アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

35 / 42
第35話

坂見台でのライブを終えたその日、シゲルは最高の気分で眠りについた。

ライブの余韻がまだ全身に残っていたが、心地よい疲労感が速やかに眠りへと誘ってくれた。

 

 

そして――

 

 

 

 

 

 

「ありゃ?」

 

 

シゲルは気付けば真っ白い空間にいた。

枕元にあったギターを手にしたまま。

 

「ここは――」

 

ぐるりと辺りを見渡したシゲルの顔に、直ぐに理解の色が広がる。

最早お馴染みと言っても過言ではない空間であった。

「神域ってヤツか!――ってえことは、」

シゲルは喜色を浮かべると、虚空に向かって声を上げる。

 

「おーい、弁天様!見ててくれたか?!俺のライブをよ!」

 

そのシゲルの問いかけに応えるように――

 

 

純白の空間から、闇が滲み出た。

 

 

「……おおう。そっちだったか」

 

 

闇は、人の姿をとっていた。

 

眼前に立つ長い黒髪の女性を見て、シゲルはなるほどなぁと呟く。

 

黒髪と白無垢。そして抜けるような白い肌とどこまでも深い漆黒の瞳が、強烈なコントラストとなってシゲルの目を奪った。

弁才天の美貌に匹敵する、この世ならざる美しさを備えた女性だ。

――寒気を覚えるほどに、美しい。

 

「今回は、気合十分ってわけか」

 

参ったな、とこぼすシゲルに向かって、女神は静かに語りだした。

 

「――櫻崎シゲル。お前の働きで、世界は生きる希望を取り戻してしまった」

 

「へへ、結構なことじゃねえか。それにお前さんが言ったんだぜ?『好きにせよ』ってよ。――お望み通り、好きにしてやったぜ!」

 

開き直ったシゲルがふんぞり返る。

 

しかし、女神の表情は動かなかった。

 

「その通り。お前が人の子を回復させることは、私の目論見通りだった」

「……何?」

 

眉を顰めるシゲルに、女神は滔々と語りだす。

 

「確かに今、人の子は希望に満ちている。強い陽気を纏っている」

 

「だが」

 

「いま、お前が倒れればどうだ」

 

「世界は希望を失う」

 

「心は弱り、絶望する」

 

「その絶望は、以前のそれよりもずっとずっと深刻になるだろう」

 

「――そうなれば、もう一度生命力を奪い取るのは容易い」

 

「神々の邪魔があったとてな」

 

 

「!」

そこまで聞いて、シゲルは「そういうことか」と手を打っていた。

「お前が倒れれば」という女神の言葉が、シゲルに一つの確信を与えていた。

 

「なるほどな。ツアー終盤あたりから、なんか妙に疲れると思ったら――神様の仕業だったってわけか」

 

「……」

 

肩を竦めるシゲルを、神はいやにじっとりとした目で見た。

 

「……苦労したのだぞ」

「へ?」

シゲルは首を傾げる。

 

「――お前の心身の疲労につけこみ、鬱陶しい陽気を掻い潜りながら、少しづつ少しづつ生命力を掠め取って……」

 

「弁才天の目を欺くために、少なくない神気を無駄にして……」

 

「ようやく、ようやくその首に手が届いたと思ったら……」

 

女神が俯く。

 

「素人の音楽聞いて、三分で回復するんだもん……」

 

「なんかすまねぇ……」

 

思わず謝るシゲル。

 

だが、女神の愚痴は終わらない。

 

「……極めつけは、昨夜のアレだ」

「昨夜のアレ?……ああ、あのライブ見てたのか!最高だっただろ!?」

「見てはいない。――根の国から突然人の子たちが消えたから、異常に気付いただけだ」

「――え?消えた?」

「……根の国のあちこちに穴が開いて、そこにいた人の子が穴の向こうに行ってしまったのだ」

「はぁ……?」

「お前たちの言う『レベル4患者』が目を覚ましたのは、それが原因だ。お前の音楽が、人の子の肉体を縁として、その魂の所在――私の世界まで続く穴を開けたのだ」

「へー?」

自分が何をしでかしたのかイマイチわかっていないシゲルから視線を外すと、女神は虚空を仰いでため息を吐いた。

 

「……『音』の持つ性質を失念していた」

 

「遠くまで響き――」

 

「人を惹きつける」

 

 

 

 

 

 

「――とはいえ限度があろうがっ!」

 

 

 

 

「突然自分の国に穴が開いた時の気持ちがお前にわかるか?!」

 

 

 

 

 

「か、重ね重ねすまねぇ……」

 

吼え猛る女神に、シゲルは思わず二度目の謝罪を口にしていた。

 

怒りに震える女神は、ふーっと息を吐いて怒気を収めると、恐ろしく冷たい目でシゲルを見た。

――その全身に、禍々しい闇の神気を纏いながら。

 

「だが――もういい」

 

「迂遠な真似は、もうヤメだ」

 

「禁則に触れ、多少神気が失われようが――お前さえ仕留められれば、わたしの目的は達成される」

 

決定的なセリフを口にする女神に、シゲルは眉根を寄せる。

 

「……ただの人間一人だぜ。見逃しちゃくれねえか?」

 

「お前のようなものがただの人間であるものか」

 

女神は吐き捨てるように言った。

交渉の余地は無いらしい。漆黒の瞳から伝わってくるのは、底冷えするような純粋な殺気だった。

 

相手は神。それも極めつけの大神だ。

こうして正面から対峙することになった以上――どう考えても、戦いはおろか、逃げることすら不可能だろう。

 

絶体絶命のピンチに、しかしシゲルは、にやりと笑みを浮かべると――

 

「――女神様よ、好きにしな!」

 

そう言い放った。

「……なに?」

訝しがる女神に、シゲルは言葉を続ける。

 

「だがよ、たかが俺一人が死んだだけで『世界は希望を失う』ってのはちょいと考えが甘いと思うぜ!」

 

「もう手遅れさ、女神様!俺がこの世に居なくなろうと――音楽は生まれ続ける!俺はそれをちゃあんと知ってんだ!」

 

シゲルは、手にしたギターに視線を落とす。

よれよれの小さな文字が、シゲルに無限の力をくれる。

――動かぬ証拠が、ここにある。

シゲルは更に勢い込んだ。

 

「――いや、きっと音楽だけじゃねえ」

 

「旨いもの、おもしれえ本、スカッとするスポーツ、映画やゲーム――おっと、趣味に限った話でもなかったな!」

 

「やりがいのある仕事、家族、友達――えーと、その他諸々!」

 

「とにかく今この瞬間も!世界のどこかで『生きがい』が生まれてる!」

 

 

「きっとみんなこう言うぜ!」

 

 

「『絶望なんざ退屈だ』ってよ!」

 

 

 

 

 

「――」

言うことを言って満足げに胸を張るシゲルを、女神は口を噤んだまま見つめる。

だが、まっすぐにシゲルに向けられている女神の瞳は、肝心のシゲルを映していない。

一切の光を拒絶する色だけがある。

――その目に、シゲルはひどく見覚えがあった。

そのことにシゲルが気付くと同時に、女神は口を開いた。

 

「……お前は知らぬだけだ。知らぬから、そんなことを言える」

 

「希望に、掌を返された瞬間を――!」

 

 

「そのときの、絶望の深さを!」

 

 

白い世界が、女神を中心として闇に塗りつぶされた。

そして闇よりもなお暗い女神の長髪が恐ろしい勢いで伸びると、シゲルの足に絡みついた。

「――!」

シゲルは一歩身を引くことすらできなかった。黒い髪が、触れた場所から生気を奪い取っていくのが感じられる。

ホラー映画のようなぞっとする光景だが、シゲルの頭に浮かんだのは『ツイてるぞ!』の一言だった。

 

――上半身が無事だから、最後に一曲くらいやれそうだ!

 

不敵に笑ったシゲルが、ギターを構えた瞬間――

 

 

 

 

「――二度あることはっ、」

 

 

 

 

――突如、空から降り注いだ光が、

 

 

 

 

「三度あーるっ!」

 

 

 

 

シゲルに絡みついた闇を焼き払った。

 

 

 

 

「そして――」

 

 

 

 

 

「仏の顔も三度まで、っていうわよね。イザナミ」

 

 

 

 

 

シゲルの前に立ちはだかるのは、戦装束を身に纏った弁才天の姿だった。

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

「弁天様!」

「ハァイ、シゲルちゃん。ごめんなさいね、ちょっと遅れたかしら」

「いいや、俺も今来たところさ」

軽口をたたくシゲルに、弁才天は片目を瞑ってみせる。

しかし直ぐに眦を決すると、油断なくイザナミへと視線を移した。

 

「……あっきれた。依り代抜きで、夢の世界にこんな直接的な干渉を仕掛けたワケ?」

 

「こんなド派手な禁則破り――アンタの桁外れの神力をもってしても、かなりの消耗は免れないわよね?」

 

どこか挑発的な物言いをする弁才天に、イザナミは暗い瞳を向ける。

「……何が言いたい」

 

「今やれば、私が勝つってことよ」

 

弁才天はそう言い放つと、自信満々にふんぞり返った。

 

「――思いあがるな!」

 

イザナミが仕掛けた。

しかし迫りくる闇を、弁才天は光を纏う剣で斬り払う。

 

「やっぱり、出力落ちてるわよ!」

 

にやりと笑った弁才天が、すくい上げるような逆袈裟で虚空を切り裂く。

剣の間合いではない。しかし剣から迸った光芒が、イザナミの身体を捉えた。

その一撃は、イザナミへの痛打となることはなかったが――

「ちょっとだけ、離れててもらうわ!」

「む――!?」

衝撃を抑えきることは出来ず、イザナミは遥か上空へと打ち上げられる。

充分に距離を空けたことを確認してから、弁才天はシゲルに向き直った。

「シゲルちゃん。ホント貴方には度肝抜かれたわ!伝えたいことがいーっぱいあるんだけど――今は緊急事態!時間が無いから、状況の説明だけするわね」

「頼むぜ」

「まず、ここは夢の世界。『眠り』と『死』は兄弟みたいなものだから、生と死の狭間の世界と言い換えてもいいわ」

「生と死の狭間……ってことは、俺また臨死体験してるのかい?おっかねえなぁ」

「ふふ、心配しないで。人は誰もが、眠る時にこの世界を訪れるのよ。そして目覚めと同時に、ここでの記憶を置いて去っていくものなの。――たまにちょーっと覚えてることもあるけどね」

 

 

「――シゲルちゃんの大活躍に業を煮やしたアイツは、なりふり構わず貴方の魂を奪いにきたわ。生と死の狭間の世界という、自らの権能が及ぶ空間を利用して。でも、これってとんでもない禁則破りだし、かなりのギャンブルなの」

 

「なにせ、シゲルちゃんが現世のほうで起きちゃったらそれまで!こんな無法を二回も押し通すのは不可能だもの」

 

「起きたらそれまで、か。――しかしご覧の通り真っ暗になっちまったぜ?現実の俺はちゃんと起きることができるのかい?」

 

「そこは大丈夫。確かに今ここはアイツが無理矢理改変して、岩戸隠れの時みたいに真っ暗になっちゃってるけど――現実のほうでは普通に夜明けが来るし、それで目が覚めるわ」

 

「へー、ってえことは……俺は夜明けを待ってればいい、と?」

 

「そういうこと!……とはいえアイツに魂を連れていかれちゃったらそれまでだから――えいっ」

 

弁才天は気合声とともに、白魚のような指で素早く印を組んだ。

途端に周囲に清冽な神気が流れ込み、不可視の結界を造り上げる。

「これでよし!」

「今のは?」

「辺りに結界を張ったの。流れ弾くらいじゃビクともしない強力なヤツ」

「あの一瞬で?すげえな弁天様!」

「おほほ、モチロン――と言いたいところだけど、絡繰りがあってね。ほら、夢の世界って何でもアリでしょ?それって『広大無辺で心のままに姿を変える』っていう特性があるからなの。だからこうした改変って結構やりやすいのよ。――シゲルちゃんをアイツから守る行為って禁則に抵触しないから、神気の消耗も殆どゼロ。簡単なもんよ」

 

「逆に、あっちは今も神気を消耗し続けているわ。ルール破りまくりだもの」

 

「だから――」

 

上空を睨む弁才天は、その美貌に覚悟を漲らせ、剣を構えた。

凛々しくも美しいその姿は、弁才天の武神としての側面が顕在化したかのようだった。

人智を超えた力強さに、まさに全てを『神頼み』にしてしまいたくなるような頼もしさがある。

 

「今なら夜明けを待つまでもなく――私の剣で、暗闇を切り裂ける」

 

 

――だが、シゲルはその言葉を聞くや顔色を変えた。

 

 

「……剣で?いや、そりゃちょっと待ってくれよ弁天様!」

 

シゲルは泡を食って弁才天を引き留めにかかる。

 

だが――

 

「ここから先は神話の戦いよ。シゲルちゃんは私の勝利を祈ってて頂戴!」

 

弁才天は聞く耳持たず、ロケットのように空へと飛びあがっていった。

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

あー、チクショウ、行っちまった!

そうじゃねえ!そうじゃねえんだよ弁天様!

弁天様の依頼は、まだ終わっちゃいねえんだ!

――今しがた見つけた、一番重篤な昏睡病患者に、俺の歌が届いてねえんだよ!

俺は焦る。

焦るが、打開策は見つからない。

何しろ、最高の音楽を届けるために必要なピースが、ここには無いからだ。

辺りを見渡しても、イザナミ様から溢れた闇が広がるばかりだ。唯一輝きを放っているのは、遥か上空で飛び回る弁天様くらいなもので、他には何もない。

現実にはあるはずのマイク、ミキサー、アンプ、スピーカー。そして何より大事な――

 

 

 

――待てよ。

 

 

 

弁天様は、『夢の世界』っていってたよな?

 

『人は誰もが眠る時にこの世界を訪れる』とも。

 

じゃあ。

 

 

 

 

 

――今眠っているのは、俺だけじゃない筈だ。

 

 

 

 

 

気が付けば俺は一瞬の閃きに身を任せ、声を張り上げていた。

 

「朱里!蒼子!浅黄!――ライブの時間だぜ!」

 

ついでに、渾身のファルセットをぶちかます。

 

――手ごたえがあった。

ハイトーンシャウトが、無限の距離を飛び越えて――ついでに何かをぶち抜いて、俺が必要としている人々の元に届いた手ごたえが。

 

その証拠に。

 

「へ?あれ?」

「ここは?」

「あらあらー?」

 

闇から零れるように、まずは寝間着姿のスリーピースが現れた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。