アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第34話

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緋崎朱里視点

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浅黄さんのキーボードの余韻に、少しだけ身を任せて――ぼくたちは満足げに顔を見合わせる。

「――良い感じだったよね!?」

「ええ。バッチリ決まったわね」

「これで『終わらない旅』も二バージョンいけますねー」

仕事の合間を縫ってバンドの練習をするのは、もうぼくたちにとっては日常だった。練習した曲は番組で披露できるから、趣味と実益を兼ねた素晴らしい習慣だ。

でも、今練習していたのは当面披露する当てのないバージョン。

シゲル様のギターが入ることを想定して編曲されている『終わらない旅』だった。

そう。「一曲でもセッションできるようになってたら嬉しい」と言って旅立たれたシゲル様の期待に応えんと、ぼくたちは燃えに燃えているんだ。

その燃え盛る情熱のおかげか、曲を覚えるのはかなりのハイペース、だと思うんだけど……

「……ごめんね、浅黄さん。負担凄いでしょ?」

ぼくは浅黄さんに謝る。

ぼくと蒼子さんも曲によっては構成が多少変わるからそれなりに大変ではあるんだけど、浅黄さんはその比じゃない。すべての曲で役割が変わってくるからね。ぼくたち二人のペースに合わせるのは、音楽経験者と言えどかなり無茶なんじゃないかと思う。

――でも、浅黄さんの笑みに疲労の色は無い。

「うふふ。楽しくやらせてもらってますよー」

その言葉の通り、心底楽しそう!

うーん、やっぱりキーボードもかっこいいよねぇ。なんていうか表現の幅が広くて、自由自在な感じ。ぼくもちょっと触ってみたい。でも音の管理とか切り替えとか難しそうなんだよなー。

……うん、やっぱり当面はベース一筋、浮気無しでいこう。今蓬莱テレビは日の出の勢いで、バンド練習ができるスタジオも増築されたけど――その分番組も滅茶苦茶増えたから、ぼくたちが練習に使える時間は限られてるし。

「このスタジオ十五時までしか押さえてないんだっけ?」

「鈴さんはそう言ってたわよ」

「うーん、消化不良。今ノッてるから、どこかでもうちょっと練習したいなぁ」

「まぁ、同感ね」

「カラオケボックスでも行きますー?もしかしたら練習室が空いてるかもですよー」

「かなりの幸運が必要そうだなぁ」

カラオケボックスの人気はまだまだ衰える様子が無い。店舗はそこそこ増えたけど、練習室のある人気店はいつも満室だ。

「それじゃあとりあえずお店まで行ってみて、練習室が空いてなかったらただのカラオケに予定変更っていうのはどうですー?」

「あ、妙案だね」

「久しぶりに三人でカラオケっていうのも悪くないわね」

うんうん。有り難いことに最近はぼくたちテレビやラジオに引っ張りだこで、中々三人で遊ぶってことも少なくなってたもんね。ま、番組に呼ばれるときは大抵『トライアングル』としてだから、ほとんどいっつも一緒なんだけど。

 

でも出来れば練習室が空いてるように祈っておこう。なむなむ。

 

 

――ぼくがそんな風に、適当に祈りを送った瞬間だった。

 

 

突然、どがん、とスタジオの扉が開いたのは。

 

ぼくたちはびっくりしてそちらを見る。なんだかデジャヴだ。いつかみたいに、また鈴さんが突っ込んできたのかもしれない。

でも、違った。

今回飛び込んできたのは――

 

 

「よう!久しぶりだな!」

 

 

世界の英雄だった。

 

「「「――シゲル様?!」」」

 

薄っすら汗をかき、息を荒らげたシゲル様が、にっと笑って近寄ってくる。

 

あ、あわわわわ!

 

ほ、本物?!なんでシゲル様がここに?!ツアーは予定より早く終わりそうだとは聞いていたけど、まだ海外の筈じゃ?!

色んな疑問が頭に浮かんでくるけど、ぼくたちは久しぶりの生シゲル様の破壊力に言葉が出ない。完全に不意を突かれたこともあって金魚状態だ。

それに――なんか笑顔が以前にも増して眩しい気がする!っていうか物理的に輝いてない?!久しぶりに会ったからそう感じるだけなのかな?!

でもとにかく、きらきらオーラに圧倒されて身じろぎもできない!

 

「色々話したいことはあるんだが――その前に一つ聞かせてくれ!」

 

「は、はい!」

 

突然現れたシゲル様の突然のセリフに、金縛りから解放されたぼくたちは揃って首を縦に振る。こちらも聞きたいことが沢山あるけど、シゲル様の質問が最優先だよ!

 

「俺が残していったバンドスコアあるだろ?!十曲くらい書いてあったヤツ!どれでもいいんだ!通しで出来るようになった曲ねえか?!」

 

そのシゲル様の言葉に、ぼくたちは視線を交わし合う。

通しで。クオリティを問わないというのなら、その答えは一言で済む。

だって、今しがた――

 

「「「全部いけます!」」」

 

最後の一曲をやり終えたから。

 

シゲル様は、ぼくたちの言葉に一瞬目を丸くすると、

 

「――すげえな、お前ら!」

 

最高の笑顔で、そう言ってくれた。

ぼくたちは、その言葉に思わず笑みを浮かべてしまって――

 

「愛してるぜ!」

 

予想外のおまけに、ゆでだこ三姉妹になった。

 

 

 

 

 

 

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駿河凛視点

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『――ってわけでよろしく頼むぜ!俺はちょいと三人と合わせてみるからよ!』

「万事お任せください!」

『サンキュー!』

素晴らしく弾んだ声を最後に、電話が切れた。

私は一度受話器を下ろすと、深呼吸。

 

シゲル様からの突然の電話。

 

『凛ちゃん、リベンジだ!押しかけアンコールだ!』

 

そんな滅茶苦茶なセリフから始まった会話を要約すると、つまり――

シゲル様は、昨日の今日でまたレベル4に挑むということだった。

それも、トライアングルを引き連れて、ライブの規模を拡大して。

疲れ切ったシゲル様を目の当たりにした私としては、本来なら昨日のように引き留めるべきなんだろうけど……

 

気が付けば、私は二つ返事でその頼みを引き受けていた。

 

……だって。

 

何があったのかは知らない。

打ちのめされたシゲル様を見てから、たった一晩しか経っていない。

でも、とにかく――

 

シゲル様は、完全復活してる!

空元気なんかじゃない!電話越しだけど、それは絶対に間違いない!

 

だって、声を聴いてるだけで、元気を貰えたから!

 

 

私はシゲル様の望みを叶えるべく、下ろしたばかりの受話器を上げると、親友の電話番号をプッシュする。

 

――良し!繋がった!

 

「遥ぁ!坂見台の特療に、野外ライブ用の機材一そろい用意できる?!」

挨拶抜きに、私はそうまくしたてる。

『……なによ、藪から棒に。アレって数が少ないし今引っ張りだこなのよ。時間をもらえれば可能だけど』

「三時間以内に!」

『寝言は寝て言いなさいよ』

「シゲル様の要望なのよ!」

『二時間で手配するわ』

当意即妙!流石親友だわ!「どういうこと?!」とか「シゲル様帰っておられたの?!」とか余計なセリフが一切ない。

恐らく遥は持てる全ての手段を用いて、最速で自らの言葉を実現するはず。詳しい話は現地ですることだけを告げて、私は慌ただしく電話を切る。

 

さぁて、こっちはこっちで鉄火場よ!

 

まずは特療に電話ね!

 

 

 

 

 

 

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坂見台の特療はコの字型をしている。中央には広い中庭があって、患者全員に聞こえるような即席のステージを作るとすればここしかない。

今その中庭で、蓬莱テレビの精鋭たちが、恐るべき速度で機材を設置している。

休日出勤となったスタッフも多いが、どいつもこいつも全身に最大限のやる気を漲らせている。あらゆる予定をキャンセルして馳せ参じたスタッフたちの顔に浮かんでいるのは、「日も暮れたってのに休日に勘弁してよ」の憂鬱ではなく、「よくぞ私を選んでくれた!」という喜びだ。

当然よね。私だってそうよ。

シゲル様のお役に立てるのは勿論――役得も待ってるんだから。

「――ところで遥、最新のPAをよくもまあこんな速度で用意できたわね」

無茶な注文に想像以上のクオリティで応えてくれた親友に、私は感謝の眼差しを送る。

「タイミングが良かったのよ。今日って第四高校で文化祭があったでしょう?機材はウチから貸し出していたから、撤収を早めてこちらに持ってきたってわけ」

「へー。そういえば府の肝入りでそんなイベントやるって言ってたわね」

なんか学生たちがライブやったりするって言ってたけど、上手くいったのかしら。

 

「それにしても、久しぶりにシゲル様にお会いするけど――」

 

PAスピーカーの角度についてスタッフと話をしているシゲル様を見て、遥はうっとりと目を細めた。

 

「――更に輝きを増しておられるわね」

 

「――!」

 

その言葉を聞いて、私は無意識のうちに遥の肩を掴んでガタガタ揺さぶっていた。

 

「と、とうぜっ、当然でしょ!だって――」

 

「シゲル様だもの!」

 

何故か、涙がこみあげてくる。

 

「なっ、なにをそんなにいきり立ってるの凛っ。ちょっとやめて、目が回る!」

「――あっ、ごめん」

 

思わず力が入り過ぎたみたい。

ふらふらする遥に謝罪していると、

 

「おー、凛ちゃん、遥さん!いやあ、二人とも無理聞いてもらって悪かったな!」

 

シゲル様が、眩しい笑顔で語り掛けてきた。

 

私たちは即座に姿勢を正すと、頭を下げる。

「とんでもございません、シゲル様!」

「勿体ないお言葉です。シゲル様のお力になれるのであれば、これ以上の幸せはございません。――ですが、」

 

「誰かさんから昨日のうちに帰国の報を受けていれば、もっとスムーズに事を運べたのですが」

 

うっ。遥がこちらに『なんで即座に教えなかった』の視線を向けてくる。

し、仕方ないでしょ。国家機密みたいなもんよ。

「はは、凛ちゃんを責めるのは無しにしてやってくれよ。俺に気ィ使ってくれたのさ」

うう、シゲル様のフォローが五臓六腑に染みわたる。優しい言葉をかけて頂けるだけで、脳内麻薬がドバドバでる。

「空港も大ごとにならねえようにって、出迎えてくれたのも凛ちゃんくらいだったから――」

 

そこでシゲル様はポンと手を打った。

 

「――そういや言ってなかったな!」

 

え?

何のことだろう、と首を傾げる私を、シゲル様はまっすぐに見つめて、

 

 

「ただいま、凛ちゃん!」

 

 

そう言った。

その瞬間、様々な感情が、私の心を激しく動かした。

言いたいことが、伝えたいことが沢山ある。

感謝、いたわり、喜び――支離滅裂に全ての言葉を口にしたくなるけれど、私はぐっと堪えて、

 

「――おかえりなさい!シゲル様!」

 

胸にこみ上げてくる万感の思いを、その短い言葉に全て込めた。

 

私の答えに、シゲル様はサムズアップを返してステージへと向かっていく。

 

「――陽が昇るわ」

 

その後ろ姿を見ながら、私は呟いた。

 

「だいぶ前に落ちたでしょう?」

 

遥が「何言ってんだこいつ」って顔でそう言う。

当たり前のことを、当たり前のように。

――だけど。

 

「でも、昇るの」

 

私は反論していた。

だって――

 

 

「今日はここから、二度目の日の出よ」

 

 

今。山の向こうに落ちた太陽が、夜と道理を蹴っ飛ばそうとしている。

そんな予感があったから。

 

 

 

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全ての準備は整い、病室の窓が開け放たれた。

いよいよライブが始まる。

生唾を飲み込む私の視線の先で、シゲル様はマイクを手に取り、息を吸い込むと――

 

「――昨日はつまんねえ演奏を聞かせちまって悪かったな!」

 

開口一番、そんな謝罪を口にした。

殆どの人が頭の上に疑問符を浮かべている。無理もない。その言葉の意味が分かる人は、ごく限られているから。

シゲル様が昨日ここでライブを行ったということを知っているのは、私や、施設側のスタッフ数名だけだ。

でも、シゲル様の謝罪は、私たちに向けられたものじゃない。

――光も音も届かない人に、語り掛けてる。

 

「俺はつくづく反省したぜ。あんなライブじゃ、確かに寝てた方がマシだ」

 

シゲル様はそう言って肩を竦める。

私としてはその言葉は否定せざるを得ない。

あのとんでもない音楽を聞きながら眠ったままでいるには、脳死する必要があると思う。

例外はレベル4患者だけだろう。

 

そして次にシゲル様は、

 

「――まぁ俺も、時差ボケぐらいはするからよ、」

 

照れたように冗談めかした言葉を続けると――

 

 

「今日のライブで挽回するから、笑って許してくれよな!」

 

 

最後に、そう言い切った。

 

『笑って許してくれ』と。

その言葉の意味するところを察して、私は震えを堪えきれない。

ネガティブな感情からおこる震えじゃない。

喜びに震えているんだ。

例え理屈では不可能だろうと――「きっとそうなる」って、体が言ってる。

 

 

「――朱里、蒼子、浅黄!準備オッケーか!?」

「「「オッケーです!!」」」

呼び捨てにされた三人が、即座に、力強く声を合わせた。

 

「よおし!」

 

シゲル様が笑う。

 

夜を溶かすように。

 

そして――

 

 

「さぁ――楽しんでいこうぜ!」

 

 

いつものセリフと共に、ライブが始まった。

 

 

 

 

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いよいよ始まったライブに、私は耳を澄ませて――「ハッキリ言えば、昨日聴いた音楽に比べれば完成度は落ちる」と思った。

だってリズムセクションが楽器初めて一年経ってないんだもん。そりゃそうよ。トライアングルは素人目にも凄い才能と情熱を持ってると思うけど、当然シゲル様には及ばない。

 

でも、わかった。理屈抜きに、理解できてしまった。

 

ああ――シゲル様のやりたかったのはこれなんだ。

 

完璧じゃないけど、最高なんだ。

ベースの力強い重低音が。ドラムの軽妙なリズムが。流れるようなキーボードの調べが。

そしてシゲル様のギターと歌が。

活きた音の全てが一つになって、私に『ライブ』という言葉の本質的な意味を直感で教えてくれるけどイヤもう小賢しいわ!そーゆー話とかどーでもいいから!

 

 

とにかくキャー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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一曲目のサビに差し掛かった時点で、最早誰もこのライブの目的を覚えていなかった。

患者のバイタルをチェックしなくてはならない筈の医療スタッフは、施設の窓から身を乗り出して、黄色い叫びを上げ続ける。

シゲルの背後で事態を見守っているはずの凛や遥、機材を運び込んだスタッフたちは、『演奏の邪魔にならないように、僅かでも音を遮らないように』という誓いを刹那の間に忘却。「まえからみたほうがよくみえるし、よくきこえるよ!」という溶け切ったIQの意見に「てんさいじゃん」と手を打って、あっという間に中庭へと回り込んだ。止めるものは一人もいない。

もはや猿叫といっても過言ではない歓声を、しかしシゲルの歌声とPAから迸る生演奏は真っ向から飲み込み、最高の音楽を響かせ続ける。

 

 

朱里が笑う。相棒のベースをかき鳴らすことが――シゲルと、友達と、観客の皆と一緒に最高のライブをやれるのが、楽しくてしょうがないから。

 

 

青子が笑う。全身と音が繋がっているような感覚が、たまらなく気持ちいいから。

今まさに、夢を叶えているから。

 

 

浅黄が笑う。

浅黄はシゲルに「愛してるぜ!」と言われてからずっと笑っている。

休みなく。

 

 

凛が、遥が、スタッフ達が笑う。一秒ごとに『人生最高の瞬間』を更新し続けているから。

笑わずには、黄色い声を上げずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

シゲルが笑う。

 

音楽を、やっているから。

 

 

 

 

夜闇を貫き、最高の音楽が響き渡る。

 

この日、この時、この場にいる全ての人が、ライブを楽しんでいた。

 

 

 

――そう。

 

余りにも楽しすぎて。

 

 

 

 

 

 

患者の脳波が甦ったことに、その場の誰もが気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

「――センキューッ!!」

 

 

 

 

 

シゲルの感謝の言葉と同時に。

 

患者たちに、朝がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちなみに翌朝、枕元のサイン入りギターを見た真美は学校を休んで病院を受診した。

「夢の中の世界に囚われることに成功したんです!覚めないでいられる方法ありますか?!」と尋ねる真美を、医師は白い目で見た。

 

 

 

 

 

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