ご無沙汰しております。
チマチマ書き続けていた番外編がようやく一編出来上がりましたので投稿いたします。
分量は五話ほどですが、残念ながら蓬莱の面々は登場しません。申し訳ねぇ……!
でも本編執筆当初からずっと書きたかった話なので、読んでいただけると飛び上がって喜びます。
かつて一つの世界が滅びの危機に瀕していた。
蔓延する死病『昏睡病』によって人類は絶望し、絶滅寸前にまで追いつめられた。
しかし、そうはならなかった。
異世界より訪れた一人の人間が、滅びの運命を打ち破ったからだ。
――今、季節は灼熱の夏。完全に昏睡病が根絶されてから初めてやってくる夏だ。
憂いのなくなった世界で、人々は人生を謳歌していた。
そしてその立役者となった櫻崎シゲルは今――
「そんなわけでシゲルちゃんにご褒美をあげようって話になったのよ!」
久しぶりに神域へと招かれ、突然の弁財天の言葉に首を傾げていた。
「……ちょっとまってくれ弁天様。どんなわけなのかさっぱりわからねえ」
挨拶もそこそこにそんな話を切り出した弁財天はドヤ顔だが、シゲルとしては頭上に疑問符を浮かべるしかない。
戸惑うシゲルに「あらごめんなさい」とはにかんだ弁財天は、話を続ける。
「この間の神議で議題に上げてみたのよ。ほら、シゲルちゃんって完璧な形でこの世界を救ってくれたでしょ?そのご褒美がその身体だけってんじゃあんまりじゃないかしら、って。――そしたら圧倒的賛成多数で可決されたわけ!ご褒美追加よ!」
弁才天の言葉に「へー」と声を漏らしたシゲルは、少々考え込んだ後に口を開く。
「……いや、正直充分すぎるぜ」
何しろ毎日音楽ができるのだ。シゲルとしてはこれ以上望むべくもない報酬といえた。
近頃は三人娘もめきめきと腕を上げている。流石に前世のツアーメンバーほどの実力はまだないが、ライブは毎回『最高』を更新し続けている。
二か月後には二回目のワールドツアーも予定されていて、シゲルとしてはこの世の春であった。
――しかし。
「――やり残し、あるんじゃない?」
弁才天のその言葉には、思わず動きを止めていた。
やり残し。
シゲルは口の中でその言葉を転がす。
それは確かに存在した。この期に及んでも断ち切れない、前世の未練が。
シゲルは前世では様々なジャンルのライブを行っていた。その為クラシックならクラシックの、ジャズならジャズのツアーメンバーが存在する。
だがロックとポップスに関しては、メンバーはほぼ固定だ。加えてシゲルのライブの凡そ半分はこの二つのジャンルで占められていたから、このバックバンドはシゲルにとってひと際特別な面々と言えた。
ドラムの東武一。
キーボードの天ケ瀬麗。
ベースの安藤達也。
どいつもこいつも超一流のアーティストで、三人と共に行ったラストライブはシゲルの胸を今も焦がしている。
掛け値なしに最高のライブだった。ケチなど付けようもない。シゲルはそう思っていた。
――だが、一つだけ。
たった一つだけ、やり残したことがある。
アンコールだ。
あの時シゲルはツアーメンバーにアンコールを約束し、しかし果たせなかった。
――もしあの約束が果たせるのなら。
それはもう――
「……だけどよ、それは」
シゲルは言いよどむ。
死者の復活。それがとんでもない『掟破り』だということはシゲルにも何となく分かっていた。
そんなに気安く『死』をなかったことにできるのなら、そもそもシゲルに異世界を渡らせる必要はなかっただろう。
しかし弁才天はにこりと笑う。
「――その願い、叶えて進ぜよう!」
その力強い言葉に、シゲルは一瞬呆気にとられ――
「弁天様……マジかよ!」
目を輝かせた。
「出来んのか?!アンコール!」
「如何にも!――と言いたいところなんだけど」
「ぅおい」
肩透かしを食らったシゲルががくっとなるのに、弁財天は慌てて言葉を続ける。
「だ、大丈夫大丈夫。流石に元の身体で復活、ってわけにはいかないし、二つのルールを守る必要があるってだけよ」
「ルール?」
シゲルが聞き返すのに頷くと、弁才天は人差し指を立てる。
「まずその一。『日付が変わるまでに人目のない場所へ!』」
「ほー。そりゃまたなんで?」
「今日一日って約束だから、シゲルちゃん午前零時になるとあっちの世界からパッと消えちゃうのよ。そんなところ人の子が見たら大変なことになっちゃうでしょ?」
「なるほど、そりゃ確かに」
「ま、このルールに関しては、守るのはそんなに難しくないと思うんだけど――問題は次のルールなのよ」
弁才天は二本目の指を立てる。
「その二。『自分の正体をバラしてはいけない』!」
「……俺が櫻崎シゲルであることを気付かれないようにしろ、って?」
「ええ。人の子たちにシゲルちゃんの正体がバレるってことは、疑似的な死者蘇生がバレるってこと。そりゃもう禁則に抵触しまくっちゃうのよ」
「あー、やっぱそれマズイのか」
「かなりね。死者の復活って基本的に厄ネタなのよ。世界にもよるんだけど――それって人が死を畏れないことに繋がっちゃうから。多分向こうのイザナミとかハデス辺りが大激怒しちゃう」
そう弁財天が懸念を口にすると、
「そういうことだな」
可憐な声と共に、美しい女性が顕現した。
長い黒髪に煌めく瞳。その姿を見て、シゲルは気安く片手をあげた。
「おー、イザナミ様。元気してた?」
「うむ。ぼちぼち」
「えっ、ちょっと待って。何であなたたち顔なじみみたいに会話してるの?」
かつて命を奪おうとしてきた相手に余りにも気楽に挨拶をするシゲルと、同じように挨拶を返すイザナミを見て、弁才天は待ったをかけた。
「それは――」
「ああ、イザナミ様ちょくちょく夢に出てくんだよ」
シゲルはしれっと答える。
「なにしてんのよイザナミ!」
「……最近少しだけ歌に興味が出たから、時折コツを聞いているだけだ。シゲルは少々特殊だし、禁則には抵触しないだろう」
「……あー、んー、確かにそう、かしら。話だけなら……」
ビミョーなラインだけどセーフ?と眉根を寄せる弁才天を見て、シゲルは「あれ?」と首を傾げた。
――夢の中で、たまに根の国に誘われてライブやってんだけど。あれはいいのか?
ちらりとイザナミのほうに視線を向けると、「黙っとけ」のアイコンタクトが飛んできたのでシゲルは口を噤む。
シゲルとしては睡眠中もライブが出来るという最高のイベントなのだ。当初は寝起きのような状態だった根の国のオーディエンスたちも、最近はちょっと心配になるくらいノリが良い。うっかり禁止されたらたまったものではない。
「ところでシゲルよ。ぼいすとれーにんぐは続けているが、そろそろもう一段上を目指したい。何かコツはないのか?」
「んー、歌も楽器もやっぱりかけた時間が正義みたいなところはあるからなぁ。あ、でもコンディションは大事だぜ」
「こんでぃしょん?」
「そうそう。メンタルのコンディションも勿論重要だけど、体のほうもな。ノド守るために口にバンソーコー貼って寝る、なんて歌手もいたっけ」
「ふむふむ」
こくこく頷くイザナミの手にいつの間にか絆創膏が現れていた。
「また神気の無駄遣いして……わたしたちが乾燥で喉やられるわけないでしょーが」
弁才天がひょいっとそれを取り上げる。
「それで何しにきたのよ、イザナミ。シゲルちゃんとお話しにきただけ?」
「手を貸してやりにきたのだ。あちらへの隧道を開けるというなら、わたしの神気もあったほうがよかろう」
「……いいの?一日限定とはいえ疑似的な死者の復活よ?貴方的にはちょっと言いたいところあるんじゃないの?」
「無論ある。――良いか。近頃とみに思うが、生の輝きとは死を前提としているのだ。死という絶対の終わりを信じるからこそ、人の子はその一生を閃くことができる」
イザナミはそこまで言うと遠い目をして、
「そう。死にゆく者こそ美しい」
どこかの大魔王のようなセリフを吐いた。
「シゲルちゃん。あっちに戻ったら光の玉ゲットしてきてくれる?必要になりそう」
「マジかよ。ドンキで売ってるかな」
弁財天とシゲルの会話を華麗にスルーして、イザナミはシゲルへと漆黒の瞳を向ける。
「と、まあそんなわけで――『死』を軽いものにしかねない死者蘇生は人の子の為にもやるべきではない、とは思うが……きちんと隠し通すのだろう?シゲルよ」
「勿論!任せておいてくれよ!」
自信満々に胸を張るシゲルに、イザナミは微笑みを浮かべてみせる。
「ならばゆけ、シゲル。……約束は守るものだ」
イザナミはシゲルが「よっしゃあ!」と快哉をあげるのを見た後、弁財天へと視線を移す。
「しかし、そうなるとシゲルには仮の名が必要になるな」
「あ、そうね。シゲルちゃん、何か名乗りたい名前とかある?」
「んー、いや、別段ねぇな。俺芸名も本名だし」
「うーん……じゃあこうしましょうか!」
シゲルのギターには『真美』『理子』『央』の文字が並んでいる。ごく小さな文字だ。
弁財天はそこに絆創膏を張り付けた。
『美』の字と『子』の字がちょうど隠れる。
残った文字は――
「――真理央!今日だけ貴方はマリオよ!」
「ま、マリオ、マリオか……」
「あら、気に入らない?」
「いや、いいんだけど、なんか配管工が脳裏を過るというか」
「あはは、何わけわからないこと言ってるのよシゲルちゃん。エウロペとかイタリアあたりじゃよくある名前じゃない」
「……そうだよな、よくある名前だよな」
「ええもちろん。――さて、じゃあ始めましょうか。イザナミ、力を貸してね」
「うむ」
イザナミは小さく頷くと瞑目する。
直後、凄まじい神気がその全身から迸った。
神域がビリビリと震える。圧倒的な力に悲鳴を上げているかのようだった。
「――こんなものか。好きに使うがいい」
事も無げにそう言って、静かに目を開いたイザナミに、弁財天は苦笑を浮かべる。
「ペナルティ受けててこれってんだからとんでもないわね……でもこれなら確実だわ」
弁財天は渦巻く神気を白魚のような指で絡めとると、静かに息を吐きだし眦を決する。
「――じゃあちょっと待っててね、シゲルちゃん。貴方でも渡れる穴を開けるのは結構ホネなのよ」
「巻きで頼むぜ弁天様!」
「ふふ、はいはい」
弁財天は言うが早いが印を結ぼうとして――
「――あ、そうだ。シゲルちゃん挑戦してみる?いけるかもよ!」
不意に手指の動きを止めると、冗談めかしてシゲルに語り掛けた。
「挑戦?何をだい?」
「異世界へのトンネル開通!」
ちょっとした洒落っ気から出た弁財天の言葉に、過剰な反応を見せるものがいた。
イザナミである。
「……や、やめよ。万が一があったらどうする」
「じょーだんよじょーだん。完全な異世界に生身の人間が通れるサイズの穴開けるって、それ専門の神の業じゃない」
いやに深刻な顔で袖を引いてくるイザナミに、弁才天は「できるわけないでしょー」とけらけらと笑って見せる。
「――あ、そうか。俺がもしトンネルを開けられたら時短になるってことだよな」
しかしいそいそとギターを取り出したシゲルを見るや真顔になった。
「え?本気?」という顔を向けてくる弁財天と「いやな予感がする」という顔で見てくるイザナミに全く気付くことなく、シゲルはギターを構える。
その心は既に別世界へと飛んでいた。
――タツヤ、武一、麗。
それに、ファンのみんな。
「それじゃあいっちょ、」
今から――
「神業に、挑戦といくか!」
――逢いに行くぜ!
シゲルは渾身のシャウトと共にギターを掻き鳴らすと、喜びを爆発させた。
神域に響き渡る大音声が、心を、魂を――そして世界の境界を震わせる。
「――おっ、出来たんじゃねえの?」
気が付けば、シゲルの目の前の空間には人間大の歪みが現れていた。
「「オワーッ!?」」
泡を食ったのは女神たちである。
「ほっ、ホントに開いたァ!?一瞬で!」
「だから言っただろ!だから言っただろう!コイツは開けるのだ!」
二柱の女神は身を寄せ合っておののいた。
女神たちは「だってほんとに開くと思わないでしょ!?」だの「コイツには前科があるだろう!」だのと言い合っていたが、とにかく歪みがどこに繋がっているかを確認せねばならないというところで意見の一致を見た。
二柱は恐る恐る歪みを覗き込むと、ユニゾンで「「はぁー」」と感嘆の声を漏らした。
「すごっ。本当にあっちの世界と繋がってる……」
「座標は……なるほど、肉体の縁に引っ張られたか。当然と言えば当然の場所だな」
ややあって振り返った弁財天は、冷や汗を流しながらシゲルに詰め寄る。
「シゲルちゃん、それ勝手にやっちゃダメだからね!指名手配されちゃう!」
「お、おう」
「この場に我々の神気が渦巻いていたから出来た……と思いたいな」
「あっそれ!それよ多分!きっとそうハイ決まり!」
イザナミの説に飛びついた弁財天は、ぱんと手を叩いてその話を打ち切った。
「さ、さぁとにかくこれで準備は整ったわね!いざ出発よシゲルちゃん!」
厄介ごとから目を背けた弁財天は、それを誤魔化すかのようにシゲルを急かす。
「おうよ!」
シゲルとしては異論があろうはずもない。勢いよく答え、歪みの直前まで歩み寄る。
――だが。
「……ん?」
この土壇場になって、ふと幾つかの懸念がその脳裏を過った。
――ちょっと待てよ?元の世界っていっても、俺具体的にどこに転移するんだ?あんまり辺鄙な場所に飛ばされたらライブどころじゃなくねえか?
そもそも体一つで転移したら、あいつらに連絡とる手段ないんじゃねえの?あれ?
加えて前提として正体隠さなきゃなら、一日でアイツらとライブまでこぎつけるって完璧に無理なのでは?
「いや弁天様、ちょっと待っ――」
シゲルはそのことを弁財天に伝えようとして――
「じゃあはい、行ってらっしゃい!」
「くれぐれもバレることのないようにな」
遅かった。
振り返る前に、シゲルは背中を押されていた。