少女―エリナ・デア=フォーゲルヴァイデは怒っていた。
元々11歳という難しい年頃だ。この年代になれば幼いころには特に気にせず看過していたものがとかく見えてくるものである。特に親、兄弟、そして自分。周りの環境や人間関係に対する敏感さは同じ年頃の異性に比べれば遥かに過敏なものがある。
気付かなければ生まれない疑問や不満の火種を鋭く、敏感に感じ取り、感情をあらわにする。
そもそもそれに加えてこの一年は彼女にとって色々な事があり過ぎた。
一つは大好きだったGEの兄の死。
信じられなかった。
損壊の激しかった兄―エリック・デア=フォーゲルヴァイデの遺体に対面する事も許されなかった。
少女にとって強く優しく、かっこよかった兄の死を自覚できぬままエリナは未だに兄を失った実感が湧かない。ただ不満と憤りだけが鬱積していく。
「手を使っちゃいけないよエリナ。ほらこうやって・・そうだ!上手い上手い!」
兄がいつも遊んでくれた時、彼女の傍らに転がってきたサッカーボールは今では一度彼女が蹴ってしまうともう彼女のもとに戻ってこなくなった。戻ってくるボールの方向に目を向けると少女に微笑みかけるかつての優しい兄の顔―はもうない。
突然いつも当たり前に在った優しい兄の姿は少女の前から消えてしまった。
そしてもうひとつ。
彼女はアーク計画に参加していた。家族全員で。しかしその計画の結果は知ってのとおりである。
彼女の乗る予定のシャトルの発射は中止され、アーク計画に賛同した者は残らず一時身柄を拘束され、エリナもその御多分に漏れず、不快で冗長な取り調べを受けることになった。取り調べを行った担当官の父に対する高圧的な態度が非常に気に障った。
元々由緒正しき御家柄故、周りの人間は父、そして自分に対しては敬意と節度を持って接してきたはずだがその事件以降、周りの人間は潮が引くようにエリナ、そしてフォーゲルヴァイデ家そのものに冷淡になった。
今まで交友関係にあった者たちが全て掌を返すようにエリナから離れていき、それどころか今まで受けた事の無い仕打ちを彼女に行う者まで現れるようになった。
貴族として誇り高く、しかしある意味傲慢さを少なからず持っていた少女にとってその仕打ちは辛く悲しいものだった。
さらに腹が立ったのが父が自分に対してもあるであろうその様な仕打ちを受け入れていることだ。
エリナが自分にされた仕打ちを涙ながらに父に訴えても、彼はただすまないと謝るばかりだった。
「エリナ・・。本当に・・すまない。今回の件は私の不甲斐なさが招いたことだ。しかしね?エリナ。私達は受け入れなければならないのだ。貴族である以上、人の上に立つ以上、自分が仕出かした責任に真っ向から向かい合わなければならない時なのだ・・本当に・・真にすまないが・・今は我慢してほしいのだよ。エリナ・・」
沈痛な表情で少女の両肩を持ち、頭を下げる父に対する不満、憤りが沸騰するように蒸発して、替わりにぼたぼたと悔し涙が出た。
アーク計画に賛同した者、拒否した者。
これは解りやすく言い換えるなら戦争の勝者、敗者を隔てたようなものだ。
負けた側についたものは少なくない差別と負い目、ペナルティにさらされるのは自然と言える。
そもそもアーク計画という非人道的ともいえる計画に賛同、加担したという時点で非常に外聞が悪い。
ビジネスの世界で一方的に一人勝ちを得ると言う事が少なからず軋轢を生むように、自分達だけ生き残ろうとした、他の個人または集団を完全に切り捨てた、そしてそれを受け入れたという明確な事実が実名で完全に明るみに出ている状況である。
人間関係は当然荒れる。
ビジネスは信用第一。お互いの利益と繁栄を分け合うWINWINの関係を築く信用できる相手である、という信頼をフォーゲルバイデ家は著しく失ったのだ。
それによって彼らがさらされる冷遇はある意味自業自得ともいえるのではあるが、その矢面にいきなり立たされた誇り高い貴族の少女には溜まらないものがある。
信用を取り戻すまでと父は言った。しかし、本当にそれは完全に取り戻せるものなのだろうか?
ひょっとしたらずっと自分はこのままではないのか。
疎まれ、蔑まれ、でもそれに対して何も言えなくて。そんな日がこれからも続くのではないか。
兄が愛し、誇りにしていた家名が、家族がどうしようもなく貶しめられていく。かつて自分たちに卑屈なほどに頭を下げていた者達の嘲笑を受けながら。
辛かった。逃げ出したかった。
そして少女―エリナ・デア=フォーゲルヴァイデは家を飛び出した。
アナグラ
神機整備室―
「・・・よし、いいよ。接続開始して」
「・・・」
「・・・どう?」
「うん。お久しぶりって感じかな」
「そ!」
リッカは微笑んだ。
エノハは軽々と愛機を持ち上げ、ひとしきり愛でるように愛機を眺め、丁寧に労るように固定機に置く。他の神機に「浮気」したにもかかわらず、愛機は素直にエノハを再び受け入れてくれた。
(問題はなさそうですね。こっちも安心しました)
「浮気」相手であるレンもそう呟く。
本日付けでエノハは正式に原隊復帰を果たす。すると早速図ったかのように電話のコールが整備室に響いた。
「はい。こちら整備室・・なんだヒバリか。・・?エノハ・・?隣にいるけど繋ぐ?」
リッカは受話器に耳を傾けながらエノハの方をちらりと見る。「俺?」と言いたげにエノハも目を見開くとリッカがこくんと頷く。
「替わったよ。ヒバリちゃん。うん。うん。・・博士が?解った。すぐ行くよ。・・・ありがとう。色々と心配かけてごめんねヒバリちゃん」
エノハの復帰の祝いの言葉をヒバリが言ったのだろう。エノハは少し微笑んで礼を言い、受話器を置く。
「早速仕事かな」
「多分」
「とりあえず治ったとはいえ無理はしない事。・・とりあえずこれだけは言っとくよ」
「・・お互いにね」
エノハはそう言って微笑み、リッカもそれに頷く。
―支部長室
「失礼します・・」
「入りたまえ」
榊の声が響くと同時にドアを開けるとそこには瞬きもしない中年の一人の男が立っていた。体躯、物腰、真一文字に結ばれた口と相手の品定めを瞬時に行える鋭い洞察力を持っている事が伺える鋭い眼をした男である。
―軍人だな。それも・・それなりの役職の。
エノハはそう判断した。
「・・では。榊支部長代理、私はこれで」
男は言葉少なに礼節を重んじながらも鋭い視線を和らげる事無く踵を返す。エノハも体をそちらに向け頭を下げると男も少し目を閉じて会釈し、すぐに部屋を去って行き、エノハと榊が取り残される。
「エノハ君。原隊復帰おめでとう。とりあえず後遺症の心配は無いようで何よりだ」
既にリッカから送られてきた神機との接続試験の経過を既にチェック済みなのだろう。いつもの陽気さの中に安どの気配がうかがえた。
しかしその安堵にはエノハの無事に対するものであると同時に明らかに別の意味の安ども含まれている事にエノハは気付いていた。
解りやすく言い換えるなら、厄介事を押しつける事の出来る適当な人材の復活を喜んでいるということである。
「さて・・復帰早々何のご用でしょうか?先程の方とも何か関係があるみたいですけど」
「・・察しが良くて助かるよ。色々な事情が複雑に絡み合っていてね。是非とも君に御協力を願いたかったところなんだ」
「・・特高。つまり極東治安維持部隊の責任者さんなんですか。さっきの人は」
エノハは先程の男の履歴、所属などの資料を閲覧しながら榊をちらりと見る。
「そう。君たちがアラガミ鎮圧に対しての専門家であるように彼らは暴徒、テロ組織など過激な人的集団を検挙したり鎮圧する専門家だね」
「その人間がアナグラへ来たということは・・」
「解るかね?」
「例のアラガミ教団関連がらみですか」
「うん!ご明察だ」
「確かに彼らは人間に対しての鎮圧に対してはプロ中のプロだ。しかし、だ」
「アラガミに対しては無力。そしてアラガミ教団はテロに実際のアラガミを利用している・・」
「その通り。アラガミには教団の連中も彼らも双方餌として大差はないからね。部隊を送り込んだとしてもアラガミが一匹でもいるだけでも突破は困難、少なくとも多くの時間がとられる。その間に教祖、出資者、そして恐らく関わっているであろう幾人かの技術者―彼等のような要人は退避、残された構成員はアラガミの腹の中、証拠や証言も取れず、一向に組織の全容は掴めずいたちごっこを繰り返すというわけさ」
「・・」
「対抗できないアラガミ相手に治安維持部隊の犠牲も右肩上がり。人手不足で治安維持に支障が出るのも時間の問題―よって一度大規模に教団を潰す為のGEと治安維持部隊との共同戦線を張りたいということなんだ。それに君に参加してもらいたい」
「俺が」
「幸いハンニバルのおかげで極東のアラガミの絶対数自体は少ない今この時がチャンスだ。極東支部からGEを四人派遣することにした。かといって最初に出したこの頭数にあちらは不満たらたらでね。極東最強戦力を出す約束でようやく話がまとまったんだ」
「・・既に俺が断れない立場と言う事は敢えて置いときましょうか」
「うむ。はっきり言って君に断られると私の立場は無い」
「・・解りました。俺も前の事件で教団には腹立ててますし」
「ありがとう!いや~助かったよ」
「そして私が君に派遣メンバーを要請した理由がもう二つある」
「・・?」
「正直これは君に断られた場合に言おうと思っていた事なんだけどね・・」
「既に外堀も埋められてたんですか。俺は・・」
「人聞きが悪いなぁ。それにこれは私が画策した事ではないよ。あくまでその結果が君を承諾せざるをえなくなるネタになってしまっただけの事だ」
「・・・」
相変わらずの狸である。
「・・それに君と完全に無関係ではない話だしね」
「・・聞いても?」
「実は君以外のGEを後三人募集したところ意外な人物が立候補してきたんだよ。それが・・ソーマだったんだ」
「ソーマが!?」
「意外だろう?」
「ええ、まぁ・・」
「ただし・・理由ははっきりしている。まぁ・・ソーマ本人は否定するだろうがね」
「それは・・?」
「先日、ある極東支部の要人から要請・・というより懇願があってね。ひどく個人的な要請だがその要人の立場上フェンリルは無碍に断るわけにもいかなかった」
「・・・」
「その要人の名はフォーゲルバイデ。フェンリル極東支部の出資者の中でも中堅かそれ以上の出資を行っている上級貴族の当主直々の要請だった」
―・・フォーゲルヴァイデ家・・?
エノハはその家名に聞き覚えがあった。いやむしろ忘れることなど出来ない名前であった。
「そう。フォーゲルヴァイデ家当主はエリック君―つまり君とソーマの目の前で殉職したGE、エリック・デア・フォーゲルヴァイデの父君だ」
「!そんな人が何故また?」
「エリック君には六つ下の妹がいた。エリナと言う名前のね。どうやら最近彼女は家出をしたらしい。そして先日どうやらアラガミ教団に入信して行動を共にしているようなんだ」
エノハは目を見開いた。
「ソーマはああ見えて責任感が非常に強いからね。恐らくエリック君の事もあって今回この任務を志願したと思うんだ。君に頼みたいのは治安維持部隊との協力とともに、ソーマが無茶しないように見張ること。そしてエリナ嬢を無事に連れ帰ることだ。・・。正直治安維持部隊は多くの同僚をアラガミ教団のテロ行為によって奪われていてね。彼らも人間だ。やや感情的になっている面はある。信者への容赦ない殺害や私刑も何度か確認されているんだ。彼女もその対象にならないとは限らない」
今回エノハに課されたのは
治安維持部隊との協力。
組織の要人の捕縛。
ソーマの手綱を握る事。
エリナ嬢を無事に連れ帰る事。
何とも病み上がりにはいきなりきつい任務内容であった。
「後の二人の人選は君に任せようと思う。難儀をかけて本当に申し訳ないが・・よろしく頼むよ」
そう言って榊は珍しく頭を下げた。
勢いのまま書いてしまった。やばい・・やっちまった。
修正はかけると思います。内容的には結構単純な話なのに勝手に混乱してる迷走感がある・・。
では!今回もお付き合いありがとうございました!