アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第32話

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神宮寺真美視点

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「どうでしたか……?」

ステージ裏に仮設された控室――といっても四方に横幕の付いたただのテントだけど――に帰ってきたヨッシーに、理子ちゃんが恐る恐る尋ねる。

「……いやー、スゴイ盛り上がりだよ。あたしのドラムセットも大活躍」

観客席の偵察に行っていたヨッシーは笑いながら答えたけど、その笑みは誰がどう見ても引きつっていた。

引きつった笑みの理由は明白だ。盛り上がれば盛り上がるほど、それはそのまま後続へのプレッシャーとなってのしかかってくるから。

 

そう。校庭の仮設ステージは、今大盛り上がりを見せていた。正直偵察なんかに行かなくても、歓声の大きさでわかっちゃう。

 

今日はわたしたちにとっての大一番。蓬莱第四高校における、記念すべき第一回目の文化祭の日。

昏睡病から解き放たれ、エネルギーを持て余していた私たち学生によって提案され、紆余曲折の果てに府まで巻き込んだ大イベントとなった文化祭本番の日だ。

半日が経過して、文化祭は今のところは大成功といっても過言ではないと思う。

クラスごとに模擬店を開いたり、創作物を展示したり、楽器の演奏を披露したり――そのどれもが活況で、『祭』の字に恥じない盛り上がりを見せている。

お祭り効果か提供される軽食なんかの売り上げはかなりのものみたい。府肝入りのイベントになったから、かなりの予算があったのもクオリティアップの一因かな。

模擬店も凝った造りに出来たし、食材も良いものが仕入れられた。目玉イベントに使う放送機材に関しては、なんと蓬莱テレビから最新のものを借りることすらできた。

来場者を増やすためにあちこちの媒体で宣伝もされて、驚くべきことにトライアングルラジオでもちょっとだけ触れてもらえた。

私たちもあちこちのお店にお願いして張り紙をさせてもらったりしたから、それも効果があったと思いたい。

お姉ちゃんも「張り紙手伝うよ!」って言って休日に張ってきてくれたんだけど――後で回収に行かなくちゃならないから場所確認したら、狭い路地とかだった。心当たりのお店にはとっくに張り紙がされていたらしい。

野良猫くらいしか見ないよあんなとこ。自分で回収してもらおう。

 

とにかく学校ぐるみで予算たっぷり、宣伝バッチリの歩行者天国をやってるようなものだから、そりゃー盛り上がる。

生徒たちも来場者も力いっぱい楽しんでるみたい。うんうん、大変結構!

 

でも、人生最大の緊張を迎えている面々もいる。

 

具体的には、文化祭の目玉となるイベント、学校生徒による『ライブ』。その出演者で――

 

「なんで、なんで大トリを務めるハメになっちゃったんですか……」

「真美が悪いんだよ……」

「た、確かにくじ引いたのはわたしだけど!今更そんなこと言ってもしょうがないでしょ!」

 

――厳正なるくじ引きの結果、大トリを務めることになったわたしたちのことだね!

 

 

「――ま、まぁそんなに緊張することないって!所詮学生のパフォーマンスだってことはお客さんみんな分かってるんだから」

肩を落とす理子ちゃんと、じとっとした目を向けてくるヨッシーから視線を逸らしながら私は言う。

「で、でも、ライブの反響次第で来年以降『文化祭』が開催されるかが決まるって噂が」

「いやぁ、流石に素人ライブの出来でそんな大事なこと決めないでしょ」

「でも府からの予算がなくなる、なんてことはあり得るんじゃないの?」

ヨッシーの疑問の声を、私は笑い飛ばす。

「あはは、大丈夫大丈夫。文化祭自体がこれだけ盛り上がってるんだからさ、」

 

「――あったとしても、予算の減額くらいでしょ」

 

「それ充分大ごとじゃん!」

 

ヨッシーがそう突っ込んで頭を抱えて、理子ちゃんは涙目で詰め寄ってくる。

「わ、わたしたちのせいで来年の文化祭がしょっぱくなっちゃうなんてやだよ!どっ、どうしよう真美ちゃん」

理子ちゃんががくがくと私を揺さぶってくるけど、

「どうするもこうするも……練習してきたことするしかないでしょ!」

私としては、そう言うしかない。

「今からでもコピーにするって手もあるよ?ほら、ロケットあたりは皆やれるでしょ?」

「ゆるさーん!」

ヨッシーの逃げ腰にはもちろんノーを叩きつける。

高校生活最後にやってきた、こんな大舞台!一歩でも退いたら女がすたるってもんでしょ!

「でも真美ちゃん、観客さんってきっとシゲル様の曲だからこれだけ盛り上がってるんだよ?ここで私たちが『オリジナル楽曲』なんてやったら……」

「大滑りしそうだよね」

「大トリで大滑り!ド派手で結構なことじゃない!」

私はそう言って胸を張ってみせる。

 

「確かに、私たちの作った曲は拙いかもしれない!っていうか比較対象がどうしてもシゲル様になっちゃうから、ハッキリ言って拙いよ!演奏する私たちだって、楽器練習してまだ一年経たないし!」

「じゃ、じゃあ――」

 

「でも!」

 

「皆で曲作るのも、歌詞書くのも、練習するのだって、最高に楽しかったでしょ!?」

「それは――」

「否定できない、けど」

「シゲル様は言ってたよ。『上手い下手は関係ない。楽しければそれが最高の音楽だ』って」

 

「みんなで『ほうき星を捕まえて』を練習してた時間が、わたし、最高に楽しかった!だからきっと、出来栄えなんか関係なくて――」

 

――熱弁の最中、私の脳裏を過ったのは、三人で曲作りを始めた時のこと。

 

 

 

 

 

 

『ねー真美。このタイトルよく分かんないんだけど……なんでほうき星を捕まえるわけ?音楽と何の関係があるの?』

 

『え?だって、ほうき星――流れ星ってのは願いを叶えるものでしょ?』

 

『あー、うん。まぁ迷信だけどね』

 

『で、今世界中の人の願いを叶えてくれたのは、シゲル様の音楽だよね』

 

『そうですね……昏睡病をなんとかしたい、という人類共通の願いを、シゲル様の音楽は叶えてくれました』

 

 

『そうそう!だから、タイトルのほうき星っていうのは――』

 

 

 

 

 

 

 

「これが私たちの、『最高の音楽』なんだよ!」

 

 

 

「こーんな大舞台なんだよ?私たちが掴む『ほうき星』を、みんなに見せつけてあげようよ!」

 

 

私は二人の目を見ながら、本心だけを語った。

――バンドは一心同体。一人欠けたら成り立たない。

だから、私は二人を信じるしかない。

 

「……やれやれ。真美は言ったら聞かないからなぁ」

 

ヨッシーが肩を竦める。

 

「――うん。そうですよね、真美ちゃん。その為に、頑張ってきたんだもんね!」

 

理子ちゃんが、ぎゅっと拳を握りしめる。

 

よし、二人とも覚悟を決めてくれた!

これで――大滑りしたとしても、ダメージは三分割されるだろう。

私が心の中でにやりと笑うと同時に、ステージで鳴り響いていた曲が止まり、大きな拍手の音が響いた。

いよいよ私たちの前のバンドが、曲をやり終えたんだ。

 

 

「あー、緊張したね!」

「ホントに!」

よろめくようにして控室に引っ込んでくるのは、明日花ちゃん、雪子ちゃん、麗佳ちゃん――見慣れた友人たちの顔だった。

「おっ、嘔吐しそうでしたわ……!」

ふらふらしながら机の上にフライングVを置いて、麗佳ちゃんがすごい台詞を吐く。

「おつかれー。ボーカルもギターもすごかったよ麗佳ちゃん。テクニックは第四高校一だよね」

「ふ、ふふん。もっと褒めてくださってもよろしくってよ?」

麗佳ちゃんはおほほと笑って胸を張る。

でも、その顔色はまだ白いままだ。

「……やっぱりプレッシャーすごい?」

私の問いかけに、三人は揃って頷いた。

「嘘吐いてもしょうがないから言うけど、もう足ガクガクになるよ」

「観客席のツッキーの笑顔が恨めしかったわよ」

「……シゲル様の楽曲を芸として観客に披露するのですから、ミスは許されませんもの」

「そこまで思い詰めてるのは少数派だと思うけどね」

麗佳ちゃんのセリフに、明日花ちゃんと雪子さんは苦笑いを浮かべる。

まぁでも、麗佳ちゃんの言っていることは一理あるんだと思う。校内で行われたリハーサルとは比較にならないほど、出演者の皆はガチガチだったから。

……流石の私も、出番を目前にしてかなり緊張してきちゃったよ。

 

そんな私の様子を見て、麗佳ちゃんはつんとすました顔で腕組みした。

 

「でも――貴女方は精々リラックスしてやればよろしいのですわ。だってシゲル様の曲じゃないし。どれだけミスしても「そういう曲です」って言えばまかり通りますわよ」

無茶苦茶なことを言う麗佳ちゃんに、私はちょっと笑ってしまう。

ふふ、でも確かにそう考えたら気が楽かも!

それに、曲を披露するのも今日が初めてってわけじゃない。しょっちゅう学校の体育館で練習してたし、リハーサルもしたから、校内の皆には結構聞かれたりしている。

その時の皆の反応から考えるに、完全に無謀な挑戦ってわけではないはず!

……多分、きっと。

でも、シゲル様の曲と比べたらなぁ……

 

ちょっと顔を覗かせた弱気がまた表に出ていたのか、麗佳ちゃんは私の表情をちらりと伺って、

 

「……わたくし、結構好きですわよ。『ほうき星を捕まえて』」

 

そっぽを向いて、小さな声でそう言ってくれた。

「――ありがと!」

「ふん!」

麗佳ちゃんは顔を赤くすると、慌てたように足早に去っていく。テーブルにフライングVを置き忘れたまま。

ふふふ。すごい照れ屋さんだよね、麗佳ちゃんって。

でも、最後に最高の弾みをつけてくれた!

「あー、麗佳ちゃん待って待って」

「頑張ってね、真美ちゃん!また今度一緒にカラオケ行こうね!」

「うん!楽しみにしてる!」

 

控室を去っていく皆を見送って――いよいよ、私たちの出番がやってくる。

 

ヨッシーと理子ちゃんが真剣な表情で立ち上がる。うーん、これだけシリアスな顔をした二人は珍しいよ。やる気に満ちていて期待できる。

――でも、ちょっと足りないものがあるよね!

えーと、どうしたらいいかな。どうやって引き出せば――あ、そうだ。

「ねえ二人とも。――あのセリフ、言ってみない?」

「え?」

「あのセリフ、ですか?」

「ほら、シゲル様ってよく言ってたでしょ。曲を始める前にさ!」

私の言葉に、二人ともピンときたみたいだった。

「あー、あれね!」

「なるほど、今にぴったりのセリフですね!」

二人はそう言って、花咲くような笑みを浮かべた。

――良し、やっぱり困った時のシゲル様だよ!これで足りないものは一つもない!

 

私たちは手を重ね合わせると、力強くその言葉を口にする。

 

 

「「「楽しんでいこうぜ!」」」

 

 

 

 

 

 

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何となく足を向けてしまった蓬莱第四高校の校庭で、俺は後悔していた。

文化祭。思い出深いイベントだった。大勢の前で演奏したのは、文化祭が初めてだった気がする。

――あの時、俺は何を考えて演奏していたんだったかな。

古い話だ。どうにも思い出せない。

高校生たちが、初々しい演奏を披露している。

それ自体は、素晴らしいことだと思う。たった一年足らずの経験しかないとは思えないほど上手な女子高生もいる。

よほど熱心に練習したんだろうな。音楽に夢中になってくれたことは、素直に嬉しい。

 

だが――

 

「……俺の曲、俺の曲、俺の曲か」

 

どこまでいっても、そればかりだ。

 

プレイヤーが違うわけだから、そりゃあそれなりの楽しみ方はある。

だが、結局のところは聞きなれた、やり慣れた曲だ。

どの曲をとっても、この一年でうんざりするほど演奏したから――初心者らしいちょっとした拙さが、妙にひっかかりやがる。

こんなつまんねえこと、考えたことなんてなかったはずなのに。

 

 

『終わらない旅』をやり終えて、ほっとしたように頭を下げる女子高生たち。

確かに目立ったミスはなかった。そう。ミスはなかった。結構難しい曲だからな、大したもんだ。

――だが。

……。

 

気が付けば、次で最後らしい。

 

 

ステージに上がったのは三人組。オーソドックスなスリーピースバンドだ。

取り立てて、変わったところは無いように見える。

きっとまた、俺の曲をやるんだろう。

 

 

 

……

 

 

 

ああ、なんだか――

 

俺は、生まれて初めて、音楽が――

 

 

 

 

「えーと、演奏する前に、皆さんに謝らなくてはならないことがあります!」

 

 

――急に、ギターの女の子がそんなことを言い出した。

 

これまでの出演者は、こんな風に口上を述べることはなかった。観客たちも首を傾げている。

 

「シゲル様の曲を楽しみにしていた方、申し訳ありません!これからやる曲は、私たち三人が考えた『新曲』です!」

 

――え?

 

「最後の最後に肩透かしになってしまうかもしれませんが――精一杯頑張りますので、聞いていただければ幸いです!」

 

……新曲?

 

新曲って――マジで?

 

「いきます!『ほうき星を捕まえて』!」

 

――マジかよ!!

 

 

 

 

三人の女子高生たちは、元気いっぱいに演奏を始めた。

 

知らねえナンバーだ。

知らねえイントロだ。

 

当たり前だ――『新曲』なんだから!

 

「――はははっ!」

 

鼓動が高鳴る。

エイトビートが魂を震わせる。

パワーコードが力をくれる。

俺は前のめりになって、『新曲』に耳を傾けた。

 

 

 

 

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楽器たちの音色が、ボーカルの歌声が、俺に色々なことを伝えてくれる。

 

ドラムは多分今日見てきた中で一番巧いことを。

ベースは平均的だけど、基礎がしっかりしてることを。

ギターはかなり頑張ってるけど、歌も演奏も技術的にはさっきのバンドの娘にちょっと負けちまうことを。

総合的なテクニックを見ると、いくつかのバンドに上をいかれていることを。

 

そして――

 

 

――細かいこと全部吹っ飛ばす、抜群のグルーヴ感を!

 

 

『バレーコードは、苦手なの!』

『明日の私に、任せましょ!』

 

 

そんな歌詞に、俺は思わず笑ってしまう。

久しぶりの――心からの笑いだ。

ははは!確かにテクはまだまだだよな。

だけどよぉ、お前さんたちには、そんなの関係ないくらい――

 

 

 

『――今日のところは、』

 

 

 

 

『自慢のハートで、勝負を賭けるわ!』

 

 

 

 

そう、そうだよ!

 

何より光る、そいつがあるぜ!

 

お、サビくるか!?

肝心要だぞ、どうなる!?

 

 

 

『準備オッケー、今行くわ!』

 

『流れる星に、憧れて!』

 

『ギター一本担いで、夜を駆けだすの!』

 

 

 

――いいぞ。

 

 

 

『準備オッケー、今行くわ!』

 

『流れる星を、捕まえに!』

 

『パワーコード一つで、胸を張ってやるの!』

 

 

 

いいぞいいぞ!

 

分かるぜ!今、最高に楽しんでるのが!

音楽が、面白くてたまらないのが伝わってくる!

 

ああ、痺れちまうよ!

 

――今のお前さんたち、

 

 

『準備オッケー、今行くわ!』

 

 

どんな粗も蹴散らすくらい――

 

 

 

 

 

『――流れる星を、追い越して!!』

 

 

 

 

 

――ノッてるじゃねえか!!

 

 

 

 

 

おお、ギターソロ!ははは、やるじゃねえか!目いっぱい背伸びしたな!

――あー、おしい!ブリッジミュート力み過ぎてるんだよお前さん!でもいいぞ、最高だ!

本当に、最高だよ!

っと、そろそろ終わっちまうか!?

多分そろそろ、最後の歌詞が――

 

 

『せいいっぱい、歌って!』

 

 

『めいっぱい、奏でて!』

 

 

 

『いつか!誰かの、願いになるのよ!』

 

 

 

――。

 

ギターが最後の一音の余韻に震えた。

 

笑みを浮かべた観客たちが拍手を始める。大きな拍手だが、熱狂的な拍手ではない。微笑ましいものをみた、といった感じの拍手だ。

確かに、曲としての出来栄えは良くも悪くも高校生。楽器を初めて一年と考えれば十分な出来栄えだが、観客を熱狂させるほどの力はまだ無い。

 

 

だから、狂ったように手を打ち鳴らしているのは俺だけだ。

 

 

 

 

 

――ああ、なんて、なんて楽しかったんだ!

 

音楽ってのは、やっぱり死ぬほど――いいや、死んでも楽しい!!

 

心の底から、喜びが溢れてくる!居ても立っても居られねえ!

全身に漲るエネルギーが、弾けて溢れちまう!ラストライブの奇跡の比じゃねえ!

 

――なんてこった!女子高生が、たった三分で俺を救ってくれた!

 

ライブ前のくさくさした気分は、もう影も形もない。最高のロックンロールが、宇宙の果てまでぶっ飛ばしてくれた。

俺は喜びに天まで飛び上がりそうな身体を必死に押さえつけ、俺を救ってくれたヒーローたちの顔を見る。

 

いつの間にか空は晴れ渡っていた。降り注ぐ秋の陽ざしの下、三人は満面の笑みでハイタッチをしている。

その顔には、使命感なんてものは一切無い。誰かを救いたいだなんて覚悟も見えない。

――ただただ、楽しそうだ。

 

……そうだ。

そうじゃねえか!

それでいいんだよ!

なんで俺はこんな簡単なことを――音楽のイロハのイを忘れちまってたんだ!?

 

頭の中の霧が晴れたようだった。

 

おれはうじうじしていた五分前までの自分に言ってやった。

 

 

ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえ!小賢しいんだよ俺の癖に!終わっちまったことグダグダ言ってどーすんだよ!

 

 

『世界中に溢れかえる音楽に、いつまでだって触れていたかった』だぁ?

 

確かに俺は死んだ。それはもうどうしようもねえ。今更あっちの世界で復活もできねえから、向こうの音楽に触りようもねえ。

でもよ!弁天様のお蔭で俺は今ここにいて、心臓が確かに動いてやがる!未来がある!わくわくする音楽なんて、次から次へと生まれてくるんじゃねえか?!

だってよ、ただの女子高生がこんな新曲書き上げたんだぜ?!それも、たった一年足らずでだ!

 

それなら、来年はどうだ?再来年は?五年後は?十年後なら!

 

きっと、絶対――俺の知らねえ最高の音楽が、世界中に溢れてるぜ!!

 

まだ見ぬ新曲が未来で待ってると思うと、胸の鼓動が駆け足しやがる!

 

 

『馴染の面子で、もっとライブをやりたかった』?

 

しゃらくせえ!面子はこれからひっつかまえて――今日にでも、最高のライブをぶちかましてやるぜ!

 

 

レベル4患者相手にな!

 

 

そうさ!おれの悪あがきはここからだぜ、弁天様よ!

 

確かに今、患者の魂とやらは『そこ』になくて、機械に生かされてるだけかもしれねえ。弁天様が言うんだから、間違いねえんだろう。

 

 

――でも、『どこか』にあるってんなら、取り返してやればいいじゃねえか!

 

 

例の神様が、どこにあいつらの魂をもっていっちまったが知らねえが――

 

 

今の俺の音楽はきっと、何もかも超えてそこまで響くぜ!

 

 

ああ――我慢できねえ!

 

今すぐにでも、レベル4患者の元へ走っていきたい!

 

 

 

――だが。

 

今にも特療に向かって走り出しそうな足を、俺はまだ必死に抑える。

 

まだだ。まだ早い。

 

俺の最高の音楽をやるためには、ピースがちょいと足りてない。患者の元へ駆け出す前に、そっちの都合をつける必要がある。

だからまずは、その準備の為にこの学校を後にしなくてはならない。

 

 

 

――とはいえ、だ。

 

 

 

 

この寄り道を見逃したら、俺はもう櫻崎シゲルじゃねえぞ!

 

 

 

 

 

 

ついに俺は駆け出した。

 

ステージへ向かって。

 

 

 

 

 

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