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女子高生・神宮寺真美視点
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『――今日は皆に、ちょっと報告があるんだよ』
わたしはぼうっと夜空を見上げながら、シゲル様の言葉を聞いていた。
空を見上げているのは、涙がこぼれないように。
だって、シゲル様がこれから何を言うか、蓬莱人はみんな察しがついているから。
『こないだのアイドルスターでも言ったんだが――ついに、諸外国の準備が整った!』
『そして、蓬莱での治療ライブも、いまさっき全行程が終わった!』
――その言葉が意味するところは、まさに偉業だ。
シゲル様はついに、蓬莱の全レベル3患者を治してしまったということだから。
そして、それはつまり――
『つまり、いよいよ俺のワールドツアーが始まるわけだ!』
シゲル様の、旅立ちを意味していた。
『ってことで、シゲラジは今回でちょいとお休みになる。俺が帰ってくるまでな』
『ま、そんなに長くはかからねえさ!世界中が準備に骨折ってくれたからな!今までと同じペースでライブをすれば、なんと一年少々で終わっちまうってよ!』
一年。
蓬莱という一つの国にすら半年もかかったのだから、これはきっと破格の短期間なんだろう。各国は余程頑張って体制を整え、システムを組んだに違いない。あるいはシゲル様のライブ頻度が常軌を逸してるのかな。そのどちらもって気がする。
ああ、でも、一年は長いよ。
今は十一月。これから蓬莱には本格的な冬がやってくる。シゲル様という太陽抜きで冬を乗り切らなくてはならないと思うと、身体だけでなく心まで冷え込んでくるみたい。
本音を言えば、どこにも行ってほしくない。
でも……
私は友達のことを思い出す。
ヨッシー。ドラム好きの女の子。ヨッシーのお母さんはレベル3の昏睡病で、特療に入っていた。入ったのは、ほんの一年前だったかな。ヨッシーは随分落ち込んで、わたしたちは頑張って慰めた覚えがある。
だって、誰にとっても他人事じゃなかったから。
昏睡病という名の死神は、いつか必ず訪れる、避けられない終わりだった。
――シゲル様が現れるまでは。
ヨッシーはこのあいだ、一晩泣き明かしたような真っ赤な目で報告してくれた。
――お母さんが、帰ってくるって。
もちろん、シゲル様のライブのお蔭で。
まだちょっとリハビリは必要みたいだけど、それも直に終わるらしい。ヨッシーは泣き笑いのような顔で、「ドラムの置き場所探さなきゃ」って言ってた。
――心底嬉しそうに。
うちの高校だけでも、そんな生徒は沢山いた。
治療の日取りを今か今かと待っていた生徒は、数えきれないほどいたんだ。
じゃあそれが世界全部なら?
帰ってこれないお母さんは、帰りを待つ子供は、一体どれくらいいるの?
――もし私が外国人で、レベル3の母が居たら。
そう考えたら、とても甘ったれた我儘は言っていられない。
私たちにできるのは、シゲル様を声援と共に見送ることだけだ。
『――でもな、俺はこの一年、皆に期待してるんだぜ!』
ラジカセから響くシゲル様の言葉に、私は首を傾げてしまう。
……期待?
シゲルさまが、私たちに?
『一年経てば、蓬莱も結構変化があるんじゃねえかと思うからよ!』
『帰ってきたら、俺の知らない最高の音楽が流行ってるかもしれねえだろ?』
『そう考えると、ちょいと長旅に出るのも悪かないかも、ってな!』
シゲル様が楽し気に言う。
私は苦笑してしまう。賭けてもいいけど、シゲル様の音楽はずーっと流行しっぱなしだと思う。そう簡単に新しい音楽なんてものが生まれる筈がないし、それがシゲル様の音楽並みのクオリティを持ってるだなんてことはあり得ない。
でも、もし、シゲル様が帰ってきたとき――シゲル様の曲に並ぶほどの『最高の音楽』が蓬莱に響いていたら。
きっとシゲル様は飛び跳ねて喜ぶだろう。そういう方だもん。
『だから――ちょっとだけサヨナラだ、蓬莱の皆!』
『俺の音楽で、世界中の憂鬱を蹴っ飛ばしてくるぜ!』
シゲル様の別れの言葉に、堪えきれずに涙がこぼれた。
私はぐいっとその涙を拭って、もう一度空を見上げて――
それを見つけた。
「あ――」
「――流れ星」
大きな流星は、凄い速さで暗い夜空を断ち切って。
空の彼方に飛んでいく。
――シゲル様みたい。
そうだ。シゲル様は行くんだ。
皆の願いを乗せて、真っ暗闇を真っ二つ。
「――頑張って、シゲル様」
私は目を閉じて小さく呟くと、星に願いを乗せた。
どうか貴方の最高の音楽で世界を救って、そして――
――無事に、帰ってきてください。
眼を開くと、もう流れ星は見えなかった。
わたしは寂しさを振り払うように買ったばかりの相棒に視線を向けた。
テレキャスター。ぴかぴかのボディを見てると、自然と喜びがこみあげてくる。
――うん。この子がいれば、シゲル様のいない一年も何とか乗り切れそうな気がしてくる。
まだ、教本とにらめっこをしながらいくつかの簡単なコードを覚えただけだけど――それでも、音を出してるだけで最高に面白い。パワーコードをかき鳴らしてるだけで、この子は私を天国に連れて行ってくれる。
いくつかのコードを適当に組み合わせて、何となく曲っぽくするのがマイブームだ。しっかり上達したいなら、バレーコードとかをちゃんと弾けるように、もっと基本的な練習をするべきなのかもしれないけど――しょうがないんだよ。すぐ弾けるコード弾いてるだけで楽しすぎるんだもん。
そう。とにかく今は、この相棒と一緒に音楽をやるのが嬉しくてしょうがない。
『最高の音楽』なんかには及びもつかないけれど、ひたすら楽しいんだ。
……。
……あれ?
……最高の、音楽?
そういえば、シゲル様はアイドルスターの第一回で言っていた。
楽しければ、それが最高の音楽なんだ、って。
――じゃあ、今私がやってるのって――
閃くものがあった。
その閃きは急速に形を成して、ひどく私を魅惑した。
どうやっても、目を離せないほどに。
「……作れないかな」
口に出してみると、その閃きはますます私を引きつけた。
――私にそんな知識なんて全然ないけど。ただ音楽好きってだけだけど。
作れないかな。
――私にも、新しい曲が。
人が聞けばあり得ないっていうかもしれない。不遜だ、っていう人だっているかもしれない。素人にそんなこと出来るわけない、っていう人がほとんどかもしれない。
でも――
馬鹿馬鹿しくて、無謀なことかもしれないけれど――これって、なんだかとっても『楽しそう』!
じゃあそれって、『最高の音楽』ってことじゃない!?
――そうだよ!ついこの間まで素人だったはずの朱里ちゃんと青子さんは、もう滅茶苦茶成長してる!あっという間にぐんぐん伸びて、とっても楽しそうに音楽をやってる!
じゃあ、私にだって――!
一年間も、あったらさ!
「可能性くらい、あるよね!」
私には、シゲル様を見送ることしかできないけれど――
待っている間に、できることがあるかもしれない!
一年後、私の作った曲が奇跡的にシゲル様の耳に入った時、ほんの少しだけでも喜んでくれるかもしれない!
……ううん。違う。
シゲル様の為に、とか、そんなおためごかしは無しだ。
これはもっと単純な話で――
こんな楽しそうなこと、見ないフリはできないってこと!
「よぉし!」
私は急いでノートとペンを引っ張り出すと、さっき頭に浮かんだフレーズを書きなぐった。
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