校門をくぐったあたりで見慣れた背中を見つけて、理子は『おはようございます』と声をかけた。
クラスメイトにして親友――と自分では思っている――真美の髪はやや明るい色をしており、ほぼ黒一色の生徒たちの中では少々目立つ。人違いの心配はない。
常であれば「おはよっ」という歯切れのいい挨拶が返ってくる。理子はその快活な挨拶が好きだった。自分も元気をもらえるような気がして。
ところが、今日は様子が違った。
ぐるりと振り返った真美の顔に笑みはない。それどころか目の下にはくっきりと隈ができており、そのくせ眼光だけは異様に強かった。
「――理子ちゃん、会いたかったよ……!」
挨拶抜きにそう言って、バッグを抱きしめながらにじり寄る真美に、理子は露骨に怯んだ。
真美は正体不明のプレッシャーを身に纏っていた。
「ま、真美ちゃん?どうかしたの?なんだか様子が……」
「そりゃあどうかしてるよ。理子ちゃんも今日中にはどうかする予定だよ」
「えっ?」
「それはともかく。理子ちゃん機械に詳しかったよね?」
「え、えっと、詳しいってほどじゃないですよ。ちょっと好きなだけで」
「じゃあさ――このビデオ、増やせる?」
真美がカバンからそっと取り出したのは、一般的に流通しているビデオテープであった。我が子を抱くように慎重な手つきだった。
「普通のVHSですよね。増やすっていうのは、ダビングするってことですか?」
「うん、そうそうそのダビング。できる?」
「えーと、外部出力を録画すればいいので可能ですよ」
理子の答えを聞いた真美の眼が、一層強い光を帯びる。理子は一歩引いた。
「だ、だけど、ビデオデッキが二台必要になります。わたしのうちには一台しかありませんから――」
「ビデオデッキならうちから担いでくから、やってくれないかな」
一歩詰め寄って、真美が言う。
「へ!?か、担いで!?」
「うん。電車に乗っていくから大丈夫!」
そうは言っても、真美と理子の家は二駅離れている。10㎏超のビデオデッキを担いでいくには相当の根性が要求されるのは間違いなかった。電車の乗客に奇異の目で見られることも間違いないだろう。
「そ、そこまでしてダビングしなくちゃいけないビデオなんですか?」
「うん」
何の躊躇もなく真美は頷いた。
そして、さらっと付け加える。
「空きテープが十一本しかないから、とりあえず全部お願いね」
「じゅういっぽん!?同じビデオを!?」
目を剥く理子だが、真美はやはり平然と頷く。
「うん、お願い」
「は、はぁ……そ、そんなにすごいビデオなんですか?」
「そりゃーもう。ふふふ。このビデオの為に私たち一家は完徹よ。でも、ぜんっぜん眠くないの」
「は、はぁ……」
「じゃ、放課後よろしくね」
そう言い残し、真美はやはりバッグを抱きかかえて校舎へと向かう。
どうしても気になったので、理子はその背に声をかけた。
「ま、真美ちゃん」
「ん?」
「そのビデオ、何が録画されてるんです?」
真美は足を止めると、わずかに考えこんでから答えた。
「夢、かなぁ」
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蓬莱テレビ局は開局以来初の大混乱に陥っていた。
「いえ、ですから何度も申し上げます通り、ゲストの個人情報に関しては開示することが出来ませんので――」
「はい、はい。再放送は行う予定です。いえ、現状具体的な日時までは――」
「こちらとしても対応に困っておりまして……何せ男性のゲストという前代未聞のケースですので、本人の許諾を得ないまま再放送は――」
ネイビーのスーツを見事に着こなした女性が、電話対応にてんやわんやの光景を見て呟く。
「……とんでもないことになったわね」
「遥局長、もうずーっと電話回線パンクしたままです。アポがとれないってあちこちの取引先から苦情がきはじめてます」
白柳遥は、部下からの言葉に肩を竦める。
「回線増やしてもらうよう手配したから、とりあえず今日明日はなんとか誤魔化して頂戴。――ところで、唄子さんと連絡はとれた?」
「十分おきに電話をかけてるんですが、まだ……おそらく、家に帰っていないのではないかと」
「しつこくかけ続けて。他の業務は後に回してもいいわ。最優先で唄子さんを確保するのよ」
空前の視聴率を記録した最終回。もはや『唄子の部屋』の価値は昨夜までとは一変している。
いや、それよりも――
「聞き出さなきゃ……シゲル様のことを……」
「はい……どんな手段を使っても……」
――そして、あの歌をもう一度。
目の下に隈をつくった彼女たちは、目と目で通じ合うと、静かに頷き合う。
その瞳に狂信者の輝きを宿して。