妹の配信に入り込んだらVTuber扱いされた件   作:江波界司

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けっこう早めの更新に来たぜ!


#兄者、お借りします

 スマホに映る可愛らしい少女の絵。

 ブンブンと頭ごと体を左右に振りながら、少女は言う。

 

『こんなしー!音無杏だよ〜!』

 

 コメント:こんなし!

 コメント:うぽつ

 コメント:待ってたぜ

 

『みんなありがとお!今日聞いてる曲はね、ボカロの──』

 

 コメント:それすこ

 コメント:よし準備

 コメント:曲入れてくる

 コメント:初見です

 

『無理しなくてもいいからね。あ、初見さんいらっしゃい。あたしはいつも耳半分音楽聞いてるから気にしないでね』

 

「……いや、誰だよ」

「アンちゃんだけど〜」

 

 嘘つけ。

 明らかに中身と別人だろ。

 姉妹の誰かが代わってんじゃねぇのか。

 愚妹達が出てしまったテレビの話題から、ほぼ見せ場なく終了した音無杏の話になった。

 いつもはこうじゃないという愚妹のセリフを疑ったのは言うまでもない。

 そして今はありとあらゆるものを疑っている。

 

 腰ほどまで伸ばした紺色の髪を二本に分けて結んでいる少女。

 前髪を右へ寄せるヘアピンには小さな花が施されている。

 瞳も薄い水色で、全体的に静かな印象がある。

 絵のタッチもあってかなり幼顔をしていて、声や話し方も含めると合法ロリとか言われてそうだ。

 首には黒地に青の蛍光ラインが入ったヘッドホンがあり、音楽がないとやばいという本人のイメージに合っている。

 着ているパーカーも紺色。サイズはやや大きめで萌え袖になっており、前方にはチャックの代わりにスピーカーのイラストが付いている。

 下は黒のスカートに、右足だけ青と黒の縞ニーソを履いている。

 見るからに大人しそうだが、テンションは平均的なVTuberな気がする。

 どう考えてもあの子と一致しない。

 

「これがあの音楽中毒者なのか?」

「言い方わる〜。アンちゃんはめっちゃ音楽好きなだけだよ〜」

「これないと生きてけないみたいなノリで言われたぞ」

「あ〜、配信前とかも聞いてないと不安になるみたい」

「それ絶対トラウマとかあって人間不信なったパターンだろ」

「ないよ〜多分〜」

「お前の発言の信憑性、今都市伝説とどっこいどっこいだからな」

「信じるか信じないかはあなた次第〜!」

「だから絶対信じねぇ」

「信じれ〜!」

「そんな命令形はない」

 

 音無杏。

 P.S二期生にしてドがつく陰キャ。

 ヘッドホンが手放せないとかいう十字架付き。

 ……この子、どうやって生きてきたのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 P.S事務所に素通りで入るどころか社員に挨拶までされ始めている。

 俺はどこまで行ってしまうのだろう。

 この日は撮影関係で愚妹を送り付けたついでにボスに呼ばれた。

 休憩時間が被るらしく、世間話のついでに先の件の礼でも言いたいんだろう。

 社内にあるカフェテリアで待つ旨を伝えた。

 P.Sの社内カフェはそれなりに大きい。

 オリジナルのコーヒーとドーナツが特に人気だ。

 昼食だけでなく、休憩時間もよく人がいるらしい。

 昼時は外で食べる人も多いため、時間によってはむしろ誰もいない時間があったりする(八重咲談)。

 たまたまそんな時間に来れたのはラッキーだな。

 コーヒーとドーナツを二つ貰って席に座る。

 空いている時は毎回座る窓際の隅。

 景色も悪くない。

 ビルの隙間を一直線に抜けた先に小さく海を見る。

 カップに一口つけた後、正面を向いた。

 吹き出す寸前だった。

 

「あっ……あぁっ……」

 

 そこには、スマホを両手持ちするステルス陰キャ(リアルおとなしあんず)がいた。

 

「はっ……あっ……」

「……すまん、わざとじゃないんだ」

 

 ここに座って目の前を見るまで彼女が居ることに気が付かなかった。

 今すぐ特務機関に入ってエージェントになること勧めたいレベルで気配がなかった。

 絶が使えるらしい。

 音無杏は完全に怯え切った表情で、ゆっくりとハンズアップするかのようにヘッドホンを首元まで下げる。

 周りの席はガラガラだ。

 彼女からすればどう考えても話しかけるためにここに座ったように見えるだろう。

 しかし目的も話すことも何もない。

 だが気付かなかったと行って去るのもどうか。

 ヘッドホンを取っている段階で会話の意志を示している気もするし。

 

「いつもこの席に座ってるもんだから、つい」

「え……あっ……はい……」

「どいてもらおう、とかそういう気はないんです。邪魔しました」

「あっ……えっ……その……まっ……」

 

 席を立とうとしたタイミングで、通知が来た。

 直ぐに確認した内容は、ボスが急用で遅れるというもの。

 この気まずい時間を引き伸ばすな。

 

「あ……あの……こ、この前……は……」

「はい?」

「ひぃ……」

「……」

「……あっ……えっと……」

 

 また怯えさせてしまった。

 いや、俺ただ返事しただけなんだけど。

 そんなに怖いですか僕。

 無言でいるのも圧かけてるみたいに感じてんのかな。

 あと忘れそうになるけどこの人歳上だ。

 

「どうかしましたか?」

「あっ、あの……その……この前……」

「この前?」

「く、車で……車で、送ってもらって……その時……あの……」

「あぁ、送迎の事ですか。気にしなくていいですよ」

「そ、そうじゃなくて。そうじゃ、なくて……あの……」

「焦らなくていいですよ。待ちますから」

「あ……はい……。あの……ヘッドホン……もらって……その……あ、あっ、ありがとう……ございます……」

「あぁ、いえ、こちらこそ貰ってもらえて良かったです。もともと捨ててしまうものだったので」

「あ、はい……。その……助かり、ました……」

「俺もです。お互い様ですね」

 

 意識的に優しく笑顔をつくる。

 それを見たからか、彼女の方も少し楽そうになった。

 会って二回目の、ほぼ他人の異性に礼を言うのはかなり緊張するのだろう。

 前は話すことすら無理そうだったからな。

 

「よかったら食べますか?ドーナツ」

「え?あ……でも……」

「実は欲張って買ったんですが、二つは多くて。貰ってもらえると助かります」

「あ……えっと、その……じゃあ……いただきます」

「好きな方をどうぞ」

 

 音無はエンゼルクリームをゆっくり取ると、極小の一口目を刻んだ。

 見られているのは嫌だろうし、俺もチョコファッションをつまみながら窓の外を見る。

 少しの時間が経ち俺がドーナツを食べ終える頃、彼女のエンゼルはようやく折り返し地点まで来たところだった。

 にしても、夢中で食ってるな。

 小動物みたいだ。

 ハムスターとか飼ってるやつはこんな気分で見てるんだろうか。

 なんか餌付けしてる気分になる。

 半分ほどまでコーヒーを飲み進めた辺りで、音無が顔を上げた。

 

「あ、あの……」

「なんですか?」

「あの……ドーナツ……ありがとう、ございます……」

「いえ、こちらこそ」

「……ずっと、その……食べてみた、かったから……」

「そうなんですか?」

 

 コクンと目線を下げて彼女は頷いた。

 まさか、店員と話せないとかか?

 ここに座る分には誰にも何も言われないだろうしな。

 今は人も少ないし。

 で、たまたま今日ここに居合わせた俺からドーナツをもらえてハッピーと。

 それは彼女の首元にある愚妹のヘッドホンバフによるものなんだろうか。

 噂をしてもいないが、用事を終えた愚妹が来た。

 

「兄者〜、おわった〜」

「おお、早かったな」

「アタシこ〜ゆ〜の得意だから〜。あ、アンちゃん!おはる〜」

「あ、お、おはる〜」

「普通に返せるんだな」

「あ、え……いや……その……」

「何この対応の差」

「兄者、基本怖いし〜」

「ここまでビビってたやついなかったと思うが」

「でもVが初めての人ばっかりじゃない〜?」

「あぁ、そういやそうか。初対面は全員コラボみたいなもんだな」

「だからね〜兄者は初めて会った人からは大体ビビられるから大丈夫だよ〜」

「あ、うん」

「それどんなフォロー?下手より腹立つって感想が勝つわ」

「ほら〜そういうとこ〜」

「知り合いにしかしねぇから大丈夫だ」

「ちょ!デコピンはな──ふぎゃぁっ!」

 

 独特な鳴き声だな。

 両生類でももうちょい言語化できそうな声出すぞ。

 バカと話している間、音無は交互に発言者へ目を向けていた。

 首振り人形みたくなってるぞ。

 何かしらの通知が来たらしく、音無はスマホへその視線を落とす。

 どうぞと促すと、高速で返信していた。

 動き速いな。

 高橋名人が若返ったらこんな感じなのかってくらい速い。

 本人に聞こえないよう愚妹を引っ張って聞く。

 

「前も聞いたが、これ本当に音無杏であってんの?」

「そうだけど〜?」

「配信の時とテンション違いすぎんだろ」

「そんなもんでしょ〜。いつも配信のテンションの人とかあんまいないよ〜?」

「俺の知り合いほぼ全員ギアチェンジ無しなんだが」

「あ〜、そういう人のが珍しいらしい」

「その珍獣筆頭のお前が言うならそうなんだろうな」

「人ですらないじゃん〜!」

 

 まぁVTuberってだけで何割かは人間やめてるし。

 主にDが一つ消える的な意味で。

 その職業に適性があるなら尚更常人じゃない。

 不死身、不老不死、スタンドパワーとかあっても文句言われないからな。

 

「あ、あの……」

「ん?」

「あ……えっと……」

「愚妹、通訳」

「え、何それ?」

「何か言いたげだから聞いて来てくれ」

「あいさ〜!アンちゃんどうした〜?」

 

 音無が愚妹に耳打ちしている。

 

「あ〜、うん。で〜?」

「…………………………」

「え、マジ?兄者が〜?うそだ〜」

「……………………………………」

「お〜、うん。へ〜、それでそれで〜?」

「…………………………………………………………」

「あ〜、え〜どうしよっか〜」

「おい」

「え、なに〜?」

「何じゃねぇよ。説明しろ」

「聞いてこいって言ったの兄者じゃん!」

「聞きっぱなしにしろとは言ってねぇ」

 

 俺も俺だが、なんでこんな奴に通訳を頼んでしまったのか。

 今すぐにでも八重咲とか呼ぶか。

 陰キャと陰キャはいずれ引かれ合うとかで上手く取り持って欲しい。

 

「ん〜、アンちゃんスマホかして〜」

「え?あ、うん、はい」

「兄者〜、はい」

「いや、はいって」

「見た方が早いと思う〜」

「お前が効率を語るなよ」

 

 他人のスマホを見ていいのかって気もするが、本人の許可が下りてるし問題ないか。

 渡された画面に映っているのはLIMEのトークルーム。

 

 LIME

 

 音無杏『姉御!』

 音無杏『聞いて聞いて!』

 姉御『どしたん?』

 音無杏『あたし男の人と話せた!』

 音無杏『すごくない?』

 姉御『夜斗やろ』

 音無杏『違う人』

 音無杏『顔の怖いお兄さん』

 姉御『嘘やろ』

 姉御『本当やったら明日雪ふんで』

 音無杏『じゃあ傘もって出ないと』

 姉御『マジなんかい!』

 

「……なんだこの姉妹漫才」

「兄者、もうちょい下」

「おん」

 

 音無杏『顔の怖いお兄さんに白い粉ついたお菓子もらった』

 姉御『ぜったいくうなよ!』

 音無杏『もう食べた』

 姉御『あかんやろ!』

 姉御『今すぐ警察行き!』

 

「はぁ……………………………………………………」

「クソデカため息ついてる〜」

 

 そらつきたくもなる。

 なんだこれ。

 字ヅラがどう見ても反社会的なお兄さんの持ってる幸せになれる薬じゃねぇか。

 ただ砂糖濃いめのドーナツ渡しただけなんですが。

 愚妹に運吸われてんじゃねぇか?

 

「これ、ギャグだよな」

 

 音無はコクコクと頷いた。

 

「あーよかったー」

「兄者〜、下の文見たよね?」

「……見た」

「どうすんの〜?」

「こっちが聞きてぇ」

 

 LIME

 

 姉御『そいつ連れてき!』

 姉御『どつき回したる』

 

「どつき回すなんて単語初めてリアルに見たわ」

「兄者どつき回されんだ〜」

「どつき回されるらしい。……それ何されんだ?」

「さ〜?」

 

 方言ってメッセージにとかも出るんだなーとか場違いなコメントを残しておく。

 これ、会わないとダメなやつか?

 音無がギャグで言ってるから誤魔化せそうな気もするが。

 ……どうやら無理らしい。

 今お断りのメッセージを送った瞬間にこっちへ来る宣言で返された。

 オ〇ルマイトが来た時のヴィランってこんな気持ちなのかね。

 まだ誰も来てないし俺はヴィランじゃないけども。

 なし崩し的に、俺は音無の姉との邂逅を果たさねばならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、例のテレビ番組の打ち上げということで出演者はボスに連れられて焼肉に行った。

 俺も行った。

 なんか誰よりも食ったし誰よりも焼いてた気がする。

 夜斗と愚妹に任せると炭素作るし、音無はもはや石像だったからな。

 ボスはビールをありえん量飲んでいたが終始シラフのような態度だった。

 あんたが焼けよ。

 ちなみにロシアンたこ焼き(8分の1)を8連続で当て続けた夜斗は見るに耐えなかった。

 笑い死ぬ。

 




次回、姉御登場。
音無がレアキャラ過ぎてもはやリアル世界線でないと話が進まん。
兄者も積極的に関わりに行くタイプじゃないからなー。

音無杏のキャラデザはホ〇ライブの百鬼あ〇めをど陰キャにして、猫又お〇ゆにスカートと履かせたみたいな感じ。

Q.いきなり新キャラ二人って大丈夫?
A.もともとツーマンセル

Q.夜斗が姫のアイテム持つとどうなる?
A.複製品ではオリジナルには勝てない

Q.姫とコンビ組んでるのになんで夜斗は不運なの?
A.愚妹の幸運と夜斗の不運が同じ結果を選ぶから




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第三回 あなたの推しは?

  • 春風桜
  • 八重咲紅葉
  • 吹雪菫
  • サイサリス・夜斗・グランツ
  • 甘鳥椿
  • 音無杏
  • 紅上桃

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