卯月 △日 (曇)
この昂る気持ち、どうにかして発散しないと暴走しかねないから日記にぶつけることにします。
『イケメンと結婚してお嫁さんの妖怪になる』
そんな夢を旗に掲げ、嘲笑われること数千年。
ようやく私にも出会いが訪れましたわ!
以前菫子によって引き起こされたオカルトボールの異変。異変自体は迅速に解決されたけれど、その影響は今も根強く残っている。
オカルトボールは常に高い霊力を放っており、それは博麗大結界が揺らぐほどのもの。異変が解決された今でも稀に結界が不安定になることがある。具体的に言うと、外の世界に幻想郷へと繋がるスキマができてしまうの。
それを防ぐために、私は藍に言われて嫌々幻想郷の責任者として外の世界を不定期ながらパトロールしている。
その時よ、彼と運命的な出会いを果たしたのは。
「すみません。ハンカチ落としましたよ」
脳がとろけそうなほどのハスキーボイス。初めは私にかけられた言葉じゃないと思ったわ。いくら外の世界とは言え、私のような女がハンカチを落としたところで拾ってくれる殿方などいるわけないと思っていたから。
「……え、えっと。あ、あの。すみません!」
だから肩に一瞬触れられたとき、全身に雷が落ちたような衝撃がした。
「このハンカチ、貴女のものではないですか?」
勢いよく振り返ると、そこには微笑みながらハンカチを差し出す男らしい目付きをした殿方がいたの。
私はすぐに理解したわ。これ、少女漫画で習ったシチュだと。
しかもハンカチを受けとる際、彼の手と触れてしまったの! でも彼は嫌な顔一つせず「お渡しできてよかったです。それでは」って笑顔で立ち去ったのよ! こんな自他共にブサイクと認める私によ! 脈がなければなんなのよって反応じゃない!
このことを藍に話し、どうやったら彼とお近づきになれるか相談したら真剣な顔で「来世に期待してみては?」と言われたのは別の話よ。本人は至って真面目なのだから質が悪い。
とにかく、彼のことがもっと知りたい。
先ずは観察するところから始めることにしましょう。
ストーカー? 知らない単語ね。
卯月 〇日
彼を観察し始めて数日。やってしまいましたわ。
仕事終わりに缶コーヒーを飲みながら帰る彼。あの缶になりたい今日もカッコいいわぁ…と思った矢先、彼に向かってトラックが勢いよく突っ込みそうになったのだ。そして私は咄嗟に助けてしまったの。幻想郷に彼を引き込む形で。
幻想郷は忘れられた者たちの楽園。来るもの拒まず、全てを受け入れる世界。しかし、こちらから外の世界への過度な干渉は、幻想郷という存在を曖昧にしかねないため禁じている。それを決めたのは他でもない私だ。
これでは他の賢者に示しがつかない―——そう思っていた時期が、私にもありましたわ。その程度のことで彼と一緒に居られるなら別にいいじゃない。私がルールよ。
でも、助けた拍子に彼の名前を叫んでしまったのは失敗だったわ。名前を知っているのは要注意人物として今まで監視していたからと嘘をついたけど、少し無理があったかしら。でも真実は残酷だもの。私の様な醜い女に一目惚れされた挙句、数日中視漢観察されていたなどと知られたらドン引きでしょ? お願いわかって。知らないほうが幸せなこともあるの。
そして私はもう一つ嘘を重ねた。「結界に異常が発生していて直ぐに外の世界に返すことができない」と。
結界の異常は嘘ではないが、外に返すことなんて訳はない。私の力を持ってすれば赤子を泣かすことより簡単なこと。少しでも彼と一緒に居たいと思ったが故の嘘。許してほしい、この乙女心には逆らえないの……っ!
彼は私のことを覚えていないようだった。まぁあの時は目立たないように地味な格好をしていたし、長い金髪は括って帽子に隠していたから無理もないでしょう。でもちょっぴり残念。
卯月 ◇日 (晴)
彼との好感度を上げるため、早起きして朝食を作る。料理を作るのなんて何年ぶりかしら。藍を式に招いたころは良くやっていたものねぇ……。
腕は鈍っていないようで、彼も夢中で食べてくれた。同時に微笑みながらこうも言ってくれた。
「とても美味しいです。八雲殿は良い母親になれますね」
それはプロポーズと受け取っていいのよね? お前をママにしてやるよって意味でいいのよね?? その言葉だけでもう準備万端よ。私はナニでも受け入れるわ。式は何時がいいかしら。
これはもう結婚したも当然ね。正直、彼がどうして私を見て気味悪がらないのかは未だにわからないけれど、ポジティブに受け入れましょう。前世で恋人だったとかに違いないわ。
しかも彼「こっちで住民票ってどうやったら登録できます?」って! 私と永住する気満々! 住民票なんて愛があれば必要ないわ!
でも私に気を使ってか「私に構ってくれるのはありがたいのですが、ご自宅には帰らなくてもよろしいのですか?」とも聞いてきた。そんな優しい貴方も好き好き大好き。
…………でもなぁ、流石に数日帰らないと藍に怪しまれかねない。結界の件も解決しているわけではないし……。
面倒事は先に片付けるに限るわ。彼との有意義な時間を邪魔する障害はとっととスキマにポイしましょ。
卯月 □日 (曇)
彼と話すと脳内に幸せな成分が分泌されるのがわかる。
それは私を快楽へ誘おうとするものであり、私もそれにずっと身を委ねていたい。が、理性や決心が揺らぎかねないので、実に名残惜しいけれど、彼が起きる前に帰省をした。
藍には今まで結界の監視をしていたと言って胡麻化した。流石に嘘だとバレるか……?という私の心配は「2日も夜通しで……!? 流石紫様です!」と杞憂に終わった。堅物真面目な式で助かったわ。
彼と離れるのは辛いけれど、結界が未だ不安定なのは紛れもない事実。今日は藍の手も借りて結界の安定に注力しましょう。そして早く式の段取りを決めたい。私はウエディングドレスが良いわ。スピーチは幽々子にお願いしましょ。
私たちのやる気とは裏腹に作業はかなり難航し、気がつけば日付か変わっていた。彼の成分が足りなくなって過呼吸気味になってきた私は「少し休憩するわ」と藍に言って、10分だけ彼の家に戻った。
そこには机に伏しながら眠る彼と、ラップに包まれたおにぎりが2個置いてあった。その傍には『八雲殿へ よければ夜食にどうぞ』の書置きも。
あああああああんっ! もう、ダーリンったらもう! もうっ!! ゆかりん、う・れ・し・い☆ この書置きだけで想像妊娠しちゃいそうぅ☆ 胸を張って言える、今までの妖怪人生の中で今が一番輝いている! ゆかりんにもついに春が来たのよおおおおおおうふふぅぅううううううう!!
おにぎりを食べる勢いのまま彼まで美味しくいただきかけたが、何とか理性が勝った。我慢よ紫。卒業は結婚初夜と決めたじゃない。うふふ。
あと彼の肩に毛布をかけておく。
できる女は違うのよ。うふふ。
卯月 ×日 (晴)
昨日の日記を見返したけれど、我ながら気持ち悪かったと思う。でも仕方ないでしょ。彼、私のために夜食を作ってまで待っててくれたんだもの。是非ともお礼は身体で支払いたいものだわ。
今日も藍に怪しまれないように仕事に専念。さっさと結界を常時安定させ、彼と永遠にイチャコラしたいわ。
本当に夜通し2日で作業を行った結果、完璧とまではいかないけれどかなり安定させられるようになった。自分はもう数日作業をすると言って藍には先に帰らせ、私は彼の家に直行。
帰ると彼が「お帰りなさい八雲殿」と微笑みながら出迎えてくれた。
やだ、私の旦那、尊すぎ……? 尊すぎて涙が出るわ。
彼は今日仕事探しをしていたみたい。
寺子屋でのバイトが決まったと喜んでいた。
…まぁ、あのワーハクタクの下ならば問題ないでしょう。彼女は半妖ゆえ、普通の妖怪よりはずっと理性的だ。教員という立場と彼女の真面目な性格上、思いのまま彼に手を出すことはまずありえない。それに実力もある、彼を危険から守ることも彼女なら充分できる。
人里に住む女の中では、私が信頼できる数少ない者の一人だ。心配はいらないでしょう。
卯月 ◎日 (晴)
藍にはテレパスで「今日は私一人で集中したいから結界修復には来なくていい」と伝えておいたから、今日は存分にお嫁さんの妖怪として活動することができた。
私はもうスキマ妖怪なんかじゃなくてよ。仕事に行く彼を手を振って見送る私の姿、どこをどう見てもお嫁さんの妖怪でしょ!
彼とはもう結婚秒読みだし、今日は念願のあのセリフを言ってみた。それは結婚したら言ってみたいセリフランキング第3位「ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」。
彼の慌てふためく可愛い反応を期待していたけど「じゃあ八雲殿で」と返されるとは夢にも思ってなかったわ。むしろ夢だと思って襲いかけた。もぅダーリンったら☆ おもわず発情しちゃったじゃない☆ てへぺろ☆
………いえ、私も反省しなくちゃね。
この調子じゃ彼に品のない女だと思われかねないわ。
私は淑女。できる女、やくもゆかりん。
いかなる時も冷静に、自分の心を制御しなくちゃね。
卯月 ▲日 (晴)
は? 何あの女? は?
私の旦那になんてこと吹き込んでやがりますの!?
人間の精を好む? 妖怪は人間を精根と精魂が枯れ果てるまで吸い付くす醜き獣? そんなの脳みその小さい低級妖怪に限った話よ! 私ぐらいの大妖怪になれば性欲ぐらいコントロールできますわ!
彼の口から『妖怪=ブサイク』の方程式が出てきた時、全てが終わったと思った。彼は私の力も知っているし、妖怪だとバレたと思った。何て短い春、再び私の人生に婚活氷河期がやってきたのだと思った。
そこからはもう自然に身体が動いていた。即座に彼へ土下座した。騙してごめんなさい! 許してください何でもしますからぁああ!! と悲愴の涙を流して何度も頭を打ち付けた。
自分でも見苦しい姿を晒したと思う。
でも彼も口から出た言葉は、私の涙を全て吹き飛ばした。
「嫌いになんかなってないですから落ち着いてください! せっかくの美人がいろいろと台無しになってますから!」
彼はもしかして、私にだけ見える地上に舞い降りた天使なのでは? もう好きを通り越して崇拝しちゃいそう。私の好感度はMaxを超えて有頂天に突入してるのだけど、どう責任と取ってくれるのマイダーリン?
やはり彼と私は運命の赤い糸でグルグル巻きにされてるに違いない。でなければ私に向かって美人なんてワードなんて出るわけないもの。
幸せ。あぁ幸せ。結婚しよ。
卯月 ▼日 (晴)
彼が痛そうに腰を摩っていたからマッサージしてあげた。
ベツニ ヤマシイ キモチ ナンテ ナクッテヨ。
時間をかけてじっくりねっとりモミモミワサワサと。途中から私の中の天使と悪魔が血みどろの死闘を繰り広げたけれど、紙一重のところで天使が勝ってくれたおかげで彼をレイ襲わずに済んだわ。
彼も満足してくれたみたいでよかった。
その笑顔だけで胸が満たされる。心の底から嬉しく思えるもの。
これはもう、告白してもいいのでは?
結婚前提にズッコンバッコンお付き合いしてくださいと。
自分が幻想郷創設者の一人であること、そして妖怪であること。この2つも告白しなければならないけど、彼なら受け入れてくれるはず。私はそう信じている。
心の準備に一晩はかかりそう。
勇気を出すのよ紫。明日にこそ、長かった独身生活に終止符の打つのよ!
卯月 ●日 (曇)
はあああああああああああッ!?
ふざけんじゃないわよホントにもおおおッ!!
空気読みなさいよあんのクソ結界ッ!!
こんなタイミングで穴なんか開くんじゃないわよッ!!
私とダーリンのラブラブチュッチュな時間を返せッ!!
返せええええええええええええッ!!!
(以降 白紙が続いている)