前話の「慟哭」は6月29日に追記をして少し加筆しています。28日の投稿の際、見て頂いた方はお手数ですがそちらを良ろしければ拝見してください。
大変申し訳ありません。
およそ八十から九十。
これは俺が今回の件で反した規則の数である。
いや、下手すりゃ大台の三ケタクラスだろうか。
怪我、疾病、素行などの理由で円滑かつ安全な神機の使用が不可能と判断された者が神機を使用した。
適合していない神機を使用した。
神機をアナグラ施設内で許可なく使用した。
その結果、施設、または施設内の備品を損壊させた。
アナグラ内で許可なく戦闘行為を行った。
待機命令、撤退命令、避難指示を無視した。
etc etc
基本的に規則に対して模範的なエノハが一躍問題児ランクのトップに躍り出る暴挙である。
彼の右手が腱鞘炎になるクラスの膨大な始末書、反省文が課されるであろう。
しかしエノハは思った。
―・・左手で始末書を全て捌けるかな。
と。
リンドウの神機を握る彼の右手の感覚は最早「激痛」という生ぬるいレベルではない。
右腕が無くなった方がまだマシではないかと思えるほどの物である。彼が右手の事を半ば諦めるのも無理はなかった。
むしろ事を終えた時、始末書を書けるほど「己が己であればいいな」とも思える。
自我を失う。もしくは死ぬ。
このまま神機に喰われて死ぬ。
可能性としてはよっぽどそちら側の方が現実的にさえ思えた。
でも―
エノハはそれでもいいと思っていた。侵食されていく右手と自我の中で。
―・・・いいよ。
右手も自我も。それで足りなきゃ命もくれてやる。
だから
せめて
こ の 子 だ け は 助 け さ せ ろ 。
グガァァァァァァッ!!!
大口を開いてオウガは迫る。
獲物と、そして獲物を横取りした無粋な輩ごと丸呑みにする勢いで。が、
―――!!??
次にオウガの目に映った光景は逆さまになる天地と迫る天井。しかし天井はある時を境に急速に離れていき、変わりに一瞬の浮遊感。
その後に冷たい床の感触がオウガの背骨を伝う。
その冷たい衝撃と同時に背筋を伝う冷たい怖気がオウガを襲った。それは理解不能への困惑。
つまり恐怖だ。
何故自分がまだ生きているのかという理解不能さへの恐怖だ。
―何だ?なんなんだ!?あれは!?
オウガがエノハ達に接触する刹那、オウガにはエノハがまるで母親がわが子に迫った凶刃から無駄だと知りつつも無意識にかばうような仕草をしたように見えた。
身をかがめて、オウガから目を逸らし、自分の体を盾にしてかばう様に守る対象を包み込むあの仕草。
それはつい数時間前見た光景とだぶる。トラックの中であの親娘を喰らった瞬間の光景と。
自分の絶対的な力の前に成すすべない存在を容赦なく蹂躙し、喰らったあの時だ。
しかし違う。今度は・・逆に一瞬にして徹底的に植えつけられた。
何をされたかさえ分からず、空中に巻き上げられ、叩きつけられた事で思い知る。
異次元の実力差。そして自分がまだ生きている事が全くの偶然であるという事実を。
化け物だ。
畜生。
何なんだ。この人間は。
立ちあがったオウガの目には既にリッカを抱えたまま跳躍し、赤い神機を振り上げた化け物―エノハの姿があった。
―畜生。
エノハは何度も切りつける。
でもその度に手ごたえの無い感触に辟易する。一向にオウガに攻撃は伝わっていない。
これ程の激痛を代償にしても自分が神機ではなく、ただの「物」を振り回しているだけという事実を目の前で未だ健在のオウガの姿が証明している。
本来なら既にもう4、5回は仕留めているだろう。
こうなってくると、
ガィン!!
「ぐっ・・!」
「ガァッ!!」
エノハの剣閃とオウガの鋭い尾部が衝突し、火花を上げる。
数度の致命的と思える攻撃を貰いながらも特にダメージの無い自分の現状を前にオウガは理解し始める。
この人間に今自分を殺す力はない事を。
喉元を寸断されようと、真っ二つに両断されようと。
オウガの苛烈な反撃を捌きながら徐々に劣勢にエノハは立たされる。
現時点エノハとリンドウの神機は最低限の接続はされているとはいえ適合率は1パーセント以下だ。
振り回せていること自体大したものだが、現状では神機の最低限の機能、オラクル細胞を「喰い裂く」事すらもできない適合率である。
つまり神機がアラガミを殺傷出来るまでの数字に到達させるには踏み込まなければならない。
それにはこれ以上の侵食を許すほかない。今の激痛のはるか先にいくしかない。
肉体の痛みが限度を超えた場合、人間は意識や理性をカットする。端的に言い換えると発狂する。
これは目の前のアラガミと大差ない存在になる危険性をはらんでいる。
それでもやるしかない。
エノハは自分の中で押さえていもの、閉じていた「何か」を・・開く。
「く・・・・ぐ・・・あ、あ、ああああああぁぁぁぁ!!!」
再び右手の苛烈な激痛で白む視界、脳に電極を差し込まれたかのような強烈な感応現象が起きる。
さっきは断片的な映像であったが今回はそれが実感を伴う物に変わる。まるでバーチャルリアリティに体ごとワープしたかのようだ。
肌寒い雪の降りしきる寺院。積もった雪を踏みしめ当ても無く歩く「何か」の視点だった。
その「何か」の感覚が全て伝わってくる。寒い、暗い、冷たい、眠い。そして・・言いようも無い空腹感。
しかし、人間が空腹の際、想い浮かべるような食べ物への渇望は湧いてこない。
むしろそれを想像してしまえば吐き気を覚えそうな奇妙で、形容しがたい空腹感がその「何か」には宿っていた。
エノハにはその存在が何を求めているのか・・なぜこれ程に飢えているのかが・・
―解らない。
(いや、解っているはずでしょ?)
―解らない。
(貴方には解っているはずです。)
―わか・・。・・・?
(・・ようやくちゃんと声が届いたみたいですね。)
―・・お前・・・
「誰だ?」
ダン!!
その銃声にエノハは我に返る。
いつの間にか直前に迫っていたオウガの尾が彼の首を寸断する直前で弾かれ、吹っ飛んでいた。
左頬を掠めた弾丸。その軌道に沿って振り返る。
「・・・立てますか!?」
少年。だが少女にも見える程の中性的で整った顔立ちの少年が銃口を向けて佇んでいた。。
小柄で華奢な体格、肌も陶器のように白く、癖のある漆黒の髪がその白さを一層際立てる。
明らかに年下の子供。
しかし銃形態の神機を構える立ち姿、迷い無く敵を見据える金色の瞳に宿る意志は歴戦の勇士である事は疑いようがなかった。
エノハがそんな第一印象を覚えている最中にも少年の神機から放たれたもう一発の銃弾がエノハの横を掠め、立ち上がろうとしたオウガの左目に突き刺さる。
悲鳴のような奇声をあげてオウガは立ち上がり、地団駄を踏むようにしながら怒りと狂乱の混ざった咆哮を上げる。耳を貫通するような音圧だ。
「くっ!」
助けに入った少年も怯む。
片目を喪ったオウガは自分の尾を前に向けるとそこからみちみちと無数の針が躍り出る。
照準も何もない。
三十六計当たるにしかず。針を乱射する。
「・・伏せろ!!」
エノハの絞り出すような声に反応して少年はエノハとともに身をかがめた。
整備室の備品、資料などが乱雑にばら撒かれた針によって頭上で破壊され、宙を舞う中でも少年は琥珀色の瞳をオウガだけに見据え、
「・・往生際が悪いですね」
と言い放つと同時の狙撃。狙いは正確にオウガの額を貫いていた。弾かれたようにオウガの顎が跳ね上がる。
それを見届けたのち、少年は声を聞いた。小さな声だ。
「コイツを・・頼む」
「・・ええ。早く。止めを!」
オウガは跳ね上がった顎を直ぐに戻して下手人を見据えようとしたが、頭を定位置に戻した彼が次に見たのは赤い腕輪を施された右拳だった。
射抜かれた左目の眼球が飛び出るほどの強烈な衝撃を眉間に受け、オウガテイルは派手に吹っ飛んだ。
―えぇ~・・そこ殴るんですか。原始的ぃ・・。
横たわったリッカに駆けよりながら少年は呆れ顔でその光景を眺める。
背後の壁に叩きつけられたオウガの右こめかみにさらに今度は強烈な蹴りが突き刺さり、壁をついたてにして手を持たないオウガは身動きが取れなくなった。
いや、それ以上に残された右目に映る光景を前にして上手く体が動かなくなった。
・・・!!!!
「・・勘違いしていたな。俺は」
左足で自分を壁に押さえつけている人間の黒いシルエットが声を上げる。そして言葉とともにその右腕が徐々に肥大化していく。
いや、右腕ではない。神機だ。
さっきまで自分をさんざん切りつけていた「物」とは違う。
気配が。そして生命感がまるで違う。
じゅくじゅくと音を立て形を変えたその真っ黒なシルエット。
それはまさしく自分を遥かに凌駕する「捕食者」のシルエットだった。
長い間整備室に閉じ込められていた神機が欲しがるもの。それは闘争などではなく―
生き餌だ。
飢餓状態が極限に達したリンドウの神機の巨大な捕食形態の口がオウガの上半身を「削り取った」。
「・・いい味だ」
少年は舌なめずりする。先程まで浮かべていなかった獰猛な気色が彼の琥珀色の瞳には宿っていた。
残されたオウガの残骸が霧散し、足元で黒い煙が上がる中、
エノハは糸が切れたように倒れ込む。
少年は駆け寄る。彼に息はある。リッカも同様だ。
「やはり・・・貴方がいいな。榎葉 山女さん?」
少年はそう呟く。
お疲れさまでした。続きもまた良ければ見てください。
有難うございました。
おまけ
無事を確認する。
小さな少女の。
―・・小さいな。
エノハが彼女をそう認識するのは初めてだった。
仕事が出来、GE達に慕われ、年下の同性の友人からは頼られるお姉さん的存在。男性GEや職員、そして現支部長を務める榊すらも時には頭が上がらない古株の女性整備士。
もちろんエノハもだ。
GEがいなければ極東の戦線を維持できないのと同様に彼女がいなければアナグラは成り立たない。
楠リッカ―間違いなくこのアナグラで彼女の存在はとてつもなく大きい。
しかし当の本人は至って小さな女の子だ。
極東支部に所属する女性職員の中でもとりわけ小柄で華奢な。
エノハは自分の胸に体を預け、愛用のグローブごしにどんどんと彼の胸を叩く彼女の姿を見てそう思う。
本当に小さい。
丁寧に、大事に扱わないと簡単に壊れてしまいそうなコワレモノだった。
エノハはほっとした。心から。
「・・。じゃあ私はエノハが目を覚ましたって皆に伝えてくるかな?」
―・・その顔でいくの?
くしゃくしゃの顔で部屋を後にしようとする少女を少し困った笑顔でエノハは見送る。
「じゃあね・・また後で来るよ」
「リッカさん・・本当にいい人ですよね。彼女は本当に神機の事を理解してくれている・・」
エノハは振り返る。
そこには二人を間一髪のところで救ってくれた少年の姿があった。
戦闘時とは異なり、やや柔らかい表情、金色の瞳を人懐こそうに緩ませる。去るリッカに手を振りながら。
「あ、そう言えば・・ご挨拶がまだでしたね」
今度は幼く整った顔を不思議そうな表情に変えた。結構ころころ表情が変わる少年だ。
「今度医療班に配属されました。名前はレンといいます。レンって呼んでくださいね」
首を傾かせ、美しい顔をした美少年は微笑んだ。こうしているとより少女のように見える。
彼はその後、エノハに実は翌日付で正式に極東支部に配属だった事、これから極東支部で働く意気込み等を語った。
そして最後に医療班の人間らしい気遣いをエノハに見せる。
「あ、長々と話しちゃってすいません。怪我人の方に・・今は無理をせずゆっくりと休んでくださいね・・さぁ・・」
エノハに横になるように促す。病人を不安にさせない為の笑顔を忘れることなく。
その言葉に従い、エノハは体を横にした。
少年―レンに背を向けて。彼は一言も発さない。さっきまでいたリッカに対しての態度とは雲泥の差だ。彼にしては珍しく素っ気ない。
そんな彼を不思議そうにレンは見ていた。
「・・・?」
「・・・なぁ」
エノハがようやく言葉を発する。
「はい?何でしょうか?」
「お前・・誰だ?」