アンコールは異世界で   作:ヤマガミ

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第8話

 

 

「し、シゲル様……その、おはようございます」

 

 

唄子の部屋最終回が放送された翌々日の朝。シゲルはいつものように塒のビジネスホテルから出発しようとして、ロビーで待ち構えていた顔面蒼白の唄子に捕まった。

「お?唄子さんじゃねえか、おはようさん」

シゲルはひょいっと片手を上げて挨拶をする。

「これからその辺に弾き語りに行くとこなんだが、一緒に行く?」

「是非!――ではなく。申し訳ありません、少々話を聞いていただきたく……」

シゲルの誘いに、ぱあっと表情を輝かせた唄子だったが、その顔は即座に曇る。

なにやら問題を抱えているらしい。

「話?そりゃ構わねえけど」

知らない仲でもないし、別段急ぎの用事でもない。シゲルは気前よく頷いた。

「……ありがとうございます」

 

深々と頭を下げた唄子は、滔々と語りだした。

 

 

一昨日収録を終えた二人は打ち上げと称し飲み屋に繰り出していた。シゲルは店主の許可を得て弾き語りを店内で行い、二人は気分よく飲み食いし、連絡先を交換して別れたのだ。

唄子としては人生最高の夜であった。シゲルの弾き語りは勿論大好評。シゲルの頼みで唄子もデュエットに参加したりして、店の営業時間を超えて騒ぎは続いた。

唄子はしたたかに酩酊し、家に帰るや否や深い眠りについた。

 

――点滅する留守電のランプに気付くことなく。

 

 

 

 

「目が覚めたら、留守電にすごい量の録音が残っているのに気づきまして……」

「ありゃりゃ」

シゲルは頭を掻く。

唄子とシゲルは、局にゲストの存在を伝えていなかった。

何しろ男性をテレビ出演させるとなると、その手続きは前代未聞のものになる。正直にゲストにシゲルを招くことを提案すれば、到底唄子の部屋の最終回には間に合わないと思われたからだ。

結局、使命感に燃える唄子と、ノリ重視のシゲルはサプライズで生放送に登場することを決めてしまったわけだが――

「まー不意打ちみたいなもんだったからなぁ、俺のゲスト出演。プロデューサーに怒られちゃったか」

「いえ、怒るとかでは……」

唄子はひきつった笑みを浮かべる。

留守電に残っていたのは怒声ではなく、切々とした哀願であった。

 

――今日のゲストについてお話があります。

――お願いですから今日のゲストのシゲル様に会わせてください。

――ホントお願いですから。ギャラ10倍上げますから。

――会わせてくれないなら舌噛んで死にます。

――唄子さん。そこにいるんじゃないですか。

――ウタコサンウタコサンウタコサン

 

血の気が引いたのは言うまでもない。

 

「そんなわけで昨日局長の遥さんと話し合いまして、何とかシゲル様とお話をさせていただけないか、と……」

「へー。いや、俺としちゃその局長さんと会うことに文句はねえぜ」

むしろ渡りに船ってヤツだな、とシゲルは付け加えた。

世界に音楽を響かせる為に、テレビは非常に都合がいいのだ。プロデューサーを説得して何らかの番組に参加させてもらえば、目標にはぐっと近づくだろう。

「そ、そうですか!――良かった」

どうやらシゲルが悪感情を抱いていないことを知って、唄子は胸をなでおろした。見ず知らずの女性に引き合わせたい、と言って喜ぶ男性はまずいないからだ。一般的に男性というものは繊細なメンタルをしている。

「で、その話し合いはいつ、どこでやる予定なんだい?」

「……あの、その、」

唄子が口ごもる。

「ん?」

シゲルが首を傾げると、唄子はそっと掌を上に向けて、ロビーの窓ガラスへと差し出した。

シゲルの視線がそちらに向く。

 

 

「遥さん、もう、そこに……」

 

 

タイトなスーツに身を包んだ美女が、ガラスの外に張り付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓬莱テレビ局長、白柳遥と申します。突然の訪問、まことに申し訳ございません……!」

テーブルに頭をぶつけるような謝罪から話し合いは始まった。

「お、おいおい、頭上げてくれよ」

「いえ――!わたしは男性保護法を明確に犯しています。この話が終わり次第出頭するつもりです。ですが、どうかこの話だけは聞いていただきたいのです!」

決死の表情で拳を握る遙に、シゲルは笑顔を見せる。

「わはは、バカ言え。歌手の追っかけ一々捕まえてたら刑務所一杯になっちゃうだろ。冗談はさておいて、話を聞かせてくれよ」

感極まった遥が再び頭を下げる。

「なんという慈悲深さ……!この遥、感動で前が見えません」

「そりゃテーブルに額押し付けてるからだよ。ったく」

シゲルは両手を伸ばすと、遥の頭をそっと持ち上げるようにして上を向かせた。

自然、遥の顔面はシゲルと至近距離で向き合うことになる。

「お、美人さんだな。下向いてるのは勿体ねえぜ」

口角を上げたシゲルがそんなことを言う。

絶世の美男子によるこんなセリフに対する耐性を持った蓬莱女子は、現代には存在しない。

「――はぶっ」

顔を真っ赤にした遥は、ぶしっと鼻血を吹いて白目を剥いた。

「うおぁ!?」

「は、遥さん!気を確かに!」

 

 

 

 

 

 

「まずはお礼を言わせてください、シゲル様。貴方様はこの度の放送で、視聴者に夢と希望――いえ、生きる意味そのものを与えてくださいました」

大仰なことをきりっとした顔で語る遙だが、鼻に詰めたティッシュが全てを台無しにしていた。

「俺は好きな音楽をやっただけだから、そんなに褒められると照れちまうな。――それよりも」

面はゆそうにそう言ってから、シゲルは軽く頭を下げる。

「連絡も無しに突然出演して悪かったな。そうしようって言ったのは俺だから、唄子さんを怒らないでやってくれよ」

「怒るなどと!唄子さんはあの伝説の放送の、いわば立役者。感謝こそすれど、怒りを覚えることなどありえません!」

「お、そりゃよかった」

「そんなことより――あの放送での十曲。あれらの音楽はシゲル様が作曲されたのですか?」

「おう、作詞作曲俺だな」

今のこの世界においては肯定できるはずの無いその質問に、シゲルはあっさりと答えた。

遥は生唾を飲み込み、恐る恐る切り出す。

「――シゲル様。貴方様のような稀代の音楽家、それも男性の存在を、私は寡聞にして存じませんでした。しかし、私はこれでも蓬莱の芸能事情には精通しております」

遥の眼差しは真剣そのものだった。シゲルはちいさく頷いて先を促す。

「シゲル様は、いったいどこの出身なのでしょうか?」

核心を突く質問が出た。

 

「……うーむ」

 

シゲルは一つ唸ると、腕組みして黙り込む。

遥の目尻が申し訳なさそうにさがる。

「あの、申し訳ありません。お答えできない事情があるのでしたら、もちろん無理には――」

その言葉を広げた五指で遮り、シゲルは立ち上がった。

「ちょいとここで待っててくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

一度部屋に戻ったシゲルが持って帰ってきた『タブレット』を覗き込み、遥と唄子は驚愕していた。

 

「俺がどこから来たのか。それを説明するには、まずコイツを見てもらった方がいいような気がするんだよ」

 

タツヤの荷物にゃ感謝だな、と呟きながら、シゲルがタブレットを操作する。

シゲルのいた世界においてはありふれた端末だった。しかし、やっとカラーテレビが開発されたという段階の世界においては、超技術の塊だ。

美麗な映像。タッチパネル。極めてコンパクトで機能的な本体。

そこにあるのは、まさにオーパーツであった。

遥は身体の震えを抑えられなかった。

 

――わたしは今、何かとんでもないものを見せされている。

 

「――うーん、俺この手の機械に詳しくねえから、操作方法がイマイチ……お、でもこれ全国ツアーの時のライブか。これでいいか。懐かしいなオイ」

 

シゲルの指がささっと画面を撫でると、ノートよりも小さい機械が、恐ろしく鮮やかな映像を映し出した。

殆ど魔法のようであった。遥は眩暈を覚える。夢を見ているような非現実感であった。唄子の口は拳が入りそうなくらい開かれたまま閉じる気配が無い。

 

「ちゃちなスピーカーだから音は悪ィな。ま、しゃあねえ」

 

画面の中に、熱唱する男性の姿が映る。

二人の女性の視線は、その男性に釘付けとなる。

エネルギッシュな姿だった。こんな男性がこの世に存在したら、ニュースになるどころでは済まない。

聞いたこともない素晴らしい歌が、男性の喉から迸っている。

その声は、櫻崎シゲルとうり二つだった。

 

「こいつが『前世の俺』だ」

 

画面の中の男性を指さし躊躇いなくそう言ったシゲルに、遥は生唾を飲み込んで向き直る。

「シゲル様――貴方様は、一体何者なのですか」

遥の声は震えていた。

シゲルは少々考え込むと、椅子に深く座りなおした。

「ちょいと長くなるぜ」

 

 

 

何故、どうやってこの世界に来たのかという疑問に関しては、弁天様のメモにあった通り『憶えていない』でごまかした。確かに死んだ筈だが、気が付けば公園にいた、と。

弁天様とのやり取りに関しても話していない。

しかし、それ以外に関してはシゲルは真実を語ることにした。記憶喪失の設定を守ったまま音楽を広めるというのは、どうにも骨が折れそうだと思ったからである。

 

「――で、では、その、シゲル様は、『異世界人』である、と……?」

「うーむ。我ながらやべー説明だけど、そういうことになっちゃうんだよなぁ」

事のあらましを語り終えたシゲルは、「眉唾だよなぁ」と頭を掻く。

しかし、遥は首を横に振ると、

「いいえ。信じられます」

力強く言った。その目に一切の疑心はうかがえなかった。

「こんなものを、今の科学力で作れるはずがありません」

「そんなに隔絶してるのかい?」

「はい。この世界基準からすれば、まさに魔法のような技術ですし――この端末は小型化されていて、完成度が高すぎます。そう、技術の『積み重ね』を感じるのです。こんな凄まじいものを開発できる機関がこの世のどこかにあるという世迷言より、『異世界から持ち込まれた』という説明の方がよほどしっくりきます。――なにより」

一息にそこまで言った遥は、未だにライブ映像を流し続けるタブレットを指す。

前世の櫻崎シゲルが元気いっぱいに歌っている。

「この映像。こんな男性がこんな規模のコンサートを行っていたら、ニュースにならないわけがありません」

「そうなの?」

「ですよね、唄子さん」

「はい、間違いなく世界的なニュースになると思います」

頬を紅潮させた唄子がこくこくと頷く。その眼はタブレットに釘付けだ。

唄子の知識には存在しないバンドミュージックが、小さな画面に圧倒的なパワーで展開されている。

一秒たりとも見逃せない。唄子は全神経を画面とスピーカーに集中させている。

 

 

――しかし、映像は不意に途絶えた。

 

 

「あれ?!」

唄子が狼狽える。

タブレットは『low battery』の文字を僅かな時間だけ表示させると、完全に沈黙した。

「あ、電池切れか」

「この機械は電池で動いているのですか?」

「充電池だよ。コンセントに繋げば充電できるんだが、どうもこっちの世界とは規格が違うらしくてな。手持ちの充電器じゃ充電できねえんだわ」

「じっ、人類の至宝がしれっと失われてしまったのでは……?!」

唄子は顔面蒼白となった。

「充電器そのものは持っておられるのですね?」

遥が問う。シゲルは頷いた。

「おう。荷物に入ってたな」

「ならば変圧器を用意できれば充電できるやもしれません」

「お、なるほど。電器屋に売ってるかな?」

「おそらくプラグの形状が異なると思われますので、専門的な加工が必要になるかと思われます」

「あー、そりゃそうだよなぁ。確かにコンセントの形全然違うし」

「するとその機械は……?」

唄子が恐る恐る問う。シゲルは肩を竦めた。

「俺にはその手の技術は無いし、こっちにゃ何の伝手もねえから当面お役御免だな」

「そ、そうですかぁ……」

唄子ががっくりと肩を落とす。

「――伝手、ですか」

しかしそう呟いた遥の目は、唄子とは対照的に強く光っていた。

「シゲル様。あの機械は一般家庭に存在するものなのですか?」

「ああ、人によっては何枚も持ってたぜ。タブレットそのものはともかく、似たような端末は大体の人が持ってたんじゃねえかな?」

「――もし、あれが全ての人々に普及すれば……」

考えをまとめるようにしばし俯いた遥は、やがて顔を上げるとシゲルに向き直った。

「シゲル様。この世界には原因不明の奇病『昏睡病』が蔓延しているのはご存じでしょうか?」

「おう。厄介な病気らしいな」

「はい。死に至る病ですが、現状特効薬のようなものは開発できておりません。二世紀前にこの病が発見されてから、世界は衰退する一方です。――ですが、私はシゲル様の歌こそがこの昏睡病に対する『特効薬』になるのではないかと思っております」

「私も同じ意見です」

大仰な遥のセリフに、唄子は迷いなく追随する。だからこそ様々な手続きをすっ飛ばして櫻崎シゲルをゲストとして招いたのだ。

大げさだなぁ、と笑い飛ばしたかったシゲルだが、弁天様の手紙を鑑みるとそうもいかなかった。

『――この病に対する特効薬こそ貴方なの。

とにかく貴方の音楽で――』

手紙の最後を思い出し、シゲルはふーむと唸る。

「――俺の歌に、病気を治す力があるかはわからねえ。だけどもしそうだとしたら、俺は一刻も早く皆に歌を届けたい」

シゲルはまっすぐに遥を見つめる。

「遥さん。俺をテレビに出させちゃくれないか?俺の歌を、蓬莱に響かせてえんだ」

太陽のように熱いシゲルの言葉を聞いて、しかし遥は俯くと、申し訳なさげに眉根を寄せる。

「――本日はわたくし、シゲル様にテレビ出演のお願いをするべく参りました。ですが、こうしてお話を伺った今――はっきり申し上げれば、事態はイチTVプロデューサーの手に余ると言わざるを得ません」

「お、おいおい、そんなこたねえよ。テレビ放送してもらえたらすげえ心強いぜ?」

「あ、いえ、申し訳ありません、少々言葉が足りませんでした。もちろん、蓬莱テレビはシゲル様を全力で手助けさせていただきたく思っております。恐らくそれは、蓬莱人にとっての希望になるでしょうから」

ですが、と唄子は続ける。

「我々ではおそらく力不足なのです。シゲル様、この蓬莱におけるテレビの普及率をご存じですか?」

「普及率?……あ、もしかして、家庭に一台テレビ無い?」

「はい。最新の調査では、普及率は凡そ三十パーセント。――シゲル様の歌を蓬莱中に届けるには、テレビの持つ力自体が不足しているのです」

遥はそう言ってくやし気に拳を握り締めたが、直ぐにその目に闘志を漲らせてシゲルを見上げる。

「しかし!足りない力は他から補えばよいのです!シゲル様を『然るべきところ』がバックアップすれば、単なるテレビ出演にとどまらず――なにか、もっと大きなことを成し遂げられる。そんな確信があります!」

「然るべきところ?」

「はい。我々は国とのパイプを持っています」

遥は言い切る。

テレビ放送は半分国策のようなものであった。予算も一部国から降りているし、テレビ番組の構成にも役人が絡むことは珍しくない。

「国とのパイプ……ってえことはつまり、お役人と話をして、蓬莱っていう国そのものにバックについてもらうってことかい?」

遥は力強く頷く。

「我々のコネクションを総動員してでも、高級官僚クラスを引っ張り出してみせます」

「何だか大ごとになってきちまったなぁ」

「事実、世界がひっくり返るほどの大ごとであると認識しております」

「はは、なるほどな。――じゃあいっちょ、盛大にひっくり返してやろうぜ!」

眩い笑みと共に、シゲルが手を差し出す。

それを遥は目ん玉を見開いて見る。シゲルは首を傾げた。

「……あれ?もしかしてこっちの世界じゃ握手の習慣とかってないのか?」

――握手。お互いの手を握り合う挨拶。蓬莱においても古来から友好を示すために行われている。

とはいえそれは、現代においては同性同士で行われる。男性は法律で守られており、みだりにその身体に触れることは犯罪行為に当たるからだ。

しかし無論、男性側が承諾していれば話は別である。

「いっ、いえ!ございます!ございますとも!!」

遥は慌てて右手を差し出す。

男性の手を握るなど、人生初めての経験だった。恐らく今後も無い。

まるでアル中患者のように震えるたおやかな手を、シゲルの手が握る。

 

――あったかい。

 

「これからもよろしく頼むぜ!」

 

――こえ、すてき。

 

「はいゥッ!」

 

遥はまたしても気を失った。

 

 

 

 

 

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