アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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エピローグ

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一ノ瀬和美視点

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世界中がひっくり返った『レベル4患者一斉覚醒事件』から二か月が経ち、ようやく各国は混乱から立ち直りつつあった。

 

発端となったあの日のことは、私も鮮明に覚えている。

 

あの朝、私は何故か人生最高の寝覚めで、寝起きからハイテンションだった。

多分いい夢でも見たんだと思う。

私は人生最速タイムでずばっと布団から抜け出すと、鼻歌を歌いながら顔を洗って、

 

いつものように歯ブラシを口に突っ込んで。

いつものようにテレビのスイッチを入れて。

いつものニュースキャスターの顔を見て。

 

『きっ、緊急速報です!世界中で、レベル4の昏睡病患者が一斉に目を覚ましたという情報が入りました!』

 

口の中の物全部噴き出した。

 

その後もしばらくむせていた記憶がある。

 

 

 

覚醒の原因は、今をもって不明――とされている。

でも、ほとんどの人は、その『原因』に心当たりがある。

 

 

――現代において奇跡を起こせる存在って、限られてるから。

 

 

『――ですからね、あり得ないんですよ!』

 

 

私が本日何度目かの身だしなみと持ち物チェックを終えたところで、テレビからそんな声が響いた。

 

『徹底生討論!シゲル様の奇跡!』とテロップを打たれているテレビの中では、脳科学の権威という蓬莱政府お抱えの教授と、神学者、世界的に有名な医師の三人が激論を交わしている。

 

『シゲル様の坂見台特療でのライブの翌日――翌日に、一斉にですよ!?世界中で一斉に、目覚める筈のないレベル4患者が全員目覚めたんです!坂見台で目覚めた患者の後を追うように――!これが奇跡でなくてなんなのですか?!』

『……偶然でしょう』

神学者の振るう熱弁を、教授は本日何度目かの『偶然』というセリフでシャットアウトしようとする。

だが、当然神学者は引き下がらない。

『患者たちの主張は、その殆どが「シゲルサマの音楽で目が覚めた」ですよ?!まぁ、ごく僅かに「音楽が終わった後、美しい女性に導かれた気がする」と付け足した者もいましたが――』

『……興味深いのは、蓬莱語を知らない患者も多いにも関わらず「シゲルサマ」と口にしたことです。様、を敬称だと知らず、「シゲルサマ」が人名だと思っているものも多かった』

医師は眼鏡の位置を正し、言葉を続ける。

『――つまり、実際に聞いたのです。誰かが、シゲル様をシゲル様と呼ぶのを。そして、その奇跡の音楽を』

『……坂見台でのライブが物理的な距離を超えて届いたとでも?科学的にあり得ませんね。そもそも、患者は脳死に近い状態だったのですよ?どうやってシゲル様の名を聞くというのです』

『それが説明できないから奇跡なんでしょう!?私はですね、現オーソニア女教皇が、一連の出来事を正式に奇跡と認定したのは無理もない話だと思いますよ!十世紀ぶりの聖人認定を蓬莱政府が拒否しているという噂が本当なら、それこそ無理筋です!』

『逆に教授に答えていただきたい。どうして患者たちが「シゲルサマ」という単語を話すことが出来たのか』

医師の質問に、教授は少々沈黙した後、そっと視線を逸らし――

『……偶然ということもあり得るのでは?』

極めて小さい声を捻りだした。

『通るかっ……!そんな暴論っ……!』

『それしか言葉知らんのかこのポンコツ教授が!』

烈火のごとく怒る二人に、しかし教授も逆ギレで応戦する。

『やかましい!私も通ると思ってない!どう考えても奇跡だろうが!でもシゲル様が「聖人とか奇跡とか柄じゃねえよ、勘弁してくれ」って仰るんだからしょーがないだろう!!』

『うっ……』

『し、シゲル様が仰っているのなら、それは……』

シゲル様本人の言葉となれば、神学者と医師も語気が弱くなる。

畳みかけるように、教授は一枚のフリップを取り出した。

 

『何故患者が知るはずのない情報を知っていたのか――この件に関しても、シゲル様から直接コメントを頂いているのでこの場で発表する!』

その言葉に、スタジオがざわめく。

無理もない。私も釘付けだ。だってシゲル様が公式にこの件にコメントをするのって、多分これが初めてだから。

でも――くるりと回転したフリップに書いてあるのは、たった一言。

 

 

『「夢でも見たんだろ」!』

 

 

『――以上!解散!』

 

 

教授が言い放つが、それで解散するわけはなかった。

 

『では何も無かったことにするのですか?!間違いなく世界を救ったシゲル様に、名誉も報酬も渡さないと?!――いつから蓬莱はそんな恥知らずな国になったのです!』

『そうだ!シゲル様には然るべき恩賞が必要だ!』

『黙れ黙れっ、一番恩義に報いたいのはこっちなんだ!でも、ないんだよ!あのお方には物欲とかがないんだよ!どうか何らかの対価をお受け取り下さいとこい願っても、「そんなもん、ファンの声援でお釣りが来るぜ」と仰るだけで――』

『――ちょっとお待ちを、教授。先ほどからその口ぶり、もしや貴女シゲル様と直接お話を?!――なんたる職権乱用!許されざる、許されざる行為ですよそれは!!』

『全く!その肩書は大したものですね!政府お抱えというのはそんなに偉いのですか!――教授っ、』

 

『『政府お抱えってどうやったらなれますか!?』』

 

『こ、こいつら……!』

 

 

 

 

まだまだ番組の時間は残っていて、討論?は更に熱を帯びていく。

 

……ちょっと面白い番組だったから、最後まで見たいところだけど――私はテレビの電源を落とした。

時間にはまだまだ余裕があるけれど、道中何らかのアクシデントに巻き込まれる可能性もある。早めに家を出るに越したことはない。

そう。今日だけは、遅刻は許されない。趣味のヴァイオリンも中止。

 

だって、今日は――

 

シゲル様のライブ当日だから。

 

 

 

 

 

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チケットの半券を握りしめながら指定の座席に辿り着いて、私はやっと辺りを見渡す余裕ができた。

 

 

 

 

蓬莱の総力を挙げて造られた超大型コンサートホール、『蓬莱アリーナ』。そのお披露目としてこれ以上相応しい機会もそうは無いだろう。

いや、このキャパ二万人以上を誇る蓬莱アリーナをもってしても役者不足というべきかもしれない。

シゲル様の、全力のライブには。

 

 

二か月前に凱旋を果たしたシゲル様は、「すぐにでもまたライブがやりたい!」と言ったらしい。

多分その一言が、関係者に火をつけたんだと思う。

シゲル様の何気ない「すぐにでも」の言葉を実現するために、あらゆる無理を押し通したんじゃないだろうか。

 

だって、たった二か月でこんな大規模なライブの準備が整えられるなんて、普通なら考えられない。

企画、演出、リハーサル、チケット販売のあれやこれや――関係者の全員が全力を振り絞っても、物理的に不可能なんじゃないかと思える。

でも、現実にライブは今日開催される。

シゲル様の熱にあてられて、皆も奇跡を起こしちゃったのかも。

 

もっとも、燃えてるのはスタッフや関係者だけじゃない。観客の私たちだって同じだ。

天文学的な確率を潜り抜けて当選の知らせが届いたあの日から、正直私は興奮しっぱなしだ。今日この日この場所にたどり着くまでに高まり続けたテンションは、もはや炎となって全身から噴き出してもなんら不思議じゃない。

だけどこのテンションのままライブが始まると、その瞬間卒倒する恐れがある。

少々クールダウンの必要があった。

 

わたしは一つ深呼吸をすると、辺りを見渡す。

興奮で視野狭窄に陥っていたけど、改めてアリーナの広さがわかる。

その広いアリーナを埋め尽くす、二万人という人数の凄まじさも。

耳をすませば、今日出会ったばかりであろう観客たちが、まるで親友のように親し気に会話をしているのが聞こえてくる。

ああ――どうしよう。

もう最高に楽しい。

この空気が、たまらなくワクワクさせてくれる。

テンションなんか下がりようもない。

 

落ち着くもの、なにか落ち着くものを……!

 

私はきょろきょろと視線を動かして――

 

 

 

すぐ隣の二人に釘付けとなった。

 

 

 

そこにいたのは、セミロングの美女と、大きなカバンを持ったロングヘアの美女。

どちらもとんでもない美しさだった。

こんな美女がこの世に存在していいのか、とまで思ってしまう。

 

顔や全身のパーツ全てが非の打ち所がないほど完璧に整っていて、それらが神が配置したとしか思えない奇跡のバランスで『絶世の美女』を構成している。

 

何より印象的なのが、その眼だった。

 

セミロングの女性もそうだが――ロングヘアの女性の漆黒の瞳は、ライブへの期待にきらきらと輝いていて、吸い込まれそうな美しさを誇っている。

 

聞こえてくる二人の話し声も、これがまたとろけそうなほど良い声なので、私はついつい耳を傾けてしまう。観客たちのざわめきが凄くて内容はほとんど聞き取れないけど、途切れ途切れの声が聞こえるだけで幸せだ。

 

 

「――で、どうなのよ。根の国大改革とやらは進んでるの?」

「順調だ。もはや根の国は、穏やかに眠ったまま来世への輪廻を待つ場所ではない。善き魂が死後の生を謳歌する場所へと変わりつつある」

「ふーん。まぁ貴女良い方向へ向かっているようだから、それは結構なんだけど……じゃあかなり忙しいんじゃない?こっそり現世に来てるヒマあるの?下手すりゃまた禁則に引っかかるわよ」

「――お、おろかもの。これは視察だ。根の国らいぶはうすを作る際参考にするのだ」

「……ま、そーゆーことにしときましょうか」

「……ところで弁才天。ぺんらいとはどうした」

「ペンライト?……あのね。あーゆーのを使うのは、どっちかっていうとアイドル寄りのアーティストのライブよ。ふつーシゲルちゃんのライブでは使わないの」

 

「えっ」

 

「……知らなかったの?」

セミロングの美女の言葉に、ロングヘアの女性はしばし硬直する。

「……そういえばアンタ、そのカバン何が入ってるの?」

「……」

「――ちょっと見せてみなさい」

セミロングの美女は、そう言ってカバンを開けた。

 

――大きなカバンには、ぎっしり隙間なくペンライトが詰まっている。

 

「うわっ、なにこれ!?アンタ業者?!」

「持ってない人の子がいたら分けてあげようと思って……」

「っていうかどうやって用意したのよ、コレ」

「神気ででっち上げた」

「アンタ諸々のペナルティ受けて神気も大幅に制限中でしょうが。無駄遣いするんじゃありません」

「……どうすればいいのだこれは」

「問屋でも開いたら?」

「むむむ……む?」

 

そこで、ロングヘアの女性は私の視線に気づいたらしい。

 

こちらを見つめてくるきらめく瞳に、同性なのにどぎまぎしてしまう。

「一本やろう」

女性は突如そう言って、私に問答無用でペンライトを押し付けてきた。

「え?あ、ありがとうございます?」

「うむ」

反射的に受け取ってしまった私を見て満足げに頷くと、女性はステージに向き直った。

 

私は手にしたペンライトを見て、何となく懐かしい気持ちになる。

結構綺麗に光るんだよね、コレ。

 

……あれ?

なんでそんなこと知ってるんだっけ。こんなもの、どこかで売られているのなんて見たことない、はず、なんだけど――

 

首を捻りながら思い出そうとするけど、どうしても思い出せない。

 

私がもどかしさにうんうん唸っていると――

 

 

不意に、照明が落ちた。

 

 

観客席からどよめきが起こる。

わたしもちょっとびっくりしたけど、直ぐにそれが演出だと分かった。

何故なら、少しの時間をおいて、スポットライトがステージを照らしたから。

 

そのライトに浮かび上がるのは、今や国民的なスターといっても過言ではない『トライアングル』の面々!

 

観客席から歓声が巻き起こる。もちろん、私からも。

 

だけど、スポットライトが照らしているのは、その三人だけ。

あのお方は、シゲル様はどこなの?と観客たちがざわめく中――

 

ステージの中央から、何かがせり上がってきた。

 

いの一番に黄色い声を上げたのは二階席の観客たちだった。視点の高さが、『何か』の正体を一瞬だけ早く教えてくれたんだろう。

でも、そのアドバンテージもほんの一瞬。甲高い喜びの声は、あっという間に会場中から響き渡る。

 

――見紛うはずもない。ギターを手にした絶世の美男子。

 

シゲル様。

 

その瞬間私の思考はスパークし、ペンライトへの既視感ごとどっかに飛んで行った。

このステージが下からせり上がってくる感じも、何かどこかで見たような気がするけど――そんなことどうでもいい。

だって、ついに始まるから。

最高の、ライブが!

 

 

 

千両役者のそろい踏み。

 

全てが揃ったステージで、シゲル様はマイクを手にして声を上げる。

 

高らかに。

 

謳うように。

 

 

 

「楽しんでいこうぜ!」

 

 

 

 

 

 

    アンコールは異世界で   おしまい

 


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