通帳になります」

私はシゲル様に『蓬莱銀行』と印刷された通帳を手渡す。

「え、通帳?いつの間に?俺銀行とか行った記憶がねえんだけど」

「まことに勝手ながら、こちらで用意させていただきました。シゲル様への印税や報酬、各国からの寄付金が凄まじい額になっておりましたので」

「へー……でも俺こっちの世界には戸籍もないだろ?よく作れたな、通帳」

「……何を仰ってるんですか。シゲル様は昔から身元の確かな蓬莱人じゃないですか……戸籍もバッチリですよ。全ての国家が認めています。何なら十種類くらい用意しますよ」

「身体そんなにねえよ」

苦笑いするシゲル様は、通帳をぱらぱらと眺める。とんでもない桁の数字が並んでいる筈なんだけど、明日の献立表を見るくらいの関心しかなさそうだった。

 

――想像してたけど、やっぱり。このお方、お金になんの興味もないんだ。

 

だってシゲル様は「うん」と呟くと、通帳を私に差し出したから。

「よーし、じゃあこれは普段頑張ってる凛ちゃんにプレゼントだ!」

そんなわけわからないセリフと共に。

「こんなドデカいプレゼントだめですよ!アステカでも買えっていうんですか?!」

「ポケットマネーにしちまいなよ」

「しっ、シゲル様の前世だと、ポケットって異次元に繋がってたりしたんです?!」

「ものによってはな」

「残念ながらこちらにはそんなポケットございませんので!」

私は両手をばってんにして受け取りを拒否する。

「つってもなぁ。正直使う時間もねえし、買いたいものもないんだよなー」

シゲル様の言葉に、私としては言葉を詰まらせるしかない。

時間がないのも、買いたいものがないのも、こちらの世界の都合だ。

きっとシゲル様のいた世界には、こちらよりも進んだ、魅力的なもので溢れてたんだろうな……

私が思わず肩を落とすと、シゲル様が慌てたように語り掛けてくる。

「っと、言い方悪かったな。勘違いしないでくれよ。時間が無いのは俺が好きでやってんだし、欲しいものはもう持ってんだ」

 

シゲル様はそう言うと、傍らにあったギターケースに手をかけた。

 

「起きて半畳、寝て一畳。天下とっても二合半。――俺にゃコイツがあればいい、ってな!」

 

そう言ってギターをケースを撫でるシゲル様に、私は深々と頭を下げた。

 

「――そんなシゲル様だからこそ、なにかの形で恩をお返ししたいのです。物でなくとも構いません。何かお金を使ってやりたいことなどはございませんか?」

「そうは言ってもなぁ、俺の欲しい音楽関係の道具なんかは国策として開発してくれてるんだろ?それで充分すぎるんだが……あ!」

シゲル様はそこで手を打った。何か思いついてくれたらしい。

「そうだよ!あれがあった!レベル4患者の支援!」

「――レベル4患者、ですか」

私は目を伏せる。

シゲル様がその存在に執心していることは知っていた。

 

――シゲル様は、まだ諦めていないんだ。

 

「俺の我儘聞いてもらって、延命措置に金だしてくれてんだろ?この金も使ってくれよ!何とかまたリベンジするまで持たせてほしいんだ!」

 

シゲル様は、既にレベル4患者の治療に失敗していた。

 

レベル3患者を治療した後、シゲル様はレベル4患者の治療に臨んだ。

レベル3患者と違って、生命維持装置に繋がれたレベル4患者は動かすことは容易ではない。シゲル様は病室にて何度も熱唱したが、その声に患者は反応しなかったのだ。

でもこの結果に、私たち関係者は失望しなかった。

だって、レベル4――深昏睡に陥った人間というのは、音を知覚できないのだ。

レベル4患者が生かされているのは、治療法を探すためというお題目や、かつて熱病から深昏睡に至るも回復したという稀有なケースを鑑みてのことだし――準備期間ということもある。

そう、準備期間だ。

遺族が、死を受け入れるための。

レベル4とはそういうことだ。治る見込みは、シゲル様の奇跡のような音楽をもってしても――はっきり言ってほぼゼロだ。

レベル3患者のように、『音が聞こえているけど反応がない』んじゃない。『そもそも聞こえていない』んだ。

いかなる音楽も無意味なのは、自明の理だ。

だからこの結果に肩を落としたのは、当のシゲル様だけだった。シゲル様はどうしてか私たちが思っている以上にレベル4患者を気に掛けていたらしく、その後も激務の隙間に幾度かライブを試みてくれていた。

でも当然、結果は同じ。

 

 

――だけど、シゲル様の目は諦めていなかった。

 

今に至っても。

 

「シゲル様のお金です。シゲル様の望むように使います、が……」

私は言葉を濁してしまう。

ハッキリ言えば、資金の無駄であると思えたからだ。

でも、口ごもる私にシゲル様は語り掛ける。

 

「……凛ちゃん。俺の経験から、一ついいことを教えてやるよ」

「はい?」

 

「悪あがきも悪かねえ!」

 

きっぱりと言ったシゲル様は、堂々と胸を張った。

「悪あがき、ですか?」

「おうよ!――たとえどう考えても詰んでるような状況だろうが、あきらめちゃダメなんだよ!どんなに絶望的だろうが、力の限り強がって、『絶好調だぜ』って言い続けなきゃダメなんだ!」

シゲル様の言葉には、不思議な確信が込められているようだった。

「どんなに、絶望的でも……」

「そうさ!」

 

「いいか、凛ちゃん。死ぬまでじたばた悪あがきをしてるとな、」

 

「――なんと!奇跡が起こることがあるんだぜ!」

 

――それは、この末期的な世に突如として現れた、目の前の人物のようで――

 

悪戯っぽく笑うシゲル様の言葉に、私は心が震えるのを感じた。

 

――そう。そうだ。

シゲル様が登場するまで、私たちはずっと『悪あがき』を続けてきた。昏睡病という絶対の死神に対して、何とか対抗しようとじたばたしていた。結局昏睡病はどうすることもできなかったけど、人類が今まで何とかまとまった数を残せていたのは、先人たちが積み上げてきた悪あがきのおかげだ。

その悪あがきの先に、シゲル様という奇跡が訪れた。

シゲル様はそんなつもりで言ったんじゃないだろうけど――私たちの頑張りは無駄じゃなかったと言われている気がして、自然と目が潤んでしまう。

 

「――シゲル様も、悪あがきを?」

涙を誤魔化すように、私は尋ねる。

「おう!そりゃすげえ悪あがきだったぜ!あがきにあがいて、遂に世界もはみ出しちまったくらいだからな!」

からからと笑うシゲル様に、私も微笑んでしまう。それなら、悪あがきに感謝感謝だ。

零れる前に涙を拭って、私はシゲル様から通帳を受け取ると、静かに頷いた。

「レベル4患者の延命措置に、全力を尽くさせていただきます」

「サンキュ!」

 

――ああ。この笑顔をみていると、いつか本当に奇跡が起こる気がしてくる。

 

いつまでも見ていたくなる、ステキな笑顔だ――

 

「……あ」

 

……けど、今からその顔を曇らせる報告をしなくてはならないことを思い出した。

う、どうしよう、言いたくない。

でもいつも報告してることを、今回だけは報告しないっていうのは不自然だ。いつまでも誤魔化したままでもいられないし……

ええい、しょうがない。

 

「えーと、シゲル様、前回のアイドルスターの反響なのですが……」

「おお!どうだった?!」

前回のアイドルスターは、シゲル様の要望によりこの世界の『クラシック』をメインに据えた回だった。放送にはゲストに神奈唄子さん、そしてクラシックに使われる楽器のスペシャリストを招き、万全の態勢で行われた。

シゲル様は非常に喜んだ。それはとっても素晴らしいことだ。ゲストの皆さんには感謝状を贈りたいくらい。

でも――

 

「その――ふるいませんでした!」

 

私は頭を下げて正直に言った。

「うそォ!?」

シゲル様が目を丸くする。

うう、心苦しい。

「いえ、視聴率はいつも通り九割を超えていたのですが――番組に寄せられたお便りは『もっとシゲル様の作った音楽が聴きたかった』が大半でして……『でもシゲル様が幸せそうだったのでOKです!』って書いてあるから、それはそれなんですが……」

「いやマジかよ?ヒルトスタインの名曲揃いだったんだぜ?唄子さんの歌もゲストさんたちの演奏も、流石プロって感じだったじゃねーか。ありゃ今後もっと上手くなるぜ。最高だっただろー」

「……『クラシックのすばらしさを再認識できました、ありがとうございます』という意見は『唄子さんの歌にうっとりしてる朱里ちゃんが可愛かった』と同率で全体の五パーセントほどです」

「もうちょっとあっただろ?!」

「残念ながら……」

首を振る私に、シゲル様は露骨に肩を落とした。

「――ヒルトスタインはマジで天才だぜ?俺の前世の偉大な作曲家にも全然引けをとってねえよ。みんな何も俺の曲ばっかり聞いてるこたねーんだよ」

そうはいっても、と私は思う。

蓬莱民にとってシゲル様はいわば神様なのだ。思考停止でその音楽を聴きたがるのも無理はないと思う。実際に、わたしもシゲル様の音楽ばかり聞いているし。

 

――それに、他の理由もある。

 

何故みんなが、シゲル様の音楽ばかりを聞きたがるか。

「――みんな、不安なんです」

「不安?」

「はい。今は人々に、過去を振り返る余裕が無いんです。前を向いていないと、心配でたまらないんですよ」

「何だってそんな――」

「――だって、『クラシック』を聞いても、昏睡病は治らなかったんです。二百年間、ずっと……」

「……」

「だから出来る限り、シゲル様のもたらした楽器や、音楽に触れていたいんですよ」

――だってもし、また昏睡病が発症してしまったら。

私が飲み込んだその言葉に、シゲル様は察しがついたみたいだった。

「――そうか。まぁ、そうかなぁ」

シゲル様は視線を落として呟く。

『音楽』そのものを愛しているシゲル様にとって、自分の曲ばかりがもてはやされる現状には言いたいところがあるのだろう。

でも、シゲル様が俯いていたのはほんのわずかな時間だった。

「――じゃあさっさと昏睡病を退治しねえとな!昏睡病なんてのが影も形も無くなっちまえば、辺りを見渡す余裕もできるだろ!」

そう言ったシゲル様は、勢い良く立ち上がるとギターケースを担いだ。

「よし、行くか!」

「ど、どこへですか?」

「ライブに」

「またですか?!午前中目いっぱいやったじゃありませんか!少しくらいお休みになってください!」

「机仕事に疲れたからライブにいくんじゃねえか」

「だ、ダメだ、話が通じない……!」

 

私は必死にシゲル様を引き留めたが、その足を止めることはできなかった。

 

今日も順調すぎるほどの速度で、蓬莱から昏睡病が消えていく。

 

 

 

 

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