妹の配信に入り込んだらVTuber扱いされた件 作:江波界司
風呂はいい。
午後も始まったばかりだが、朝から脳処理が追いつかないほどの情報を浴びせられた俺にはよく染みる。
オシャレな上に広すぎる温泉には俺しかいなかったため、優雅な貸切風呂を楽しませてもらった。
薄々感じてはいたが、宿泊客はかなり少ない。
まぁこの時間から旅行客がチェックインするのもレアケースか。
それと、ここが財力の足切りラインより上にあるからというのも理由の一つだろう。
俺だって今回のような事がなければ存在すら知らなかったくらいだ。
一般人、特にVTuberのイベント目当ての客が泊まるには出費が大きすぎる。
ボスがここを選んだのはレジャー目的だけでなく、個人情報の保護も理由かもしれない。
いい湯の後に欲しいものは古来より日本人の魂に刻まれている。
しかし、まさかこんな洋風テイストの所にも置いてあるとは驚きだ。
「フルーツ牛乳まであるし」
「儂はコーヒー派じゃのう」
「俺も風呂上がりはコーヒー牛乳だ、な……」
「なんじゃ?目が点じゃぞ」
「なんでいる」
「風呂上がりだからじゃろ」
「この通路にいる理由じゃねぇよ」
予想もしていなかった蛇王エリカとの遭遇に、自販機のボタンを押し忘れてしまった。
時間切れを示すかのように、小銭の落下音が聞こえる。
水気のある髪からして本当に今さっき上がったばかりなのだろう。
増量した小銭を入れ直し、二本の瓶を手に入れる。
「ん」
「奢りでいいのかの?」
「さっきのはそういう意味じゃねぇの」
「曲解がすぎるじゃろ」
「勘違いついでに貰っとけ」
「相変わらずの女誑しじゃな」
「これ一本で口説けるほど安上がりな訳ねぇだろ」
腰に手を当て一気に飲み干す。
庶民派で申し訳ないが、こういうのでいいんだよこういうので。
P.Sメンバーはリハーサルのためしばらくは不在だ。
というかそもそもイベントは明日が本番である。
いくら人気VTuberの中身とはいえ、プライベートに一人でここに泊まるというのも考えにくい。
俺の知る限りエリカに一人旅の趣味はなさそうだからな。
「で、結局のところ、なんでいんだ?」
「お主と同じじゃろうな」
「ボスに呼ばれたわけか」
「儂からすればお主がいることの方が意外じゃが」
「連絡の入れ違いとか、予約云々が色々あってな」
知らぬ間に進んでいた話とはいえ、キャンセル料に対して勿体なさを感じてしまったところはある。
今になって思えば、確認が取れたタイミングはかなりギリギリだった。
あの仕事のできるボスなら、姉御と音無に頼んだ伝言の結果は確認を取りそうなものだ。
エリカとのゴタゴタで忘れてしまったのは仕方ないにしても、伝え忘れを放置するような人でもないだろう。
もしかして俺の思考を読んだ上でこのスケジュールを組んでいるのか?
だとしたら真の黒幕は中々の策略家だ。
自然な流れでエリカと並んで歩いているが、向こうに目的地はあるのだろうか。
そんな考えが浮かんだところで、彼女が足を止めた。
「やぁエリカ。兄者くんも一緒とはね」
「その言い方、お主はボスに呼ばれていた訳ではないんじゃな」
「何の話かさっぱりだ」
「席を外してもらうかい?」
「……兄者殿なら構わないじゃろう」
「そうかい。なら、一緒に少し話そうか」
「面倒事じゃねぇよな」
「大層なことじゃないよ。エリカの後には君を呼ぶつもりでもあったしね」
「飲み物のお返し代わりじゃ、聞いていくがよい」
「だから何をだよ」
「蛇王エリカとプリズムシフトの関係性について、かな」
にこやかに笑うボス。
対するエリカは、いつになく真面目そうな顔つきだ。
いや部外者が聞いていい話なのか?
聞いたことを後悔するような話じゃないことを願おう。
人払いが済んでそうな談話スペースで、俺たちはソファにそれぞれ腰掛けた。
「先に言っておくと、今回君たちはうちにとって来賓みたいなものだ」
「手厚い歓迎は受けてるな」
「兄者殿は分かるが、儂もかの?」
「ああ。それぞれ立場も役割も違うけど、P.Sにとって大きな存在なのは共通してる」
「儂の扱いはてっきりユダかと思っていたがのう」
「対等な立場で競争する相手を裏切り者とは呼ばないさ」
そこまで言うと、ボスは俺達にそれぞれ二枚のカードを差し出した。
一つは入場券。
デザインの中に、VIPの文字が見える。来賓としてイベントに参加するためのものだろう。
もう一つは、スタッフと書かれたIDカードである。
ご丁寧にストラップまで一緒に用意してくれているようだ。
「どちらでも好きな方で楽しんで欲しい。無論、両方でも可だよ」
「客かアルバイトの二択か」
「裏方として入っても、君たちが担当する仕事はないけどね。強いてあげるなら、後方腕組してプロデューサー顔をするくらいかな」
中々に手間をかけてくれる。
俺達にイベントを見せたいというのは分かったが、それ以上の意図が読めない。
それが少し不気味だ。
なにせ理由がない。
わざわざ俺達にイベントを見せてどんなメリットがあるのか。
まだ裏があると言われた方が納得できる。
ボブの代わりに俺が訝しんだ。
それをまるで察したかのようにボスは笑みを浮かべる。
やっぱ怖いよこの人。
俺の考えすぎであってくれ。
結論から言えば、裏はあった。
今回のリアルイベントは、エリカとの因縁に対する一つの答えだという。
それを示すためにも、本人にはどうしても見て欲しいというのがボスの言い分だった。
「いや、俺は?」
投げた矢は、20のシングルを射止めた。
カードを受け取った俺とエリカは既にボスと別れている。
明日まで予定のない俺たちは、暇つぶしにダーツを投げ合うこととなった。
「そういえば何も言わなかったのう」
「お前らの過去話聞いて解散になったんだが」
「もともと儂とボスの用事はそれじゃからの」
「俺が呼ばれた理由は結局なんだったのか」
「入場券を渡すだけの用事だったのかものう」
「てか聞いた話も因縁とか言う割にって内容だったぞ」
「状況だけなら、儂が勝手に出て行っただけじゃしのう」
姉御のキレ具合もあって、もっと激しい喧嘩だと思っていた。
実際
確かに状況説明自体は単純だった。
前にも聞いたが、天才が輝ける環境を提供したいというのがボスのスタンスだ。
で、それを聞いたエリカは猛反発したらしい。
曰く、P.Sじゃなければ成功できないと言われているようなものだと。
お前にはできないと言われれば反論もしたくなる。
そんな意見の相違でP.Sを抜けたのは、まぁ理解できなくもない。
「だからって、個人で売れるかどうかの勝負を普通するか?」
「十分に勝てる勝負じゃろ」
「いや、企業と個人じゃ数字の付き方が違うってのは自分でも言ってたろ」
「論点は儂がどうなるかじゃからな。いっそP.Sより遥かに有名なら分かりやすかったんじゃが、そうはいかなかったのう」
「多勢に無勢で圧勝する気だったのかよ」
どんだけ自信家なんだか。
いや実際、登録者50万人ってのは個人勢としては大成功だろう。
エリカ本人から聞いた話だが、企業Vは固定ファンだけでなく箱内で別に推しがいるリスナーからも見てもらえる可能性がある。
更にコラボのハードルも低いため、個人勢に比べて数字が出やすい。
そんな奴らに、ほとんど何のサポートもなくたった一人で立ち向かい結果を出したのだから、彼女も紛れもなく天才の部類だろう。
ちなみに、これはあくまでもボスとの個人的な勝負のため、他のP.Sメンバーは誰も知らない内容らしい。
「クキキ、儂の勝ちじゃな」
「ダーツもできんのかよ」
「知り合いとやって負けたことがあるんじゃよ」
「で、勝てるまで練習したってか」
「兄者殿でもやるじゃろ?」
「やんねぇよ。対策とか工夫くらいは考えるだろうけど、な」
「それはお主が手加減する時のことじゃろう」
二投目を投げる寸前で一瞬、手が強ばる。
その硬直を無理矢理なかったことにしたせいで、矢は枠外へと外れてしまった。
手加減か。
そんなつもりはサラサラないし、手を抜くなら対策なんてしないだろう。
出力に差があるとしたら、それは集中力のムラみたいなものだと思っている。
「前に、ボスにも似たようなことを言われた気がすんな」
「流石にあの人も鋭いのう」
「エリカもボスも節穴だろ。手抜いてるつもりねぇし」
「無自覚なんだとしたら悪癖じゃな」
「言いたい放題だな」
「一体何を気にしているのかは知らんがのう。お主の周りも、兄者殿に本気で向かって欲しいと思ってるじゃろう」
「そんなこともボスに言われたな」
「珍しく意見が合ってるのう」
エリカとボスの対立は、つまるところプライドの問題だ。
サポートをしたい社長と、自力でどうにかすると決めた演者のすれ違いに近い。
一方で、ライバーをプロデュースする立場にある点は二人とも共通している。
それぞれ大手事務所と、有名個人勢を育て上げた二人の意見が合うのも理解できる。
まぁ肝心のプロデュースされてる側が納得できていないのだが。
「てか、あんたらの勝負は結局エリカの勝ちでいいのか?」
「それは明日のイベント次第じゃろう」
「今の時点で蛇王エリカは十分に界隈でも上の方にいるだろ」
「成功したかどうかで言うなら、儂の勝ちじゃな。ただ──」
「なんだ」
「どこまでがボスの書いたシナリオなのかは、まだ分からないんじゃよ」
「試合には勝ったが勝負に負けてるかもって話か」
「全てが向こうの想定内なら、儂はあの人を越えられんかったという事じゃ」
言ってしまえばこれは、二人のプロデューサーとしての勝負だ。
エリカが個人で成功する。
これはあくまでも、彼女自身の力量のみで決まることだ。
ボスとエリカ、どちらがより優れているかを比べることはできていない。
明日のリアルイベントは、ボスがプロデュースした最も大きな仕事の一つだ。
セルフプロデュースを続けて来たエリカが見て何を思うか。
それがこの因縁に対する決着という事だろう。
ここまで推測してなんだが、既に勝ってるならそれでいいじゃんと思うのは俺だけか?
負けず嫌いさんの思うことはよく分からんな。
「あ〜!兄者いた〜!ご飯食べるよ〜!」
「愚妹うるさい。てか探してたんなら連絡しろよ」
「兄者スマホ部屋に置いてるでしょ〜!」
「あぁ、そういや風呂に要らんから置きっぱか」
「も〜。あ、リカ姉ぇも来てたんだ〜」
「相変わらず元気じゃな」
「飯ってもうそんな時間か」
「そうだよ〜なんかもう凄かった〜超バイキング〜!」
「海賊の王子か何かか?」
「リカ姉ぇも来るんだよね〜」
「もちろんじゃ。ところで兄者殿」
「なんだ?」
「ダーツは儂の勝ち越しじゃな」
ドヤ顔やめい。
うっかり顔面めがけてダツでダーツしちまうぞ。
……今度自室に置けるタイプでも買っておこうかしら。
移動した先のホールにはP.S関係者が集まっていた。
どうやら全員という訳ではなく、個人で夕食を取りたい者は席を外しているらしい。
それでも知り合いはほとんどいるな。
料理の豪華さに場所の華やかさも相まって、今がもう打ち上げみてぇだな。
てかローストビーフうま。
もうこれだけで満足できちゃう。
「兄者先輩!ローストビーフめっちゃうまいッスよ!」
「甘鳥か。もう食ってる」
「というかどこ行ってたんッスか?サクラ先輩が探しに行ってたッスけど」
「ダーツ投げてた。てか愚妹が俺を探すって絶対なんかあったろ」
「兄者〜!この肉超うまい〜!」
「ローストビーフな」
「なんだ〜もう食べてるじゃん〜」
「で、お前リハでなにやらかした?」
「なんもしてないし〜」
「甘鳥警部、こんなことを言ってるぞ」
「今日のサクラ先輩はちゃんと大人しかったッス!」
「明日のイベントって雨天決行だっけ?槍降ってもやる?」
「屋内ッスけど槍の雨なら避難警報を鳴らして欲しいッスね」
俺の肉を一枚強奪した愚妹は、止めるまもなく去っていった。
プリンの仕返しか?
取りに行く手間が増えただけなんだよな。
てかあいつは結局何をしに来たのか。
わざわざ俺を探していたあたり、何かしら用事があったと思うのだが。
「まさか人の肉を奪いに来ただけじゃねぇだろうな」
「自分で盛った方が早いっスね」
「甘鳥のそれは、自分で取って来た分だよな」
「そうッスけど……まさか栄養バランスの話とかしないッスよね!?」
「いや、会ってから一口も食わねぇなと」
「あぁ……よく見てるッスね!どんだけツバキのこと好きなんッスか!」
「食欲ねぇなら無理して盛るなって話なんだが」
「好きってところは否定しなかったッスね!」
「朝からずっとそのテンションって疲れねぇか?」
八重咲や夜斗はあんなノリだし、愚妹も緊張と無縁の性格をしている。
だから麻痺してしまいそうになる。
大きなイベントを前にした人間の反応としては、甘鳥の方が正しいだろう。
午前は元気にふざけてたんだが、リハで色々と感じる部分があったのかもしれない。
それにこいつは周囲に気が遣えるタイプだ。
コミュ力が高いと言ってもいい。
そんな奴が、関係者の多さや自分が演者であることに重圧を感じてしまうのは仕方ないことだ。
言動こそぶっ飛んでるが、感性は結構まともな所があんだよな、コイツ。
それが余計に狂人っぽい。
「……いざとなるの、結構緊張するッスね」
「当事者意識があっていい事だろ。お前の先輩、だいたい何も考えてねぇからな」
「大物だらけッスから。図太さを分けて欲しいくらいッス」
「いや図太さに関しては君も大概だからね」
「ツバキはP.Sの中じゃ最弱ッスよ?」
「いつになく弱気だな」
「こんなの人生初なんッスから、仕方ないじゃないッスか」
「毎日全世界に配信してるやつが何言ってんだか」
「全然違うッスよ!めちゃくちゃ大舞台じゃないッスか!」
自信がないことを力強く表明してくるな。
割と普段通りな気もするが、これって緊張でおかしくなってる感じ?
誰かこいつのメンタルも見てやってくれよ。
この中に心のお医者様はいらっしゃいませんか?
残念ながら不在のようだ。
やっぱりボスは俺をメンタル用の出張医代わりで呼んだだろ。
こちとらやぶ医者療法でしか対応できねぇぞ。
「仕方ねぇな。取っておきの方法を教えてやるか」
「兄者先輩流の教えを聞かせてくれるんッスか!」
「腹一杯食って寝る」
「あの、もうちょっと具体的なやつが欲しいんッスけど」
「この上なく具体的だろ」
「そうじゃなくてッスね!こう、こういうことを言うといいとか、こういう立ち回りしろとかないんッスか!」
「要らねぇだろ」
「要らないわけなくないッスか!?」
「明日見に来るやつらはお前らのリスナーだろ」
「そうッスけど」
「ならいつも通りでいいだろ。それを見に来てるような奴らなんだろうし」
「それは、そうかもしれないッスけど……」
「どうしてもってんならガチガチに緊張してる様を笑ってもらえ」
「それは嫌ッス」
特別な日に特別なことをする必要はない。
なぜならその日ってだけで既に特別だからな。
いつも通りでいるってのが一番のファンサだろう。
と、素人ながらに思う。
てかそういうライバーとしての心構えとか立ち回りを俺に聞くなよ。
知ってるわけねぇだろ。
「ならちゃんと体力ある状態で本番に出ろ」
「分かってはいるんッスけど、食欲がないというか」
「自信持てよ。朝のも似合ってたし」
「あ、さ……ってちょ、なんで今言うんッスか!」
「言ってなかったし」
「そうッスけど!今更もう遅いッスよ!」
「そうなのか。んじゃさっきの無しで」
「なっ!……取り消しも遅いッス、キャンセル不可ッス」
「んじゃそのまま受け取っとけ」
「……ッス」
少しは気も紛れたかね。
女の子はとりあえず褒めとけっておねじさんも言ってたからな。
多分こういう意味じゃないし、知識の悪用を知られたから怒られそうだ。
しばらく会わないようにしよう。
食事会も終わり、各々が部屋へと戻っていく。
ようやく寝れるな。
思えば休みの日だったのかよく分からん日だった。
朝からずっと脳に負担がかかるタイプの情報処理をさせられてるし、出演者のメンケアまで手伝わされた。
ちゃんと疲れたぞ。
そういえば、愚妹の用は結局なんだったのか。
もしかしたら不調な甘鳥のことを察して、俺を会わせようとしたのかもしれない。
ホールで俺を見つけた時点で甘鳥とは一緒だったから、そのまま話す時間を作るために去ったとか。
……考察にしても無理矢理だな。
人が落ち込んでる状況なら、愚妹が単独で解決しそうな案件だ。
まぁ、コミュ力のステータスがバグってるあいつなら、奇跡的な最適解を無意識に引いた可能性もゼロじゃないが。
「兄者〜!」
「ん?」
「人生ゲームやろ〜」
「やらねぇよ寝ろ」
「え〜せっかくのお泊まりじゃん〜」
「お前、明日イベントがあるの忘れてねぇよな」
「あれは〜ま〜ノリでいけるでしょ〜」
愚妹レベルのバカに、八重咲と夜斗がランクインしました。
どうも江波界司です。
今回は少々真面目がすぎるな……。
特に実は真面目な奴らが多いから仕方ないね。
てかはよイベントやらんかい、と言われそうなのところで次回本番です。
ちなみに更新時期を昼にしてみました。
何が違うのか……。
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高評価、誤字報告、コメントもできればよろしくお願いします。
第三回 あなたの推しは?
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