妹の配信に入り込んだらVTuber扱いされた件 作:江波界司
猫は思っているよりも飼い主を覚えている。
三日で記憶が無くなるなんて話も聞くが、一ヶ月くらい会わなくてもそうそう忘れるものではないらしい。
よそよそしい態度を取られるのは、単に警戒されているだけなのだという。
俺だって久しぶりに会う同級生とか怖いもん。
結局のところ、対人における記憶力は互いの関係性に依存する。
親密で大切な記憶ほど忘れにくいのは人も猫も変わりはしない。
逆に関係値が低い相手の記憶はすぐに無くなってしまう。
我が家の飼い猫も、餌補給係の俺より命の恩人といえる愚妹の方に懐いているくらいだ。
先に匂いを忘れられるのは俺の方だろうな。
さて、我が家の食事スペースでそんなことを考える羽目になっているのはなぜか。
それは目の前に、一ヶ月ぶりに会う音無杏という名の小動物がいるせいである。
ここ最近はお互いに音ゲー通話とかもなかったからな。話すこと自体がもう久しぶりだ。
彼女は無言で対面の椅子に座ってるんだが、結局何しに来たんだよ。
無理に聞いても無駄なのは知っているので取り敢えず麦茶でも出そう。
「粗茶ですが」
「え、あ……ありがとう……」
「あと、粗プリンですが」
「え?あ、え?ありがとう……ございます……?」
「あ〜!またアタシのプリン減らした〜!」
「おめぇはさっさと洗い物を終わらせろ」
「も〜アタシのプリンなのに〜!」
キッチンの奥では愚妹が皿洗いに興じている。
この前プリン禁止令を出してはみたが、知り合いの多くに受け取りを拒否られたため処理に困っている。
なんでだろうな、プリン美味しいのに。
そんな訳で、家事を手伝う毎にプリンを贈呈するお手伝いポイント制にて愚妹を働かせている。
このシステム使うの小学生以来だぞ。
我が家の冷蔵庫問題は一旦置いておくとして、優先すべきは音無の方か。
……いや、先に向こうだろうか。
チラリと、リビングの方へ視線を動かす。
「なんじゃあ?それが配信で鍛えたキャラ捌きかのう?」
「すぐに崖下まで落としたるわ!」
「さっきから落ちとるのは主じゃがのう」
「エリカもゼロ落ちちゃうやろ!まだ負けてへんからな!」
「残念じゃが、これで落ちるのは主だけじゃ」
「道ズレですらないんかい!」
「配信で鍛えたのはリアクション芸みたいじゃのう」
「もう一回や!」
またホ〇ラかヒ〇リが落とされたか。
なぜ我が家で姉御とエリカがス〇ブラしているのか。
しかもバチバチにやり合ってる。
まぁ取っ組み合いよりはマシか。
エリカの方はランダムキャラだし事実上のハンデ戦だが、姉御じゃ勝ち越しは厳しいだろうな。
……これ、この後リアルファイトにならねぇよな。
愚妹と音無を含む俺たち三人はプリンを食いながら、リビングの限りなく喧嘩な楽しい楽しいパーティーゲームを眺めていた。
対戦はそれはもう白熱している。
わー仲良いねー。
「なんで姉御とエリカの来る日が被るかね」
「アタシ〜なっしーと姉御が来るって聞いてない〜」
「俺もエリカが来るとは言われてねぇんだが」
「リカ姉ぇが〜前に話してたら逃げられた〜とか言ってたから〜」
「もう建前使う気すらねぇなアイツ」
ここ最近のエリカ襲来率はかなり高い。
愚妹と遊びに来たというのが便宜上の理由だが、顔を合わせる度に宣戦布告をされるのでもう色々と諦めている。
てか多いよ、どんだけ暇なの?
「姉御は兄者になんの用事だったの〜?」
「それを聞く前にバトられてんだよ」
「止めればいいじゃん〜」
「あの間に入ったら二人にボコされる未来が見えるんだが」
それはもう、最強同士の喧嘩に巻き込まれたモブの如く、ついで感覚で退場させられる。
あいつら止めれるやついる?いねぇよな?
その理屈だとこの二人相当仲良いな。
んなこと言ったら本当にシバかれそうだが。
「てかさ〜そもそもなんで二人はゲームしてんの〜?」
「俺がやらせた。あんなリベンジャーズにクローズされたらアウトだからな」
「兄者〜何言ってるか分かんない〜」
「ツッパリ同士をステゴロでタイマンさせる訳にもいかねぇって話」
「誰がヤンキーや」
「兄者殿が相手でも儂は一向に構わんがのう?」
「やべぇ聞こえてた」
途中完全に中国拳法の使い手いたぞ。
こっちが刀持っててもウキウキで殴りかかってくるんじゃねぇか?
つかそのネタ知ってんのか。
戦闘狂だし、世界最強を目指す漫画を愛読しててもおかしくねぇな。
そんなエリカは、敵キャラを奈落に落としてひと伸びする。
姉御はまだまだやる気みたいだが、出来れば色々と解決させて欲しい。
まだ小動物の件は始まってもいないのに、猛獣が勝手に暴れ回っている。
どこかに誰でもフレンズになれるジャパリなパークはないものか。
「ところで気になってたんじゃが、そっちの子は誰なんじゃ?」
「あ〜なっしー隠れた〜」
「だからってなぜ俺の後ろに来る」
「なにガン飛ばしてんねん」
「別に睨んではないんじゃが」
「てか知らねぇのかよ。一応後輩だろ」
「音無杏や。サクラと同期やな」
「初めましてじゃな。後輩って言い方も変な気はするがの」
完全に初対面か。
そりゃ音無が全く話せないのも頷ける。
元の性格から久しぶりに会う相手とさえ話すのは大変だろうに、追加で知らんやつが同じ空間にいるわけだからな。
「しかし、てっきりP.Sライバーは全員把握してるもんだと思ってたが」
「わざわざ検索はしないのう。特別ゲームが上手いとかなら話は別じゃが」
「知ってるんは、大会出たことあるメンツがせいぜいやろうな」
「出場者についてなら最低限は調べるからのう」
「どんだけ勝ちてぇんだよ」
「勝つ気のない勝負はする価値もないじゃろう」
「ごもっともで」
「そういうわけでの、儂がお主を知らんのは、儂の趣味が偏ってるだけじゃから気にしなくてよいぞ」
「なっしー震えてるよ〜」
「その程度のフォローでこのコミュ障が心を開くと思うなよ」
「うちのアンズは筋金入りやぞ」
「お主ら何をそんなに誇らしげなんじゃ?」
VTuberと一口に言っても、その活動方針と主戦場は様々だ。
歌、踊り、ゲーム、雑談と要素を出せばキリがない。
ゲーム実況にしてもそうだ。
エリカのように上手さを魅せるタイプもいれば、下手でもリアクションで人気が出ているなんて奴もいる。
ただでさえ今は人数も多いらしいし、趣味の激戦区で名を売るのは難しいはずだ。
さらに言うなら、検索技術が進歩した現代では、自分の領域にいない相手はどうしても見つかりにくい。
ゲーム実況が見たい人にとって、雑談配信専門のライバーはよほどの事がない限り目に入らないだろう。
「音無ってゲーム配信とかしてんのか?」
「たまにするくらいやし、ガチ戦PVPみたいなんはせんな」
「儂の検索に引っかからないのも納得じゃな」
「まぁゲーマー探ししてて見つかるタイプのライバーじゃないな」
「調べてるのはライバーに限らないがの。上手いプレイヤーなら誰でも歓迎じゃ」
「なっしー、音ゲー超うまいけどね〜」
あっ、と声を出したのは俺だろうか。
それだけは言っちゃいけないはずだった。
漢字はともかく空気くらいは読めるはずの愚妹が、恐らく今日一の爆弾を投下した。
これ、もしかしなくても音無が詰むやつでは?
「ほう……詳しく聞きたいのう?」
「ひぃ……」
「待てエリカ、落ち着け」
「儂は常に冷静じゃぞ」
この面倒な女に絡まれるめんどくささときたら、面倒な中でも特に面倒で本当にめんどくさい。
長男の俺だから耐えられているが、対人に関してオブラート装甲な音無では一溜りもないだろう。
蛇に睨まれてる蛙ですら同情するレベルの絶望だ。
「歴もそんなにだし、最近は全然やってないはずだ」
「ブランクがあるくらい、儂は気にせんぞ」
「そもそも音ゲーってのは自分との勝負だろ」
「スコアを競う大会もあるくらいじゃ」
「兄者も前〜なっしーと勝負してなかったっけ〜?」
「てめぇはどっちの味方だ」
「え、これなんの勝負〜?」
どうやら手遅れらしい。
狙った獲物は逃がさない、三代目名泥棒スタイルのエリカに目を付けられてしまった。
なんて事だ、もう助からないゾ。
音無が拒否できる訳もなく、気が付けばスマホ画面がリビングのテレビに映し出されていた。
こういう時、配信業をやってる家は対応が早い。
何せ道具はもちろん、方法もほぼ全員が心得ている。
分業してまで音無から逃げ場を無くすなよ。
「姉御はこういうのを止める側だろ」
「なんでや?こんなん、どう考えても見せつけるべきやん」
「義理ですらない妹にゲームの仇討ちさせんなよ」
「腹いせする気なんかちょっとしかないわ!」
「その感情はゼロ百だろ」
「準備できたよ〜!」
「儂も音ゲーはそれなりじゃが、まぁ見せてもらおうかの?」
うわーこれ絶対やり込んでるタイプだ。
エリカの性格的にも、中途半端にやって終わるということはないだろう。
やるなら、最高難易度を簡単にできるくらいが最低ラインになってくるはずだ。
音無は、アダプターとベッドホンの繋がったスマホを握りしめて固まっている。
衆目の前でVTuber補正もない状態だ。流石に緊張するだろう。
しかし、いざ始めてしまえばなんて事はない。
新曲を簡単にフルコンボ、どころかオールパーフェクトでクリアした。
「兄者〜これ結構凄い〜?」
「普通に凄い。ブランクあるはずなんだが、解説の姉御さん?」
「現実逃避もあるやろな」
「結果、いつも以上に集中していると」
「クキキ、それなりにはやるみたいじゃのう」
横目に見たエリカは、それはそれは悪い顔をして笑っている。
そこには興味と余裕の感情が読み取れた。
今の一曲は、初見とはいえまだ上級レベルで、いわゆる超高難易度譜面ではない。
ここから解放される難易度こそ本番であり、真に実力が試される。
「よっしゃ、アンズかましたれ!」
「なっしー!がんば〜!」
「うん……」
「音無ー、軽ーくでいいからなー」
「お兄さん……うん」
あ、ダメかもしれない。
音楽という得意ジャンルで、後ろには姉御と愚妹の応援がある。
一曲を終えた感触で調子も掴んだ。
音無としてはかなり安定した心持ちでプレイできることだろう。
あの短い返事にも、若干の力強さを感じてしまった。
ただ、それがまずいって話なんだよな。
俺が言ったのは違うからな?
リラックスしろとかそういうのじゃなく、やり過ぎるなって意味だからな?
俺の忠告が届くことなく迎えた本番。
テレビにはおびただしい数のノーツが映し出される。
音無はそれらを丁寧に処理していく。
そして初見譜面の超高難易度曲を、あっさりとオールパーフェクトで締めくくった。
だから加減しろバカ。
「なん……じゃと……?」
「わ〜!なっしーすご〜!」
「うちのアンズはできる子やからなぁ!」
「できすぎだろ。あのエリカが引いてんぞ」
「どうやエリカ!うちのアンズはやるやろ!」
「…………」
あのエリカが絶句している。
いや、気持ちはわかる。俺もかなりビックリしている。
元々音無の才能は知っていたし、いずれは抜かされると分かっていた。
だがまさかここまでとは想像していなかった。
音ゲーに慣れたとはいえ、しばらくのブランクがある状態で出せるスコアじゃない。
いやそもそも初見であの難易度は、フルコンすらかなりのイカれゴリラだ。
それすらも凌駕する圧倒的なレベルの差を見せつけられている。
「……音無、杏じゃったのう」
「は、はい……!?」
「覚えたぞ、絶対に忘れん名じゃ」
え、なに、アヌビス神?
「良かったのう、アンズ」
いや全然良くないと思います。
「やったね〜なっしー!」
むしろやり過ぎてるんだが。
こりゃ音無も付きまとわれる未来が確定したかな。
しかし、ここまで来ると感心すらしてしまう。
音無は紛れもなく天才で、その実力差は相当だろう。
音ゲーに限らず演奏とは譜面を把握するフェーズが必要だ。
にも関わらず、事前情報無しの譜面をリアルタイムに見ながら、リズムに合わせて完璧に演奏し切った。
理論上できなくはないが人間業じゃねぇ。
そんな天才を前に、エリカは挑戦する気満々ということだ。
しつこい奴とは思っていたが、やはり諦めが悪いらしい。
「次は儂の番じゃな」
「その次アタシね〜で、その次なっしー!」
「兄者殿も混ざるかの?」
「やらん」
和気藹々と、ソファに並んだ三人は音ゲーに興じた。
これ配信じゃないんだよな。
VTuberの界隈から見たら、このメンツはかなりの豪華コラボだろう。
数字とれそうなのに勿体ない。
いやなにが?
そんな様子を後方腕組で見ているのは、余った俺と姉御である。
「いいのか?多分音無も付きまとわれるぞ」
「あれくらいグイグイ来た方が、アンズにはええやろ」
「めっちゃ逃げたそうにしてたが」
「ホンマにダメならウチも口挟むけど、今は大丈夫そうやし」
「てかエリカさん、もうだいぶ音無と話せそうじゃね?」
「同性やし、アンズの才能見ても引かんかったからやろな」
「いや結構引いてなかったか?」
「度肝は抜かれとったな。ええ気味や」
「こっちも怖い笑顔してんな……」
やっぱりあんたら、実は仲良いだろ。
というかスミレさんの言い分的にも、完全に不仲って訳じゃないのか。
まぁちゃんとお互いに煽り合って突っかかってるが。
姉御自身のコミュ力はかなり高い方だろう。
それは、この短時間で音無との距離を縮めているエリカもそうだ。
この二人が拗れるってのは、相当に闇が深いのかもしれない。
「ウチらんことか?」
そんな心中を察したのか、姉御がそう問いた。
いやマジで察すんなよ。
普通に怖いわ。
「エリカがP.S抜けた事に関しては、ボスと話し合った結果や。それ自体はウチもまぁ、分かっとる」
「んじゃ個人的な恨みってことか」
「恨みゆう程でもないんやが。ボスと先輩……油取り神のおかげでVTuberになれたんやし、その筋くらいは通せっちゅうだけや」
「通してんじゃねぇの?エリカのやつ、言動はヤバいがそういうけじめとかはちゃんとしてそうだろ」
「ウチが知らんだけやったとしても、知らんから腹立つねん」
「んじゃ聞けばいいだろ」
「素直に言うんやったらそうすんねんけどな」
「はぐらかす可能性は高いな」
「お主には関係ないわー!とか言いそうやん?」
「下手くそな人真似が聞こえたんじゃがぁ?本人の前で陰口とか、いい性格してるのう?」
「残念やったな!本人の後ろや!」
どうせなら最初から聞こえててくれたら良かったのだが、イヤホンで集中していたのでは無理だろうな。
ボスも姉御に伝えていないあたり、公には言えない何かがあるのかもしれない。
その口止めはエリカからなのか、それともボスからか。
どちらにせよ、姉御がエリカに求めるものは変わらないだろう。
結局は二人の問題だ。外野の俺がとやかく言うことじゃない。
なんなら今エリカをどうにかしなければならないのは俺の方だ。
いつまでもからまれたくはない。
かと言って、音無をスケープゴートに使うのも気が引ける。
どこかに都合のいいコマは落ちていないものか。
なんだかんだと夕飯まで食った一同は、愚妹に捕まる前に帰って行った。
流石は大人組、学習能力が高い。
ところで、音無達の用事は結局何だったのか。
忘れて帰るあたり、実はそこまで重要じゃなかったのかね。
あの大怪獣エンカウントバトルから数日。
会社から帰った後の暇つぶしは音ゲーになっていた。
人がやってるのを見るとやりたくなるってこと、あるよね。
「兄者〜お皿の洗剤どこ〜?」
「無くなったか。足元の収納開けろ」
「あい〜」
現在もお手伝いとプリンの等価交換制度は継続中である。
エリカに渡したこともあり、総量はかなり減った。
愚妹の働き次第だが、今週中には捌けるだろう。
ふと、インターホンが鳴り、モニター越しにお届け物だと外の業者が応えた。
また愚妹が配信用の変な物でも頼んだか。
「あ、アタシがもらってくる〜」
「おー」
いい心がけだな、と思った瞬間、俺に電流が走った。
廊下に出ると、何やら保冷されていそうな大荷物を持った愚妹がいた。
「これ、アタシの〜……」
「荷物を改めよう」
「兄者には関係ないやつだよ〜……」
「中身次第では、分かるな?」
「うす……」
中身は案の定、黄色い甘味の権化であった。
「没収」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
どうも、界王拳の反動をしっかり食らった江波界司です。
といっても寝込んだとか病気とかではないんでご安心を。
リスナーもとい読者曰く、仙豆は界王拳にも有効だそうです。
流石は本作の読者ですね。
あれさえあればもっと早く更新できることでしょう。
お中元にはぜひ油ではなく豆を送って欲しいものですね。
マシュマロ、妄想募集↓
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ファンアート募集↓
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高評価、誤字報告、コメントもできればよろしくお願いします。
第三回 あなたの推しは?
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