1.アリサの怒り
「・・・」
怖い。
エノハは恐怖をひきつった笑いでごまかした。それでも目の前の少女―アリサは無表情のままだ。
「・・・」
「あの・・アリサ・・?」
先程ようやく膨大な件の始末書と関係各所からの厳重注意から解放されたエノハ。
やれやれと肩を回し、軽食をとろうとラウンジに向かう途中のエノハを呼びとめたのはこの少女だった。
思わず背筋がびくりと痙攣した。なぜか?
「エノハさん」
聞いた事も無い冷たい口調でアリサに呼びとめられたからだ。そこからこの無言である―
―こわい。
固まるエノハの姿を見ながら少女は大きく溜息をつき、美しい横顔を向けて目線だけじろりとエノハを見る。
「・・・。コウタには黙っててくれと言われたんですけど」
そんな前ふりでようやく少女は口を開き、続けた。
「『どうせ色んな人から叱られてるんだろうからせめて俺達ぐらい普通に接しようぜ?エノハもリッカさんも無事だったわけだし』・・って」
「!」
―コウタ・・。
エノハは意外な言葉に目を丸くする。三つも下で部下の少年の気遣いに恐怖は消え、申し訳なさとともに何か温かいものが心に流れ込んでくる。
「コウタって・・たまに偉いなぁって思います」
「そうだな・・二人ともありがとう。・・それで・・す」
すまなかった―そう伝える直前、
「ま、それはそれとして」
「ま・・?」
「・・私はエノハさんを叱りますけどね!!!」
くわっと美しい少女の顔が豹変する。かわいい妹が鬼姑に変わったような瞬間である。
「何をやってるんですか!!悪いタイミングが重なったとはいえ病人の分際で飛び出して行って挙句の果てに他人の神機を使用!?バカなんですか!?」
―ぐえ。
「常々口酸っぱく『逃げる時は逃げる。無理しない』とか抜かしてる本人が!?ファー・・こりゃ傑作ですねぇ!?」
―うぅ。
「『この右手が疼くんだ・・皆を助けろって』・・そんな間抜けなセリフはコウタの大好きなバ「カ」ラリーとやらのアホ主人公に言わせといたらいいんです!」
―折角コウタ褒めてたのに・・。結局落とすんだね・・。
ぐちぐちぐち・・・
くどくどくど・・・
ぐちくどぐちくど・・
七分後・・
「・・解りましたか!?」
「はい・・ホントにすいませんでした・・」
いたたまれない。
三つも年下の少女、それも部下にコテンパンにされた隊長―エノハは土下座したくなる衝動を抑え、ようやく頭を下げるにとどめた。
「・・ふうっ・・言いたいことは言ったところで・・」
「・・?」
アリサはぺこりと頭を下げると同時にエノハの胸に帽子ごしに額を合わせた。
「・・!」
「・・リッカさんを助けて頂いてありがとうございました。でも本当に無茶しないで下さい。・・心配なんです。エノハさん生き急いでるみたいで・・自分も大事にしたげてください」
「・・・アリサ」
その頭をポンポンと軽くたたく。
「ありがとう」
もう謝らない。ここですべきは何よりも感謝だ。
きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅう~。
少し間抜けな音が響く。
―・・?あ。
「・・今度は砕かないでくださいね。治るまで」
ギブスには新しくアリサの可愛い文字で少し物騒なメッセージが描かれていた。
「また何か無茶したら今度はギブスより先に私が動けなくなるまでエノハさんを砕きます!!」
アリサはスッと後ろに下がって最後にぺこりと頭を下げ、足早に去って行った。
「・・・ありがと!」
追いかけるようにエノハはその声で彼女を見送った。
おまけ
そのエノハの肩を後ろからぽんと叩く手があった。振り返る。
「・・ソーマ」
「・・・今度は俺の番だ」
「・・へっ?」
パキパキとソーマは腕を鳴らす。
「次は私だ・・」
「きょっ・・教官!?」
ツバキがソーマの後ろで仁王立ちしていた。手元の資料をまるで素振りのように振っている。
その仕草は「とりあえず「カド」は遠慮しといてやる」と言っていた。
「わ、私も・・エノハさんを叱ります!!」
「・・カノン。貴方は神機を持ってきなさい・・」
そのさらに後ろにはカノンとジーナもいた。
「え。何でです?それにアナグラ内で神機を使ったら・・エノハさんと同じじゃないですか!」
―・・さりげなく心をえぐってくれる
「構わん。撃ちさえしなければ今回に限って私が許可しよう」
意外すぎるツバキの許可が出た。
「ほ、ホントですか?教官!?」
「うむ」
「ほら・・はやくいってらっしゃい・・カノン。貴方の順番はとっておいてあげるから・・」
「わ、わかりました・・。・・。う~んなんで神機がいるんでしょう・・?それも撃っちゃダメなのに・・」
首をかしげながらカノンはトタトタ歩いて行った。
―さ、差別はよくないでしょう!?教官!?
「・・俺もいいだろうか」
ブレンダン
「私も・・いいでしょうか」
ヒバリ
「ちゃっかりヒバリちゃんと話せる時間を増やしやがって許せねぇ・・俺もやる!」
タツミ
エノハの前には長蛇の列が出来た。
2.託す者 託された者
「無茶をしたね・・リッカ君」
「もとより覚悟の上です。どのような処分も甘んじて受けます」
支部長室―
リッカはいつもと違って少し険しい表情をした支部長の席に座る榊に向かって頭を下げ、真っ直ぐと目線を戻す。
「私が怒っているのはそういうことではない」
「・・・」
「君は死ぬつもりだったのかい?整備室に残された端末のデータを見て愕然としたよ」
「・・・」
―やっぱり気付いちゃうか。榊博士は。
「確かにあの状況で神機のロック作業を行うのは妥当と言えるだろう」
「・・・」
「しかし君はそれだけではなく、あの逼迫した状況でさらに別の作業を行おうとしていた・・違うかね?」
「・・ご明察です」
そう。
リッカはあの時、エノハの神機のロック作業がどれくらいで終わるかとの問いかけに対して
「『これは』後八分」
と答えていた。つまり彼女はそれを終えた上でまた別の作業を行うつもりだったのだ。いつオウガがあの場所に来襲するか解らない状況で。
「・・先日入手したハンニバルのコアで生成されたハンニバルのオラクル細胞の再結合を阻止する抗体の因子・・その回収を行おうとしていた」
不死のアラガミと呼ばれるハンニバルにはコアの崩壊後、即代替のコアを急速に生成、成長させる因子を持っている。
その結果、通常のアラガミがコアを破壊された場合、即霧散するはずのオラクル群をその場で即再結合させ、復活する事が出来る。
ハンニバルが不死のアラガミと呼ばれる所以だ。
しかし先日入手したハンニバルのコアから解析されたデータにより、その再結合を阻害する「抗体」の役割を果たす偏食因子が開発され、
それが神機整備室に保管されており、既にいくつかの神機に「練り込む」作業が行われていたのである。
その矢先にあの襲撃が起こった。作業を中断して抗体の因子を一旦抽出し、回収する作業をリッカは行うつもりだったのだ。
「あの因子を任された以上、私には責任があります」
「確かにそうだね。でもあの状況で君がもっとも優先すべきことは因子の回収作業などではない。あくまで君という代え難い人材を君自身が責任を持って守り、避難すると言うのが最優先事項だ。貴重な素材やサンプルを失うのは痛手だがそれ以上にキミの様な人材を失う事に比べれば瑣末な事ともいえる。因子の材料である素材やコアはまた採りに行けばいいのだから」
「・・・『また』?」
リッカが口を開いた。事務的な口調は薄れ、油の切れたロボットのような生気のない冷たい語調である。
しかし、これ以上なく悲しそうな感情を感じさせた。
「うん・・?」
「また・・アリサ達が危ない目に遭うんですか・・?」
「・・リッカ君」
「また・・コウタ君が『俺のせいでエノハが・・俺のせいだ』って自分を責めるんですか・・?」
「・・・」
榊は無言で眼鏡をくいとかけ直す。
「また・・エノハが怪我するんですか・・?」
「そうですね。確かに仕方ないです。GEはそういう仕事なんだから。いつも死と隣り合わせで危険な戦場で体を張るのがエノハ達の仕事ですもんね。でもだからといって何時も安全圏で彼らが必死で回収した素材を整備士が我が身可愛さであっさりと諦めるなんて私には出来ません」
「・・それでも」
「・・」
「君が自分の命を無駄に扱う事を絶対に私は許さない。自分の立場を理解していながらそれを投げ出して危険に飛び込んで行った。それでキミに万が一・・いや今回のケースではキミが助かった事は不幸中の幸いだ。エノハ君がいなければ間違いなく君は死んでいた。おまけに退避勧告が出た時、君がもし即避難していればひょっとしたらエノハ君も適合しない神機に触れる事も無かったかもしれない」
「・・っ!!」
榊にしては珍しく遠慮なくそう続けた。みるみるリッカの顔が曇っていく。
「エノハ君が今元気なのもまた不幸中の幸いなんだ。でもこれから彼がどうなっていくのかは誰にもわからない。それを招いたのはある意味キミでもあるんだ。リッカ君。その事を踏まえたうえで私はやはりキミにこう言うよ」
「・・・」
「反省したまえ。いいね?」
「・・・はい」
―「私に理解出来なくて君が理解出来ることなどそう無かった」?・・それは嫌味だよ。ヨハン。
リッカが去った支部長室で榊は今は亡き親友の言葉を思い出す。
今回の事件の事後調査が進むにつれてより異常性がはっきりしてきた。
一見原始的でつたない行き当たりばったりの自爆テロ行為であったが、見過ごせない点がいくつかある。
オウガテイルを閉じ込めていたトラックの荷台が偏食因子でコーティングされている上、オウガを拘束していた拘束具、ロープに至るまでとても個人では費用を捻出することなど出来そうもない高い技術が使用されていたのだ。
これは恐らく個人の突発的なテロ行為ではない。
集団的、計画的なグループによって引き起こされた明確なフェンリルに対する反乱行為である。
恐らく、人員、予算も確保された大規模な宗教団体が存在しいている。
解りやすく言うと「アラガミ教団」だ。
様々な「神」の意匠を取り込み、数多くの宗教に存在する神の名を与えられるアラガミ、そしてその圧倒的な力の前に信奉、神格化してしまう者はアラガミ発生当初から少数ながら存在していた。
しかし、アラガミの形態が多種多様化するに従ってネズミ算でその数は増えていって表面化した比較的新しく発生している問題なのである。
その集団が引き起こす行為はフェンリルに対するデモや関係者への嫌がらせなど軽度な物もあれば、フェンリルの日常活動を著しく阻害したり、関係者に対しての殺傷事件、信者の大量集団自殺なども引き起こす。
今回の事件のようにアラガミに自ら喰われるケースも頻発した。自分の殉教精神を示す究極の行為であるとされ、教団内では定期的に行われている節がある。
(実際のところは現実問題の飢饉に対しての体のいい「口減らし」で利用されている場合が多い。純粋に教示に共感しているのは恐らく主に贄にされる末端構成員だけである。)
そんな社会問題を頑として対応してきたのが全支部長―ヨハネス・フォン・シックザールである。
アラガミ教団、またはそれに類する集団、危険思想の人物を徹底的に弾圧、取り締まっていたのが彼である。
時には表向きに柔軟に、そして時には秘密裏に徹底的に丁寧に彼はその問題に対応していた。
結果彼の在任中、全くと言っていいほど教団は動きを封じられていた。
彼はやはり統治者として優秀だったと言えるだろう。強引な手腕に対する批判も受けながらも徹底的な恐怖統治だけでなく柔と剛を織り交ぜた対応を行った彼のカリスマ性、実績が教団も世論もねじ伏せていたのだ。
しかし彼は死んだ。
そして新しく彼の席に納まった比較的穏健派のペイラー榊は再び活動を再開した教団によって表面化したその問題に直面せざるをえなくなる。その度に榊は思う。親友がどれほど優秀な存在であったかを。とても真似できないと思う。これ程の激務をこなし、尚且つ自分のある意味教団より過激な思想に葛藤しながらも己の目的の為に邁進していたのかと。
彼の行為、計画に賛同するわけでは全くない。が、それでもその手腕には脱帽する。
なんと強靭な精神力だ。
詰まる所、今回の襲撃事件は自分の非力さが招いたことだと榊は大いに自覚している。
そしてその尻拭いをさせられたのがリッカ、エノハを始めとする若者―いや子供達だったのだ。
だがそれでも立場上、榊はその子供達の尻を叩かなければならない。
彼らの行きすぎを諫めなければならない歯痒さ、自分の無力さを恥じた。
―ヨハン・・?君ならどうするのかな?
榊は両手を組んだまま天井を見上げた。
「・・。なんだ。博士にも叱責が必要か?」
「・・・!」
いつの間にか榊の目の前にツバキが仁王立ちしていた。
「ツバキ君・・」
「呆けている暇があったらまず頭を動かし、そして働け。それが生き残った者、後を託された者の責務だ。・・引退、隠居などさせるつもりは毛頭無いからな?博士」
「・・・」
「・・あいつらに対して申し訳ない、済まないと思っているのなら尚更だ」
「・・。そうだね。ツバキ君」
榊は眼鏡をくいとかけ直す。
するといつもの胡散臭い狸―榊はいつもの表情で頬を緩ませた。
―ヨハン。やっぱり君は本当にすごいよ。君にはかなわない。私はここにいる皆を頼り、支えられ、そして今はいない君にも支えられてようやく前に進めそうだ。
3.月夜の下で
「あ」
「あ」
エノハ、そしてリッカは素っ頓狂な声を上げた。
アナグラの屋上からは月がよく見える。
蒼いシオの月。この場所はソーマの特等席であり、たびたび彼は一人ここで何も言わずに月を眺めていた。
しかし、最近ソーマは療養中のエノハに変って第一部隊、他部隊の統率の任務で忙しく、今日はここには来れないようなので替わりにエノハがシオに会いに来たのだが先客がいたようだ。
「・・隣いい?」
「・・うん。どーぞ。・・って・・ぶっ!!何!?その顔・・」
リッカは薄暗がりの中、見えたエノハの顔の異常に噴出した。
「いや・・もう『ギブスに書く所が無い』ってんで今度は『顔だ』って・・」
エノハの顔には恐らくサインペンで書かれたであろう激励なのか、罵倒なのかが微妙なほどの過激な文、また落書きが施されている。
右手のギブスには最早まるで封印の呪詛か、サイコ気味のストーカーが出す手紙のようにびっしりと隙間なく文字が敷き詰められている。
「・・いじめ?」
「そうじゃ無いと思いたい。油性だよ?コレ・・」
「ぷっ・・はははは。まぁ・・座りなよ?」
リッカは自分の隣の地べたをぽんぽんと叩き、心から愉快そうに笑った。
「ねぇエノハ」
「ん?」
「始末書、反省文の総数は?」
「・・84」
「やった。私89」
「・・叱られたね。怒られたね。お互い」
「うん。すっっっげぇ叱られた」
「嬉しかったな」
皮肉でも自虐でも何でもなく、少女は心から笑ってそう言った。
「・・」
「私っていつも『いいコ』してきた方の人間でさ。親にも他の皆にも・・。だからこんなに怒らたり、叱られたりするのなんて初めてだったから・・嬉しかったな。エノハはどう?」
「いや。俺は特に・・」
「そっか」
「・・嘘。俺も全く同感。俺もそんなに叱られる方じゃ無かった。・・いいコぶってたし」
「そんな感じ」
「・・まぁこれはいくらなんでもやり過ぎだと・・酷過ぎるとは思うけど」
エノハは自分の顔を指差してそう言った。
「ぶっ・・ちょっ・・ちょっとその顔でこっち見ないで!後でシンナー貸してあげるから!」
―落書きもココまで行くと芸術だなぁ。・・あ。よく見るとあのツバキ教官の分もある!!タツミさんの『彼女募集中。出来れば超手近なオペレータの子希望』の隣なのが何か意図を感じる・・。
もう会話は無かった。
静かな月夜の下でずっと二人はシオの月を眺めていた。
わーい。独おめでとー!若いのがいいトコもってったな~。それまで消えてたのに・・。
GEは結構シナリオの本筋では無く、ストーリーの進行具合で異なるNPCのテキストのセリフが好きです。ここらへんのアリサのセリフ好きでした。
では今回も読了有難うございます!!
おまけ
(いい雰囲気じゃないですか。こういう時は「月が綺麗ですね」って言うんですよ!エノハさん!)
―・・お前はどこでそういう知識を仕入れてくるんだよ・・。神機のくせに。
(まどろっこしいなぁ。せめて肩を抱くか手ぐらい握ったらどうです?)
―・・。
こういう所を見るとレンがリンドウの神機である事を再認識してしまう。
―あの人は自分の神機にどういう教育をしてきたんだ。