樺太に黄金列車を追え   作:あわじまさき

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トンネルを抜けてー北海道新幹線「はつかり」1号3号車A席にてー

「列車、ただいま青函トンネルを出ました。皆様北海道へようこそお越しくださいました」

 

 車掌のアナウンスは北の大地を踏んだことを告げた。

 

「国境のトンネルを抜けると、なんだったかな」

 

 彼は有名にすぎる文学作品の一節を思い返していた。とはいえ文学青年と呼ばれるにはほど遠い人生を過ごしてきたので、汽車は闇を抜けてーで始まるアニメのテーマのほうが先に脳裏をよぎった。

 

 彼の乗る汽車は銀河を走ることはできなかったが、日本が誇る高速列車ではあった。

 

「改めまして道内の停車駅と到着時間を申し上げます。新函館9時53分、長万部10時28分、新苫小牧11時1分、新千歳空港……」(※1)

 

 東京駅を午前六時ちょうどに出発した「はつかり」1号は札幌を目指して快調に進んでいた。

 昨年、宇都宮以北の最高速度を300キロに引き上げたJR東日本と北日本(※2)は設計最高速度320キロの新型電車を投入していたが、それでも札幌までは五時間半を有している。

 

 わざわざ東京から乗り通す客は、鉄道マニアか奇特な人間(基本的に前者は後者に内包されるが)に限られていた。

 

 彼―梅地五郎はその奇特な人間の一人であった。

 

 ただそれは職務の一環である。

 

 東京の小さな雑誌編集部に勤める梅地は、翌々号に掲載するためのネタを探していた。

 

 しかし彼が製作に関わっている雑誌は、旅や名物、あるいは鉄道そのものを扱っているわけではない。

 

 「レムリア」と題されたそれは、オカルトと超常現象を専売特許としていた。

 

 宇宙人、未来人、異世界人、超力者、あとはそれらが古代文明やら合衆国の陰謀やらと結びついて紙面にところ狭しと並んでいる。

 

 マトモな人間は怪文書に等しいものであったが、ごく一部の界隈でカルトな人気を掴んで、恐ろしいことにそれなりの部数を世に出していた。

 

 梅地は、同誌の記者として記事を書き上げるのが仕事であった。

 

 今彼らの界隈では、一六世紀に生きたフランス人占星術師がその詩集として遺したとされる世界終末の予言が昨年見事に外れたため、その再解釈と来る21世紀オカルティズムの未来が熱い話題であった。

 

 とはいえ梅地はどちらもさほど入れ込んではいなかった。人気と比例するように似たような記事や書籍が乱発されていたため辟易しており、もっと毛色の異なる話題を探そうとしていた。

 

 そこで彼は、発展の著しいインターネットの海をさまようことにした。

 

 仏壇よりはよほど一般家庭に置いてあることが増えてきたパーソナルコンピューターは当然のごとく学生のときから梅地は使っていた。

 

 神戸に生まれて在阪の私大をでた彼の周りには入れ込みすぎて自宅やキャンパスよりも日本橋の電気街に向かったほうが顔を見れるような連中が両手の指では足りないほどいたおかげで、その手の知識には事欠かなかった。

 

 何より着目したのは、ネットの普及によってかつて学級内のリアルなコミュニティでのみ流通していたオカルティックな噂話―要するに学校の怪談や都市伝説としてあらゆる場所に存在した風聞が、より広く拡散し始めたことであった。

 

 後にネットロアと総称されるそれらの中には月刊「レムリア」の読者層が喜びそうなものが無数に存在した。

 

 彼はネットの海から使えそうなものすくい上げて記事の端緒とし、検証を行う形で記事を書き上げようと考えていた。

 

 同僚や友人にも面白いものがあればおしえてくれと告げていた彼は、新興掲示板の一つのスレッドに出会った。

 

 話題は〈向こう側〉―6年前にこの世から消滅した日本民主主義人民共和国の怪談についてだった。

 

 宗教を否定した国家にも人々の根底には恐怖や不可思議に対する好奇心はあったのだ。

 

 その中で梅地の興味をそそったのは、他愛のない財宝伝説だった。

 

 曰く東独のシュタージと並ぶ悪名高き秘密警察NSD―国家保安省が「ホールに送った」人々の財産をため込み貨物列車に載せてどこかに隠匿したものが、今なお発見されずに残っているというのだ。

 

 梅地は占めたと思った。都市伝説に国家の陰謀と来れば読者は大喜びだ。これに宇宙人の死体も同じく隠されているのだと加えよう。

 

 彼の記事でもっとも反響のあったネタは「日本軍VS宇宙人!秩父山中の秘密宇宙戦争を暴く!」(※3)であったのだ。

 

 しかし彼は嘘八百を書くつもりはない。秩父の時も現地に行って村の古老に話を聞いたり、航空工学者や防衛庁にも取材に行っている。

 

 もっともそれが宇宙戦争の裏付けになることはなかったが、断片を組み合わせて、あるべきストーリーにすることがこの業界の特技であった。

 

 彼はさっそく豊原に向かうことを決意した。鉄道を調べに行くんだから日本民航(※4)を吸収して羽田~豊原線を就航させたJALではなく、新幹線で。

 

 そういやあのとき、たまたまNASDAで話したMITのキャロウェイって教授はやけに秩父の話に興味を持ってたな。今回もあの人にコメントをお願いしようか。

 

 彼の乗る列車は、連絡船に代わって海峡を行き来するようになったカートレインのターミナルを見下ろしながら新函館に滑りこんでいった。

 




※1 北海道新幹線は南回りルートを取っています。有事の際に苫小牧と函館に札幌市民を避難させることを念頭においた戦略輸送新幹線です。おかげで新千歳空港と接続して成田で潰えた空港連絡新幹線爆誕。

※2 JR北日本。史実のJR北海道。征途世界では国鉄分割民営化時にまさか留萌―釧路線を支社境にはできないので、名目上は樺太を含む青函トンネル以北の全路線を運行する会社として発足。しかし案外早く統一できてしまった。でも2000万人の人口があれば九州と四国より有利になるかな?

※3 フッケバイン・フッケバイン・フッケバイン。いや滝沢聖峰先生かも。

※4 日本民主主義人民共和国のフラッグシップキャリア。Tu-144を豊原~モスクワ線に投入してたりするんでは。英称は「Civil Aviation of Japan」とか「Air Japan」とか。
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