アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第36話

シゲルの前に現れた三人娘は、寝ぼけ眼で闇に浮かび上がるお互いの姿を確認すると、揃って首を傾げる。

「あ、二人ともさっきぶり……じゃなくて、どこここ?ぼく、いっくんにさっきのライブの話をしてて――あれ?寝ちゃったんだっけ?」

「わたしも最高の気分で眠りについたはずだけど……何かしらここ、真っ暗で何も見えないけれど」

「わたしもさっき眠ったところなので、普通に考えると夢ですかねー。ええと、シゲル様の声が聞こえた気がしたんですけどー」

 

「おう!悪ィな、俺が呼んだんだよ!」

 

――背後から響いたその声に、三人は弾かれたように振り返った。

 

「――シゲル様!?」

「まー。シゲル様が夢に登場してくださったのはこれで二百三回目ですねー」

「あっ、ホントだシゲル様!って浅黄さん、これ夢?夢なの?」

「シゲル様に寝間着姿とすっぴんを見せるのは耐え難いので夢ですねー」

「安心しろよ。すっぴんもイケてるぜ、浅黄」

「ほーら夢みたいなことを仰られてますものー」

「浅黄さん涎たれてるよ」

「確かに、常識的に考えて夢か。なんか不思議な場所だしね」

浅黄の言葉に納得の表情を見せる青子に、シゲルはうんうんと頷く。

「そうそう、夢だ夢。夢の世界だから細かいことは気にすんな。大事なのはただ一つ、これからライブをやるってことだけだ!」

「――へ?そうなんです?」

「現実世界のほうでやったばかりでは……」

「良いライブにアンコールは付きものなんだよ。――ほら、観客の声が聞こえるだろ?」

 

――シゲルがそう言った瞬間、周囲からざわめきが聞こえだす。

 

辺りにいるのは、もはやシゲルと三人娘だけではなかった。

 

「え?あれ?なにここ」

「電気電気……あれ?私の部屋じゃないの?」

「――はっ?!なんですのここは!ギターを受け取ってからの記憶がありませんわ!」

「ンー、ヘッドフォンどこいったですカ?」

「こがねまるがいないー」

 

 

「――」

 

「――ええ、と。わたしは、確か、特療に、入っていて……」

 

「Where……am……I……?」

 

「……こえ、が、きこえ、た」

 

 

「っていうかこれ夢じゃない?」

「あー、このぼんやりとした感じって夢かぁ」

「うーん、夢の中で眠った挙句に夢の中で夢を見るとか、なかなか出来る体験じゃないよね」

「あっ!ああっ!?あそこにいるのって、シゲル様!?」

「うそ、トライアングルもいる!」

困惑しているような声がほとんどだが、シゲル達を見つけたのかあちこちから黄色い声も上がり始める。

 

「うわっ、ホントだ。流石夢、唐突な展開だなぁ」

「――でも確かに、まだまだライブをやり足りなかったところよ」

「ですねー。だからこんな夢をみてるんでしょうねー」

「確かにあのライブ、夢みたいに楽しかったもんね。……そっか、眠ってからもライブの続きかぁ」

朱里はしみじみとそう言うと、

 

「――得した気分!」

 

弾けるような笑みを浮かべた。

 

「だよな!」

「はい!観客も増えましたし!」

朱里とシゲルは大はしゃぎだ。

しかし、きょろきょろと辺りを見渡した蒼子は、眉をハの字に寄せた。

「――でもシゲル様、ライブをやろうにも楽器がありません。どうしましょう」

「……あっ」

そこまで考えていなかったシゲルは間抜けな声を漏らす。

 

――ワンチャン楽器もシャウト聞いたら飛んでこねえか?とシゲルが無謀な挑戦を試みようとしたが、

 

「大丈夫ですよー。夢なんですから」

 

浅黄はそういうと、えいっと虚空に手をかざした。

その瞬間、使い慣れたキーボードがその場に出現する。ついでに衣装も演奏用のものに変わって、顔にはうっすらメイクまで施された。

「うわっ、すごい。そっか、夢なんだもんね!」

朱里も頭上に手を掲げる。その手の中に愛用のベースが現れる。

「ではわたしも」

青子が一つ手を叩くと、周囲にドラムセットが展開される。

いつのまにか二人の身だしなみも整っていた。

まさに夢ならではの、あっというまの出来事である。

「おー、なるほど!夢なんだから何でもアリか!」

一連の流れを見たシゲルは感心した風に言うと、

「――つまり、こういうことか!」

ぱちんと一つ指を鳴らした。

 

変化は劇的だった。

 

ずごごごご、と地響きを上げて、シゲルたちの足元にライブステージが生えてきた。

 

スポットライトが、闇を切り裂く。

 

「うわわ、さ、流石シゲル様、スケールが違う!」

「天地創造ですね……」

「シゲル様ですからねー」

「わはは、こりゃあ便利だな。夢の世界も悪くねえ。……えーと、後は、」

シゲルは何か足りないものは無いかと観客席側を眺める。

スポットライトで照らされたステージとは違い、相変わらず闇に包まれている。シゲルの作り出したライトは、どうやらそこまで照らすほどの光量はもっていないらしい。

とはいえ実際、ステージ側がライトアップされていればライブには支障ない。

しかし、それが悪いとは言わないが、今のシゲルには少々物寂しく感じ――

「――そういやこういうのもあったよな!」

シゲルは、もう一度指を鳴らした。

今度変化が起こったのは、観客側だった。

 

「――わっ、なにこれ?!」

「ぼんやり光ってるけど、懐中電灯?」

「なんかキレーな色」

 

一人一人の手の中に、ペンライトが魔法のように現れた。

困惑したように揺れ動くペンライトの光が、観客たちが確かにそこにいることを教えてくれる。

 

その様子を見てシゲルは口角を上げると、マイクを手に取って観客たちに語り掛ける。

 

 

「――よう皆、久しぶりだな!櫻崎シゲルだ!覚えてるか?!」

 

――答えは怒号のような肯定の返事だった。

 

一つの言葉に統一こそされてないが、みな口々にシゲルに『待っていた』の意思を伝え、その名を叫ぶ。

 

シゲルはしばしその答えを全身で受け止めると、

 

「――逢いたかったぜ!」

 

そんなセリフで、更なる歓声を巻き起こした。

 

シゲルは口上を続ける。

 

「突然こんなことになってビックリしてるかもしれねえが、安心してくれ!俺も驚いてんだよ!」

 

「でもまぁ、細かいことは気にすんな!何せ夢だ!」

 

「――肝心なのは、今から俺たちのライブが始まるってことだ!」

 

期待通りのシゲルの言葉に、観客たちのテンションは更に高まった。

躍動するペンライトが野生の動きを見せる。

 

「それにしても、コイツはラッキーってヤツだぜ!」

 

「俺たちは最高のライブをやることができるし――」

 

「お前さんたちは、チケット代無料だからな!」

 

観客席から喝采と「お金払わせてー!」の声が巻き起こる。

 

「へへ、悪ィな。今日のところはサービスさせてくれよ!」

 

「おっと、そうそう。今日はサービスついでに、ペンライトなんていうオマケも用意したんだ!」

 

「俺のライブで使ったことは無かったんだけどな!今回は特別だ!リズムに合わせて、適当に振ってみてくれ!」

 

「なんせ、あたりがちょいと暗すぎるからよ!」

 

「バッチリ映えると思うぜ!」

 

「皆で振ったら、眩しくて――暗がりの方が根負けしちまうかもな!」

 

 

一通り語り終えたシゲルは、いよいよギターを構える。

誰よりシゲル自身が、長広舌はもう限界だった。

 

 

 

 

 

――そうだ。一刻も早く――

 

 

 

 

「――さあ!」

 

 

 

 

――ライブを、始めたい!

 

 

 

 

「楽しんでいこうぜっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

 

――やはり、手強い。

弁才天は剣を振るいながら、そう思わざるを得なかった。

禁則破りを加味しても尚、イザナミは極めつけの大神。底知れない神気は暗黒の雷となって、間断なく襲い掛かってくる。

守勢に回るしかないのが現状だった。

 

しかし、勝機はある。

本来ならば全身を覆っているはずの、イザナミの圧倒的な神気の守り。

それに翳りが見えている。やはり禁則破りは、イザナミへの大きな負担となっているのだ。

 

全開の神気を注ぎ込んだ剣を直撃させれば、勝負を決することができるかもしれない。

弁才天は強く剣の柄を握り込む。

 

――隙が欲しい。渾身の一撃を叩き込む、一瞬の隙が。

 

蛇のように伸びてくる闇を防ぎ、自らも光芒を放って牽制を仕掛けつつ、弁才天は機を伺っていた。

 

 

しかし、互いに決定打を送り込むことは出来ない。

 

戦況は膠着状態に陥り――

 

 

 

――停滞した状況を、突如鳴り響いた音楽が打ち破った。

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

二柱は目を見開いて、反射的に音の出所を探る。

激戦の最中に響き渡ったその音楽は、余りにも陽気で、どこまでも場違いで――

 

最高に、ノッていた。

 

――思わず、女神たちが手を止めてしまうほどに。

 

「これは――」

「シゲルちゃん……?」

 

音楽は、眼下に広がる光景から響いてきていた。

一体何があったのか――地上には立派なライブステージが出来上がっていて、ペンライトを手にした無数の観客がひしめいている。

この短時間になにがどうしたのシゲルちゃん!?と弁才天が仰天している間にも、音楽は響きつづける。

楽神たる弁才天ですら聞きほれてしまうほどの、妙なる楽の音が。

 

――いや、聞こえてくるのは音楽だけではない。

いつの間にか現れていた人々が上げる、心の底からの喜びの声。

その声は、英雄の歌声にも負けないほどに、女神を惹きつけた。

 

やがて、音楽がサビに突入する。

最高潮の盛り上がりとはこのことか。奏者、観客、音楽、歌。全てが一つになって、命の喜びを高らかに謳い上げている。

 

今や、ライブ会場は光り輝いていた。

 

目を奪われるとはこのことだった。

弁才天はしばしその輝きを堪能して――

 

――ヤバっ!こっちが隙晒してどうするのよ!

 

慌ててイザナミに向かって剣を構え直す。

 

だが、その必要はなかった。

 

 

 

攻撃は、とっくに止まっている。

 

イザナミの双眸は、ライブ会場に釘付けだった。

 

 

一面の闇をものともせずに、人々は煌いている。

揺れ動くペンライトの光は、一人一人の命の輝きで。

シゲルの歌は、そのまま生への賛歌だった。

 

音と光は幻想的な美しさとなって、イザナミを魅惑していた。

 

「……ああ」

 

イザナミはいつの間にか、祈るように両手を組んでいた。

大きく見開かれた両の眼は、本来ならば戦っている弁才天に向いていなければならないのに。

どうやっても。どれほど頑張っても。

眩いステージから。

シゲルから。

華やぐ生命たちから。

目を離すことが、出来ない。

 

 

 

――ぬばたまの夜の瞳は、今や満天の星空だった。

 

 

 

 

「ああ――」

 

 

 

「きれい……!」

 

 

 

 

 

うっとりと感嘆の声を漏らしたイザナミは、眼下の光景に手を伸ばす。

遠く彼方で輝く星を、かき抱こうとするかのように。

 

 

 

 

決定的な隙だった。

 

 

 

 

――今なら!

 

 

弁才天は、握った剣に力を込める。

イザナミはまるでこちらを見ていない。今ならば、間違いなく勝負を決めることができるだろう。

密かに間合いを詰めて、剣を振り下ろす。ほんの一呼吸で事足りる。それだけでけりがつく。

 

 

弁才天は口元を引き結ぶ。

 

 

そして、構えた剣を――

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに、鞘に納めた。

 

 

 

 

 

「ふふ――」

 

我知らず口元を綻ばせていた弁才天は、視線を眼下のシゲルへと移した。

 

 

 

 

 

 

 

そう――そうよね、シゲルちゃん。

 

遥か神代に、天の岩戸を開けたのは。

 

 

 

 

 

つるぎなんかじゃ、なかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

弁才天は浮かべた微笑みをそのままに、イザナミの手をそっと握る。

「!」

イザナミは至近距離まで接近を許してしまったことに狼狽しつつ、慌てて身構えようとする。

だが、直ぐにその動きを止めた。

弁才天に、もはや敵意は一片もなかった。

隙だらけだ。

しかし閃く白刃よりも眩い笑みが、無敵の武器となってイザナミの抵抗を封じていた。

 

「折角だから、特等席にいきましょ!」

 

笑顔の弁才天は、弾むような声でイザナミに語り掛ける。

 

 

 

「――きっと、楽しいから!」

 

 

 

最早、イザナミがどれほど――心と体の全てから、絶望と憎しみをかき集めようとしても。

 

その殺し文句に抗うには、まるで足りなかった。

 

 

 

 

 

 

弁才天に手を引かれ、イザナミは光の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

喝采は続く。

 

夜明けまで。

 

 

 

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