長くなるのは解っていたのですが予想以上に長くなりました。
でもどうしても一話でまとめたかったので・・すいません。
良かったらお付き合いください。
短編1 きっと
「なぁ・・ヨハン?」
「なんだ・・?」
ペイラー榊は語りかける。変わり果てた、そして果てようとしている親友の傍らに座り、寄り添って。
これほどこの親友と穏やかな時間を過ごせるのは果たして何年振りだろうか。
悲しい多くのすれ違い。道を違えた先の別れの直前のこの時にほんの少し与えられた偶然の時間。
話したいことが山ほどあるはずなのになぜか話題が浮かばない。
時間もおそらくもうさほど無い。
だから話さなければならない。一番大事なことを。
「―何故僕達は子供達にいつもこんな重荷を背負わせてしまうのだろう?何でこれ程お節介をしてしまうのだろうね?大人というものは」
「・・」
「それ程・・僕たちは自分たちの後を継ぐ者達を、子供たちを信頼できていないという事なのだろうか?それはとても寂しい事だと思うんだよ」
「・・」
「でもご覧?僕たちの今目の前に居る彼らを。彼らは僕たち大人が決めようとした未来の道を断って自分の道を歩もうとしている。自分達を滅ぼすかもしれない存在に対しても憎み、憎まれ、殺し、殺されるだけではなく、あのように心を通わす事も出来る子供達なのに・・何故僕たち大人は何時も彼らの道に割り込んで自分たちのいい様に進むように押し付けてしまうのだろうか・・?」
「・・」
「人と神。その境界すら越えて共に未来を紡ごうとする彼らを何故・・僕たち大人は何時までも信用できないのだろう?見守ることが出来ないのだろうね?」
「・・ペイラー」
「何だい・・?」
「キミには・・それは永久に理解できないかもしれないな・・?ふふ」
「そうなのかい・・?と、いうことはキミにはもう既に解っている事なのかい!?」
「・・キミに理解できなくて私に理解できる事など今までそう無かったが・・初めてキミに勝てた様な気がするよペイラー・・」
ヨハネスは心から愉快そうに笑った。
「良ければ・・教えてくれないかね?」
「簡単な事だ。・・それが・・子を持つ親というものだからだ」
「・・・」
「信頼はしている。愛している。理解はしているのだ。でも・・親というものは考えてしまう。常に子供達の先行きを。不可視、不定の未来にせめてもの道しるべを示せればと。その行動が適切か、それとも不適切なのか、お節介なのかなど解らない。それでも・・子供の為に何かせずにはいられない。それが親というものだからだ」
榊は目を丸くした。そして何時ものように微笑んだ。
「・・ふふ。・・それは・・子供のいない僕に解る筈がなかった事だね・・認めるよ」
―常にキミは冷酷で冷徹な仮面の裏にそんなものを隠していたのか。
榊は眼鏡をくいとかけ直す。
「・・アイーシャを失い、私の手にはもうソーマしかいなかった。自分の都合で重荷を背負わせた息子にせめてもの安息の未来を与えようとしたのだが・・ふふ・・なかなかどうして・・上手く行かないものだな・・。ソーマは自分の意思で私を否定する事を選んだ・・与えられた安息の未来ではなく、辛くとも仲間とともに自分達で切り開き、創る道を選んだ」
「・・」
「何よりも子供の事を考えて行動したつもりだったにもかかわらず、結果的にそれは親という物の自己満足に過ぎなかった。皮肉なものだ。それを当の子供に否定され、指摘されるのだから・・だがそれでも・・私はソーマ、いや息子の周りに居る同じ年代の若者たちと彼らがまた育むであろう子供達の為に未来を与えたかった、・・しかしそれは失敗した。彼らは私の示した道を明確に拒否した」
「・・ヨハン」
「そんな目で見ないでくれペイラー。私は今決して失望しているだけではないんだ。不思議ととても嬉しいんだよ」
切れ切れで弱々しいヨハネスの声だがはっきりと榊には聞き取れた。理解することが出来た。彼の声も、本音も。
全て。
「ペイラー・・?」
「うん・・?」
「キミは失敗した今の私を見ている」
「・・解っている」
「キミは人の親にはなれないかもしれないが・・これからも生まれてくる子供達の未来の為に動いた者、失敗した者、そして新しい未来を創ろうとする者―全てを「観察」してきたはずだ。それを次の世代に伝え、教えていく事は出来る・・だろう?スターゲイザー・・?」
「うん・・」
―そう私はスターゲイザー。星の観察者。
「・・ん?おっと・・ヨハン?こう見えて僕はまだ結婚をあきらめたつもりはないんだけどね?」
「・・。キミには無理だ・・」
「おやおや?見ていたまえ?未来は何も決まっていないんだよ?」
「ふ・・見届けたいのはやまやまだが・・どうやら・・時間の様だ」
「・・・!ヨハン・・」
「ペイラー・・だから後は・・」
「・・うん」
「ふ・・。・・・」
「・・おやすみヨハン。アイーシャによろしく」
物言わぬ変わり果てた親友の亡骸を前に榊は眼鏡をはずし、目を伏せる。
両膝を地に預け、両手を添えたその指先がわなわなと震える。止まらない。どうしても。
ただ想うしかなかった。科学者として滑稽な願望。願いを。
―良かったね。ヨハン。アイーシャにまた会えて。キミは今きっと幸せだろう。きっと・・きっと幸せだ。
短編2 今日の日の「さよなら」
「・・ソーマ」
「ん・・・?」
「シオはいつも寂しかった。皆と会う前は・・この気持ちが何なのか良く解らなかったけど・・今ならよくわかる。これが「さみしい」ってことなんだって・・」
「そうか・・」
「だから・・ソーマ?ソーマに会えた時、見つけた時、シオはとっても嬉しかった。そしていっぱい一緒にいて、一緒に話したらもっと嬉しくなった。ソーマも一緒だって・・「さみしい」って思っているんだって気付けたから・・」
「・・・」
ソーマは否定しない。ただ正直にうんうんとうなずいていた。
「でも・・ソーマはもう寂しくないな?」
「あ・・?」
「みんないるもんな?エノハも、はかせもアリサもコウタもサクヤもリッカだっている。今も・・そしてこれからも」
「・・・」
「いいなぁソーマ・・皆と一緒にいられるってすごくいいことだぞ?・・シオは・・とってもうらやましいぞ?」
―じゃあお前も行くんじゃねぇよ。
ソーマはそう言ってしまいそうだった。
―引きとめたい。留まらせたい。コイツはここにいるのに。
寂しい。寂しいに決まってる。当たり前だ。・・でも同じ寂しさを共有できる人間が今の俺には残念ながら・・ある。
いっそのこと終末捕食で一つになってしまえばシオと離れずに済むのかもしれない―
そんな気はソーマには全く浮かばなかった。
今のシオが絶対にそれを望まないからだ。そして今のソーマ自身も望まないからだ。
同じにはなれないからこその寂しさ、孤独、対立はある。でもだからこそ理解しあえたときに生まれるものがあるのだ。
それが榊の言っていた「予想もしない未来」を創り、彩っていく。一つの色に染まらない。そして新しい色にあふれた未来へ。
だからこそ全ては一つであってはならない。
だからこそ「今日の日のさよなら」は生まれる。
避けることは出来ない。
だからその日ぐらい素直で真っ直ぐに。
伝えよう。言葉を。
「・・ああそうだな。シオ・・あいつらは・・」
「うん」
「あいつらは・・俺の。俺たちの大事な・・仲間だ」
「・・・うん!」
ソーマは捕食形態を開き、月を見上げる。
無数の小さな星達に比べれば目と鼻の先の距離でありながら、人間の基準でいえば遥か遠いその場所だ。
この瞬間ソーマの中に生まれたものが彼自身自分でも信じられなかった。ソーマは自分が「夢」を持つなんてことは考えもしなかった。
この今日の日のさよならの時、彼は「夢」見た。
いつか・・今日あの夜空に浮かぶあの場所に行くシオに会いに行くことを。
―あいつらを連れて。
一緒に。
・・いつかお前に会いに行く。
静かなドーム内に一つの咀嚼の音が響く。
―ありがとうソーマ。ソーマは・・「自分」を見つけたね。
―・・おめでとう。
「さよなら」
短編3 今日の日のさよならにタクトを 終曲
エイジス島全体に大きな揺れが発生し、それが引き起こした津波、余震が極東湾岸地域にたどりつく。
頑丈なアラガミ防壁に囲まれたアナグラにもその余波が到達する頃であった。
「これは・・!?」
その中でも冷静さを失わず自分の出来ることを考え続け、レーダーを注視していたヒバリの焦燥の声が響く。
「エノハさん!?エノハさん!?聞こえますか!?」
・・応答が無い。この状況だ。何らかの障害が発生しているのかもしれない。
しかしこの状況が現場にいる全員が把握できていないとすれば・・まずい。
しかしその心配は無用だった。
あまりにも目前で起きているはっきりとした現状の光景にその場にいた全員が驚きを禁じえず、ヒバリの呼びかけに応えることさえ出来なかったからだ。
その十数秒前、
シオは飛び立った。空へ。
センタードームに蛇のとぐろのように巻きついていたノヴァの触手と本体が青白く光り輝き、一気に空へと舞いあがった時、事は起きた。
対峙していたアラガミの群れが一斉に統一されたかのようにただ一本の触手に集結。
小型、中型、大型わけ隔てなく、先程まで行っていた役割分担を捨て、一気にノヴァの触手と同化するために集結していた。
急造の統率力を行使したものの報われず、人間に劣勢に追い込まれた彼らが最後に選んだ行動はシンプルだった。
全力を投じてノヴァとの同一化だ。それによって強固な触手を形成、それ一本だけに絞り、空へ向かおうとするシオを止めようとしている。
いわばシオとアラガミ、そしてノヴァとの綱引きだ。
「シオ」の意志を必死で守ろうとしたエノハら人間側に対抗。アラガミ側は「ノヴァ」の意志を成就させる為の最後の手段にでた。
ノヴァ―つまりシオのいる先端からまるで白い龍のように長く、太い触手がシオの体を強引にこの地へ留めていた。
『みんな!!!』
無線からエノハの替わりにサクヤの絶叫がたった一言響く。
特に言うことはない。こちらも総力を結集して一本に絞られた触手を焼き払うしかないだけの話だ。
しかしその物体に近づけば近づくほど第一部隊、そして防衛班の連合部隊は呆気にとられた。
そのスケールの違いに。
「なんだぁこりゃあ・・・!?」
GEのキャリアの長さはこの中でも随一であり、大抵の事には怯まない自信を持っているタツミも愕然とする。
数十メートルクラスの大形アラガミが何匹も既に輪郭だけを残して白化している。ノヴァの触手に同化しているのだ。
しかし、その内の一頭、融合したヴァジュラの目がちらりと動いたかと思うと強力な電撃の弾がタツミを襲った。
「・・!うわっ!!」
かろうじてバックラーでいなしたものの、電圧で手が痺れる。
「このやろ・・まだ反撃も出来るってーのか!!」
タツミの苛立ちは既に無線を通すまでも無く他の全員に伝染していた。
「・・どうやら完全に同化するまでは個々で反撃もできるらしいわね・・」
スコープを覗き、距離をとってその光景を眺めていたジーナは相も変わらずじとりとした冷静な口調でそう漏らした。
専守防衛。「攻撃の意志のある者のみに反撃をする」時間稼ぎの形態。
ジリ貧とも言えなくもないがアラガミ側は最後のとっておきの攻撃の手札を持っている。終末捕食という最終兵器が。
それが地表で炸裂さえすればアラガミ側の勝利である。
先程まで統率はされていたとはいえ戦闘本能や食欲、いわば「我」を捨てきれていなかったアラガミ達が後を捨てた最後の防御要塞だ。
終末捕食を目前に控えた今、ここに集結したアラガミは意志すら全て同化した。
この戦法ははっきり言って今の人間側にとって最悪の攻撃だった。
これを好機と一気にアラガミ側を殲滅できるほどの物量、余裕が今はない上に、時間制限もある。
タイムアップは即敗北。
どれだけ現状が「有利」であろうとも「勝利」の可能性は薄いという人間にとって最もモチベーションが下がる状態だ。
それでも攻めなければならない焦り―自然ほころびが出る。
「カメみたいにちぢこまってんじゃないよ!ほらほらほらぁ!!!」
『カノン!あんまり無作為に攻撃しちゃ・・・』
・・そういうことである。雑で無闇な攻撃には手痛い反撃を喰らわせることのできるぐらいの余裕はアラガミ側にはある。
戦力的にも時間的にもだ。対処療法で十分なのだ。
慎重な相手なら歓迎して守り、時間を稼ぐ。
無茶をしてくる相手なら・・こうしてやればいい。
「あははは・・あ・・きゃあっ!!」
同化を「敢えて」尾の部分だけ行っていなったボルグカムランの尾がカノンの弾着の煙を切り裂き、彼女の体を捉える。
『カノン!?』
ジーナの声が響く。応答はない。
「くっ・・ヒバリ・・私が向かうわ・・」
『は、はい案内します!』
―死ぬのはまだ早いでしょ・・カノン!
「きゃっ・・!ぐっ!」
十メートルほど吹っ飛ばされ、背中むきに叩きつけられたのち、上体を片手と神機の重みで支え、カノンは起き上がる。
「ちっ・・・まだだ!!・・ん?・・・あえ~?」
パタンとうつぶせにカノンは倒れる。連戦に続く連戦、酷使によって彼女の体は彼女のテンションとは裏腹に限界に達していた。
これは何も彼女だけではない。ここで交戦している全員に該当することである。最早無傷の者など一人もいない。いずれ誰かがこの膠着状態にしびれを切らして無茶をする事は明白でそれがたまたまカノンだったという話だ。
しかしそれでもまずい。ここでの離脱、戦闘不能。もしくは死亡は残りのメンバーの焦燥や不用意な行動をさらに増長させかねない。戦況はやや人間側に傾いていたように見えて実はかなりデリケートな危ういバランスによって保たれていたのである。一つが崩れれば全てが崩れかねないバランスで。
うつぶせに倒れ、最早意識を失って動けないカノンにボルグカムランの鋭い尾の先端が迫っていた。
―しかし
カムランの針の先端がカノンを貫く寸前でぶるぶると震えた。
『カノンちゃん!?カノンちゃん・・応答して・・!』
最早祈るような声でサクヤが呼びかけを続けていると意外な声が響く。
「・・大丈夫よ。今カノンを回収したわ。気絶してるけど怪我は大したことない。運の強いコ・・」
ジーナがサクヤを落ち着かせるような声で囁く。
「私はカノンを連れて一旦離脱するわ・・後から来た身で申し訳ないけど」
『・・ええ。無理しないで・・本当に・・よかった・・』
最初にほぉっと大きな溜息をサクヤはついて心底安心したようにそう続けた。
「ありがとう・・そしてごめんなさい」
『ううん。気にしないで』
「ん・・あれ~・・?ジーナ、さん・・?」
「お目覚めかしら」
カノンに肩を貸しながらジーナは目を覚ました幼子のように目を丸くしてきょろきょろするカノンに微笑む。
「あれ私・・気絶してました?」
「気持ち良さそうに寝てたわよ」
ジーナは大人っぽく柔らかくそう言った。
―私達今朝から働きっぱなしだものね。仕方ないわ。
「・・すいません」
「いいえ。よく生きていてくれたわ」
「助けてくれてありがとうございました!ジーナさんは命の恩人です!」
肩を預けながらも律儀にカノンは頭を下げる。
「・・私が助けたわけじゃないわ。貴方は私が来たときには既に敵を倒しておねんねしていたんだから」
「あれ・・?」
「ん・・?」
「私・・倒してません」
「え・・?」
「・・・。もうダメかと思いました。でも・・誰かが私を助けてくれたような・・?」
「・・・」
―・・この子の例の「アレ」かしら・・
ジーナは押し黙る。意識なしでも敵を仕留めるとは。この子が寝ている時は極力近づかない事を決心する。
「・・ジーナさん?」
「あ。ごめんなさいね。気にする事無いわ。命が助かったんだから」
「・・そうですね!気にしない事にしましょう!!はい!」
そこは気にしなさいよ・・といつものジーナなら言う所だが今はもうどうでもよかった。深く考えられるほど二人の体力は残されていなかった。
ただ可愛い後輩がいつものように能天気に笑っていることにジーナは右目を嬉しそうに細ませた。
最初のカムランの尾の一撃で最早カノンのブラストは発射不能なまでに破損していた事をジーナは知らない。
そしてスナイパーの彼女ですら感じ取れない程気配も足音も殺して黒い影が通り過ぎて行った事も。
センタードームから飛び出した母体―シオ。
夜空の中で青白く光る美しいその姿から伸びる蛇の様な太い一本の尾。それが強固に地に根を張っている。
ノヴァの地球への執着、そして終末捕食への執念を感じさせる凄まじい光景である。
センタードーム天井が完全に破壊されて以来、エノハと連絡がとれない焦りを覚えながらも残った四人は必死で尚も根を張っているノヴァの触手を攻撃している。
「たぁっ!!」
アリサが切りつける。
「ぐうっ!????」
神機が喰い込んだ瞬間。脳に電撃が走ったような衝撃を感じて思わずアリサは呻いた。
「おい!?アリサ!?大丈夫か!?」
「ぐっ・・。・・ええ。大丈夫です!!」
アリサの表情をみてコウタはほっとし、すぐに射撃を再開。
―くっ!何!?今のは!?
なんてノイズだろうか。ノヴァの触手からアリサの神機に伝わった衝撃は言うまでもなく感応現象だった。そこには可愛く、愛しいシオの真っ直ぐとした心意気。自分たちに対する感謝と愛情、そして別れの悲しさ、切なさがある。
だがそれだけならば今のアリサはこんな最悪な気分にはなっていないだろう。
そこにはシオの足に絡みついて離れないようなじっとりとしたノヴァ、そしてアラガミ達の思念がシオのそんないじらしい気持ちを最早覆い尽くすようにどろりと侵食していた。
無色透明の清廉な水に黒くねば付いたタールのようなものが流れ込んでいくみたいに。
行っちゃ駄目、いっちゃだめ、いっちゃダメ、イッチャダメ Iccyadame―
切りつけるたびにこんなノイズが響くのだ。はっきり言ってこれ程切りつけたくない物はそうは無い。しかしアリサは歯を食いしばる。
―・・負けるもんか!!
自分は先日、己の失敗、それが引き起こした現実とむきあう為に自分の仇の腹を裂き、絶望的な事実を目の当たりにし、向き合った経験があるのだ。
涙を流して、でも歯を食いしばって。
だからアリサはためらわない。何度でも切りつける。
しかし一向に触手は頑として地に根を張ったままだ。諦めに似た感情も差し込みはじめている。
切りつけるたびに徐々にシオの意識が小さくなっていくのを感じる。
同時に飛び立ったシオの「先端」が花弁のように徐々に開き始めたのを確認する。
説明されなくても解る。
これは―終末捕食直前の前兆だ。
恐らく「開花」した時、全ては終わる。
―負けるもんか!負けるもんか!!負けるもんか!!!
生来の負けず嫌いの彼女は心の中でそう叫び続ける。繰り返すたびに言葉の重みが薄れていくような感覚を必死で振り払いながら。
「ああああああぁぁあああっ!!!!!」
苛立ち、恐怖、悲しみを含んだアリサの絶叫が木霊した―
時であった。
―アリサ。
切りつけた神機から別の「何か」の声が聞こえた。
―・・・!
―上を見ろ。真っ直ぐ。下向くな。
「はっ!!!」
アリサは顔を上げる。涙はふきとんだ。
青白く真円に浮かぶ月の色を映し撮ったような天へと延びる花弁の茎を伝って一人の人間が神機を刺しながらスピードを調整しつつ、滑り降りてくる。
その姿が地上にいる全員の目に映った。
「・・・!エノハさん!!」
「エノハぁ!!」
「エノハ君・・」
「エノハ!」
「隊長さん・・」
「エノハさん!」
『エノハさん!』
「アリサぁ!!!」
エノハは力の限り叫んだ。
「・・・!受け取ってください!!!」
アリサも力の限り声を返す。
三つの受け渡し弾がエノハに達し、金色のオーラが差すと同時にエノハは虚空に向けて三発のアラガミバレットを発射、アイテールから奪った複数の光弾型のアラガミバレットがエノハの立ち位置周辺の触手に次々と突き刺さる。境界を隔てるように一直線に。
その一つ一つの穴が・・ぎちぎちと音を立て徐々に開き始めた。
エノハの立つ場所―ここが「分岐点」だ。
つまりシオが飛び立とうとする力と、ノヴァをとどめようとするアラガミ側の力の中央。
即ち綱引きの中心地点だ。
そこに複数の亀裂を作ったらどうなるか?
凄まじい力で反発しあう糸の中心地点に鋭い刃物を刺し込んだらどうなるのか?
結果は火を見るよりも明らかである。
「・・離婚調停人エノハ。・・行きます!!」
人と神。それを分かつ者。
その名は榎葉 山女。
反発しあう白き龍。その背のその中心でエノハは解放状態で刀身が伸びた神機を思いっきり突き刺した。
感応現象。彼にも流れ込んでくる。「あの」声が。
yamero ヤメロ やめろ 止めろ
止めろ!!
「・・!聞こえないねぇ・・」
「ここ」ならはっきりと聞こえる。シオの声が。シオの心が。
その心地よさに比べれば「雑音」など今は耳に入らない。
―エノハ・・。
―・・うん?
―・・ありがとな?
―それは俺だけじゃなく皆に言ってやる言葉だ。
―・・うん。
「ありがとう。皆」
パアァン
まるで弾けるようにエノハの立っている場所から一気に亀裂が走る。
今、人と神は分かたれ、人となった神は空へ舞い上がった。
輝く満点の星空以上の無数の光の粒がエイジスに降り注ぐ。
エノハはその光の中で背中むきに堕ちながら右手を延ばす。神機がするりと掌からこぼれ落ちていく。
否。
「延ばされた」のだ。
右手を包み込む暖かい光に。それは光に包まれた小さな手だった。
―知ってるかエノハ・・?
―・・?
―これ「あくしゅ」っていうんだぞ?リッカに教えてもらった。
―・・そうか。
「天使」
リッカはシオの事をそう言った。
今目の前の光景を見てエノハは思う。そのとおりだと。
―エノハ。・・ソーマのこと、みんなのこと・・。
―・・ん!
シオはうなずくエノハににこりと笑う。天使の微笑み。
―・・いってきます。
エノハは今気付いた。エノハ達がシオに捧げた曲は悲しい別れの曲なんかじゃない。
―「旅立ち」の曲だったのだ。
白い花弁は成層圏を突破、青い地球を背に白く満開の花が開いて尚も速度は緩むことなく
宙を駆けていく。
エノハ達を置いてけぼりにして。
仰向けのまま空を見上げていた。
廃墟と化した建物の化石の様な骨組みの中から覗く夜空に浮かぶ月を。
床に突き刺さった彼の神機は月の光を受けて光っている。
白く。
そして青く。
月は今、母なる大地となった。
青く、蒼い清浄なこの星のかつての姿の映し鏡。
それをただ飽きずにエノハは眺めつづけていた。
「おい」
いつもの通り無愛想でぶっきらぼうな声が背後から耳に届く。
「・・帰るぞ」
最低限の口数は相変わらずだなとエノハは苦笑し、上半身だけを起こして振り返る。
しかし、声の主―ソーマを見た次の瞬間、目を見開いた。
「・・・!」
「・・・」
ソーマは語らない。ただ何時もより優しい表情をしていた。
そんなソーマの神機は真っ白に変化し、月の光を浴びて天使の羽のように美しく輝き、小さく哭いた。
―・・ああ。君は「そこ」にもいるんだな。・・シオ。
遥か彼方にも。そしていつも近くにも。・・君は居る。
エノハは無言で微笑み、右手をやや乱暴に延ばす。
それにソーマも何も言わず、また戸惑うことも無く、ふっと少し笑ってその手を取る。
お疲れさまでした!無駄に長いお話を最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうございます。
GE編は今回でとりあえず終了になります。良ければまたお付き合いください。
それでは。
おまけ短編
手の中にあるもの 2
「おかえりなさい!!」
「・・只今!!」
アリサはアナグラの出撃ゲートの前で皆の帰りを待ち望んでいた二人―ヒバリ、リッカの姿を確認すると即飛び込んで行った。
ヒバリがその体を抱きとめ、後に続いたリッカは彼女達を抱えるように抱きしめる。
わんわんと泣くアリサを優しく年上の二人の少女は包み込んでいた。
「いいねぇ。頑張った甲斐があるってもんだ!」
タツミは満足そうに頷いてその光景を見守っていた。
「・・本音は?」
コウタがそう尋ねる。
「・・アリサちゃん。俺とその位置変わらね?」
何言わせやがるんだとタツミがコウタとじゃれ合う中、サクヤは後方に立って見守っていたツバキの姿を確認し、少し悲しげに目を一瞬だけうつ向かせたものの、すぐにキッと向き直って背筋を伸ばした。その所作にツバキはふっと笑い、今はリンドウの姉として弟を心から想ってくれていたサクヤに感謝の意を表す優しい笑顔を向けた。気丈なサクヤの頬に涙が一筋走り、表情が崩れる。
そのサクヤの肩をツバキはぽんと叩き、
「・・ありがとう」
たった一言そう言った。サクヤはもはや耐えきれず、張りつめた緊張の糸が解けたように泣き出した。
「みなさん!おかえりなさいです!」
「あら・・ふふふ・・ずいぶんとゆっくりなご帰還ね」
先に帰還し、治療を受けていたカノンとジーナも輪に加わった。
喜びの声、すすり泣く声、優しい言葉をかける者―
どうせ状況が落ち着けば今回の事件の事後処理、聴取など面倒くさいことが山積みのはずである。
―だからせめて今の時間くらいは。
そう思いながらエノハはその輪から少し離れたゲートの前で皆のその光景を見守っていた。
戻ってきた。
帰ってきた。
かつては来た意味も、来る理由も必要も無かったこの場所へ。
流されるままこの場所に流れ着いた。
エノハは少し苦い顔をする。
不思議なものだと。失うことを恐れる自分がなぜこれ程にこの場所が今はいとおしいのか。
壁に囲まれた比較的安全で静かな場所で一生を送る事も出来た自分が。
なぜ彼は「海」にたどりついたのか。
混沌として深い―敵だらけの海で。
そこに理由はなかった。
しかしエノハはそこに降りてきた。
そこで目の前で多くの物を喪った。別れを経験した。
うつむき加減につい先ほど旅立ったシオに最後に触れた右手を見る。赤い腕輪の先にある掌にまだ温かい感触が残っていた。
その手に―
「何ぼ~っとしてるの」
「!」
その掌を掴んだ者がいた。白く美しい指先をもつその手の持ち主がエノハの目に映る。
「リッカ・・」
少し唖然としているエノハにやや大げさにリッカは溜息をつき、
「一応皆をまとめる立場の人間がこんな席でそんな顔するもんじゃないよ。・・おいで」
促されるまま流される。
―なんだ。俺何も変わってない。
でも流れ着いた先には。
ここには―
次々と彼の手に暖かい感触が宿っていく。一つ、また一つ。仲間の温かい掌が。
片手じゃ賄いきれない。だから両手を延ばす。
その掌達に導かれ輪の中心へ。
リッカ、アリサ、コウタ、サクヤ、ヒバリ、タツミ、ジーナ、カノン、ツバキ、榊。
その光景を眺めていたソーマは苦笑を洩らしてエノハを見ていた。
―全てがある。
流されたのは彼自身。
しかしその先で彼が手に入れたものは。手からあふれ出るほどの者たちは間違いなく彼が選び取ったもの。
手の中にあるものを。
彼は握りしめた。