よろしければお付き合いを。
アリサが自ら申し出た。
王の腹の中に潜む「彼」の反応・・腹を裂いて手を差し込むと既に彼女の目には涙が浮かんでいる。
自分の仇―ロシアから極東に来てこの敵を追う理由が二つになってしまった彼女の胸に去来するものは何なのだろう。
そして今、彼女の旅路の目的は双方の意味で成就されようとしている。しかし・・
アリサの涙は止まらない。くしゃくしゃの顔で手だけは動いていた。形容しがたい音とむっと来るほどの臭気をこらえ、何度えずいたかわからない。それでも彼女は目を逸らさない。
自分の過去にも、失敗にも目を逸らさない。
「ひっく・・・えぐっ・・うぅっ・・」
―パパ・・ママ・・・リンドウ・・さん。
コウタはそんな彼女のくしゃくしゃの顔を何度もハンカチでぬぐってやっていた。
そしてサクヤ。任務の際、あらかじめリッカから手渡された専用の探知機の反応を頼りに彼女はうつろな眼をし、生気が失せた王の口に億すことなく手を入れる。
そして探す。「あの人」が残したものを。あの人の意思を。
その思いの強さがどんどん高なると同時に、探知機の音がさらに反応を強くする。
「・・・」
エノハは「専門」の人間―行方不明者の捜索もとい神機の捜索班を任務の後、支部から派遣してもらう事を二人に提案していたが二人は固辞した。
そしてエノハとソーマがこの「汚れ役」を引き受ける事も断った。
死臭にまみれ、吐き気を催す感触、そしてその代償で得られるものが決して彼女たちを解放してくれない物であることも解っていた。
しかし、前に進むために彼女たちは「これ」を選んだ。
十五分前・・
リンドウが行方不明になった旧教会・・この場所でエノハはピターとただ一人対峙していた。
幾度もの乱戦、撤退、分散を繰り返し、ピターの「ハーレム」を瓦解させ、自分たちの優勢を確認できたのは一体任務開始からどれほどの時間が経った頃だろうか?
そしてとうとう・・この人面の獣王―ディアウス・ピターを追い込んだ。
これほど危機的な状況に関わらず彼のもとに駆け付ける女王は居ない。
「・・俺の仲間の勝ちみたいだな?ピター」
王の執拗な攻撃、雷撃をかわし、息のつかせぬ攻防を五分ほど繰り広げたのち、お互いに行動を止め、睨みあっている状態である。皮肉にも「あの日」のリンドウが見ていた光景に瓜二つであった。
しかしあの時とはもう違う。隊長を一人残し、逃げるだけで精一杯だったあの時の未熟な第一部隊ではない。
王は腕を振り上げる。
しかしエノハは動かなかった。
―あの日のリンドウさんを未熟な俺たちはあの人を置いていく事しか出来なかった。でも―
「・・今は違う」
タンッ!
軽く短い音が響いたかと思うとエノハの左頬を掠めて一発のレーザーが通過する。
同時にピターの額からパッと体液が散る。
予想もしない衝撃にぐらりと体を崩しつつ、王はのろのろとふり返る。
彼の視線の先、割れたステンドグラスの前、後光が差しこむその場所に一人の女戦士が立っていた。
第一部隊衛生兵―サクヤ。
自分の額を背後から貫いた敵を睨む王の目に、ステンドグラスから差し込む陽光を遥かに凌駕する閃光が辺りを包み込む。
スタングレネードを投げ、王の目の前に差しかかったそれをアサルトで撃ち落とした優しい少年がいた。
第一部隊偵察兵―コウタ。
閃光に目が眩み、怯む王の真下を高速で駆けていく影がいる。
第一部隊狙撃兵―アリサ。
銃形態の神機の銃口を天に向けたまま、低い姿勢でスライディングし、王の顎、胸、腹を真下から順に射抜く。
その先にいるエノハは彼女に左手を延ばす。彼女も左手を延ばし、迷うことなくその手をとる。
・・新型同士の感応現象―エノハにはっきりと彼女の今の気持ちが伝わってくる。
最早心根は揺らいでいない。まっすぐと今、目の前の敵を捉えている。そしてちゃんと先を見据えてもいる。
本当に強くなった。この娘は。
しかし・・その遥か深い奥底で小さな人形を抱えて泣いている少女の姿が見えた。
今、この目の前に居る彼女から全てを奪った元凶のアラガミを倒そうと・・決して彼女は泣きやむことはないのだろう。目の前で両親を失った小さな少女の負った悲しみは決して癒えない。でも、もう一人ではない。
仲間がいる。そして何よりも・・成長した彼女自身がいる。
小さな少女を今の成長した姿のアリサが抱きしめている―そんな光景がエノハには見えた。
―もう・・大丈夫だ。本当に。
アリサはエノハの左手を支柱にぐるりと回ってエノハの後ろを取り、彼の背中に銃口を向け
―・・受け取ってください!
「二つ」受け渡す。
ほぼ同時にエノハはそれを濃縮弾に変えて放つ。彼に背を向けた王の腹を直撃、肉を裂き、口にまで達する。王の口から、アリサが入手したマータのアラガミバレット濃縮弾の氷の針の先端が飛び出した。
かつてない苦痛にピターは天を見上げる。そこに黒い影が跳躍していた。
第一部隊強襲兵―ソーマ。
捕食モードの神機を下に向け、氷によって無理やり口をこじ開けられた王の口へ―
「・・消えろ」
神機を捻じ込んだ。
王は断末魔の悲鳴を上げる事も出来ず、崩れ落ちる。
共に砕かれた氷の針の破片があちこちに飛び散り、陽光に照らされてキラキラと輝きながら教会内を照らす。
その光景をエノハは見上げた。悲しいほど綺麗なその光景を。
―・・リンドウさん。・・見てますか?
―・・おお。見てたぜ。よく・・やってくれたな。俺も負けてらんないな。
―大したもんでしょ?今の俺達の部隊。負けませんよ?
―言ってろ。・・ま。近いうちに・・また会おう。
「・・アタリ、です・・」
目の前の現実をただ淡々と語る。あまりに過酷で救いの無い現実を少しでも和らげるために。
アリサは王の腹から取りだした神機―リンドウの愛機を手にそう呟いた。徐々にその手に震えが起きる。
取り落としそうになったところをエノハは手で支え、コウタが後ろに歩み寄り、崩れ落ちたアリサを支える。
「こっちもよ・・間違いない。これは・・あの人の・・」
サクヤの手には腕輪が握られていた。赤黒いピターの体液の中に鮮やかな赤が覗くその腕輪、認証番号が全てを指し示していた。
厳然たる残酷な現実を。
しかし終わらない。一つの終わりはまた彼らを混沌に導くことになるだろう。
ぐるぐると。くるくると。
しかしそれでも・・せめて今は彼女達の一つの終止符を、悲しみ、嘆き、そして癒して前に進む時間を妨げないで上げてほしい。
時を止めてほしい。
自らの手で神を、そしてあろうことか神の御許で殺した身でありながらエノハはそう祈らずにいられなかった。
たまには一切砕けた所の無いお話も描いてみようと試験的に作った話です。
原作が元々ここから結構お話が暗いですからね。
今回もお付き合いありがとうございました。